自分に使われている深海棲艦のパーツの持ち主と、夢の中で会話することが出来た私、若葉。大淀に殺されたという駆逐棲姫は、私に喜んで力を貸してくれていたのだが、私が望んだ時に力を渡しすぎたために大きく侵食してしまったらしい。それを謝罪された。
結果的に、私は駆逐棲姫とはいい付き合いが出来ていると思う。もののけとして駆逐棲姫を視認出来る姉にも、それは保証された。侵食が拡がっているわけではないことも、シロに確認してもらっている。今まで通りに訓練を続けることで問題無さそうだ。
「私もお話ししたいです」
「その内出来るんじゃないか?」
「そうですね。まずは訓練頑張ります」
同じく駆逐棲姫に憑かれている三日月も、夢の中で会話をしようと訓練に躍起になっていた。アレをやるたびに感情を失っては取り戻し、単純思考となって私に甘えてくるわけだが、駆逐棲姫と会話が出来れば何かしら変わったりするのだろうか。
まぁ強くなれるのは間違いないので、進めていくしかない。そうしていく内に、三日月も駆逐棲姫と話すことが出来るようになるかも。
朝霜が開き直ったということで、事情聴取が可能となった。巻雲はまだ精神的に不安定なため、夕雲と共に自室待機。
敵陣から救った者からの話であるため、今回は当然、下呂大将と新提督が来客。護衛もいつも通りである。今回は朝から来ているため、その日中に帰るとのこと。夜に嵐が来るわけでもないため、囮役は不要と判断。
事情聴取は念のため医務室で行なわれることになった。私も嘘発見器として便乗。今の朝霜が嘘をつくとは到底考えられないが、何かしらが不審な匂いを感じた場合はすぐに報告する。
「これはまた……仰々しいことになっているな」
「いやぁ、仕方ねぇじゃん。力入れるとぶっ壊れるかも知れないしさ」
朝霜の姿を見て、新提督が溜息を吐いた。
摩耶とセスによる普段使いの艤装はまだ完成しておらず、変な動きをすると身体を壊しかねない朝霜は車椅子に拘束具の姿で2人の前に座っている。別に敵対心を持っているわけでもないため、そんな姿でも朝霜は楽観的。滅多に出来ない体験だとケラケラ笑っているほどである。
自分の身体の危険性は、本人が一番よくわかっている。拘束具と睡眠薬のおかげで朝までグッスリ眠れたそうだが、風雲曰く、朝霜はとても寝相が悪いそうで、拘束具がずっと悲鳴を上げていたらしい。中で骨が折れていないか心配だったほど。
「巻雲は精神的なダメージが酷く、自室待機中です。このまま監査となるのなら、部屋で話を」
「了解した。今回は監査ではないため、無理に話を聴くつもりはない。子供に酷いことはしたくないのでな」
「おぉ、気が利くじゃん。さすが大本営様だねぇ」
何とも危機感のない。とはいえ、アレほどのことがあった後でも、こんな態度を取れるのだから、そこは喜ぶべきであろう。強がりでもなく、空元気でもなく、本心からこの態度だ。朝霜は本当に強い。
「今のあちらの内情を知っている者から話が聴ける機会は、こちらとしてもありがたいです。協力してもらえると助かります」
「あいよ。あたいもハメられたのが気に入らないんでね。いくらでも協力してやんよ」
朝霜も今では大淀に対しては恨みの気持ちが強い。洗脳され、散々なことをさせられ、挙句今の身体にされている。気に入らないに決まっている。
「何から話すよ」
「先生、頼んでいいだろうか」
「ええ、私はそのためにここに来ていますから」
大本営としては動きづらいところも、下呂大将がその脚で全てを調査していくため、事件解決の先陣を切るものとして大本営からの信頼も厚い。
新提督が同席しているとしても、尋問、聴取するのはあくまでも下呂大将。信用されているからこその采配。
「では朝霜、君達の拠点は何処でしたか。ある程度はもう絞り込めているんですがね」
「実はあたいもよくわかんねぇんだ。なんか地下の通路から海に出て行くんだけどさ、実際の位置ってのが見当つかねぇ」
相変わらず大淀はそういうところは用心深い。何かしらの研究中は邪魔が入らないようにしておきたいというのはわかるが、仲間にすら居場所を教えていないわけだ。
「ああ、そういえば、この施設には真西に向かうように進んだっけな」
