継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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そこにいたのは

下呂大将の安否がわかったのは良かったのだが、怪我を負ってしまったこともわかった。世話になった第一水雷戦隊も中破や大破が多く、拠点は制圧出来たものの辛勝。さらには、大淀と完成品の一部は姿まで眩ましていたという。

 

今この状態で考えられることは、大本営からの支援が少しの間受けられないこと。ある意味、大淀側にとっては絶好の襲撃タイミングである。

とはいえ、あちらも今までの拠点が失われたのだから、昨日の今日でそうそう攻め込んでくるとは思えない。どうせ攻め込むならあちらも、腰を落ち着けてからな気はするが、チャンスを逃す理由もない。

 

「これから安全に毎日を過ごすなら、夜間警備も必要だとは思う。奴らは夜襲が得意だからな」

 

夕食の時間に飛鳥医師が話す。これまでに昼に攻め込んできた例は極めて少ない。航空戦力を深海棲艦に夜を警戒することが急務である。

今なら施設にも人員は多い。何人かを夜間警備にあて、眠っている間に全滅するという最悪の事態を避けたいところである。

 

「若葉は24時間働けるぞ」

「僕がそういうのを許さないことはわかっているな?」

 

徹夜1回くらいなら全く問題ないのだが、それを許してはくれない。どうせするのなら、一度仮眠を取ることが必要。最大のパフォーマンスを発揮するのなら、夕食後すぐに眠り、夜中に交代というのがベストか。

今までの夜襲は、全員が寝静まっている丑三つ時に施設が攻撃されることから始まっていた。夜ならば毎度その時間であることは確定としていいだろう。その時間に数人でもいいから待ち構えていれば、施設が突然攻撃されて大惨事ということは多少は抑えられる。

 

「今晩から当番制としたい。鳳翔、お願いしていいだろうか」

「駆逐隊で持ち回りを決めたいと思います」

 

飛鳥医師は提督ではないので、こういうことの作戦立案能力は無いと言っても過言ではないだろう。そのため、この中でも秘書艦としても経験が長い鳳翔にその辺りを決めてもらうことに。

いつもの近海警備と同じように駆逐隊単位でのローテになるようである。今戦力として難しい暁と巻雲はこのローテには含まれない。

 

「私と羽黒が引っ張るわ。駆逐隊だけでは辛いでしょう」

「そうしてもらえるとありがたいですね。2人もローテーションですね」

 

足柄か羽黒のどちらかと、駆逐隊1つという組み合わせでの夜間警備となる。

初日は九二駆が夜間警備の当番。引率は足柄。そのため、夕食後にすぐに眠っていた。別に初めてというわけではないのだが、今までにない強敵が来る可能性があるということで、緊張感が高まっている。

 

なんでも施設が修復された際、施設内に警報を設置されていたらしく、それを使う時がきたようだ。今日教えられるまでそのシステムがあることすら知らなかった程ではあるが。

 

 

 

案の定と言うべきか、真夜中に施設内に警報が鳴り響いた。突然の轟音に、私、若葉は飛び起きてしまった。隣の三日月も驚いてベッドから跳ね上がってしまうほどである。

 

「なっ、なになに!?」

「敵襲ってことだろう! 三日月、準備しろ!」

 

こうなってもいいように着替えは万全に用意しておいたため、すぐに着替えて工廠に向かった。タイツを穿くのに手間取ってしまうため、次からはその辺りは簡略化しよう。三日月には申し訳ないが、すぐに出られないことの方が問題だ。次なんてものがあってほしくないのだが。

 

工廠に到着すると、おおよそ半分くらいが集まっていた。私達の後からも続々と集まってきている。

隅では飛鳥医師が戦場にいる足柄と通信をしており、戦況を逐一確認していたため、艤装を装備しながら尋ねる。

 

「数は!」

2()()()! 人形も連れてきていないらしい!」

 

だが、それが誰かは余裕がなくてこちらに伝わっていないらしい。警報はなったものの、通信が途切れ途切れになってしまっているようだ。

たった2人だけの襲撃でも足柄と九二駆が苦戦しているため、早急に援軍として出撃しなくてはいけない。だが、戦闘音は施設にいる私達にも聞こえるほどに近付いてきていた。外には5人いるはずだが、どんどん押されている。

 

「すぐに出る! 五三駆揃ってるか!」

「雷が手間取ってる! 先に出るわよ!」

 

雷は暁の件があるため、少し出遅れてしまっていた。

と、次の瞬間、大きな物体が工廠に飛び込んできて大きな水飛沫を上げた。その物体は、()()()()()

 

「ちっくしょう……なんて出力よ……!」

 

