私、若葉と三日月、そしてリコによる共闘で、完成品である巻雲をようやく下すことが出来た。艤装も破壊し、本人もリコの攻撃によって気を失っている状態。腕に怪我はさせたが、命に別状は無いようで安心している。
代わりに私と三日月はリミッターを外した影響で消耗が激しく、私はその場から動けず、三日月もリコの艤装を支えに休息を取らざるを得ない状況。残った朝霜は、残りの仲間に任せる。
巻雲がやられたことで怒り狂った朝霜は煽り続ける姉に向かったが、視野が狭くなったことを利用して返り討ちにした。しかし、曙の渾身の一撃を脳天に受けたというのに、未だ気を失わず戦闘を続行。棍棒を振り回して間合いを取る。
艤装も破壊され、出力は大分低下しているはずだ。最初ほどのスピードは出せていない。だが、それでも普通よりは断然素早いし、何よりパワーがおかしい。棍棒での一撃を喰らえば、最低でも重傷、最悪一撃で死。
「まずはテメェだババア!」
「簡単にはやられぬよ」
スピードが落ちた分、一撃が重くなっているようだった。踊るように紙一重での回避は危険。掠めただけで姉が顔を顰める。砲撃は当たり前のように回避し、攻撃も重い。あれで怪我人とは到底思えない。
厄介なのは巻雲だが、単純なスペックなら朝霜の方が上だったかもしれない。乱射が酷いが近付きさえすれば何とか出来た巻雲と違い、朝霜はこの期に及んで怒りによるスペックアップを果たしている。遠距離による接近防止も、今や回避により効かない状態に。
「初春! 助けるわ!」
「水鉄砲なんざ相手じゃねぇんだよ!」
雷の砲撃に対し、海面を掬い上げるように棍棒を振るった。叩き付けるよりも大きく上がった水柱に、雷の砲撃は掻き消されてしまう。実弾なら物ともせず突き進んだだろうが、水鉄砲が故の回避。デメリットがこんなところで見つかった。
だが、その瞬間は雷を意識したということだ。煽られ続けて我を失っている朝霜には、それだけで致命的。戦っているのは雷だけではない。あと5人いる。
「終わりにしましょう。朝霜さん」
夕雲の砲撃が、朝霜が握っている棍棒を弾き飛ばした。真後ろから、あえて艤装は狙わず武器だけ。まだ拳という武器はあるだろうが、今までとはダメージが雲泥の差になるだろう。
艤装ではないところを狙ったからか、回避されずに済んでいた。自分の身に危険が及ぶ場合の反応速度が異常なだけか。
「クソ姉貴が……!」
「こういう形の姉妹喧嘩は辛いので。朝霜さん、投降してくれませんか?」
自分からやめてくれるのなら何も言うことは無いだろう。そう出来ないように洗脳されていることは百も承知だが。
これがまた、朝霜には煽りに聞こえたようである。夕雲の発言で、血管が切れるのではないかというくらい顔を歪ませた。余程下に見られることが嫌と見える。洗脳により歪まされた心では、私達の言葉は全て気に入らないのだろう。
「ふざけんじゃねぇ!」
「ふざけてないわよ!」
今度は風雲が主機を破壊するために砲撃。しかしこれは回避される。未だあの回避性能は健在。
「何が投降だ! テメェらはあたいが一人残らずぶっ殺してやる! 巻雲姉はもう知らねぇ、戻ったところでどうせ
一瞬で風雲に接近し、徒手空拳での攻撃。武器が無くとも相当危険な攻撃であることは間違いない。そうでない限り、丸腰で突っ込んでくることなどしないだろう。
本当に近接特化な装備のようだ。確かに艤装には主砲も魚雷も何も装備されていない。それだけ自信があり、それだけで今までどうにか出来ていたのだろう。
「姉貴だとか関係無ぇ! あたいの邪魔をするなら死ねよ!」
「させるわけ無いでしょうが!」
その拳を曙が槍でガード。ひしゃげるのでは無いかという衝撃をギリギリで受け、その威力により後退り。
ただ一人にしているにもかかわらず、ダメージも相当負わせたにもかかわらず、朝霜はまだまだ平気で動き続ける。息切れすら無い。
逆にこのタフさで、曙以外は疲れを見せ始めていた。リコの空爆も避け、みんなの砲撃も避け、攻撃したものから1人ずつ狙っていく。スピードが落ちてくれているおかげで、その度に曙がガードをしてどうにか事無きを得ているものの、ジリ貧なのは変わらない。
「ふざけた底力じゃの……何なのだ彼奴は」
「くっそ……せめて動きが止められればまだ……!」
曙の槍は修復材の刃だ。痛みだけ与えて身体に傷をつけない。それで攻撃すれば、その痛みで動きを止めることが出来るはず。だが、動きを止めるためには、一度
