継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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恵みの嵐

深海双子棲姫の艤装を有り合わせの材料で作っていく方向で一致団結した。私、若葉もこの機会に艤装の整備の方法を完全に覚え、摩耶と共に工廠での仕事が出来るようになりたい。

その一歩目が深海棲艦の艤装というのはまた難儀なものではあるが、これはこれでやり甲斐がある仕事だ。楽しくなりそうである。

 

ただし、今は一切の材料がない。先日の鋼材搬入で全て持っていってもらっていっている。そのため、材料集めのためにはまず、次の嵐を待つしかなかった。こればっかりは天災であるためどうにもならない。

前回の嵐は、おおよそ2週間前。嵐が起こりやすい地域とはいえ周期は微妙にバラバラらしく、早いと2週間で来ることもあれば、1ヶ月以上空くこともある。

 

「早く嵐来ないかなぁ」

「そんなにすぐには……来ないよ」

「そうだけどさぁ。姉貴だってすぐに直したいでしょ?」

「それは……そう……だけど……でも呼んで来るものでもないし……」

 

艤装が戻ってくる日が待ち切れず、事あるごとに外を眺めているクロ。外は雲ひとつない晴天。嵐は遠すぎるほどに思える。待っていても来るものじゃない。

シロがその辺りはどうにか言いくるめようとしているようだが、なかなか話を聞かないようである。楽しみなのは仕方ないだろう。とはいえ、私達は未だに嵐に対しての嫌悪感や苦手意識は残ったままだ。来ないのなら来ないでほしい。

 

この一件から、クロは摩耶に懐くようになった。早く直したいという気持ちの表れか、簡単な艤装整備すら手伝うようになった。クロが工廠にいるため、シロも近くにいる。艤装の整備は遠目に見ているだけだが、居心地は良さそうだった。

 

 

 

そこから嵐が来たのはちょうど1週間後。

私がここに来て初めて知った嵐よりも大きな嵐。施設そのものが少し揺れるほどにまで強い風と、雨戸に叩きつけられる雨。そして雷すら鳴っていた。私は激しい嫌悪感を覚え、雷は怯えて私の部屋にやってくる。ここまで激しいものだと、摩耶も寝付きが悪くなるらしく、前回と変わらず3人で眠ることに。

 

「これはダメ……ダメね……すごく怖いわ……」

「ああ……これはダメだ……最悪な思い出が蘇る」

「まぁこういうときは頼ればいいぜ。あたしも正直助かるしな……」

 

私が酷い目に遭った荒天の戦いは、これくらいの酷い嵐だった。嫌悪感は激しくなる一方で、イライラが募る。

それをどうにかしてくれるのが摩耶だ。私と雷の頭を撫でながら、少なくとも私達が眠りにつくまでは起きていてくれる。それだけでも嫌悪感が和らいでいくように思えた。仲間に裏切られて見捨てられた私には、()()()()()()仲間の温もりが必要なのだと改めて実感。

 

「クロは喜んでたぜ。明日が楽しみっつって早々に寝やがった。遠足前のガキかよっての」

「子供だろう。見た目からして」

「そりゃそうか」

 

私達とは逆に、待ち望んでいた嵐がついに来たことに大喜びだったクロ。シロはその様子をぼんやりと眺めているだけだったが、妹が喜んでいるところを見て高揚しない姉はいない。ほんの少し微笑んでいた。シロ自身も嵐は待ち望んでいたのかも。

 

「クロのあの元気さは羨ましいわ……」

「ありゃあな、元気っつーか、能天気っつーか」

 

私もあれは少し羨ましい。艤装を直すと決めてから、一度も落ち込んだ態度を見たことがないほどだ。浮き沈みが激しいかもしれないが、まず沈まないのなら関係ない。

 

「明日は前より忙しくなるな」

「……ああ。まずこれを乗り越えないといけないのが辛いが」

「それはまぁどうにかしてくれ」

 

前回と同じように、摩耶に引き寄せられる。これだけで快眠出来るのだからありがたい。雷も安心しきった様子で摩耶に抱きついている。なんだかんだ摩耶には頼りっぱなしだ。

 

 

 

翌朝、全員が作業着で集合。この1週間でシロとクロのための作業着も届き、準備万端。クロは人一倍元気であった。

2人は艤装が無いため、飛鳥医師と同様に非力。下手をしなくても飛鳥医師よりも物は運ばない。そういうものは私達艦娘組が運ぶため、前回と同じく二手に分かれての作業となる。