「充分です。これで拠点はわかりました」
「は、これだけで!?」
流石の朝霜も驚いていた。本当にあと数件というところまで絞り込んでいたのだろう。供述1つでまず1つ解決。
「次に行きましょう。君の身体を改造したものが誰かわかりますか? もしくは拠点にいた艦娘では無い者を見たことは」
「改造はドックでやられたからなぁ。寝て起きたらこの身体だったんだ。艦娘じゃ無い奴……ああ、そういえばいたな」
「男2人が」
「先に言わないでくれねぇかな!?」
先に言われてまた驚く。もうこれは尋問でも聴取でも無い。ただの確認作業。最初に拠点がわかった時点で、見当を付けた者を1つずつ潰しているだけだ。
少なくとも、朝霜がここで治療を受け始めて、まだ1週間も経っていない。今までのこともあるが、膨大な調査を、本来の業務と並行しながらここまでこなしていることが相変わらず恐ろしい。
「この2人じゃありませんか?」
「写真まで用意してんのかよ。……ああ、そいつらだ、うん。見たことある顔だ」
下呂大将が懐から取り出した写真には、飛鳥医師よりも若く見える2人の男が写っていた。その2人共が白衣を着ているため、おそらくは研究者。
「この2人は大本営の内通者なんですか? 僕の同業者にも見えますが」
「彼らも医療研究者ですから、同業者で合ってますよ。君とは違う研究をしていたみたいですがね」
その研究というのが、艦娘の恒常的な強化方法。装備ではなく、肉体的な強化である。
艦娘の蘇生は断念したが、ならばそもそも死なない艦娘を作れればいいのではという、それはそれで倫理的に大丈夫かわからないような研究である。それを聞いて、飛鳥医師が難色を示す。
「……大本営は懲りてないんですか」
「君の訴えを聞いた者達は勿論それも反対しています。ですが、秘密裏に行なわれていたらしく……私もつい最近知ったばかりです」
蘇生に近いレベルで艦娘の人権が無い研究だろう。攻撃されても死なない艦娘というのは、確かに戦況を一変させる力を持つだろう。
だが、それはあくまでも『壊れない兵器』として扱われるだけ。人格を否定されているようなもの。生きているものとして認識されていない。
「その研究の一環でいろいろ作られたのでしょう。例の麻薬も、艦娘の身体強化の一環で作られたものらしいですし」
「深海棲艦の花を使うだなんて、どうかしていますよ」
「ええ、本当に。それが何処かから歪んでいったようです。むしろ、大淀が歪めていったというのが正しいでしょうか」
その研究に大淀が関与したせいで、徐々に研究が歪んでいき、今に至っているのではないかというのが下呂大将の分析。大淀は人間すらも洗脳するのだろうか。それとも、話術か何かで方向性を変えていったか。その研究者がそちら方面に勝手に舵を切った可能性だってある。
どうであれ、協力者であるには変わりない。私達にとっては、深海棲艦以上に殲滅すべき敵である。
「話を戻しましょうか。これで拠点と協力者は確定しました。大本営の内通者もこの時点で見当が付きました」
「すげぇなこのおっさん……」
「いえいえ。私にはこれくらいしか出来ませんから」
そのこれくらいというが異常。
「次。君が知っている限りでいいので、あちらの勢力を教えてもらえませんか」
「あいよ、ちょっと思い出してみる」
そもそも朝霜と巻雲があちら側の最初の完成品だったらしい。プロトタイプというわけではないが、1号と2号ということで早速実戦投入されたようだ。
その完成までに、何人も死んでいったという。今でこそ吐き気がするような出来事だが、あちらにいるときは何も感じなかったそうだ。
「あたいの後に改造するって言われてたのは、伊勢の姐御と日向の姐御だったかな。改二になって強いのなんの。あとは、えーと……姫として淀さんに可愛がられてたのは鶴姉妹と、鳥海さん、あとは駆逐艦が何人かだったっけかな。今ならもっと増えてるかもしんねぇ」
名前が挙がっただけで5人。戦艦2人に空母2人、重巡1人。そこに駆逐艦もいるとして、全員が朝霜並みにされていると考えたら、勝負になるかもわからない。
