ほんの少しの間だが、施設に滞在することになった暁。その診察も終わり、洗脳や改造の疑いがないこともわかったため、今は施設で身体を休めている。明日、来栖提督による事情聴取が行なわれた後、今後の方針を決める。おそらくは来栖鎮守府への再配属となるだろう。
夕食時もみんなと一緒に食べることになる。当然雷が隣に付き、もう片側には呂500が。すっかり仲のいい姉妹に。呂500は何の繋がりも無いのだが、雷を相手にするように暁に懐いたそうだ。姉の見立てでは、呂500のもののけは一段と落ち着いているとのこと。
「あたいがあっちにいる時は見てないな。ってことは、ここ1週間で建造されたってことじゃね?」
箸を使うことに悪戦苦闘しながら朝霜が話す。普段使いの艤装が手に入り身体が壊れる心配は無くなったものの、力加減の訓練はどうしても必要であり、これまで何本も箸を折ってきている。最後は堪らず風雲に食べさせてもらうようだが。
「練度が低いのも頷けるわけか」
「そういうこったな。ああっ!?」
また箸が折れた。故に、朝霜だけは割り箸を何本も横に置いている。ちくしょうと溜息をついて次の割り箸へ。力加減というのはなかなか難しいようだ。艤装と同じ質の箸でも作ってもらった方がいいのでは。
「あちらの研究室には、艦娘を建造出来る施設があったということですか」
「そりゃあな。人形作るにもドックが必要だし、それなりに普通の鎮守府だぜ? 海沿いに無いだけで」
三日月の質問に朝霜が答えた。やはり今この場で一番詳しいのは朝霜である。
地下通路を通って出撃と言うくらいなのだから、少し奥まったところに建てられた鎮守府なのだろう。出撃はしづらいかもしれないが、深海棲艦からの襲撃も抑えられるという一長一短。
今なら襲撃しづらいという、あちらから見れば最高の、こちらから見れば最悪な立地であることはよくわかった。私達には縁が無さそうではあるが、下呂大将はその辺りも考慮して襲撃しているのだろうか。
「艤装の調査もしたけど、普通の艦娘のものだったよ」
今度はセス。摩耶が訓練している間に、セスが暁の艤装を調査していたらしい。
結果として、何の混じり気もない艦娘の艤装だったそうだ。外観に改造が加えられているわけでもなく、中に何か仕込まれているわけでもない、正真正銘、暁型1番艦暁の艤装で間違いないとのこと。
「アサシモの戦闘用艤装も明日には直るから」
「よっしゃ! ありがとなセスさん!」
喜ぶのはいいが、勢い余ってまた箸を折る朝霜。これならもうフォークとスプーンで食べた方がいいのでは。
その日の夜、再び明晰夢を見た。彼女との二度目の邂逅である。相変わらず私のことを笑顔で見つめてくる。
『
「お陰様でな」
どうやら実戦に使ったことが気になって出てきたようである。何処か嬉しそう。
私が駆逐棲姫から力を借りて戦うということは、彼女自身が戦いに参加していると解釈しているようである。自らの手で復讐を遂げることが出来ない分、私の身体を使って願いを叶えるというのが目的のようだ。
「だが、まだまだだ。疲労が大きいし、持続時間が短い」
『それは頑張ってとしか言えないかな。
限りなく近く、限りなく遠い場所からの応援だ。友好的であることがわかっているため、それは活力に変わる。外ならぬ駆逐棲姫が後押ししてくれているのだから、私はその思いを乗せて戦わなくてはいけない。
ここで沈んでいってしまった者達の命もそうだが、私はそれなりに多くのものを背負っている。その中の1人と会話出来ているのはありがたいことだ。
『そうそう、それを言いたくて会いに来たんじゃないんだ』
「と言うと?」
『今日拾った子、気を付けた方がいいよ』
拾ったとなると、当然暁のことになる。充分警戒した上で、診察やら調査も全部やって、満場一致で問題無しと判定したのだが、駆逐棲姫には何か別のものが見えているようだった。
一番近くで見ていると言うだけあり、私の見たこと、体験したことは全て筒抜けであるようだ。暁と一番多く接触していたのは雷と呂500だが、その次は多分私。その分、駆逐棲姫も暁を見ていることになる。
