継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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凝固された憎しみ

翌日からまず巻雲の治療が始まった。夕雲と風雲から貰った骨髄は、飛鳥医師の予想通り、姉妹である2人にはちゃんと適合したおかげで、余計な手間もかからずに処置を開始できた。

私、若葉はいつも通り、摩耶と共に胸骨の洗浄。その間に飛鳥医師が今回一番の問題となっている腸骨の摘出をした。が、それを体内から取り出した時点で、処置室にいる全員が顔を顰めた。

 

「これは……酷いな」

 

吐き捨てるように飛鳥医師が呟いた。誰が見てもそういう感想にしかならなかった。

 

その骨は、どう見てもおかしな形状をしていた。腸骨は腸骨だが、所々が()()()()()()()()()()()()。改造により植え付けられた艦娘の死体が発した負の感情により、禍々しい形状に変質してしまっているようだった。所々黒ずみ、歪な形をしている。

見た目にはわからなかったが、体内が大きく侵食されているのがよくわかった。呂500よりも数倍は酷い。完成品と名乗っていたものの、これだけ見ると完全に壊れたものである。もはや艦娘とは言えないほどだ。

 

「胸骨、出来たぜ」

「助かる。すぐに接続しよう。腸骨も昨日のうちに準備しておいた」

 

胸骨はまだ普通の形状だった。腸骨にだけこれだけの影響が出ているということは、入れられた艦娘の死体、怨念が恐ろしいほどに力を持っているということだろう。

それが溜まりに溜まれば、中立区にすら深海棲艦を生み出すほどだ。積もり積もって無から有を生み出すのだから、その力は計り知れない。

 

「骨が綺麗になったところで身体が元に戻ることは無いだろうが、やらないよりはマシだ。後遺症が残っていなければいいが」

 

話しながらも恐ろしい速さで処置を進めていく。これは飛鳥医師にしか出来ない芸当。的確に、適切に、確実に、巻雲から異常が取り除かれ、正常に戻っていく。用意された腸骨は深海棲艦、人型である空母ヲ級のものを加工したものであるが、それでも骨だけはちゃんと艦娘に戻ろうとしている。

処置が進むにつれ、本人の匂いは大分治っていた。胸骨と腸骨が全ての元凶。これさえ無くなれば本人は比較的まともということだろうか。

 

「摩耶、腸骨を洗浄してもらえるか。外側だけ綺麗にしてくれればそれでいい」

「ああ、わかった。アタシもこれは開けたくねぇよ」

 

中に仕込まれたものは後から見るという事で、今はへばりついている色々なものを洗い流しておく。最優先は巻雲を治療する事。今回に関しては速さも必要なので、高速修復材まで使っていく方針。

 

「……よし、処置はこれで終わった。初春、シロ、変化は」

「ふむ、少しは落ち着いたかの」

「溶け合ってるのは変わらないけど……まだマシかも……渦巻いてる感じは無くなったと思う……」

 

ひとまずはそれで完了として、そのまま透析に入る。その間に朝霜の処置も終わらせ、その後に透析。これにより、今日中に2人ともの処置は完了となる。

巻雲は先行して治療されたことで透析も先に終わるだろうが、目を覚まさせるのは朝霜と同じタイミングとされた。その前にやらなくてはならないことがある。

 

「朝霜の治療が終わり次第、この腸骨の調査に入る」

 

これが本題だ。摘出され、外側が洗浄された後でも、禍々しい匂いが湧き立っている。姉やシロも、それには近付こうともしなかった。

形状はグロテスクだが、三日月はそれに反応していないため、深海棲艦の何かは無い。あくまでもそれは艦娘の何か。負の感情を増幅しているのか、そもそも作り出しているのかは調査しないとわからない。

 

 

 

2人の治療は順調に終わり、医務室へ運ばれた。透析装置は1人分しか無いため、先行していた巻雲が終わり次第、朝霜に施すこととなる。それもおおよそタイミングがあったため、巻雲は透析完了。そして朝霜の透析開始。これが終われば本当に処置終了となる。

 

