継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

132 / 303
より強い力

巻雲と朝霜が目を覚ましたものの、それは散々なものだった。巻雲は障害により自分が血塗れに見えるという幻覚を一生見ることになり、朝霜は脳のリミッターが外れてしまったために常時艤装装備というほどのパワーが出てしまっている。

どちらも行動に大分制限が付けられてしまい、特に朝霜は、あまり動き過ぎると自分すら傷付けてしまうという厄介な障害。身体が保たないというのがあまりにも大きく、普段の生活にも支障が出てしまうレベルである。

 

その2人はというと、今は医務室で大人しくしていた。巻雲は血塗れだという自分の手を見て泣きそうになっており、それを夕雲が慰める。朝霜は下手に動くと物と身体を壊しかねないのでそこから動かずジッとしている。せめてもの癒しと、浮き輪達が慰めるように周囲で戯れていた。特に巻雲は精神的にも大分やられているため、3体全員が抱きつき、癒しを提供している。

処置を終えたのは昨日であり、その時の手術痕はまだ完治していないため、動けばそれ相応の痛みがある。とはいえ、中身が深海棲艦であるからか、呂500の時と同じように手術痕は普通よりも早く治っているようで、明日明後日には痛みも無くなるようだ。既に痕から血が滲むようなこともない。

 

「事情聴取は後日にする。今そんなことをしたら追い詰めるようなものだろう」

「そうしていただけると嬉しいです。お気遣い感謝します」

 

2人とも夕雲型ということで、2人の介護は夕雲と風雲を筆頭に行なわれることになる。今までやってきたことのないこともやることになるため、雷もいろいろと教えることになるようだ。

 

「部屋も用意しておかなくてはいけないな。まだ空き部屋があるから、痛みが無くなったらそこを使ってほしい。部屋割りを変えることも好きにしてくれて構わない」

「ありがとうございます。夕雲は巻雲さんと相部屋にさせてもらいますね」

「朝霜は私とで。あと……ちょっとお願いが」

 

少し申し訳なさそうに風雲が飛鳥医師に頼み事。朝霜の今の身体では、ちょっとしたことで本人と部屋を破壊してしまいかねない。うまく制御出来るようになるまでは、生傷は絶えず、職人妖精の力が必要不可欠になるだろう。それをすぐにどうにか出来るように、1人でいいから妖精を常駐させてほしいとのこと。

こればっかりは飛鳥医師が独断で許可が出せるものではなく、下呂大将に連絡を入れてから決めるということになった。以前と同じように、来栖鎮守府からの派遣になるだろう。

 

「君達も訓練があると思うから、厳しかったら言ってほしい。出来る限りのものは用意する」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

 

夕雲も風雲も、姉妹がこうなってしまったことにより、俄然やる気を出している。自分達のこともあるが、必ず報復するのだと己の口から出るほどに。

 

 

 

午前中は少し久しぶりとなる訓練。3日間、巻雲と朝霜の治療に専念していたことで、戦いからは少し離れていた。

 

「あちらは大丈夫なんですか?」

「ああ、姉妹のことは姉妹がやるのが一番早い」

 

鳳翔が聞いてきたのは勿論、医務室で待機している2人のこと。今は夕雲と風雲がある程度の説明をしつつ、飛鳥医師も交えて今後のことについて話し合っている。そこに私達はいなくても大丈夫だ。

 

私達は私達でやらなくてはいけないことがある。施設を守るためにも、さらなる力を付ける必要があるのだ。

これからはより激戦になっていくだろう。駆逐艦以上の艦種の完成品が来るだろうし、それ以上の()()が来る可能性だってある。それまでに、今以上の力を持っておきたい。

 

「では、今日の訓練を。足柄さんと羽黒さんには、曙さん、初春さん、霰さんの底上げをお願いします。雷さんはいつものようにリコさんで」

 

訓練のメニューは基本的には変わらない。だが、私と三日月は別枠となった。理由はすぐにわかる。

 

「若葉さんと三日月さんには、リミッターの解除に慣れてもらいます。念のため非殺傷武器での訓練です。相手は私がやりましょう」

 

これは必ず覚えておかないといけないこと。奥の手として持っている武器を、より使いやすくするためには必要な、以前に鳳翔に勧められた訓練だ。今この時からそれを始めていく。

 