「そうは感じないんだが」
『なんて言えばいいかな、ほんの少しだけ、
これはまた曖昧な表現。シロの言い方よりもわからない、フワフワした感想。嫌な感じと言われても、どう感じたのかがわからない。
『ムズムズするというか、イガイガするというか。とにかくそんな感じ』
「わからん」
『表現が難しいんだよ。だから、とにかく気を付けてね』
なるほど、こいつは感覚型か。理論的に物事を立てないが、個人技なら大概成功させるような、一種の天才。足柄からの訓練みたいなものだ。やたらと擬音が多い。
「わかった。肝に銘じておく」
『そうしてね。君が壊れちゃったら
利用出来るものはしっかりと利用して自分の目的を果たす。まったく、いい性格をしているものだ。頼れるものが私しかいないというのもあるだろうが。
私に伝えたいことはそれだけのようだが、以前に夢で出会った時とは違い、話すだけ話して消えない。ということは、駆逐棲姫と話す時間はまだあるということ。私は常々疑問に思っていたことを、本人に聞いてみることにした。
「1つ、聞きたいことがある」
『
笑顔のままこちらを見つめてくる。
「お前は一体何者なんだ」
『ご存知、駆逐棲姫だよ。それ以上でもそれ以下でも』
「普通の姫ならこんなこと出来ないんじゃないのか。腕だけになっても意思を残しておくなんて」
少しだけ困ったような顔をするが、笑顔は崩さない。
『
またしてもよくわからない表現。擬音とかを交えるのではなく、詩的な表現というか。
そもそも深海棲艦がどう生まれてくるかはよくわからない。中立区に発生してしまった深海棲艦は、雷の通訳により『何故こんな目に遭わなくてはいけないのか』という人形達の怨念の塊であることがわかった。そこから深海棲艦は、過剰な負の感情が形作って生まれると考えるのが妥当。
だが、この駆逐棲姫は負の感情ではない感情から生まれたのではないかと自分で考察したようだった。だから友好的。シロクロやセス、リコも、似たような生まれなのかもしれない。
『
「……自分でもよくわかってないんだな」
『ご名答。自分のことが一番わからないんだ』
いろいろな怨念が混ざり合って形作っているのが深海棲艦なのだから、混ざり合う感情が違っても複数人が混ざり合う性質は変わってはいないと思う。だから、それくらいしか言えないのだろう。最後にゴメンねと付け足された。
匂いがわからなくても、これだけはわかる。駆逐棲姫は一切嘘をついていない。私には全て本心で語ってくれている。本当に自分のことがわからないのだ。
腕だけ、眼だけになっても意思が残っており、私や三日月の中に入ってしまっているのも、不可抗力だったようである。意図してやったわけじゃない。
『でも、こうなれたのは良かったと思ってる。君の側で君の行く末を見ているのは、存外に楽しいんだよね。こうやって話せるようにもなったし』
「……そうか。なら、映画でも観ているつもりで見守っていてくれ」
『そうさせてもらうよ』
ニッコリと笑顔で近付いてきた。脚が無いために私の腹ほどにしか背丈が無い。そのため、私が少ししゃがむ。
私と同じ痣がある手を差し出してきた。私も前まではよくやっていた、握手である。最近はする相手がいなかったが、駆逐棲姫とはやっておくべきことだ。これからもよろしくという願いを込めて。
『ありがとう。
「ああ、改めてよろしく頼む。若葉はお前からの力が無ければ敵に対抗出来ない」
『今度は渡しすぎないように気を付けるよ。だから、若葉も気を付けてね』
ガッチリ握手。そして、笑顔で別れる。これからもこうやって、夢の中で話に来るらしい。この中でしか会えず、誰にも紹介出来ない友人のようなものだ。この存在を知覚できるのは、シルエットではあるが姉だけ。
しかし、暁に気を付けろとはどういうことだろうか。感覚的過ぎてよくわからない。とはいえ、わざわざ忠告してくれるくらいなのだから、覚えておいた方がいい。
あちらが私を信じてくれているのだから、私もあちらを信じなくては。
