翌日、前回の戦いから1週間の時が経過。その間に朝霜と巻雲は治療が完了し、今はリハビリ中。朝霜はいいとして、巻雲は障害での精神的な疲弊が激しいため、ゆっくりと進んでいくことが決まった。基本的には夕雲が付き添い、支えていく方針。
次の戦いへの準備を進めている最中、下呂大将から連絡が来る。大本営で対策本部が設立され、今からでも襲撃を仕掛けるとのこと。朝霜への事情聴取から2日でそこまで進んだのはありがたい。さすがは下呂大将である。
今何かあったとしても、援軍がこちらに寄越せないということを事前に伝えてくれた。これで終わってくれればいいのだが、そう簡単には行かないというのも何となく皆が察している。
本当に終わったと確定するまでは、訓練は止めないつもりだ。大淀の首を差し出してもらうまでは戦いは終わらないだろう。人間の罪は人間が裁いておいてほしいものだが。
「先生から連絡はもらったが、僕達は普段通りに過ごそう。それこそ、何が起こるかわからないからな」
飛鳥医師も同じ考えだったようだ。あの大淀のことだから、確実に抵抗する。大本営の全力を以てしても、完全に殲滅しきれるかはわからない。そうなると、こちらに襲撃してくることもあるだろう。
ただでさえ名前が挙がっている者達は厄介だ。ただでさえ通常でもスペックが高い艦娘が、まともではない戦闘力である完成品に改造されているのだ。拠点を破壊出来ても、艦娘は脱出する可能性だってある。
「大本営の健闘を祈ろう」
今、私達が出来るのはそれくらいしかない。堅実に先に進むのだ。
昼食が終わり、また午後からは訓練。外にはいつものメンバーが揃っていく。私は当然三日月と共に、鳳翔の下で鍛えていく。足柄と羽黒に学んでいる曙、霰、姉とは別の方向へ。リコに鍛えられている雷は途中までは私達と同じ方向。
「最近訓練ばかりでお掃除が出来てないわ。先生の部屋が心配」
ここ最近家事が出来ていないと雷がボヤいていた。飛鳥医師の部屋も時間を見ては掃除しているらしい。
部屋が埋まっていることをいいことに、自室の掃除は各々でやると取り決められたことで負担は減っているが、雷は洗濯や食事の準備などもしっかりやっているため、鳳翔や夕雲など手伝う者もいるとはいえ今でもやりすぎ。
「でも、前より強くなれてると思うわ。リコさんの訓練、今ではノーダメージもあるのよ!」
「始めたばかりの時と比べれば、充分強くなっている。不意打ちにも対応してくるしな」
雷を鍛え上げたリコも少し得意げ。
水鉄砲を極め、何処からどう攻撃されても回避しながら当てる技術に特化して鍛えられていたわけだが、持ち前の器用さもあってとんでもない精度になっているらしい。反応速度はリミッターを外した三日月に軍配が上がるが、命中精度は他の追随を許さないほどなのだとか。
水鉄砲だからこその容赦ない砲撃が可能なため、牽制には持ってこいの性能になったわけだ。戦闘補助に特化したのはとても大きい。
「今日もやっていくわけだが、まず先に近海警備だけさせてくれ。日課だ」
訓練前にはリコの戦闘機による近海警備が行なわれるようになった。戦闘後、それなりに時間が経過していることで、襲撃の可能性は日に日に上がっているだろう。なるべくここに到着される前に知っておきたいため、一番索敵範囲が広いリコに任せる。
第二四駆逐隊が警備しているよりも遠くまで一気に飛んでいき、すぐに見えなくなった。そこまで遠方まで調査出来るというのはやはり便利だ。
「……ん?」
「どうした」
「1機から信号が届いた」
この流れ、既視感がある。呂500がここまで漂流してきた時と同じだ。一度完成品が出来ているのだから、失敗作がここに流れてくるなんてことは無いだろう。ならば本隊か。
今の状態で完成品の部隊が攻め込んでくるとなるとかなり厳しい。訓練を欠かさず行なっているとはいえ、施設の艦娘を総動員にしても勝てるかわからないくらいだろう。
「何が来ているんだ」
「……艦娘1人と、それを追う艦娘が何人か、だな。セスほど細かくは見えん」
それをそのままで見るなら、人形に追われている脱出者が妥当な線。どういう状態かわからないが、まずはそれを見てみないことには話が始まらない。
その艦娘達はここから東側の方面にいるらしい。東といえば、朝霜が言っていた大淀の拠点の方向だ。真西に向かってここに来たということは、真東にあるということだし。
