大淀との戦闘中に気を失ってしまった私、若葉は、目を覚ますと自分の部屋に寝かされていた。頭と腹がまだ痛い。頭は最後に大淀に殴られた時のもので、腹は大淀に3度も蹴られた時のもの。それでもこれだけで済んでいるのだから良しとしなくてはいけない。
戦いの結末を知らないので何とも言えないが、私が自分の部屋で寝ていたということは、あの襲撃は何とかなったと考えてもいいだろう。勝てたか負けたかはさておき、生きているなら万々歳。
「いつつ……」
身体を起こすと余計に頭と腹が痛かった。触れてみると頭には包帯が巻かれていることがわかった。鈍器で殴られたのだから血くらい出ていたか。
高速修復材は私には使うまでもないと見なされたようだ。むしろ私よりも酷い怪我の者は沢山いる。私の意識があったのなら、使わなくてもいいと言っていただろう。艦娘なのだから、こういう時の自然治癒は早い方だ。ヒビくらいなら1日2日で完治するわけだし。
あの戦いが終わってから随分と眠り続けてしまったらしく、時間としては夕暮れ時。だが、残念ながら外は轟々と音が鳴り響き、雨戸が閉まっていたために部屋は薄暗い。久しぶりの嵐である。
敗戦の後に嵐とは、つくづく残念。ただでさえテンションが上がらないというのに。
「あ、目が覚めたようですね。おはようございます」
「ああ……おはようで正しいかはわからないが」
フラフラと部屋を出ると、三日月とバッタリ出会った。傷は無いみたいだが、リミッター解除の消耗で私と同じように深く眠っていたらしい。目を覚ましたのも小一時間前だという。
その三日月だが、嵐なので少々気が立っているようである。私が起きてこないために癒しも無い。イライラから部屋に来たようだが、私の顔を見たことで大分安心した様子。
「他のみんなは」
「全員治療済みです。あとから説明しますね。私もさっき聞いたばかりですが」
私がフラフラなのがわかり、手を握ってきた。私のためでもあり、自分の癒しのためでもある。嵐の時はこうやって身を寄せ合うのが一番。
悪天候の時は寝るまではみんなで集まることが多い。今回もそれは行なわれており、談話室には動ける者全員が集まっていた。この場にいないのは7人。九二駆の4人と雷、飛鳥医師、そして暁である。
「相変わらず遅いわね。消耗しすぎよアンタ」
曙の軽口が心地よい。生き残ったと実感する。こんなことを言いながらも、安心が匂いから感じられるため、こちらとしても嬉しい。
「すまない、まだ腹が痛いんだ」
「モロに蹴られたものね。骨には別状無いみたいよ。打身らしいから、すぐに治るわ」
身体を労わるようにゆっくり座らせてもらう。隣には勿論三日月。
「朝霜、もう大丈夫なのか?」
「おうよ、あたいは腕だけだったかんな。修復材でちょちょいのちょいさ」
鳥海に握り潰された腕は、綺麗さっぱり元通りだった。腕だけなら少量の修復材で何とかなったらしい。同じようにされていた姉は、腕だけで無く他も相当痛め付けられていたため、治療の後に修復材まで使われ、今は眠っている。
姉だけでは無い。霰も、夕雲も、風雲も、完膚なきまでにやられていたそうだ。足柄はボロボロではあったものの、少しの修復材で何とかなっている。身体中包帯だらけだが。
九二駆の4人は本来入渠レベルの大破をしているのだが、ここで出来ることは限られている。それ故に、私が眠っている間は、残されたもの総動員で治療に当たったそうだ。今回の治療により、施設に持ってきてもらえた修復材は枯渇したとも聞いた。
「……暁は、暁はどうなった!」
練度の低い状態で改造もされず、暗示だか催眠だかで無理矢理リミッターを外されたであろう暁。ここにいないということは2択。治療が完了して眠っているか、それとも……。
「安心してください。一命は取りとめました」
鳳翔に言われて本当に安心した。身体から力が抜けるかのようだった。
なんでも、飛鳥医師は前回この施設で自沈した人形の自爆装置を摘出しているとき、念のためといろいろと調査していたらしい。私が眠っていたために匂いで判断することは出来ず、手探りでいろいろと。何をやったかは聞かないことにする。
