継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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心の安定

双子の妹が敵側にいるということで、摩耶も戦列に参加することを決めた。それに伴い、摩耶の本来の戦い方、防空巡洋艦としてのスペックを解禁。今でこそまだ慣れの問題もあるが、セスの艦載機相手になかなかの動きを見せている。

それで防空が足りるとは限らないため、他にも防空が出来る者は必要だろう。その辺りは鳳翔がいろいろと考えてくれているようだ。私、若葉の所属する第五三駆逐隊は、戦闘スタイルに偏りがあり過ぎるので、それを担うのはおそらく第九二駆逐隊。もしくは、その補充要員になると思われる巻雲だ。

 

「芳しくないですね……夕雲達とは違う幻覚ですから」

 

夕食の後、今日一日の具合を夕雲から聞いていた。今でも部屋に籠ったままであり、食事も夕雲が食べさせている状態。自分の身体が見られないというのは相当に大きく、戦闘どころか普段の生活も難しい。

せめて三日月のように、肌を見せないくらいに厚着をしたら見えなくなるとかなら良かったのだが、それもまた違うというのだから厄介な障害である。自分を構成するパーツは何もかもが血塗れ。罪をありありと見せつけてくるせいで、心がどんどん疲弊していく。

 

「巻雲さんは優しい子ですから、人一倍重く感じてしまっています。しばらくは難しいかと」

「精神的な部分は急いではいけないな。夕雲、基本的に巻雲のことは君に任せていいだろうか」

「はい、私からもお願いします。やらせてください。九二駆は一旦朝霜さんに引き継いでもらいますので」

 

あの巻雲を癒すことが出来るのは夕雲だろう。他の者も力を貸すことはするだろうが、1番親身になれるのは、巻雲にとっての唯一の姉。

夕雲が一時的にカウンセリングに専念するということで、九二駆には正式に朝霜が加わることになった。戦闘用の艤装は現在作成中ではあるものの、手慣れているセスがメインに、訓練しながら摩耶もサポートするため、数日のうちに完成するだろう。

 

「脳の障害を取り払うことはかなり難しい。目を治療するわけでも無いから、手段はこちらでもいろいろ考えているところだ」

「ありがとうございます。消えない幻覚というのは辛いと思いますが、治療の難易度のことを考えると、巻雲さんに乗り越えてもらうのが一番有効かもしれません。無理はさせないように支えていきます」

 

無理に治療せず、巻雲に血塗れの身体に慣れてくれるのがベストではある。だが、それは酷というものだ。罪悪感に押し潰されて心が壊れてしまうのが先。

壊れてしまったら意味がない。巻雲は巻雲のまま救いたい。側に夕雲がいてくれるという環境なら乗り越えることが出来るかもしれない。

 

「あ、先日若葉さんには話しているんですが、初春さんのメンタルケアは受けてもいいでしょうか」

「ああ、否定する理由はないさ。最善だと思った手段を使ってくれ。僕としても心の話であれば、初春の力を借りた方がいいと思っていた」

 

姉のカウンセリングは誰もが有用と感じている。特に夕雲は、それを直に受けているのだから、その効果は身に染みていることだろう。それに、施設の一員としてだけでなく、同じ九二駆の仲間なのだ。頼らない理由もない。

 

「飛鳥医師、若葉と三日月も手伝う。いつのもメンバーを使ってくれ」

「ああ、頼む。朝の診察に巻雲も加えよう。シロも何かしら出来るかもしれない」

 

身体が深海棲艦ならば、私の喉を治してくれたように巻雲の侵食も弄ることが出来るかもしれない。

それが出来れば、朝霜の障害も取り払える。過度な期待はやめるとしても、試す価値は大いにある。勿論、無理はしないように。

 

「医者が匙を投げるわけにはいかないんだがな……すまない、皆」

「匙を投げたわけじゃないだろう。それに、あれは医学ではどうにも出来ないのではないのか」

「脳はどうしても……な。治療とは別の次元になる」

 

さすがに脳を入れ替えるわけには行かない。それは完全な別人に変えるのと同じだ。それもあるから、飛鳥医師は深海棲艦の脳だけは保存していないくらいだ。

飛鳥医師だって得手不得手くらいある。全てが治せるわけではない。そういう時こそ適材適所。施設にはそういうことが出来る者だっている。

 

「手段は探すさ。これだけ長い時間を貰えたんだからな。当然、君達の身体を元に戻す手段も。僕が引き起こした問題なんだから、僕が解決しなくてはな」

 

