昼からの訓練前に発見された艦娘、暁。人形に追われて施設近海まで逃走してきたところを、近海警備をしていたリコが発見。その側に居合わせた私、若葉と三日月、雷で救助に成功した。
今は施設に運び込み、医務室で診察を受けている。おそらく大淀の拠点から逃げ出してきたのだろうと考えているが、同じことをした曙と比べると消耗が少ない。曙は酷使され続けた末に逃亡し、ここまでやってきたことで倒れたわけだが、暁は少し違うのかもしれない。
私達は戦闘後の汚れを落とした後、その暁が診察を受けている医務室へと直行した。私の訓練をするはずだった鳳翔は、先に医務室にいたようである。リコは近海警備を続けてくれている。
「僕の診察の上では、疲労や傷はあるものの身体に異常は無いと判断する」
診察上では健康体。私の嗅覚でも判断は出来たが、体内におかしなものが入っているようには見えなかったそうだ。レントゲンでも異物は無し。機械が埋め込まれているようなことは無くて安心。
ここからは私や三日月が改めて確認させてもらう。三日月の眼は今現在も暁に何事もないことを物語っているため、すぐに良しとした。次は私。
「え、な、何してるの?」
「すまないが、若葉の嗅覚でいろいろと探させてもらっている。犬に戯れつかれたとでも思ってほしい」
それで納得してくれているかはさておき、背中側からではあるが、胸骨と腸骨の匂いは優先して嗅いでおいた。
結果、異常な匂いは感知せず、
これにより医学、視覚、嗅覚により暁の無実は証明されたことになる。あとはシロの感覚と姉の霊感だが、おそらく同じようになるだろう。
「すまない。ここは今、いろいろあって敵に襲撃されているんだ。なるべくチェックさせてもらっている」
「そ、そう、なのね。うん、仕方ないと思うわ。誰だってそんな時に来た余所者は疑うもの。暁はレディだから、その辺りは弁えるわ」
レディかどうかはさておき、物分かりがいいのはありがたい。いつ敵が来てもおかしくない状況で、所在不明の艦娘が流れ込んできたら当然調査をする。嫌がられたら黒と見做しても間違いじゃないと思う。
少し時間が経ってから、姉と潜水艦3人が医務室にやってきた。クロと呂500は完全に便乗。特に呂500は雷がここにいるから来たというのもある。部屋に入るなり、雷に抱き付いていた。
広くなったとはいえ、これだけの人数が入ると大分混み合った感じになる。暁も少し困惑していた。特にシロクロ相手だと、怯えたような目に。深海棲艦と共存しているというのには慣れない様子。
「し、深海棲艦……やっぱり驚いちゃう……」
「さっきリコを見ただろう。それに、ここには何人かいるとも説明したはずだが」
「そうだけど……戦うはずだった人とこう、ね?」
言いたいことはわかるが、ここはそういう場所なのだ。ここに滞在するのは今だけかもしれないが、そうだとしても少し我慢してもらいたい。
先程施設に辿り着いた時にリコと対面して、思い切り怯えていたのを思い出した。ただのイロハ級の深海棲艦ならまだしも、強力な力を持つ姫だ。味方と言われても怖がるのは無理はない。見た感じ練度も低いようだし。
「大所帯になったのう。わらわからは何も言うことはない」
「憑いていないと」
「うむ。何も憑いておらぬ。あちらの関係者には何かしらあるが、其奴には何も視えぬ。安心していい」
目に見えないものに対しての判定を受け、暁が硬直した。もしかしたら、そういうものが苦手なのかもしれない。
「つ、憑いてるって、お、お化け!?」
「まぁ似たような者じゃな。安心せよ、お主には憑いておらぬ」
「そ、そう……レディだから、お化けなんて怖くなんかないわよ! ……ないわよ!」
何となくキャラがわかってきた。ここにいるといろいろ驚くことが多いだろうが、慣れれば楽しく感じてもらえるはずだ。今は雷達が側にいれば何とかなるだろう。
続いてシロの感覚的な判定。座っている暁の頭に触れて、いろいろと調べていく。外見には何も出ていないので、まず優先して頭。朝霜や巻雲のようになっていたら大変だ。