その時に、艦娘を蘇生させる手段の中の1つがリミッターを掛け直す作用があるということに気付いていたそうだ。そのため、門外不出。その治療を手伝っていたセスも、そこだけは企業秘密と目を塞がれたらしい。
「多分だけど、頭に特別なやり方で衝撃を与えるんだと思う。音的にそう感じた」
「曙の時も強い音がしたのを覚えている。それがリミッターを掛け直すのに使えるのか」
自分がどうやって蘇生されたか当然知らない曙は、話題に挙げられ少し顔を顰めた。だが、忌むべき力と思っていたその技術が、今一番必要な治療法であるのはとてもいいこと。おそらく飛鳥医師も複雑な表情をしていたことだろう。
ともあれ、暁は助かった。それだけでも充分嬉しい報告だ。
「じゃあ雷は」
「暁さんのところにいます。強引なリミッター解除の影響で身体中がボロボロだったらしく、今は甲斐甲斐しく面倒を見ていますよ」
今は身体がまともに動かないという暁のサポートとして側についているようだ。酷い目には遭ったが、もうポジティブに行動を起こしている辺り、さすがは雷というところ。
正直、姉に裏切られたというのは大きな傷になるのではないかと思っていた。だが、敵の狡い手段で敵対させられていたというのはみんな理解していること。雷はそういうところの割り切りが特に早い。
「全員無事でよかった」
「そうですね。若葉さんだって危なかったんですから」
三日月がより一層強く左腕を抱き締めてきた。心配をかけてしまったようで申し訳ない。右手の方で頭を撫でておく。
頭を殴打されたというのはそれだけでも危険な怪我だ。幸い、骨にも異常が無く、ただ脳が揺さぶられただけで済んだのは助かった。侵食のおかげで多少は頑丈になったのだろうか。その割には血がドバドバ出ていたらしいが。
「だが……結局逃してしまったんだよな」
「しゃあねぇよ。あん時は怪我人も多かった。決着より全員の治療が優先だ。結果コレなんだから良しとしようぜ」
摩耶がケラケラ笑いながら話すが、微かに怒りの匂い。双子の妹とは強い因縁が出来てしまったようだ。なんでも、最後は次は殺すと捨て台詞まで貰ったらしい。
最後の猛攻撃が余程効いたようだ。バルジと共にプライドまで砕いたと考えられる。
「次はもっと硬くなってくるだろうな。アタシじゃあ撃ち抜けねぇくらいに。だから、巻雲よぉ。次も一緒に頼むな」
「へぁっ!? が、頑張りますぅ!」
談話室にはしっかりと巻雲もいる。勿論、布団など被っていない。昨晩の一件で完全に吹っ切れていた。常に怯えているような表情だったものが、今では少し自信のついた表情に。暗さが払拭されていた。
「巻雲、もう……大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないですよぉ。巻雲の身体はまだまだ血塗れですからぁ」
もう苦笑するしかないようだが、悲観はしていないようだ。
「この血は一生取れないんでしょうけど、妹達もここにいますし、カッコ悪いところ見せられないなって。巻雲、これでもお姉ちゃんですからぁ」
あの時に姉妹がやられる姿を見て、引き篭もっていられないと奮起した気持ちは今でも残っている。身体が血塗れに見えたとしても、戦わなければ姉妹が守れないと決意を固め、巻雲は立ち上がった。
見た目は幼くとも、巻雲は姉。妹に無様な姿は見せられないと、身体を隠し続けた布団を脱ぎ去りここにいる。朝霜もやる気を出した姉の姿に満面の笑みである。
「つーわけで、あたいらは正式に駆逐隊の補欠っつー形で参加させてもらうぜ」
「頑張りますぅ」
「心強い。よろしく頼む」
朝霜は最初からその流れだったからいいが、巻雲が参戦してくれるのはありがたい。私と互角のスピードでパワーもある朝霜と、一斉射の威力が計り知れない巻雲。この2人が加わることで、より施設の防衛がやりやすくなるだろう。こちらから襲撃するのも夢では無くなった。
「工廠はどうなったんだ」
「割とやられちまったな。今は嵐対策に壊された瓦礫は隅に寄せてるが、明日はそれの片付けもしなくちゃなんねぇ」
それもあり、また職人妖精の力を借りることになるそうだ。修復部分は、工廠と2階の自室。また人数が増えてきたため、部屋数の拡張もするらしい。これについては下呂大将や来栖提督にも連絡が行っており、難なく承認された。
