継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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正気の沙汰

夕方、徹夜明けで眠っていた飛鳥医師が起床。何かするにしても明日からということにはなるだろうが、私達が休んでいる間に話し合ったことを夕食前に展開してくれる。基本的には元々伝えられていた通りなのだが、改めて。

 

「話の前に、若葉と三日月の体調を知っておきたい」

「若葉も三日月も不調は無い」

「若葉さんは右眼がありますよね。でも、明日には見えるようになる見込みです」

「ふむ、了解した。明日の朝にまた診ることにする」

 

医者として、まず体調を気にかけてくれるのは流石だと思う。

私、若葉は目を覚ました後はずっと三日月と共にゆっくりしていた。何もしないというのは少し違うが、部屋の掃除程度。ここ最近は雷も訓練に勤しんでいるため、自分の部屋は自分でやるというのが暗黙の了解。そうしていても体調が悪くなるようなことは無く、何かしらの違和感も感じなかったので、今は問題なしとしておく。

それでも、戦闘中にリミッターを外したのは事実であるため、今後も定期検診は続けていくつもりだ。安定していることを知っておくことが一番いい。

 

「なら進めていこう。事件の解決は基本的に先生と新さんに任せている。僕達の目下の問題は、昏睡状態で保護している巻雲と朝霜のことだ」

 

姉妹の話が出て、夕雲と風雲が強張るのがわかった。緊張の匂い。

 

「2人はここでいつもの処置をする。それで洗脳が解けるかはわからないが、呂500に有効だったところから、しない理由が無いと判断した。だが、完成品と名乗ったこともあるので、出来ることなら体内の調査もしたい」

 

呂500の時も短時間ではあるが体内の調査をしている。その時は本当に()()()()()()()()()()だったためにそれだけで終わらせており、結果的に呂500の洗脳は解けているが、巻雲と朝霜の場合はそうは行かないかもしれない。

同じ処置をするにしても、処置前に徹底的に調査する必要もあるだろう。自爆装置が仕込まれていないことはわかっているが、違う形でこちらに害を成してくる可能性だって充分にあり得る。そもそも処置をしたところで洗脳が解けるかもわからない。何故なら『完成品』なのだから。

 

「明日の朝から治療と調査を並行して行なうつもりだ。これに関しては、大本営直属の新さんにも許可を貰った。事件解決に繋がるかはさておき、敵の技術を把握出来ればそれに越したことはないからだ」

 

その前に決着が付けば何も心配要らないのだが、2人の身体を元に戻せるかどうかの確認は必要。さらにいえば、何かしらの発見により、敵の弱点解明に繋がる可能性だってある。

この処置は思った以上に重要な位置にある。2人の命にも関わる可能性があり、今後の調査にも繋がる可能性がある。はたまた、何の成果にも繋がらない可能性すらある。

 

「明日の朝から処置をしていく。以前のように手伝ってもらいたい。頼めるだろうか」

「任せてくれ。胸骨の洗浄はアタシと若葉が一番慣れてるしな」

「わらわ達で状態を確認しよう。三日月、シロ、お主らも良いか」

「はい、私の眼は重要だと思いますので」

「……大丈夫」

 

どうなるかは一旦置いておき、処置に対してはみんな意欲的だ。今までやってきたことだし、拒否する理由が無い。

 

「夕雲の妹達を、よろしくお願いします」

「任せてくれ。まずは洗脳を解くところからだ」

 

本来の私達の仕事は、ここに運び込まれたものを治療することだ。少し久しぶりとなる本業に腕が鳴った。

 

 

 

翌日、幸い私の右眼は見えるようになっており、処置に支障は出ないようになっていた。いい加減、眼に何かが起こるのはやめていただきたいものだが、近接戦闘をしている時点でそこは諦めなくてはいけないかもしれない。

処置室に集まり、早速治療の準備を始める。大分人数も増えてきたため、今回は役割分担をしっかり分けた。私がやるのは匂いによる患部の調査や、治療具合の判定、そして摩耶と共に胸骨の洗浄。

 

まずは調査出来る者、嗅覚の私、聴覚の三日月、感覚のシロ、霊感の姉、そして飛鳥医師の5人が処置室に入る。

局所的な判定が出来る私と三日月から調査スタート。先にやるのは巻雲から。全裸に剥かれて寝かされている身体を隈なく嗅いでいき、根源を探す。まずはすぐにわかるであろう胸の周囲から。

 