飛鳥医師の研究は1人でやるには困難なものだ。それでも着実に一歩一歩進めているようだ。艦娘用の人工臓器や人工皮膚も、あと少しというところまで来ているらしい。1年以上この施設に籠って研究してきた成果もついに実りそう。

 

「力を合わせて治療していこう。せっかく助かった命なんだ。楽しく生きてもらわなくちゃな」

 

敵の襲撃も怖いが、巻雲の治療だって優先順位は高い。あわよくば戦力へという少し悪い気持ちもあるが、辛そうにしているのを見ているのは私達も悲しい。笑顔を取り戻してもらいたいのだ。

 

 

 

翌朝、早速巻雲の再検査。身体を見ないことで心が落ち着きはしているものの、それにも限界はある。

 

「巻雲、1日置いたが、調子はどうだろうか」

「気分が悪いとか、そういうのは無いですぅ。でも、身体を見ると……やっぱり辛くてぇ」

 

今も頭から下は布団に包まっている状態。食事をちゃんと摂れてはいるので、体調が悪いとかそういうものは無い。だが、少し顔色は悪い。

朝霜との会話で前向きになろうとする素振りはあったのだが、そんな簡単に歩き出せたら苦労はしない。血塗れの身体と付き合うのは難しい。

 

「匂いは先日から変わらずだ」

「視覚からも変化が無いと判断します」

 

私と三日月の判定は、変化無し。身体が悪化しているようには見えなかった。侵食が進んでいるわけでもなく、見てわからないところで拡がっているわけでもない。現状維持が出来ていることはそれはそれで良いこと。

続いて、シロによる触診。治療されてから初めて頭に触れる。巻雲は医務室と自室以外を知らないため、シロがどういうものかもイマイチわかっていない。だが、夕雲が狼狽えていないところで身を委ねた。

 

「……脳に根を張ってる」

 

割と絶望的な言葉。

 

「ふむ……正直そこは想定通りだ。それを剥がすことは」

「私には……ちょっと難しい。違うところに傷がついちゃう。喉を弄るのとはワケが違う……ちょっとズラしただけでも大惨事だし……」

 

飛鳥医師が脳に直接触れて処置をするのと近しいことが起こり得ると、シロも首を横に振る。

治療不可であることが確定したようなものだ。むしろ、シロがこのまま弄るより、飛鳥医師が処置した方が成功率が高いとまで言う。

 

「ごめんね……私にはどうすることも出来ない」

「だ、大丈夫ですよぉ。巻雲も、昨日1日でいろいろ覚悟はしましたからぁ」

 

巻雲は昨日、丸一日部屋に籠もっていただけだ。夕雲に付き添われて、ベッドから降りることもなく、ひたすらに考え事をしていたらしい。

悲観をやめようと、受け入れる心構えだけは持とうとしたようだ。結果はご覧のとおりだが。

 

それもあるからか、覚悟したというものの精神的な疲弊は目に見える。それを見た姉が動き出す。

 

「覚悟することは良いことじゃな」

「血塗れの身体とお付き合い出来るかわかりませんがぁ……あぅ」

 

夕雲や風雲にやったように、巻雲の後ろ側に回り込んだ。

 

「巻雲よ、少しいいかの」

「は、はぁい」

 

巻雲がかけている眼鏡を外し、夕雲に渡す。そして、以前見た時と同じように、首に腕を回し、手のひらで目を隠した。これが姉のカウンセリングスタイルのようだ。

仲間の温もりを直に伝えることで安心させ、騒ついた心に静寂を与える。焦っていたら何も始まらない。負の感情を薄れさせ、本来考えるべきことを考えさせるため、静かに語りかける。

 

「心を落ち着けよ。お主は自ら覚悟出来る強者じゃ。わらわはそれに敬意を表する」

 

耳元で囁きながら、頭を撫でる。最初は強張っていた巻雲も、姉の言葉を聞いていくうちに少しずつ力が抜けていった。

 

ここまで来るとほとんど催眠療法に見える。だが、姉はそんなことはしていない。心を落ち着かせ、脳を癒す。雑念を捨てさせる禅のようなもの。

ポジティブを後押しして、ネガティブを消し去る、所謂ただの()()だ。それをゆっくりと着実に、心に響くように行なうのが姉のカウンセリング。

 

「ゆっくりでいい、自分を好きになっておくれ。辛かったら仲間を頼っておくれ。わらわ達はお主の仲間じゃ。誰も責めやしない」

「……はい、はい、巻雲は、皆さんを頼らせてもらいますぅ」

「いい子じゃ」

 