下呂大将の怪我も回復に向かっているようで安心。また少ししたら施設に来てくれるらしい。また、来栖提督も無事だったようだ。大淀の
「明日は忙しいぞ。工廠の片付けもあるし、嵐の後だ。浜辺の掃除だな」
「なんか久しぶり! もしかしたら、ついに完成するかも!」
「……だね……今度こそ来てほしいね……」
シロクロは嵐のたびに一喜一憂する。シロクロの艤装も8割方完成という段階までまた持ってきているため、足りないパーツもあと少し。それが今回の嵐で流れ着いてくれれば、目標が1つ達成される。
だが、その時はシロクロがこの施設から離れるということ。それはそれで寂しい。
「……大丈夫、私達はまだここにいるよ」
「あのオオヨドを倒すまでは協力するからさ。安心してよね」
それは嬉しい申し出だ。是非とも力を貸してほしい。深海双子棲姫は潜水艦でありながら戦艦並の火力を持つというし、味方になってくれれば百人力である。
まずは明日。戦いの跡の片付けをしてからの話。もしかしたら、また犠牲者が流れ着いてしまう可能性だってある。そうなってほしくはないが。
夕食の時間。九二駆はまだ目を覚まさず。重体の状態なのだから、優先的に修復材を使われているにしても回復のために睡眠が必要である。夜に起きた時のために夜食は用意されているらしい。
この場には先に目を覚ました暁も来ていた。まだ車椅子生活であり、雷が付きっきりになるものの、比較的元気である。その理由はすぐにわかった。
「うーん……結局
そう、この施設で過ごした時間をすっかり忘れてしまっていたからだ。そのため、鳥海に何かをされたせいで雷や飛鳥医師に砲撃をしたことを、全く覚えていないそうだ。ある意味、呂500と似たようなもの。
今のところはここに来てから大きな事故に遭ったせいで記憶が無くなったということにしているようである。あながち間違いではないので口裏も合わせやすい。
飛鳥医師の憶測では、記憶を弄られた上にリミッターを外したせいで、脳に多大な負荷がかかってしまったことで、今までの記憶がすっぽり抜け落ちたのではないかという見解。あながち間違っていなさそうである。また、リミッターを無理矢理掛け直す手段もあまり良いものではないと付け加えた。
とはいえ、何も覚えていないのなら、それに越したことはない。目の前で裏切り、妹を殺そうとしたという事実は、暁にとって重い傷になってしまいそうだからだ。
「それにしても災難ね。雷も記憶が無いんでしょう?」
「ええ、私はワケが違うけど、みんなが良くしてくれてるから大丈夫。お姉ちゃんも大丈夫よ!」
これもあってか、暁はしばらくの間、この施設で経過観察をすることとなった。突然ガタが来て倒れるなんてことがあっても困るし、万が一のことがあっても飛鳥医師がいるこの場所の方が事に当たりやすい。
少なくとも、身体が動くようになるまでは雷の付きっきりの看病になるようだ。雷がいない間は呂500が付き添う。
「ンァー、アゥィー」
「ろーちゃんも大歓迎だって」
「ふふ、ろーちゃんも妹みたいね」
ある意味ドロップし直したようなものだ。私達は全員初めましてになる。だが、誰もそれを否定しない。この施設にいるものは、そういうことに関してはとても寛大である。
「でも早く自分の手で食べられるようになりたいわ。レディが人にご飯を食べさせてもらうなんて……」
「仕方ないじゃない。身体が動かないんだもの」
「動くわよ! ほ、ほら……!」
「動いてない動いてない」
指先がピクピク動くくらい。腕が持ち上がらず、前に組んだ状態から何も変わっていない。それほどまでに消耗が激しいということだろう。雷にご飯を食べさせてもらうのが少し恥ずかしいようである。
そんなことが言えるくらいになっているだけマシだ。何かしらのトラウマが残っていないようでよかった。
これで九二駆の面々が目を覚ませば、本当の意味で全員無事が確認出来る。目を覚まさないことはないと思うが、早く私達の前に姿を見せてほしい。
暁は新たにドロップしたようなものとなりました。記憶が無くなってるというのは、いいことでも悪いことでもありますが、この場合はいい方。