「相変わらず胸だな。呂500と同じ手術痕もある」

「ですね。私もそこから強い何かを感じます」

 

嗅げばすぐにわかるレベル。麻薬を全身に回すために胸骨が弄られているのはいつもと一緒。完成品も失敗作も何ら変わりない。

 

「改めて見ても、ろーより穢れておるのう。もののけも禍々しいわ」

「混ざり方がおかしい……ローより()()()()()()……?」

 

感覚と霊感の言葉はすぐに判断は出来ないが、シロの言うことは姉の言うことより少しわかりやすい。

呂500はめちゃくちゃ。混ざり方にムラがあるらしいが、この巻雲は溶け合っていると言う。混ざっていることはわかるが、しっかりと一体化していると言っても過言ではないようだ。どうやったらそんなことに。

 

「……若葉、ここに何か無いか」

 

飛鳥医師が指さしたのは腰、腸骨。いつもの調整では、骨髄移植のために使うが、今回は違った。胸骨だけじゃない場所も弄られていると考えているため、言われるがままに匂いを嗅いだ。

瞬間、吐き気がするような匂いが突き抜けた。そういう意味の嫌な匂いではなく、()()()()()()()()()()()。キナ臭いを通り越した、()()()()()()()()()()()()()である。

 

「っ……酷い匂いがする……胸骨と同等、いや、それ以上だ」

「やはりか……そこしか該当しないと思った。手術痕は……あるな。呂500には無かった手術痕だ」

 

胸と同じように、腰の両サイド辺りに痕がある。何かをされた痕。

 

「私には何も見えませんが……」

「だが、匂いはするんだ。死の匂いだ」

 

三日月の視覚では感知できないが、私の嗅覚では感知できる異常。二度と嗅ぎたくないような匂い。この中の誰にも感じ取ることが出来ない、最悪な匂い。

私にしかわからないため言葉で伝えるしかないのだが、嗅いだことのない匂いのため、表現が難しい。だから、率直な感想を伝えた。

それを聞いた飛鳥医師が、少し考えた後に姉に聞く。

 

「……初春、巻雲に憑くもののけというのはどういうものなんだ?」

 

飛鳥医師には何か予想がついているようだが、確定させるために情報を集めていく。見た目にわからないのなら、感覚と霊感にまず頼ってみる。

 

「うむ……ろーの時にも言ったやも知れぬが、混沌としておるのだ。いろいろと混ざり合っておる」

「呂500のもののけと明確に違いはないか」

「違いとな。そうさの……黒ずみ方が違うと言うかのう。ろーは混ざってあると言っても真っ黒で歪なんじゃが、此奴のは()()()なんじゃ。絵具を混ぜたようにの。溶け合っているというのも言い得て妙じゃな」

 

姉の説明を聞いて、シロもそれだと言わんばかりに首を縦に振る。シロが巻雲から感じている感覚もそれらしい。深海の体液やら何やらだけなら真っ黒だが、何か別のものが混じったことでまだらに感じると。

 

それを聞いて確信したか、飛鳥医師が心底忌々しげに呟いた。

 

()()()()()()使()()()()()()

 

処置室が静まり返った。

 

「胸骨で深海の体液、腸骨で艦娘の何かを混ぜ合わせて安定させてるんだ。憶測ではあるが、そうとしか考えられない」

「巻雲を完成させるために何人犠牲になったんじゃ……」

「1人2人じゃ利かないだろうな。当然、深海棲艦も大量に使われているはずだ。初春の言う、混沌としたもののけというのは、大量に混ざり合った命ということじゃないかと思う」

 

呂500は深海棲艦の何かをぐちゃぐちゃに混ぜ合わされた挙句、負の感情を爆発させたことで暴走し、今の状態にされた。

だが、巻雲は深海棲艦の何かと艦娘の何かの混合。深海棲艦側だけでは暴走するほどの力になるが、艦娘側も混ぜ合わせることで、暴走せずに完成したと考えられる。どういう原理かわからないが、その2つに親和性があることは、私達が証明している。

 

「そうか……この匂いは死んだ艦娘の匂いか」

「私が見えないのは、深海棲艦の何かじゃ無いから……ですね」

 

辻褄があっていく。死んだ艦娘というのは殆ど見たことが無い。リミッターを外され自沈した艦娘すら私は目にしたことがないのだ。そもそもその匂いを嗅いだことなどない。だからすぐにはわからなかった。

最悪な気分だった。知りたくもない匂いだった。考えてみれば、この死の匂いには、死んでいるにもかかわらず、感情を感じるようだった。怒り、憎しみ、悲しみ、とにかく負の感情がたっぷり。