いつもの時間に目が覚める。相変わらず三日月はしっかり抱き付いている。だが、今日は少し様子が違った。普段ではおおよそ見せないような笑顔で眠っていた。何かいい夢でも見ているのだろうか。
抱き付かれているために、起こさないように起きることが難しい。時間も時間なので、起きるの覚悟で腕を引き抜いた。同時に三日月が目を覚ます。
「おはよう、三日月」
「おはようございます」
朝の挨拶の時は無表情だったが、夢を思い出したのかすぐに頰が緩んだ。私くらいにしか見せられないような顔な気がする。
「いい夢でも見たのか?」
「私も駆逐棲姫に会ったんです。夢の中で」
なるほど、だから起き抜けから上機嫌だったのか。私の話を聞いてから会ってみたいと何度も言っていたし、念願叶ったわけだ。
だが、私もたった今まで話をしていた。パーツが分かれたことで、駆逐棲姫自身も2人いるという奇異な状態になってしまったのかもしれない。姉もよく似たもののけが憑いていると言っていたことだし。
「若葉もだ。改めてよろしくと、握手をしてきた」
「そうなんですか? 私は会えた瞬間に抱き付かれましたよ」
「……ん?」
私はそんなことされたことない。そんなことしそうな素振りも無い。少し食い違いが起こりかけている。本当に私の会った駆逐棲姫と三日月の会った駆逐棲姫は同じ存在なのかがわからない。
そのため、着替えながらお互いの駆逐棲姫像を認識合わせしてみる。
「姿はおそらく同じだな。髪を片方に結んでいた」
「両脚がありませんでした。あとは……左腕に若葉さんと同じ痣もありました」
それ以外にも外見的特徴を挙げていくが、どれも同じ。特に左腕の痣は間違えようのないもの。駆逐棲姫全てがその痣を持っているとなると話は別だが、そこは今は良しとする。問題は中身。
「若葉の会った駆逐棲姫は、少し中性的な話し方だった」
「え? 私の方は少し子供っぽい話し方でしたよ?」
ここで食い違い発生。私の知る駆逐棲姫は、何処か中性的で詩的な表現を使ったりする変わった少女だった。最後まで私の方には近付いて来なかったくらいだし、最後の最後に握手をしたくらいだ。あとは終始笑顔だったくらい。
対して三日月の見た駆逐棲姫は、出会った瞬間抱き付き、犬だったら尻尾を振っているほどに喜んでいたという。そして、言いたいことを捲し立てるように言ったかと思えば、また抱き付いてきたとか。私の会っていた駆逐棲姫とはまるで違う。
「……何かが違うな」
「ですね……どういうことでしょう」
外見が同じ別人というのは、艦娘界隈では日常茶飯事のこと。大淀だって敵にも味方にもいるわけだし、私ですら別の場所にいる。2人で食い違うのはあってもおかしくない。
とはいえ、同じ亡骸から取得したパーツが使われている私達なのだから、同じ者が出てくると思っていた。だが現実は何処か違う。
「そちらの駆逐棲姫は何を言っていたんだ?」
「あ……そ、そうです。暁さんには気を付けるといい
これはまた曖昧な言い方。こちらもどう気をつければいいかはよくわからない言い方だったためどうすればいいかわからないが。
「若葉の方もだ。暁に気を付けろと言われた。曖昧では無かったが、表現がよくわからなかった」
「一応共通してるんですね……若葉さんの方が断定なら、信じることにします。言っていることは同じですし」
三日月の方は少し曖昧だが、こちらが同じことを断定して言ってきているのだから、これは真なる情報として間違いは無いだろう。
「気を付けろと言われても、何を気を付ければいいんだろうか」
「私達で調査して、何事もないことは確認出来ているんですけどね」
私達では見えない何かを操作されている可能性はあると、駆逐棲姫は示唆してくれたのだろう。だからといって、それをどうこうする方法が無いのが歯痒い。思い過ごしであってもらいたいものである。
若葉の中にいる駆逐棲姫と、三日月の中にいる駆逐棲姫は、何処か違うように見えて本質は同じ感じにしています。まぁここまで書いたら何者かは大体予想つくと思いますが、何故そうなったかはもっと先のお話で。