ボロボロになりながらも、まだ戦意を失っていない足柄。艤装に備えつけられた主砲はアームの部分から捻じ切られ、魚雷発射管すら破壊されているほど。何をされたらそこまで破壊され、戦場からここまで吹っ飛ばされてくるのか。足柄でこれなら、姉達は大丈夫なのだろうか。

 

「こんな場所だったんですねぇ。飛鳥先生の施設というのは」

 

知った声がした。急激に左腕が疼き、頭が沸騰しそうなほどに熱量が上がる。リミッターは外さないようにしているが、怒りで理性が焼き切れそうになる。

 

そこにいたのは、大淀。

 

その隣にいた眼鏡の女性が、血だらけになった姉をこちらに放ってきた。死んではいないようだが、あれでは重傷だ。空飛ぶ主砲も破壊され、主機すらも破壊され、両腕の骨が折られているようだった。すぐに治療しないと後遺症が残るレベル。

 

「姉さん……!?」

「一番抵抗してきたので、申し訳ないですが痛めつけさせてもらいました。でも仕方ないでしょう。抵抗してきたんですから」

 

眼鏡を指先で上げながら、大淀ではない方の眼鏡がこちらを見下すように睨み付けてきた。まだ遠いので少し匂いはわかりづらいが、完成品の匂いは漂ってきている。

姉はこうなってしまったが、残り3人はどうなった。まさか、沈んでしまったなんてことは……。

 

「多分向こうにいる! 私達で回収してくるから!」

 

クロが先導し、シロと共に海中に飛び込んだ。それに関しては大淀ももう1人も追うようなことはしない。戦った九二駆にはもう興味が無いようだった。それ以上に興味があるものが目の前に現れたからという雰囲気。

大淀は私しか見ていないし、もう1人はポキポキと手の指を鳴らしながら、キョロキョロと工廠内を観察していた。あの仕草からして、姉をあそこまで痛めつけたのも、足柄を吹っ飛ばしたのも、あの眼鏡が素手でやったということなのかもしれない。

 

「大淀さん、全部壊していいんでしたっけ?」

「いえいえ、まだ壊さなくていいですよ。艦娘にも深海棲艦にも使い道はありますから」

 

私達のことを材料にしか見ていない。特に私は極上の材料とでも思っているのだろうか。舐め回すように見ては頷き、楽しそうに微笑む。

 

「まだそこまでは行けていませんねぇ。おや、三日月さんまでその域に行っているじゃないですか」

 

大淀の匂いは前から変わっていない。いや、より()()()()()()()()()ような匂い。本当に完全に混ざり合っているような、混沌とした匂いである。

自分も実験材料にしているのだろうか。

 

「どうすればそうなれるんでしょう。私もそれなりに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。怒り……負の感情でしょうか。私ではまだまだ足りないんですかね」

「知るか」

「貴女達を解剖でもしたらわかりますかね? なら、なるべく生かして捕らえたいところです。若葉さんと三日月さんは残しておきましょうか」

 

あくまでもこちらを嘗めているのはよくわかった。自分ならこの施設くらい簡単に破壊できると言わんばかりの自信。事実、出来てしまうのが困ったものだが。

 

「何をしに来た」

「そうですね、お引っ越しのご挨拶を。残念なことに拠点を潰されてしまいましたから、新しい場所に移動しました。今頃、他の皆さんが片付けをしてくれているでしょう」

 

ふざけている。匂いは一向に変わらず、こちらをおちょくっている匂い。常に私達を陥れようとしている悪意を感じるため、真偽が問いづらい。息をするように嘘を吐く大淀には、心理的な匂いでの判断がとても難しい。

 

「実験材料が大方壊されてしまったので、補充に来ました。ここは良質で興味深い材料が多いですし。喜んでください、基本的には殺しませんからね。あ、でも若葉さんと三日月さん以外は生死問わずですけど。自分の目で見たかったので私自身で来てしまいましたが、これは来て正解でしたね」

 

相変わらず気に入らない笑みを浮かべたまま。ナイフを握る手がギリッと音を立てた。

 

そうこうしている内に、工廠に全員揃った。艤装の装備も終わる。トラウマに苛まれている巻雲も、今だけは工廠に来ていた。自分の血塗れの身体にも我慢して、最低限ここから逃げ出せるように。念のため朝霜が側にいるが、艤装を装備しておらず顔色も悪い。

 

「おや、貴女は大本営の襲撃中に逃げ出した暁さんですね」

「ひっ!?」

「お姉ちゃんは私が守るから!」

 

そして暁もここに。施設を守るためと艤装を装備したものの、逃げ出した場所の者を目の当たりにして、手足が震えてしまっていた。そちらには雷が側にいる。

大淀の言い分から、事情聴取の時の暁の言葉は真実だった……とはまだ言いづらい。

 