他の者達から離れ、鳳翔相手に2対1の場となる。以前は曙と組んでいたが、今回は三日月と。近接2人で攻めるのではなく、戦場で組むこととなるベストなコンビで。

鳳翔は久しぶりに薙刀装備。訓練を始めたばかりの頃は、ようやく袴に跡を付けるくらいまでしか出来なかった。今回の訓練でどこまで行けるか。

 

「先に聞いておきます。リミッターはどれくらい外せるんですか?」

「数分だけだ。それを使うと全部消耗してしまう」

「私もです。立てないくらいに消耗するので……」

 

前回、前々回とリミッターを外して戦ったが、勝っても負けても消耗が激しすぎるのが難点。自力で解除出来るのなら、自力でもう一度掛け直すことも出来るとは思うが、その時の反動がどうなるかはわからない。

 

「では戦闘訓練の前に、一度リミッターを外してみましょうか。そして、すぐにリミッターを掛け直してください」

「消耗してしまった場合は頼む」

「勿論」

 

先に私がリミッターを外してみる。以前と同じように左腕に触れ、姫に願うように意識を集中する。

ドクンと心臓が高鳴った。血液が高速で全身を駆け回り、力が溢れ出す。

 

「外れましたね。では、掛け直してください」

 

ここからは初挑戦。出来なかったら何もせず体力を使い切って終了である。解除する時と同じように左腕に触れ、深呼吸をしながら姫に礼を言うようにリミッターを掛け直すイメージをする。力を貸してもらっているのだから礼くらい必要だろう。

すると、心臓の鼓動がゆっくりになっていく。駆け回る血液が徐々に速度を落とし、リミッターを外す前の状態に戻っていった。戦闘中にこんな余裕があるかはわからないが出来るのと出来ないのとでは雲泥の差だ。

 

「ふぅ……ふぅぅ……」

「体調はどうですか?」

「問題ない……とは言えないな。やはり大分疲れている。身体が動かないわけではないが」

 

戦闘をしたわけでもないので、全力疾走した後程度の疲れ。少しすれば息も整うだろう。

何もせず短時間でここまでの疲労。限界ギリギリまで戦闘し続けるなら、動けなくなるほど消耗するのも頷ける。慣れていけば効果時間は延長出来るようには思えた。

 

「では次、私がやってみます」

 

私が疲労抜きをしている間に、三日月がリミッターを外してみる。私は左腕に触れるというルーティンが出来上がっているが、三日月は起点が目だからか、顔を掌で隠して目を瞑る。

次に目を開けた時、先程まで無かった輝きが漏れると同時に表情から感情が消えていた。

 

「解除完了しました。次は」

「掛け直してください」

「了解」

 

やはり言葉にも感情は無い。前回の戦いの時もそうだったが、三日月のリミッター解除は感情の喪失が回避出来ないようだ。機械的な思考で処理速度を上げているのだろうか。それとも、感情に使うだけの脳のエネルギーを処理のエネルギーに回しているのだろうか。

どちらにしろ、負担は私より大きそうである。身体が急激に疲れるより、脳を酷使する方がダメージか大きそうだ。鼻血を吹き出すようなことはしないが、熱っぽいような疲れた顔に。

 

「ふは……これすごく疲れるんです」

 

やはり反動で少し緩めの反応になる。酷使した後は休ませるために考えることを少なめにしているようなイメージ。

 

「では、これを何度もやっていきましょう。繰り返し繰り返しやることで、効果時間は伸びていくと思います。出来ることなら、寝る前や、お風呂に入る前にもやってみてください。艤装無しでも出来ますか?」

「やったことが無いからわからないな……一度やってみよう」

 

浜辺にまで移動し、艤装を下ろした後に同じようにリミッターを外してみる。

戦闘とは全く関係ない状態でも、問題なくリミッターは外せた。しかし、身体の節々が悲鳴を上げ始めたため、すぐに掛け直す。

 

「やれないことはないが、動いたら身体が壊れるかもしれない」

「朝霜さんと同じ状態になるわけですね」

 

言われてみれば確かに。私の場合は故意に、かつ脳の障害ではないリミッター解除ではあるものの、艤装で制御していない状態だと身体に害が出る力の増し方をしている。

まさか私のリミッター解除も艤装依存でないとは思わなかった。深海化の影響で、あくまでも自分の身体の限界を突破しているようだ。万が一艤装が壊れても、少しくらいは戦えるか。

 

「朝霜も艤装さえ装備していれば制御出来るということか」

「同じ原理なら可能でしょうね。小型の……潜水艦の子達のような主機があれば、身体が壊れる不安は無くなるかもしれません」

 

