私、若葉のリミッター解除が朝霜の障害に極めて近く、艤装があれば身体への悪影響が抑えられそうであることがわかったため、午後の訓練に入る前に摩耶に話しておく。
潜水艦のような小型の主機があれば、肉体に支障が出ないだろう。どうしても腕力なり何なりが強化されてしまうのは気を付けてもらうしかないが、身体が壊れる危険性が無くなるのはいい。
「小型の主機だぁ?」
「ああ、出来ないだろうか」
いきなり言われてもと頭を悩ませる摩耶。その話を聞きつけたセスもそれに加わった。
現在は巻雲と朝霜の艤装をシロクロ呂500の潜水艦トリオが海中から回収しており、それをここにあるものと組み合わせて新たな艤装にしようとしているところだった。主機の構築に関してはこの2人がメイン。
「深海側だから艤装はある程度自由ではあるけどな」
「シロクロみたいなのでいいんじゃない?」
「それかろーのだな。潜水艦のは薄っぺらいから。それにしても、普段使いの艤装ってのは初めてだぞ」
普通の艦娘は、艤装を普段使いなんてしないだろう。私もそうだが、そもそも邪魔。座るにも椅子の背もたれにぶつかるし、寝ることなんて到底出来ない。それに、艤装はパワーアシストをしてしまうため、嫌でも近くのものを破壊してしまう。
だが、それがあろうが無かろうが同じだけのパワーを発揮してしまうのなら話が変わる。それなら常設でも問題ない。
「潜水艦仕様なら風呂にもそのまま入れるし、いいかもしれないな。でも朝霜は駆逐艦だから、その辺りは」
「深海の主機なら別に水没しても問題無いよ」
「ああ、確かにそうだな。なら、あいつらが拾ってきてくれた朝霜の主機を上手いこと弄るか」
あちらでは改造計画が刻一刻と進んでいるようだ。摩耶もセスも楽しそうである。
午後の訓練も終わり、薬湯にも浸かり、夕食の時間まで自由時間となった。
今日一日、訓練にも出ないで姉妹に付きっきりだった夕雲と風雲の様子を見に医務室へ。訓練でさんざんリミッター解除をやり続けたため、反動で単純思考になっている三日月は、私にべったりの状態である。
「調子はどうだろうか」
「ご覧の通りです。巻雲さんはまだ少し厳しいですね」
巻雲は布団を頭から被って自分の姿が見えないようにしていた。一時の三日月を思い出す。布団を被って目を隠してしまえば、ひとまずは大丈夫らしい。自分から目を潰すとかしないように、常時夕雲が見張っているような状態である。
「朝霜、今は無理しちゃダメよ」
「んなこと言ってもよ、手持ち無沙汰なんだよ」
打って変わって、朝霜は既にリハビリを始めていた。変な力が入らないように、朝に破壊してしまった柵のパイプを握り潰さないように握っている。
自分をこんな身体にした大淀達に対して、深すぎるほどの恨みを発散したくて堪らないようだ。見ただけでわかるし、匂いでさらによくわかるイライラ。それ以外にもいくつか匂いを感じるが、あえて触れない。
「朝霜、今工廠で普段使い出来る艤装を作ってもらっている。装備していれば、全力を出しても身体が壊れることは無いと思う」
「お、そいつぁありがたいねぇ。さっきも腕がヤバイことになったんだ。高速修復材が無かったらまた処置室だったな」
あっけらかんと言ってのけるが、自分の力が制御出来ないことで身体が壊れることを実証してしまっていることに外ならない。
今だけは特別に高速修復材の使用を許可してもらっているらしく、すぐに壊れてしまう身体は即座に治すことが出来るとのこと。だからと言って使いたい放題というわけではないし、何より朝霜が痛い思いをしたくないだろうから、使用は最低限ではあるが。
「イライラすんのに身体が動かせないとか、余計イライラすんだよ」
「気持ちはわかるが、大人しくしておいてくれ」
「あいよ。ああ、あと睡眠薬と拘束具頼むわ。寝てる時に暴れて死んでるとか洒落にならないから」
思った以上に明るい。今までやらされてきたことで心を痛めてきていた夕雲や風雲とはまた違ったタイプ。誰も殺したことのなかった姉ともまた違う。それでいて空元気な感じもしない。