「……何もない……かな。同胞のものは入ってないよ」
「お、お化けの次は何なの……」
「深海の因子……って言えばいいかな。何もないから……心配しなくていい」
シロの確認も入ったことで、ようやく暁は信用されることになる。大淀が今までやってきたことは、暁には施されていない。ここまでやったのだから、されているとしたらさすがに誰かが勘付く。
「よかったねぇ。ここなら安全だよ!」
「アゥアー」
「ぴゃあっ!?」
祝福するようにクロと呂500が暁に抱き付いた。雷の姉ということで、2人とも普通以上に歓迎ムード。ずっとここにいるとは限らないし、むしろ曙の時と同じように来栖提督の鎮守府に再配属という流れが自然だが、今だけはここに滞在してもらうことになるだろう。仲がいい方が良いに決まっている。
「何処に行くか決まるまではここに滞在すればいい。今は大本営が忙しいから判断を仰げないから、数日はいてもらうことになるだろう。部屋は……」
「私のところがいいわ! ろーちゃんは私のベッドで一緒に寝るから、お姉ちゃんが寝るところは大丈夫!」
「ンィイ、アイ」
「ろーちゃんも大歓迎だって!」
雷の方を見る暁。それに対してニッコリ笑顔の雷。記憶は一切無いとしても、姉妹というのは興味深いものなのだろう。私と初めて会った時に、妹になってほしいと言われたほどだ。それが、実の姉が現れてくれたのだからテンションも上がっている。
「暁、それでいいだろうか」
「そうね、うん、妹の部屋なら落ち着けるかも」
今では呂500も同じ制服で姉妹のようなもの。暁がいいのならそれでいい。
「でも雷、暁のことよくわからないのよね」
「うん、でもいいの。お姉ちゃんっていうのが憧れだったのよね」
雷の持っている姉妹像がどんなものかはよくわからないが、同じ部屋で寝るとか、たわいないお喋りをするとか、そういうものを望んでいるようだ。
「ろーちゃんが妹みたいなものだし、欲しいもの揃っちゃった! これで時間が解決すれば全部終わりね!」
「ああ、そうだな。話を聞きたいところだが、最低限来栖を呼んでからにしようか。暁、今は休んでくれ」
昼に救助して今まで診察していたことで、もうそろそろ日が暮れるほどの時間になっている。今から来栖提督を呼ぶわけにもいかないため、事情聴取は明日改めて。今は逃走してきた疲れを取ってもらうべきだろう。
話の通り、今日は雷と呂500の部屋に寝泊まりしてもらい、事情聴取が終わり次第、来栖提督と今後を相談。大本営に保護してもらうか、来栖鎮守府に再配属の方向に向かうことになる。
「お姉ちゃん、大丈夫? 疲れてない?」
「疲れてはいるかな……あと……その、お腹が空いちゃって……」
少し恥ずかしそうに話すと同時に、腹の音が聞こえた。安心して気が緩んだか。
長々と航行してきた可能性だってある。空腹まで訴えているくらいだから、余程切羽詰まった逃走劇だったのだろう。そういえば、似たような状況でここに辿り着いた曙も空腹を訴えていたものだ。あれももう懐かしく感じる。
「あ、夕食の準備しなくちゃ。お腹空いてるなら、その前にちょっとお腹に入れておく?」
「う、うん……って、雷がご飯作ってるの?」
「そうよ。だってここには他に作れる人がいないんだもの。今は鳳翔さんがいるし、ろーちゃんやみんなが手伝ってくれるからいいけどね」
早速姉妹のような接し方になっている。終始ニコニコしている雷からは、負の感情が一切感じ取れない。心底喜び、楽しんでいるのがわかった。
今の厳しい戦況のことなんて忘れてしまったかのように振る舞い、暁と呂500で仲良くしている姿はとても微笑ましい。荒みかけていた私達の心には、一服の清涼剤となった。
「ここがちょっと変わったところなのはわかったわ……」
私も三日月も、頬の痣しかり顔の傷しかり、見ればわかるほど通常と違う。私に至っては戦い方も違う。誰がどう見ても、この施設は普通と違うと思う。
「ここにいる人達はみんなそうなの?」