「……ここでもうお出ましかよ」

「摩耶?」

「あいつが鳥海だ。アタシの妹のな」

 

姉を放り投げた眼鏡の女が鳥海。摩耶の双子の妹。名前を呼ばれたことで鳥海が反応した。コメカミに装備された探照灯がチカチカと点滅している。

 

「あら、摩耶。そういえばここにいるんだったわね」

「おう。お前は……最悪だな。こんな形で会いたくなかったぜ」

 

心底嫌そうに溜息を吐く。

その鳥海の原型は知らないが、少なくとも艤装は深海のイメージが強く変質しているのはわかる。主砲も装備はしているが、基本は素手での攻撃をしているように見える。今の朝霜と同じような両用と見ていいか。

 

「アタシはお前を止めなくちゃいけねぇ。ゴミみたいな実験でクソみたいな身体にされちまってんのはわかってる。絶対に救ってやるからよ」

「喧嘩っ早いのは何処の摩耶も同じよね。それに単純。もう少し考えて動かなくちゃダメよ」

 

表情は変わらず、摩耶を睨み付けている。相変わらず探照灯はチカチカしているが、何故だかそれが不審に思えた。点いたら消えたりを繰り返し、時々その間隔が変化したり。まるで()()()()()()()()()()点滅。

そこで嫌なことに気付いた。大淀の悪意の匂いが強くて、策略が読みづらかった。ここに来たのは、それが狙いだったのか。

 

すぐに振り向き、叫ぼうとした瞬間、先手を取られて鳥海が一言。

 

「やれ」

 

 

 

瞬間、()()()()()()()()()()()

 

 

 

そのまま主砲を飛鳥医師の方に向けたのがわかったため、暁を止めるべくリミッターを外そうとしたが、その前に朝霜が動いていた。随時私がリミッターを外しているようなものであり、比較的近かった上に、外す僅かな時間すら必要がないので、当然朝霜の方が先に接近出来ている。

 

「おい、テメェ! 何やってんだオラァ!」

 

飛鳥医師に向けて主砲が放たれたが、ギリギリのところで朝霜が主砲を弾き飛ばしたおかげで僅かに射軸がズレ、直撃は免れた。だが、掠める程度であっても、人間である飛鳥医師には強烈な衝撃になってしまう。直撃でなくても死んでしまうほどだ。

 

「っぐぅ……!」

 

それでも、飛鳥医師は生き残っていてくれた。掠めた腕を押さえてはいるものの、命に別状は無さそうだ。安心はしたものの、何故そうなったのかはわからず。その答えは摩耶が答えてくれた。

 

「ありゃ水鉄砲だ! 雷も死んじゃいねぇ!」

 

三日月から話を聞き、暁の主砲は摩耶が先んじて細工をしていた。()()()()()()()。もし何事もないとしても、練度の低い暁が戦闘に参加することは無いと考えて、水鉄砲に変えておいたようだ。

おかげで雷は気絶しているだけで済んでいる。脳が急激に揺さぶられたことによる脳震盪。それ以上に、守っていたはずの実の姉に裏切られ、真後ろから殺意を以て撃たれたことがショックで意識を手放しているように見える。

 

「おやおやおや、まさか暁さんが()()()()であることに気付いていましたか」

「……忠告が無かったら信じてただろうな」

 

駆逐棲姫の忠告が無ければ、暁の持つ主砲の弾も防衛のために全て実弾だっただろう。そうだったとしたら、今頃雷は命を失っていた。飛鳥医師も重傷、もしくは死。最悪な状態に一直線だった。

左腕が疼く。そうまでして私達を混乱させ、飛鳥医師に手をかけようとしていた大淀が心の底から許せない。そして、倒れ伏した姉の姿で私の怒りは限界を越えようとしている。

 

左腕の疼きが異常だった。まるで駆逐棲姫から大幅に力を借りすぎて侵食が拡がったあの時のようだった。

私の夢の中に住む駆逐棲姫も、大淀が目の前にいることで憎しみを燃え滾らせているのかもしれない。そうやって同調した結果が侵食ならば、仕方のないことだったのかもしれない。

 

「若葉さん、私も耐えられそうにないです。最初から外していきます」

「当然だ。倒れるまでやってやる」

 

速やかにリミッターを外す。三日月からも表情が消えた。臨戦態勢となり、再び大淀を見据える。

 

ここにいるもの全てでの防衛戦、そして総力戦である。もう迷っている余裕もない

 




大淀と鳥海、敵の眼鏡組による襲撃。淀はさておき、鳥海は火力が重巡の中でも第二位という猛者。それが完成させられたことでああなっています。

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