 

「私はマヤと行く!」

「……クロちゃんと一緒で……」

「わかったわかった。センセ、あたしが2人を引き受ける。ちょうど3人ずつに分かれられるだろ」

「ああ、2人は任せた」

 

クロが摩耶に懐いているため、深海双子棲姫の2人は摩耶と行動。今回も私は雷と共に行動する。以前と違うのは、そこに飛鳥医師が加わったこと。この中で一番の経験者が一緒なので心強い。

 

「昨日ほどの嵐だと、相当な量が流れ着いてきているだろう。2人に運搬は任せることになってしまうが、僕もなるべく手伝う」

「いいのよ! 私に頼ってちょうだい! たまの艤装だもの、いっぱい運ぶわ!」

 

私も頷く。こういうものは適材適所。物運びは艤装装備の私達の仕事だ。飛鳥医師には万が一の時にいてもらう必要があるし、緊急時に適切な指示を出せるのは間違いなく飛鳥医師だ。私だと混乱してしまう可能性がある。

 

「早速ね。こんな近くに落ちてるのは久しぶりよ」

 

少し歩いただけで物が大量に落ちている。何処かで戦闘があったのではないかと思えるほどの量であり、この時点で1回施設に戻らなくてはいけないほどである。大物は無かったが、小物が固まっている。

この中から使えるものがあるかどうかは、今の私にはまだわからない。こういう小さなものでも後々で使えたりするのだから、綺麗にするのも込みで全部回収しなくては。

 

「深海棲艦の艤装もそれなりにあるな」

 

ここまで多いと深海棲艦の艤装も数多く流れ着いている。流石に無傷のものはないが。深海棲艦の死骸もあるかもしれないと思っていたが、今のところまだ見つかっていない。摩耶達の方では見つかっているかもしれないが。

 

「今日は特に多いな……。近くで大きな戦闘でもあったか」

「来栖提督から何か聞いてないのか?」

「そういった連絡は来ていないな」

 

飛鳥医師の言う通り、私が一度体験した嵐の後の清掃よりも格段にゴミが多い。掃除のしがいがあるというものだが、こうも多いといろいろ勘繰ってしまう。

何でも、私を救出してくれた時もこれくらいだったらしい。そうなると、何処かで大きな戦いがあったと思うのもわかる。

 

私にとっては、未だに吹っ切れることのできない嫌な思い出だ。嵐のたびにあの最悪な体験を思い出し、嫌悪感に苛まれる。笑い話には絶対出来ない経験。

私の時と同じくらいの規模と言われると、もしかしたら、また私のように犠牲になった艦娘がいるのではないかと勘繰ってしまう。

 

「若葉、辛いのなら休むか?」

「後片付けは1日でやらなくちゃいけないわけじゃないんだもの! 体調悪いならお休みしなくちゃ!」

 

飛鳥医師と雷にすぐにフォローされる。思ったより顔と態度に出やすいらしい。その辺りはもう少し何とかせねば。

 

「大丈夫だ。嫌なことを思い出しただけ」

「そっか……若葉はちゃんと覚えてるんだもんね。だったら尚のこと私に頼っていいのよ!」

 

作業中で汚れてはいるものの、そんなこと関係なく雷が手を握ってくれた。摩耶に一緒に寝てもらった時のような安心感が得られる。黒く淀んだ頭の中に光が射すような温かさ。

 

「雷、頼らせてもらう」

「任せて! これを機にお姉ちゃんって呼んでもらうからね!」

「それはない」

 

まだ諦めていなかったのか。思わず苦笑してしまった。飛鳥医師ですらほんのり微笑んでいるように見えた。

 

歩いてはゴミを見つけ、そのたびに施設に運び入れを繰り返す。最初に飛鳥医師が言っていた通り、相当な量が流れ着いている。それが宝の山になりかねないのだから、今回は意気込みが違う。

工廠でちょうど摩耶達と合流したタイミングがあったが、常にクロは満面の笑み。これが自分の艤装になるかもと思い、どんなものでも、それが例え使い物にならないゴミでも、全てがお宝に見えているようだ。子供がたわいないものを蒐集するかの如く、何でもかんでも拾っては工廠に運んでいる。

 

それを何度も繰り返し、小一時間ほど経過。浜辺はまだ半分も清掃出来ていないが、既に前回の清掃と同じほどには拾ったものが貯まったくらいの時に、事件が起こる。

 

「あ、また大物がありそうね」

 