「そうよ。鳳翔さんみたいな出向してる人達は普通だけど、私もほら」
服を捲って腹の傷を見せた。それに、記憶が無いと言われれば普通と違うことはわかる。それに、呂500が話せないこともそこに繋がるだろう。
見て聞いてわかったようで、暁は素直に納得した。これ以降、あまり触れてはいけないことであることも理解してくれたようだ。そういうところを無言でわかってくれるところは、真に
雷と呂500が暁に施設を案内すると医務室から出て行き解散。と、私と三日月と姉だけは少し残るように言われた。おそらく暁のことで話があるのだと思う。
「暁は大淀の下から逃げ延びた艦娘だ。まぁその辺りは君達も勘付いているとは思うが」
「あの状況でそう思わない方がおかしいな」
「練度が低いことを考えるにだな……暁は
嫌なことを思い出した。負の感情を発し、完成品を作り上げていたキューブ。艦娘数名が圧縮されて作り出されたと思われるそれのために、暁はわざわざ建造されたのでは無いかと飛鳥医師は話す。
確かにこんな話は私達にくらいしか出来ない。この施設でも、完成品の腸骨に入っていたものの現物を見たのは、ここに残った者とシロだけ。思い出しても吐き気がする、邪悪な物だった。
「詳しくは明日、来栖と聞くことになるとは思うが、助かって本当に良かった」
「そうだな……ああなる前に脱出出来たんだな」
ああなっては助けるとかそういうものではない。人の形すら失われ、死しても尚、怨嗟の声をあげ続けるだけのただの装置にされてしまう。人権とかそういうところから逸脱してしまっている。
そこから逃げ出せたというのなら本当に良かった。最悪の事態を免れることが出来たのは、暁の勇気のおかげだ。
「僕としては、当初の曙と同じ流れで行きたいと思っている。雷も喜んでいるしな」
「そうじゃのう。姉妹というのは心安らぐものじゃ」
私にもここに姉がいるわけだが、同じ場所に姉妹がいるというだけで安心感が違う。なので、なるべく近くにいてもらいたい。ここから離れるにしても、大本営だと今生の別れになってしまう可能性があるが、来栖鎮守府に再配属してくれればまた会うことも出来る。
そのままここにいてもらうというのも考えたが、それは難しい。姫や人形であった時の洗脳を解いてここにいる、継ぎ接ぎの無い風雲や姉とは立ち位置が違う。事後経過を見る必要もない。なら、然るべき処置の後、規則にあった流れに乗るのが普通だ。
「先生には事後承諾になってしまうか。まぁまずは来栖と一緒に事情聴取だな」
「そうだ、大本営の襲撃はどうなったんだろうか」
今からでも襲撃するという旨の通達を朝に貰っている。時間は大分経っているが、もしかしたら今も戦闘中かもしれない。長い戦いだ。それほどまでに抵抗されている。
襲撃はおそらく、下呂大将の第一水雷戦隊も参加しているはずだ。圧倒的な力を持つ神風型5人でも、大淀と直接対決した時に現れた精鋭の人形相手では多少手こずっていたのを覚えている。あんなのがワンサカ出て来ている可能性も高い。
「連絡は貰っていないから、まだ終わっていないんじゃないだろうか。僕達はその件に関しては気長に待つしかないだろう」
もしかしたら、大本営の襲撃のイザコザに乗じて、暁は脱出してきたのかもしれない。そうだとしたら、今日襲撃で良かった。そうでなければ、今日にでも暁はあの忌々しいキューブの一部にされていたかもしれないのだから。
朝に拠点に襲撃を受け、バタバタしている内にここまで来たのなら話は繋がる。朝からずっとここまで全力で駆け抜けてきたのなら、空腹だって訴えるだろう。
「ともかく、今は普段通りを貫く」
「了解。若葉達も現状維持に努める」
ほんの数日の同居であるものの、雷には楽しんでもらいたい。念願の姉が目の前におり、負の感情が一切無くなるほどに喜んでいるのだ。別れが辛くなるかもしれないが、そこは雷、しっかり乗り越えることが出来るはず。
レディの言動は子供っぽいですが、気遣い出来るのでちゃんとレディ。一人前のレディになれる日は近い。練度は低いけど。