ひょんな事から朝霜のこれからに繋がることが判明した。力加減の訓練は変わらず必要だとは思うが、身体が壊れる心配が無くなれば、今よりは生活がしやすくなるはずだ。

 

「訓練後に摩耶さんに頼んでみましょう。可能か不可能かはさておき、やらない理由はありませんし」

「上手くいけば、朝霜は立ち直ることが出来そうだ」

 

まずは訓練を終わらせて、このことを朝霜に伝えよう。喜ぶかどうかは本人の心持ち次第だが、あった方がマシなのは間違いない。

 

 

 

午前の訓練終了。何度も何度もリミッターを外したため、大きく消耗していた。初めて鳳翔に訓練してもらったときのように脚が動かないのではと思うほどである。今回は三日月も大きく消耗し、2人して疲れ切った身体をなんとか動かして風呂へ向かい、薬湯に浸かった。

消耗した身体が満たされていく心地良さ。三日月に至っては、髪が濡れることも顧みず、頭まで突っ込んで薬湯を堪能している。湯が触れている場所が回復するのだから、脳を酷使している三日月にはこの方法も有用であろう。

 

「ふはっ、回復しました」

「おつかれ。お互いに」

「はい、お疲れ様でした」

 

相変わらず左腕に抱きついてくる。リミッター解除の訓練後だからか、より隠そうとせずに少しフワフワしたような雰囲気。脳を酷使したため、思考が単純化しているようだ。

 

「ふぁぁ……落ち着きますねぇ……」

 

頬擦りまで。脳の休息のために心を落ち着ける必要があるとはいえ、なかなかの変わりっぷり。同じように訓練をしてきて、一緒に薬湯に浸かっている仲間達も、この光景には苦笑しか無い。そこまで三日月の侵食が深いというのがわかる一幕である。

 

「三日月ってリミッター外すと暫くアホになるの?」

「曙、その言い方は……」

「反動で考え方が単純になるだけだ。アホじゃない」

 

曙の表現もわからなくはないが、本人の前でそういうことはあまり言わない方がいいと思うのだが。三日月は気にせず私の左腕で癒されているが。

 

「で、どうなのよ。そっちは」

「すぐには慣れることは出来ないな。だが、艤装が無くてもリミッターは外せるみたいなんだ。定期的に外して、効果時間を伸ばしていく」

「私もです。寝る前とか、お風呂に入る前とかにやってみたらと鳳翔さんにも勧められていますよ」

 

艤装無しでのリミッター解除の話で、朝霜の身体のことに繋がったことも話す。常時艤装装備というのはなかなか怖いところだが、身体が壊れるよりはマシだろう。朝霜の意思にもよるが、それで生きやすくなるのなら御の字。

 

「若葉、三日月、本当に何も無いんじゃな?」

「ああ、今は疲れているだけだ」

「もののけがな、()()()なんじゃよ。三日月ではないが、お主に抱きついておる」

 

首に絡みつくように抱きついているらしい。私には当然見えないので、そう言われると少し怖くなる。だが、力を貸してくれている主でもあるので、仲良くやっていけるのなら構わない。

三日月のもののけも同じように上機嫌らしい。より深く結び付いているような感じだとか。リミッターを外すことに慣れていけばいくほど、もののけとの繋がりが深くなるのだろうか。

 

「お主に影響が無いならそれで良い」

「何かあったらまた教えてくれ」

「うむ。可愛い妹が酷い目に遭うのは、わらわとしても辛いのでな」

 

その妹というのには三日月も含まれているようである。

 

「アンタ達がリミッター外す前に終わらせるわよ。今日の訓練からもっとハードだったんだから」

「足柄殿が張り切っておっての。曙はボコボコにされておった」

「あの人めちゃくちゃよ。鳳翔さんとは違う意味で猛者ね。暴走狼は容赦がなさ過ぎ」

 

あちらはあちらで楽しく訓練出来たようだ。私もまた足柄に手解きを受けたいものである。リミッターを外すことが負担で無くなったら、またやらせてもらおう。

 

今はただ、より強い力を得て、その時に備える。巻雲と朝霜の介護も重要だが、これも重要なお役目だ。

 




するすると言ってやっていなかったリミッター解除訓練。外して掛け直すだけで、キラキラ状態から黄疲労くらいまで持っていかれるイメージです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。