朝霜は完全に開き直っている。今まで仲間を手にかけてきたことについても、キューブについても、リコを襲ったことについても、全て大淀のせいだと割り切っていた。
「……お前は強いんだな」
「あぁ? 何がだよ」
「こんなにすぐ立ち直ったのは今までいなかった」
私が尋ねると、そんなことかとヘヘッと笑う。救出後、こんなに早く笑顔を見せた者もいなかったはずだ。
「あたいが悔やんだところで、誰も帰ってこないじゃんか。だったら、さっさと淀さんぶっ潰して、みんなの仇取った方がいいだろって思ってな」
「まぁ……確かに」
「あたいの手で殺しちまった奴もいるけど、それはあたいの身体を使って淀さんがやったことだろ。あたいは良くも悪くも兵器だ。だったら、それを使った奴が一番悪いんじゃね?」
包丁で人を殺しても包丁のせいでは無いという理論。艦娘という存在が、生物と兵器の境界線があやふやなところを逆手に取った、物凄い割り切り方。
それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが、それによりここまで立ち直れているのなら、悪くない選択なのかもしれない。複雑な気分ではあるが。
「こんなこと言ってるけど、朝霜ね、結構堪えてたのよね」
「風雲姉、余計なこと言うなって」
これだけ開き直る裏側の暴露。相手が姉のためか、朝霜もあまり強く出られない。変に力を入れてしまうと、艦娘なんて簡単に折れてしまう。ただでさえ自分の身体すら傷付けてしまうのだから、普段使いの艤装が出来るまでは急な動きが出来ない。
「自分のせいで死んだ子が何人もいるからって、泣いてたりもしたのよ。憂さを晴らすために暴れることも出来ないし。ああ、さっき腕がヤバイことになったって言ってたけど、その時にちょっとね」
あうあう言いながら朝霜が顔を伏せる。開き直るまでに紆余曲折があったらしく、それが朝霜にも少し恥ずかしいことに繋がるようだ。
そんなこと、誰も笑わないのだから恥ずかしがる必要はない。キャラじゃないとか考えているのなら、その考えは捨てた方がいいだろう。朝霜の考えは間違っていないのだから。
「朝霜、悔やんで開き直ったなら別に何も問題無いぞ。悔やんでいないなら少し問題はあると思うが」
「そりゃあ、あたいだって全部覚えてんだから辛いよ。仲間を殺した感触だって、ずっと手に残ってる。だけど、さっき言った通りだ。悔やんだところで戻ってこないんだから、仇討ちをやんだよ」
だから早く手加減を覚えて生活出来るようにするんだともうリハビリを始めているわけだ。朝霜は強い。洗脳されているときも、諦める事なく常に立ち向かっていた。敵としては怖いものだったが、味方にすると心強いものだ。
とはいえ、リハビリで力加減を少し失敗すると、最悪の場合、骨がイカれてしまうというのは厄介である。力んでも筋がやられる可能性があり危険。
「あたいのせいじゃ無いんだ。だから元凶をぶっ叩く。あたいにこんなことさせた淀さんは絶対ぶちのめしてやんだ」
「そうか……よろしく頼む」
「おうよ。あたいは駆逐隊の補充要員とでも思ってくれよな」
近接戦闘が出来るものがもう1人増えてくれたのは正直ありがたい。特に朝霜には大分苦戦させられたのだ。その強さは私達が痛いほどわかっている。精神的な面もそうだが、戦力としても、敵としては怖いが味方にすると心強い。
一方、そんな会話をしている間も巻雲が詰まった布団の塊は動かず。本当に初期の三日月を見ているようだった。
「昼食はどうしたんだ」
「夕雲が食べさせてあげました。目隠しをしたら大丈夫なので」
朝霜も風雲に食べさせてもらったようだが、理由が全く違う。朝霜は箸を持ったら折ってしまうので、手掴みで食べられるもの以外がまともに食べられない。巻雲は自分の身体を見たくないため、目が開けられずまともに食べられない。
巻雲は朝霜以上の苦痛だった。訓練さえしたら克服出来そうな障害ではなく、見るものを血塗れと認識する障害。
「巻雲さん、そろそろ夕食ですからね」
こちらには三日月が話しかける。布団の塊に親近感が湧いたらしい。
「……わかりましたぁ……」