 

「まさか、負の感情を()()に出させているのか」

 

爆発的な負の感情はそう簡単には生まれない。私も三日月も、仲間が何人も倒れ、死の淵に立たされたことで爆発した。それを腸骨の何かで疑似的に起こしている。飛鳥医師はそう考えた。

それが正解だとしたら、艦娘すらも装置の一部。命を何だと思っているのだ。こんなもの、倫理的に出来る事ではない。

 

「……治療する。幸いなことに腸骨はある。加工して巻雲と朝霜に使おう」

「胸骨はいつものように洗浄でいいのだろうか」

「ああ、それでいい。だが移植する骨髄が必要だな……夕雲と風雲から提供してもらう。姉妹なら適合するはずだ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で、治療の説明をしてくれるが、正直気が気でなかった。あまりにも非道過ぎる改造。思い付いても実行はしないし、実行するための技術だって考えられない。

大淀の仲間に、とんでもない技術力の何者かがいるのだろうか。それとも、この辺りも全て大淀がやっているのだろうか。どちらにしろ、こんなことをやれるなんて正気の沙汰ではない。

 

「準備に取り掛かる。だが、処置自体は明日にしようと思う。ここからはやることが多過ぎるくらいだ」

 

今までとは違う流れの処置になるらしく、簡単にはいかないようだ。特に、今回は本人の身体を弄るだけでは終わらず、他人の骨髄を移植するという手段を取らざるを得なくなった。

艦娘故に、人間よりは簡単に終わるようだが、それでも今日を準備に使い、明日で処置を完了するような感じになるのだとか。勿論透析も行わなくてはいけないため、とにかく時間がかかる。

 

「必ず成功させる。やり方も思い付いている。大丈夫だ、巻雲も朝霜も救うことが出来る」

 

今は私達に出来ることは終わった。また明日、全員で力を合わせての処置をするため、力を蓄えておく。

 

 

 

夕雲と風雲から骨髄を提供してもらうため、今日も訓練はなんだかんだ中止。時間が足りないことはわかっているのだが、今回の処置が完了し、ある程度安定してからでなければ、その辺りも先に進めない。

足並みを揃えなくてはいけないわけではないのだが、万が一のことを考えると、処置に参加する私達も万全な状態で行く必要があるだろう。明日やるであろう処置は、今まででも類を見ない大手術だ。処置中に何か起こる可能性だって充分にあり得る。

 

2人の処置中に、あの場にいなかった他の者に巻雲と朝霜の容態について話をする。話が上手い姉にしてもらうと、見る見るうちにみんな顔色が悪くなっていった。誰だって気分が悪くなるような話だ。

 

「何よそれ……」

 

顔が真っ青な雷。たった1人を完成させるために、艦娘と深海棲艦が何人も犠牲になっていると知り、涙目になっていた。それを心配そうに見ている呂500だが、その身体も半分は同じ状態だ。他人事ではない。

 

「クソ淀は徹底的に潰すしかないわよ。救うとかどうとか言える相手じゃないわ」

「ああ、死んで後悔させないとダメだ。生きている価値がない」

 

曙とリコが同調。私も同じ意見だ。生かしておいてはいけない。生きていたら被害者が出続ける。この世界にいるだけで害がある悪魔のような存在だ。

大淀だって元は艦娘。ドロップ艦とは聞いているが、何があったらそこまで残酷な行為が出来るようになったのだろうか。深海棲艦の匂いを漂わせていたのも気になるところだが。

 

「で、処置は明日だっけか」

「ああ。若葉と摩耶はいつも通り胸骨の洗浄だ」

「あいよ。手慣れてることの方がいいからな」

 

今は夕雲と風雲から移植するための骨髄を抜き取っている最中。明日のための準備は刻一刻と進められている。私達は今のうちに役割分担をしっかり決めておいた。今までの経験から出来ることは自ずと決まってくるが。

 

艦娘に深海棲艦の体液やら麻薬やらを使って洗脳しているだけでも悪魔の所業だと思っていたが、そんなことが軽く見えてしまうほどの非道な行ない。

ただでさえ人形の犠牲者が大量に出ているのに、それ以上の犠牲者が出ていることがわかり、私はまた怒りに拳を震わせた。

 




正式な骨髄移植のやり方とは違いますが、艦娘だからこそこれでも出来るということで。姉妹艦なのだから、HLAくらい適合する。

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