残されたのは2人から摘出された変質した腸骨。洗浄されているため、見た目だけは綺麗。しかし、相変わらず酷い匂いが湧き立っており、直視するのも躊躇われるもの。

手伝うのはここでも私達確認組。嗅覚ではもう痛いほどわかっている私と、視覚では何も変化が見えないことがわかる三日月は念のためである。重要なのは姉とシロ。

 

「では、開くぞ」

 

骨であるが故にメスは通らないため、私や摩耶が胸骨を分解するために使う小型のドリルで少しずつ削っていく。直線上に穴を開けたことで、腸骨が真っ二つに割れ、中から液が垂れてきた。これは普通なこと。

 

「……これか」

 

その液の中。普通なら出てこないものがコロリと転がって現れた。親指の爪サイズの、小さなサイコロのような生々しい赤が目に付くキューブ。機械的に作られたことがわかるような正確な立方体が、左右の腸骨から1つずつ。

それが目の前に現れた瞬間、シロが私達の前に出た。殆ど見たことのない険しい表情だった。

 

「それはダメ。本当にダメ」

「シロ……?」

「ワカバとミカヅキは絶対に近付いちゃダメ」

 

シロの言葉を聞き、姉が三日月を少し離してくれた。私も後ずさる。それでも、処置前に巻雲からした強烈な匂いがそれから出ていることがわかった。憎悪にまみれた負の匂い。直視するのも辛い。

 

「出来ることならこれを調査したいんだが」

「ここに置いておくのもダメ! すぐ壊して!」

「シロの言う通りじゃ。それは良くない」

 

ここまでハッキリと言うシロは今までに一度だけ。曙が殺された時だけだ。それと同じくらいに、コレは良くないということだ。こういうものに対しての直感は、シロがこの施設でもトップだ。姉の霊感もダメだと感じているため、より真実味がある。

だが、破壊すると言ってもどうやってやるか。処置室で出来ることなど高が知れている。今腸骨を破壊したドリルで破壊しても、カケラは残るものだ。だからと言って海に沈めるわけにもいかない。

 

「少なくとも、若葉と三日月を近付けるわけにはいかないんだな?」

「ダメ。私達もダメ。エコに食べさせるのもダメ。艦娘も触らない方がいい。先生にやってもらわないとダメ」

 

シロの切羽詰まった物言いを聞き、すぐにピンセットで摘み手近な袋に入れた。どう破壊したらいいかはわからないが、どう破壊するにも破片が飛び散るため、それを抑えるために。

そのキューブがどういう質で出来ているかはわからないが、摘んだ時点で飛鳥医師が嫌な顔をしたことで全てを察した。

 

「……火葬しよう。焼けばその機能は失われるはずだ」

「うむ、それが良い。供養してやらねば」

「それなら大丈夫……でも、絶対に近付けないで」

 

火葬が選択出来るということは、あれが()()()()()()であることがわかる。金属でもなく燃やせるもの。

あのキューブは、何人もの艦娘の死体が凝縮されたものだ。飛鳥医師が顔を顰めたのは、あんな形状でも摘んだ感触が()()だったからだろう。気付いた時点で強烈な吐き気に襲われた。思わず口を手で塞ぎ、なんとか飲み込む。

 

「うぶ……すみません……吐きます……」

 

三日月も同じだった。キューブの正体に気付いた時点ですぐに流しに走り、即座に吐いた。私も正直危なかったが、何とか我慢する。キューブを見てしまったことが大きい。あの色の理由もわかってしまった。

何を考えればそんな残酷なことが出来るか理解出来ない。どんな顔をして()()を作っていたのだ。あの大淀のことだ。自分で作っていても、他人に作らせていても、さぞかし面白おかしく思っていたのだろう。

 

痣が静かに疼いた。

 

 

 

朝霜の腸骨からもキューブを摘出し、同じ袋に入れて外に出た。2人分の処置をした後のため、外は薄暗くなっていた。

室内で焼くわけにもいかず、浜辺から少し離れた土地で燃やすこととした。全員がマスクを着け、その煙すら吸わないように配慮する。施設にいる者全てに通達したが、キューブの正体は私達だけの秘密とした。察するものもいるだろうが、今は話す必要はない。

そのため、供養するために外に出たのは、先程の処置に参加した者のみ。

 