布団の塊が喋った。眠っているわけではなく、ただただ視界を遮りたいだけのようである。見られるのが嫌なのではなく、見るのが嫌だという、三日月とは真逆の理由。
現に、あの布団の塊からは負の感情の匂いしかしない。自己嫌悪が主。その中でも、涙の匂いが特に強い。
「調子はどうですか?」
「……最悪ですぅ……巻雲も朝霜と同じで……いっぱい、いっぱい沈めてきました……巻雲の身体の血は、そのみんなの血なんですぅ……」
常に見せ続けられているため、朝霜のように開き直ることも出来ず、ずっと苛まれることになる。終わったことに出来ない苦痛。
「巻雲はどう償えばいいんですかぁ……」
「元凶をぶっ潰すことだろ、巻雲姉」
「簡単に出来れば苦労しないよぉ」
朝霜も横から口出ししてくる。それで納得出来れば苦労しないのだが。
「カウンセリングは初春さんにお願いした方がいいかもしれません。夕雲達も随分助けられましたので」
「ああ、姉さんにそう伝えておく」
心理的なカウンセリングなら姉の出番だ。夕雲と風雲の禁断症状すらも抑え込むような姉なら、巻雲のこともきっと上手くやってくれる。
血塗れの身体と付き合っていけるような、強靭な心になってもらうのは難しいだろう。だが、その手助けはみんなが出来るのだ。1人で辛いならみんなを頼ってくれればいい。
「大丈夫ですよ巻雲さん。夕雲もちゃんとサポートします。巻雲さんの唯一のお姉さんですから」
「夕雲姉様ぁ……」
「夕雲や貴女を罵る
禁断症状にも、もう入らなくなっていた。不安定なものに引きずられて一緒に不安定になるのが夕雲だったのだが、妹の危機を目の当たりにして、ついに克服した。夕雲もここに来て長い。いち早く抜け出した霰に次いで、ようやく抜け出すことに成功。
キッカケが妹の危機というのは何とも辛いところではあるものの、夕雲はこれにより本当に完治したことになる。
「巻雲、頑張りますぅ……夕雲姉様に支えてもらえれば……少しくらい……」
布団の塊から頭だけ出てきた。禁断症状の時のような焦点の定まらない眼ではなく、しっかりと前を向いた眼。しかし、それでも自分の身体は血塗れに見えるという。
他人はそのように見えないお陰で、今この状態なら生活出来そうだ。身体さえ見なければ正常。
「お布団は血塗れじゃないです……でも……」
隙間から手を出す。私達には何もない綺麗な手に見えるが、巻雲にはそれが真っ赤に染まった穢らわしいものに見えてしまう。何でも、手袋をしても無駄だったらしい。自分の身体と認識したものは全て血塗れのようだ。私にも血の匂いは感じない。
「こんな汚い手で……」
「汚くないですよ。ほら」
その手を夕雲が握った。私達にはただの握手でも、巻雲には穢らわしいものを相手に付けているように感じてしまうのだろう。それでまた精神的なダメージを受ける。
「汚れていないでしょう?」
すぐに手を離して巻雲に見せた。離してしまえば元の掌のようだ。
「はい……はい……汚いのは巻雲だけですぅ……」
「ゆっくり、ゆっくり進みましょう」
少しずつでも進むことが出来ればいい。その場に留まってどんどん落ち込んでいくよりは建設的だ。身体ではなく、心を鍛えていけば、きっと巻雲は外にだって出られる。
「身体の痛みが無くなったら、夕雲と相部屋ですからね。一緒に歩いていきましょう。夕雲は絶対に巻雲さんを裏切りませんから」
「夕雲姉様ぁ……」
その光景を見て、朝霜から少し怒気を感じる。この中では一番下の妹。姉が辛い思いをしている姿は気に入らないようである。だが身体は脱力状態でないと危険なため、悶々としているのがよくわかる。
だからせめて口に出す。身体に出てしまいそうな鬱憤を即座に晴らすために。
「あたい達をハメやがった淀さんは絶対許さねぇ」
「ええ。必ず仇を取りましょ。それが一番の償いになるわ」
「沈んじまった奴らのためにも」
朝霜はとても前向きだ。見ていて気持ちいい。
これを見て、より深く大淀に憎しみを覚えることになった。三日月からも、私と同じ感情を感じ取れた。
さっぱりした性格の朝霜は、クヨクヨせずに開き直りました。優しい性格の巻雲は、ダメージが大きいのでまだまだかかりそうです。