「救援が必要かもしれない。鳳翔、若葉達も向かっていいだろうか」
「ええ、実戦訓練と行きましょう。若葉さん、三日月さん、雷さんで出撃。状況を確認し、救出が必要なら救出を、そうで無ければ殲滅を」
「命は取らず、ですね。了解です」
すぐに動けるのは私達だ。リコの戦闘機に案内してもらいつつ、私達は現場に向かうことにした。他に訓練している者に援護を求めるかもしれないため、リコの戦闘機に常についてもらい、緊急時に戻ってもらうように。
案内された先、施設はもう水平線の向こうに消え、近海警備をしている二四駆も見えなくなった。リコが見つけた艦娘というのが敵であることも考え、二四駆にも警戒は強めてもらっている。状況次第では撤退戦もあり得る。
「こんなに離れたところのものを見つけたのか」
「リコさん凄いわよね。移動要塞って言うだけあるわ」
ここまで遠出するのは、来栖鎮守府に向かう時くらいだ。そこまで確認出来るリコの近海警備は、施設の防衛にも非常に役に立つ。
「見えた……確かに艦娘だ」
まだ匂いは感じ取れない場所、少し遠めな場所に艦娘の姿が見えた。追う方も追われる方も艦娘。だが、追う方はどう見ても人形だった。無表情で、命令に忠実に1人の艦娘を追い詰めている。数は1部隊分、6人。
よく見れば、追われている艦娘は雷とよく似た制服を着ていた。見た目も駆逐艦。
「助けるぞ」
「オッケー。行きましょ!」
鳳翔はこれを実戦訓練と言った。ならば、今までの訓練で培ってきた力をここで一度使ってみよう。慢心しているわけではないが、完成品や姫を相手取るよりは戦いやすい。
「先行する、いいな」
「大丈夫! 援護するわ!」
「すぐに追い付きますので、どうぞ」
一番速いのは私だ。先行して足止めし、2人に後から援護してもらうのが一番戦いやすいだろう。
ここまでの訓練で、リミッターのオンオフは手慣れたものだ。それに、効果時間も着実に伸びている。6人相手での時間稼ぎなら大丈夫だ。動けないほど消耗する前にどうにか出来るはず。
「じゃあ先に行くぞ。……頼むぞ姫……!」
左腕に触れ、解除のルーティン。あの艦娘を救うため、一時的なリミッター解除を願う。すぐさま心臓が高鳴り、身体中に力が漲った。駆逐棲姫とも仲良くやれている。あれ以来、夢では出会えていないが。
解除と同時に海を一蹴り。慣れてきたおかげか速度はより速く、目まぐるしく変わる風景にも頭は追いついている。あっという間に人形との間合いが詰まり、追われていた艦娘の前に飛び出せた。
「助けるぞ!」
「えっ、えっ!?」
動揺しているが、話している余裕は無い。まず眼前に迫る重巡洋艦の人形の腹に向け、修復材ナイフによる一撃。噴き出した血をモロに浴びることになるが、その人形を蹴り倒して次の人形に向かう。
自爆装置が腹に入っているのは、匂いでわかっている。今このメンバーで自爆装置を解除出来るのは私だけだ。私はそれに専念し、二次被害を防ぐ。
「お前はここから離れろ!」
「な、なになに!?」
「いいからそこから離れなさい」
間髪を容れず、人形の艤装がことごとく破壊された。感情のない視線と言葉で、後を追ってきた三日月が、リミッターを外して参戦。
三日月も数秒のリミッター解除くらいなら、ノーダメージで数回使用可能。今はその1回目だ。今の砲撃の後、すぐにリミッターを掛け直して普通の砲撃に戻った。リミッターを外していなくても、砲撃精度は上がっている。
「こっち!」
「えっ、い、雷!?」
追われていた艦娘は雷が保護してその場からすぐに離れる。何やら雷の顔を見て驚いていたようだが、言及するのは後。
その時に全ての人形の顔面にきっちり水鉄砲を当てている辺り流石。命中精度もピカイチなら、速射性能までもピカイチ。三日月とは棲み分けが出来ている。
「自爆装置をすぐに解除する。三日月は」
「艤装を破壊します」
リミッター解除2回目。連続使用も問題無し。対して私はまだ一度も掛け直さずに解除状態を続けている。身体にガタはまだ来ない。
出来る限りのスピードで人形の腹を掻っ捌いていく。自爆装置さえ無くなれば、戦闘での不安は無くなるため、これが最優先。代わりに私は返り血を浴び続けることになるが、そこはもう我慢するしか無い。
「……」
それを三日月が、人形が怯んだところに確実に砲撃を当て、艤装を破壊していく。主機を破壊するのは難しいが、武装は確実に破壊され、攻撃手段を失わせていった。無表情無感情で淡々と処理していく姿はなかなか怖いものがある。