独りで背負い込まないようにするのが、開き直るための一番の近道だろう。姉はそれを促している。巻雲は独りじゃない。私達だって支えていこうと思っているし、何より頼れる姉、夕雲が側にいてくれるのだ。

 

「巻雲さん、夕雲は貴女の側にいます。いくらでも頼ってください」

「はい、はい、夕雲姉様、よろしくお願いしますぅ」

 

カウンセリング前から大きくは変わっていないが、声に少しだけ力が入ったように思えた。これを繰り返していけば、いつか開き直ることが出来るだろう。血塗れの身体を罪の証とせず、何か別のものに出来れば御の字だ。

 

 

 

その後、改めて飛鳥医師が診察をし、巻雲の身体に変化がないことを確認。深海の何かに侵食されているものの、肉体的には至って健康体ということのようだ。それだけは安心。侵食によって健康被害まであらわれたら困る。むしろ例のキューブで健康を維持していたなんて事までありそうだった。

だが、トラウマというのは簡単には無くならない。以前の曙のように睡眠障害があってもおかしくないだろう。その辺りは睡眠導入剤などを処方し、健康を維持出来るようにしていくようだ。

 

「夕雲、巻雲にたまには運動をさせるといい。施設の中や浜辺を散歩させるだけでもいいだろう。同じ部屋の中だけだと、気持ちも鬱屈とするだろうからな」

「はい、そうさせてもらいます。少しずつ身体にも慣れていってもらいたいですし」

 

最初は車椅子でもいい。違う風景を見せることで気晴らしが出来ればいいと思う。閉じられた世界だけでは、気分が鬱屈としてしまうだろう。

 

「診察は終わりだ。次は昼食後にしよう」

「はぃ、ご迷惑おかけしますぅ……」

「巻雲、それは違う」

 

飛鳥医師が改めて巻雲と向き直った。ここにいる唯一の人間に面と向かわれたことで、巻雲の身体が強張るのがわかる。

 

伝えられているかは知らないが、巻雲の身体をこう改造したのは、大淀以外にも2人の人間が関与している。それを知ったら人間に対して負の感情を持ってもおかしくない。それこそ最初の三日月のように、嫌悪感を隠さないくらいでも誰も文句が言えないだろう。

巻雲の場合は、人間への恐怖が強い。匂いから判断出来るのは、飛鳥医師への警戒心。自分をこうした人間のように、また何かしら身体に手を加えようとしているのではという恐怖。

 

「迷惑じゃない。僕達は君を本心から助けたいんだ。誰も迷惑だなんて思っていないから安心してくれ」

「で、でもぉ……」

「君と同じような境遇の者達も沢山いる。皆が君を受け入れてくれている」

 

飛鳥医師も三日月に近いくらい表情を変えないが、巻雲と接するときは、ほんの少しだけ笑みを浮かべているようだった。警戒を解すように、子供に接するように優しく話す。

おかげで、巻雲の警戒は少しは取れたように見えた。少なくとも恐怖は薄れていた。この施設に滞在するのも、巻雲的には辛かったのかもしれない。

 

「……わかりましたぁ。その……頼らせてください」

「ああ、いくらでも」

 

これで少しでも前向きになってくれればいい。私達は巻雲の味方。

 

「でも……」

「まだ何か不安が?」

「ここにはあの……リコリス棲姫が……」

 

巻雲の中で一番の不安はそこのようだ。リコリス棲姫の仲間を皆殺しにし、本人にも大怪我を負わせている引け目が、最後の不安。戦闘中に面と向かって恨みが深いと宣言されているのだから、顔を合わせるのも辛いだろう。

 

「リコは気にしておらん。仲間を殺したのは、お主という道具を使った大淀だと考えておった。道具に罪は無い」

「……でもぉ……」

「今度、話をしてみるといい。彼奴はな、あんな態度を取っているがなかなか可愛いところがあるんじゃよ。わかるじゃろ。今でもあの花を愛でておる」

 

施設の周囲に生えてしまったリコの彼岸花は、暇さえあればリコがしっかり手入れしていた。その姿は、あの勇しく喧嘩腰な態度からは一変した愛らしさがある。

あの姿を見れば、多少は安心出来るだろう。本人と話すのが一番だ。

 

「だから、安心せい。誰もお主を悪く思っておる者はおらんとな」

「……はい」

 

少しずつ、少しずつここに慣れていってもらいたい。誰も敵ではないのだから。

 




リコの恨みはもう大淀に対して全振りなので、巻雲には普通に接するでしょう。

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