「この辺りでいいか」

「そうじゃの。海には近くない方が良い」

 

燃やしたキューブの灰は、そのまま埋める方針になった。土地を侵食するということは無いだろう。焼けば機能が無くなるとシロは言うのだから、その辺りは大丈夫だと思う。

小さめに穴を掘り、キューブの入った袋を丁寧にそこに入れ、マッチの火を点けた。こんな形ではあるものの、供養するための火葬。これで溜まっている負の感情が浄化されることを祈る。

 

「本来なら手で触れたかったが……出来ないな」

 

ここで現れ、撃破された深海棲艦を送るように、手で触れて成仏を願いたかったが、それが危険だとシロに何度も念を押された。とにかく触れてはいけない。100%引っ張られると、険しい顔で訴えてきた。

あのキューブが何を引き起こしているかは大方わかっている。体内に入っている間、何かをトリガーにして負の感情を増幅する、もしくは定期的に生み出す。それを喰らった場合、私や三日月は今以上に激しく侵食されることになる。それだけは絶対に避けたい。

 

やがて、煙が上がり始めた。まるで、そこにいる者が浮かばれていくようだった。

 

「もう安らかに眠ってくれ」

「はい……もう解放されたんですから……苦しまずに」

 

みんなが眼を瞑り、その煙の前に立ち尽くす。ただただ、安らかに眠れるように願った。燃え尽き、煙が立たなくなるまで、ただひたすらに。

負の感情を生み出す装置となったのなら、あれは洗脳もされずにただ見殺しにされたような、より憎しみを感じるように残酷に殺された可能性が高い者の集合体。さぞかし無念だっただろう。私達はその無念を晴らしてあげたい。その願いも込めて、じっと祈った。

 

「燃え尽きた。では埋めるぞ」

 

煙も立たなくなったところで、飛鳥医師が灰となったそれを埋めた。そのままでは何処に埋めたかわからなくなると思い、石を積み上げ墓標とする。人形とは全く違う、犠牲者が何者かもわからないため、これでひとまず。

 

「……もう大丈夫……だと思う。嫌な感じはしなくなった」

「そうか、よかった」

「アレはダメ……人間以外には誰にでも害がある……真っ黒な……感情の塊」

 

みんなが着けていたマスクを外した。まだ少し物を燃やした匂いは漂っているが、それだけだから大丈夫とシロも保証してくれた。

 

「うむ、わらわも大丈夫だと思う。怨念と言うかの、それが薄れた。もののけでは無いが、嫌なものは見えておったんじゃ」

「……あれはそういうものだろうな。あんなものを埋め込まれて『完成品』だなんて……ふざけているにも程がある」

 

ギリッと歯軋りが聞こえた。いくら一度道を間違えかけた飛鳥医師でも、ここまでの実験は当然したことはない。こんな残酷な実験を簡単に出来ることに、大きく憤りを感じていた。

 

「ワカバ、ミカヅキ、あそこにはあまり近付かない方がいい」

「ああ、わかった。何があるかわからないからな」

「わかりました。これ以上のことにはならないように」

 

もう一度シロに念を押された。それほどまでにあのキューブに込められた怨念は強く、存在そのものが悪影響をもたらすというのだから、火葬後の土ですら何かあるかもしれない。近付くのがダメなら、触れるのなんて以ての外。

 

「今は戻ろう。またアレが手に入ってしまった場合、ここで火葬していくことにする」

「うむ、そうしてほしい」

 

今後、完成品との戦いで救出出来たとして、あのキューブはまた出てくるだろう。そうした場合、これからもそれはこの地に埋めていくことになった。

 

 

 

巻雲と朝霜が目を覚ますのはおそらく明日。結局、処置を全て終えるまでに3日かかることになってしまった。初めての完成品の治療なので、時間がかかるのは仕方のないこと。試行錯誤の末にここまで来れたのだから良しとしなくてはいけない。

さらに、目を覚ましたとしても正気かどうかもわからない。呂500は記憶を失っていたが、どんな悪影響があるか。そもそも身体の中身は深海棲艦になってしまっているわけだから、まともなわけがない。

 




ものすごくグロテスクな表現になってしまって申し訳ありません。
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