今攻め込んでこないのも、朝霜と巻雲が敗北したことでさらに調整しているからだろう。駆逐艦2人相手にもこれなのに、戦艦レベルが来られたら勝ち目が薄くなるにも程がある。
「なるべく私が攻め込んでくるタイミングを計算します。そんなことがないように敵拠点が破壊出来ればいいんですがね」
拠点の場所がわかっているのだから、当然すぐにでも強襲をかけるだろう。だが、大淀も策士。それを想定していろいろと準備くらいはしていそうだ。如何に下呂大将率いる精鋭だとしても、全力で抵抗された場合、どうなるかわからない。
「私も当然協力する。それがわかれば、大本営も何も躊躇わないだろう」
「そうですね。慎重に行く必要はあるでしょうが、早急に対処しましょう。大本営も巻き込んだ総力戦です。内通者を全員縛り、敵拠点を制圧することが最優先ですね」
それが全て上手くいけば、私達はこの施設で何もせずに解決してくれる、そこで出た治療が必要なものを治療していくことで貢献することになるだろう。
戦わないなら戦わない方がいい。そうも行かないから私達は鍛えているのだが。戦力が足りないというのもある。協力者はもっと多く欲しいくらいだ。
「私からの質問は以上です。ありがとうございました」
「いいってことよ。あたいも復讐したいからな」
ニカッと笑う朝霜。開き直ってくれたおかげで、もう心強い仲間だ。
「君達にも苦労をかけます。どうやらあちらは、飛鳥を敵対視しているようですからね」
「僕を、ですか」
「来栖の鎮守府を攻めず、ここにばかり攻めてきているでしょう。来栖より君を危険視しているんですよ」
今までやってきた研究をいくつも無に帰してきたのだから、あちらからしてみれば今生の敵として見られてもおかしくないかもしれない。特にその医療研究者という2人は、研究成果を破壊する同業者がいるとわかると気分が悪いだろう。だからと言って命まで狙うとは。
「ああ、そうか。アンタが飛鳥って人だったのか。淀さんにも言われたな。施設の破壊だけは徹底しろって。生かしておいたら何されるかわからねぇって」
「まだ僕は成果が出せていないんだが」
「洗脳を解く手段を確立しておいて何を」
それに、飛鳥医師は艦娘を蘇生する手段にまで至ってしまっているのだ。時間があれば、洗脳だけでなく身体の変質すら元に戻せる可能性がある。
あちらは飛鳥医師の考え方なんて知ったこっちゃ無い。私達はいくら殺しても無限に蘇生される艦娘として認識されている可能性だってある。曙が例外中の例外であり、今後同じことはしないと私達にも言っているのだが、当然あちらには伝わらないわけで。
「とにかく、大淀からしてみれば、君は最初に殺しておかなくてはいけない人間なんですよ。勿論そんなことはさせませんが」
「ありがとうございます。僕は僕で出来ることを着実にクリアしていきます」
「ええ、それがいいでしょう。頼みますよ」
私達も全力で飛鳥医師を守らなくてはいけない。この施設を存続させるためにも、好き勝手にはさせない。
朝霜への事情聴取も終わり、下呂大将と新提督はすぐに帰投。早急に対策本部を設立し、襲撃する策を練るという。
本当に巻雲には触れていかなかった。会話も厳しいというのなら、そっとしておくというのが新提督の考え方のようである。大本営としてそれが正しいことかはわからないが、ありがたいことである。
「朝霜、協力ありがとう」
「いやぁ、こんな形で尋問させるってのはなかなか無い体験で面白かったよ」
最後まで若干テンションが高かった朝霜。普通では無い環境というのが楽しいようである。自分の境遇に悲観的にならず、ここまで開き直れるというのは一種の才能だ。
「早くぶっ潰さねぇと、あたいみたいなのがどんどん増えてくんだろ?」
「それだけじゃない。完成させるために、何人もの艦娘の命が使われている。そんなもの、絶対に阻止しなくてはな」
ただでさえ、5人は完成している可能性が高く、ここからどんどん増えていくのだろう。それに、大淀本人も残っているのだ。
敵はまだまだ多い。大本営に頼り切ることも出来ない状況、まずは私達が強くならなければ始まらない。
伊勢日向姉妹が淀側にいるのは、完部隊から。朝霜も完部隊の一員ですね。