雷が足止めのために脚を狙っても、水鉄砲故に物ともせずに向かってくる。その砲撃は朝霜の足下で水飛沫を上げるだけだ。実弾は避けられ、水鉄砲は関係無しに突っ込まれ、曙の刃は届かない。
「足止め、足止めして!」
「出来たらやっておるわ! 単純故に止まらぬ!」
猪突猛進とはまさにこのことだろう。朝霜が一切止まらない。怪我のことなど考えず、実弾で脚に攻撃しているにもかかわらず、全て回避。空爆も避けつつ、リコにすら殴りかかりに向かっている。
「死に損ないの陸上施設が! 何ノコノコ海の上に来てんだよ!」
「お前らに屈辱を味わわせるためだ。私の仲間を殺した報いを受けてもらうためになぁ!」
唯一単体で互角に渡り合うことが出来るのがリコだが、海の上は本来の場所ではないからか、簡単にはいかない。やはり曙が唯一どうにか出来る状況なのは変わらない。
しかし、それも見越して朝霜はリコから即座に離れる。頭に血が上っているのに、直感的にリコは面倒と判断したか。そうなると接近に時間がかかるリコには面倒。舌打ちしながら空爆を再開。
「手間かけさせやがって! あとテメェは鬱陶しいんだよ!」
「っ」
リコが相手をしている間も艤装狙いで砲撃をやめていなかった霰が狙われた。その行動を抑えるように夕雲と風雲も砲撃を続けるが、その突進は止まらない。
むしろ、最初から今まで常に動きっぱなしだった。曙が足止めを要求したくなるほどに延々と動き続け、こちらを翻弄してくる。曙以上のスタミナすら持っているようだ。デメリットが無いのが不思議なくらいである。
「死ねオラァ!」
「しなない」
巻雲と同じように、朝霜の眼前に爆雷を放っていた。駆逐艦なら誰でも持っている、簡易爆雷を牽制に使うことで、朝霜の動きは一瞬だけ止まる。
その隙に艤装破壊に乗り出すが、ブレーキを踏んだ直後に後ろに下がられたせいで回避された。着地に雷が合わせるが、それも当然の如く回避。足が一切止まらない。
「ああクソ! 邪魔クセェ!」
「はなれて」
爆雷の爆発と同時に散開。間合いを取り、また一斉射。元の状態に戻るが、事態は一向に良くならず、朝霜が止まらない。止められれば勝機は出てくるのに。
「動きが止まればいいのよね」
「はぁ!? アンタの水鉄砲じゃ意味ないことくらいわかってんでしょ!」
「危ないけど……危ないけど、
ここで雷の意味不明な言葉。一体何のことを言っているのか。突然の申し出に曙も少し混乱した。
「曙、準備して。すぐに!」
「何言ってんの!?」
「私はずっと朝霜の場所を伝えてたの! 海の中だと誰が誰だかわからないから、水鉄砲で!
瞬間、海中から現れ出た異形。施設から退避していた呂500が、朝霜の足下から現れ、脚を掴んで海中に引きずり込んだ。
「なっ!? テメェ、死に損ないのクソ潜水艦!?」
「アゥゥゥ! ンガァ!」
呂500も身体の中は変質させられている。艤装だって装備しているのだから、パワーだって普通ではない。理性を失い私達に襲いかかってきた時も、尋常ではない腕力を発揮していた。
その力を今、朝霜に対して使っている。沈めることが出来たのは下半身だけだが、普通の艦娘ならそれで航行不能。それは朝霜も例外ではなく、その場でもがいても移動が出来ていない。
雷は海中の呂500の声を聞いていたようだった。イロハ級の意思が読み取れる雷だからこそ、本来聞こえないであろう呂500の決断を聞くことが出来たのだ。そのために、水鉄砲を海面に撃ち、朝霜の位置を逐一海中に伝えていた。ただ脚を狙っていたわけではなかった。
「この、クソがぁ!」
海中に向かって拳を振り下ろし、呂500の頭をガツガツ殴り、拘束を振り払おうと必死だ。呂500自身も耐久力はかなり上がっているため、それくらいでは引き剥がされない。
「ウァアア!」
「うるせぇんだよ出来損ないがぁ!」
「ローを虐めるなぁ!」
その拳を止めるように、今度はシロとクロも海中から現れ、その腕にしがみつく。潜水艦3人に取り押さえられジタバタともがくが、これで朝霜の動きは完全に止まった。
「アケボノ! 早く!」
「私達じゃ……限界が近いから……!」
現状を打破する手段を天敵が持っていたという事実に混乱していたが、今が千載一遇のチャンスであることは変わらない。曙がやらずに誰がやるというのだ。
「アアゥッ! ボノォ!」
「感謝してやるわよ!」
まるで呂500を助けるかのように、朝霜の胴を横薙ぎにした。今までずっと避けられ続けていた
「っぎ!? ぐぁあっ!?」