ありがたいことに、この人形は完成品が連れてくる精鋭の人形では無かったため、私と三日月だけでもどうにか出来た。
だが、当然ながらあちらもリミッターは外されているため、そのまま置いておいたら自沈してしまうことになる。
「……リミッターを掛け直せ!」
試しに命令してみる。私は喉も侵食され、深海棲艦と同様の声質になっているなら行けるかと考えた。私が姫であるわけではないのだが、元の持ち主が姫なのだから、運が良ければ行けるかと。
だが、残念ながら人形は止まらない。私は姫扱いではないだろうし、そもそももう姫の命令も聞かないように調整されていたのだから、私の指示など全く意味が無かった。
「くそ……やっぱりダメか……」
私が自爆装置を、三日月が武装を破壊した人形達は、やれることが無くなったからか撤退を開始した。人形が撤退というのは実際初めてだが、今まで何も出来なくするようなことが無かったため、これが本来の動きなのかもしれない。
無理に追うこともせず、私と三日月は雷と合流することにした。艤装を破壊して拘束するのも良かったが、私達だけでは施設に運び込む前に全員自沈する。そうで無くても、大きく消耗させたので、拠点に戻る前に自沈は免れない。
悔しいが、あの人形達は助けられなかった。歯痒い気持ちでいっぱいだった。
リミッターを掛け直し、一息つく。疲れはドッと押し寄せてくるが、動けないほどでは無い。三日月も少しフラついたようだが、鼻血が出るほどの消耗は無いようだった。代わりに当たり前のように私の腕からしなだれかかるため、単純思考化はきっちり現れている。この辺りはもう仕方ないものと考えることにした。
「若葉さん……凄いことになってますよ」
「いつぞやの旗風みたいになってしまった」
人形の血をモロに浴びてしまったため、少し気持ち悪い。早く帰って風呂に入りたい。
だがその前に、保護した艦娘が何者かを調べなければいけないだろう。
「若葉、三日月! そっちは!?」
「撤退された。だが、あれではおそらく……」
「そっか……リミッター外してるから……」
助けられないとわかり、雷も少し落ち込んだ顔を見せるが、頭を振って気持ちを切り替える。どちらの方向に逃げていったのかは私と三日月が把握しているため、また来栖提督にお願いして海の底から引き揚げてもらわなくてはいけない。
「助けられないのが辛い。若葉の呼びかけも効かなかった」
「仕方ないわ。今はこの子を施設に連れて行かなくちゃ!」
救出した艦娘は、終始動揺していた。こんなところで救出されると思っていなかったのか、それとも私達が物珍しいのか。
「ぴっ!?」
「ああ、すまない。若葉はこういう戦い方しか出来ないんだ。血塗れだが、若葉も敵も無傷だから安心してくれ」
この反応も無理はない。
「い、雷よね。ここって鎮守府あるのかしら……」
「鎮守府は無いけど、医療研究施設があるわ。私達はそこで助けられた艦娘なの」
帰路に就きながら、簡単にだが説明する。今から向かうところは危険な場所では無い。外部からの襲撃の恐れはあるものの、沢山の仲間達が守ってくれる。
今気になるのは、この艦娘と雷の関係性。妙に雷に対して態度が余所余所しい。
「えっと、名前は?」
「暁、暁よ。貴女のお姉ちゃんの」
「お姉ちゃん! 本当に私に姉妹がいたのね!」
なるほど、だから雷とよく似た制服を着ていたのか。しかし、雷には姉妹のことなんてわからない。D事案のドロップ艦であるが故に、艦娘としての記憶が無いのだから。
そのことを簡単に暁に説明すると、とても悲しそうな表情を浮かべた。何があったかわからないが、逃走先で出会った妹艦に知らないと言われれば、泣きっ面に蜂みたいなもの。
「とにかく、今は施設に戻ろう。話はそこで詳しく」
「え、ええ……助けてくれてありがとう。お、お礼はちゃんと言えるし」
人形に追われていたくらいなのだから、大淀の関係者であることは間違いない。匂いからして薬が使われているようなこともなく、自爆装置も入っていないようだ。
洗脳されていることは無さそうな謎の逃走者、暁。彼女の身に何があったのだろうか。
若葉の戦術からして、自分の血か相手の血でさんざんなことになるのは間違いないんですよね。服が何着あっても足りない。来栖提督に在庫を増やしてもらわなくちゃいけません。