雷が指差す方、遠目でも大きいものとわかる。以前見つけた深海棲艦の艤装くらいの大きさのものだ。主機の部分だったりしたら、クロが喜ぶだろう。

だが、それを見て飛鳥医師の表情が一気に変わる。

 

「嘘だろ……また流れ着いたのか!?」

 

すぐに駆け出した。つまり()()()()()()なのだろう。私達もすぐに追う。

 

「くそ、火傷が酷い! 応急処置が難しいぞ!」

 

そこにあったのは、()()()()()()()()()()()。即座に飛鳥医師が近寄り、意識があるか、息があるか、()()()()()を調べる。このタイミングで見つけたということは、下手をしたら一晩の間ここに放置されていた可能性がある。

見た感じ、死の寸前と思えるほどの重傷。特に酷いのは全身を焼いている大火傷。制服も意味がないほどになり、私は腹だけだったらしいが、この艦娘は顔の半分が火傷を負っており、焼け爛れてしまっている。

 

「おい! おい! 意識はあるか!」

 

返事が無い。気絶しているのか、それとも……いや、考えないことにする。私が生きていたのだ。まだ死んでいない。

火傷になるべく触れないように脈を測りながら、今ここで出来る限りの応急処置を施す。火傷に対して出来ることは難しいため骨折などを探るが、そういった怪我は確認出来ない様子。抉られたような痕も無く、とにかく全身の火傷が厳しい。これだと後遺症が残るレベルである。

 

「脈はあるが小さい! だが身体に熱も感じる! すぐに運ぶぞ!」

「若葉! 艤装持って!」

「了解」

 

傷付いた艦娘は雷が抱え上げ、私はおそらくこの艦娘の物であろう艤装の残骸を持つ。この状態で大急ぎで運ぶこととなった。

飛鳥医師は雷に運ばれる艦娘に対してずっと声をかけ続けている。これで意識を取り戻してくれれば御の字。

 

「……ぁ……ぁっ……ぃ……」

 

意識を取り戻したというよりは、譫言のように呟いたのが聞こえた。少なくとも生きていることは確認出来た。言葉が話せないわけでもない。それだけは安心したが、予断を許さない状況であるのは変わらない。

 

「しに……たくない……こんなの……」

「必ず助ける! もう少しの辛抱だ! どうにか、どうにか耐えてくれ!」

 

悲痛な譫言を聞き、心が抉られるようだった。もしかしたら私もこういう感じだったのかもしれない。あの時は視界がぼやけていたし、おそらく飛鳥医師であろう人に駆け寄られた時に意識を失ったため、自分では覚えていない。

とにかく、この艦娘は死んではいけない。今の譫言……『()()()()』という言葉に全てが込められていた。

 

おそらく、私と同じだ。

捨て駒、弾除け、囮。最悪な艦娘運用に巻き込まれたもの。いくら私達が生体兵器だとしても、()()()()は酷すぎる。

 

先程の危惧が当たってしまった。二度と現れてはいけない捨て駒の艦娘がまた流れ着いてしまった。

 

「この艦娘は死んじゃいけない」

「当然だ! 絶対に死なせない!」

 

施設が見えてきた。ここまでの道程がとてつもなく長く感じた。その間に、この艦娘が息絶えてしまいそうで不安だった。

私は運んだ艤装を工廠に運び、自分の艤装も適当に置いた後、そのまま処置室へ向かった。ちょうど雷が慎重にベッドに寝かせるところだった。

 

「若葉にも手伝わせてくれ。この艦娘は、若葉と一緒だと思う。だから、若葉の手でも救いたい。頼む」

「指示通りに動け! この場で文句を言うな! 言いたいことがあるのなら後でさんざん聞いてやる! 今はこの子を助けることに集中するぞ!」

「了解だ」

 

この頃には手も震えていなかった。救いたいという気持ちでいっぱいだった。飛鳥医師の意志が、心の底から理解出来た瞬間だった。

素人が手伝ったところで、逆に足手纏いになるかもしれない。それでも、何かしてあげたかった。治療したことで恨まれるかもしれない。死を望まれるかもしれない。だとしても、どうにかしてあげたかった。

 

この世界はこんなに楽しいと知ってほしかった。私が今、こうやって生きているのだ。大丈夫、誰だってそう思えるはず。

 




新たに漂着した艦娘については次回。ヒントは、若葉と同じく、最低資源で建造可能、且つ、改二などのスペックアップもなく、1-1でも拾えるようなコモン艦。

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