激しく血を噴き出したが、身体に傷は一切ついていない。だが服だけはしっかり斬られている。攻撃がまともに入った事実を、如実に表していた。これにより抵抗が止まり、強烈な痛みでようやく動きが鈍くなった。
「ったく、手間かけさせてくれたわね……」
「クソが……」
「殺されないだけマシだと思いなさいよ」
今度は柄の方で顎に強熱な一撃。急激に脳が揺さぶられ、朝霜も白眼を剥いて気を失った。
「ようやった! お主らは救世主じゃの!」
「アゥアー!」
「ローが頑張ったおかげだよ!」
気を失ったことをしっかりと確認して潜水艦3人が離れ、すかさず姉が朝霜の艤装を完全に破壊した。
まだ雨は降り続いているが、完成品との戦いはこれで幕を閉じる。
いや、まだだ。人形の足止めをしてくれていた神風達から応答が無い。私達が完成品をどうにかするだけの時間をずっと稼いでくれていたのだ。まだ戦っている可能性だってある。
「人形共はまだ終わっていないぞ。動けるのはあっちを手伝ってやれ」
リコもそれに気付いたようで、疲れているもののまだ戦える者達に指示。朝霜を倒したことで浮かれていたところで申し訳ないが、もう一仕事残っている。
この後、こちらのメンバーが参戦したことで一気に押し返し、人形処理も完了。神風がしっかりと自爆装置を破壊してくれたこともあり、最悪の状態は免れていた。
敵陣に突っ込んでいった江風と涼風、そして一番暴れ回った足柄がいくつか傷を負っていたものの、中破に届かないくらいのものだったため一安心。見た目が一番危なかったのは返り血塗れの神風ではあったが。
動けない私と疲労困憊の三日月は、霰が運用する大発動艇に乗せてもらって帰投する。リコの艤装を背もたれにして、何とか眠らないように。
気絶している巻雲と朝霜は、姉妹である夕雲と風雲が運んでいる。そう簡単には目を覚まさないと思うが、目を覚ましたとしても艤装は破壊しているため、やられることはないだろう。
倒した人形達は、以前と同じように半数近くは自沈してしまった。それでももう半数はまだ残っているため、随時施設に運び込むことになる。そこでも霰は活躍することだろう。
「三日月、本当に助かった」
「はい、頑張りました……自分でもアレが出来て良かったです……」
自らリミッターを外した消耗は激しく、三日月は倒れないように私の左腕にしっかりと抱きついていた。私を支えてくれつつ、自分の身体も支えているが、まるで匂いを嗅ぐように頬擦りまでしてきたので、感情を犠牲にしたリミッター解除の反動で感情が過剰になっているようにも見えなくはない。
「若葉さん……右眼は大丈夫ですか……?」
「めちゃくちゃ痛いぞ。だが……悪くない。これで済んでるんだからな」
生きているだけでも御の字。また少しの間は片目が見えない生活が始まるかもしれないと思うと、少し気が滅入る。
「それよりも……
「そうですね……
私と三日月が視線を向けた方。そこには曙と雷、そして海面を泳ぐ呂500。仲違いしている3人。
「……ろー」
「アゥ?」
曙の方から話しかける。
「助かったわ。アンタがあそこで出て来なかったら、多分ジリ貧だった」
「ンゥ、イァ、アー」
「自分も役に立ちたかった、だって」
通訳の雷もニコニコしている。
「……ありがと」
「ンァ! ボノ! アゥアー!」
「通訳、いらないわよね」
海面から飛び出して曙に抱きついた呂500。今までの曙なら殴り飛ばしてでも引き剥がしていただろうが、今回の戦いのMVPは満場一致で呂500だった。それを邪険に扱うわけにもいかず、ただただ受け入れている。海水でビショビショだが、雨で濡れているため気にもならない。
「か、勘違いしないでよ。私はアンタのこと好きでも何でも無いんだから」
「ンフー、ボノ、ウァウウ」
「て言うか、私の名前だけは言えるわけ?」
「頑張って練習してたのよ? ぼのたん?」
「ぼのたん言うな!」
あの関係も、今回の戦いで少しだけ改善が見えたかもしれない。大きすぎる確執が埋まることは無いだろうが、今までのように避けて通るようなことは無くなりそうだ。
これで本当にこの戦いは終わり。まずは治療し、疲れを取り、次の戦いを見据えなければならない。完成品2人相手にこれなのだ。今後来るであろう者達は、さらにこれ以上のものになっている可能性が高い。
まだ強くならなければならない。楽しく生きるためには、力が必要だ。
ろーちゃんの拘束力は普通の潜水艦とは違います。ただの艦娘に仕掛けたら、多分背骨バッキバキ。完成品の朝霜だからあの程度で済んでいるだけです。