継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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危惧していた事態

来栖鎮守府が敵に監視されているという情報を本人から聞いたことで、本来そこに所属している鳳翔達出向組に一時的に帰投してもらう方向に向かい始めた。その時だけは施設の防衛能力が落ちるが、自分の本来の居場所が危機に瀕しているという事実がストレスになるのなら、その解決をしてもらった方がいいとは思う。

 

翌日、夜間警備は何事もなく終了していたらしく、朝の日課の時に戻ってくる九二駆が浜辺から見えて、少し安心。鳥海の夜襲で全員酷い目に遭ったことで、夜に対するトラウマが植え付けられかけていた。

日課を終えたら工廠で艤装を下ろしているところ。2回目とはいえ、やはり一晩中の警備というのは疲れるようで、4人とも眠そうな顔をしている。

 

「お疲れ様、姉さん」

「うむ、任務完了じゃ。何事もなく、朝を迎えることが出来た。まこと良き朝日じゃのう」

「朝を迎えることが出来たことがこんなに嬉しいのは初めてかもしれませんね」

 

姉も夕雲も、任務が無事終了したことを本心から喜んでいた。霰と風雲もホッとしている。4人が4人、相当な恐怖を味わったと見える。ご愁傷様としか言えないのが辛い。

唯一足柄だけはそういったものは感じていないようだった。実戦経験の差があるのかもしれないが、そもそもの闘争本能がおかしいので、その辺りが効いているのだと思う。

 

考えてみれば、たった1人で突っ込んできているのに、砲撃は効かず、近付かれて素手で壊されていくというのは怖い。武器を使ってくるわけでもなく、ただただ格闘戦を海上でやられるのは普通ではあり得ないだろう。それもあってか、ただの夜襲とは違う恐怖を感じるのは当たり前のことか。

 

「さ、じゃあお風呂に入って、ご飯を食べて、すぐに寝るわよ。勝負に勝つには正しい健康状態! 万全な体調で最高のパフォーマンスを出してこその勝利!」

「うむ、足柄殿の言う通りじゃの。わらわはもう眠い」

「霰さん、立ったまま寝ないでくださいね」

 

欠伸しながらゾロゾロと風呂の方へ。

これからもこんな感じで夜間警備は続いていくことになる。早くこの任務も終わらせたいものだ。

 

 

 

午前中に職人妖精を迎えに来るはずの来栖提督がなかなか来ない。妖精達も浮き輪と戯れながら待ち構えているのだが、昨日の時間になっても来る気配が全く無く、少し不安になってくる。

ついには夜間警備をしていた九二駆と足柄が目を覚ますくらいの時間になってしまったので、心配になってきた。

 

「……遅いですね」

 

一番心配しているのは当然というべきか鳳翔である。秘書艦というのもあるが、それ以上の関係にも見えた。

今でこそ離れて生活しているが、それは2人の考えがあってのこと。私達を育て、施設を守ることが、今回の事件の解決に繋がると思って選択した状況である。私達が口出し出来るものではない。

 

「連絡してみよう」

「お願いします。提督がもう出た後だとしても、誰かが出るでしょうから。私が外にいる間は、秘書艦代理を立てるようにしているはずです」

 

来栖提督が出た場合、のっぴきならない理由があって外に出るのが遅れていることになる。秘書艦代理が出た場合、すでに来栖提督はこちらに向かっている最中。念のため迎えに行く方がいいだろう。そして、()()()()()()()場合は緊急事態となる。

飛鳥医師が自分の部屋に行き、来栖鎮守府へ電話。そして数分後、工廠に戻ってきた。表情と匂いから、最悪な展開になってきた。

 

「出なかった。何かあったとしか思えない」

「飛鳥先生、出撃します」

 

即座に動き出したのはやはり鳳翔。すぐに艤装を装備し、海に出る。が、気が急き過ぎている。1人で行くのはさすがに危険だ。せめて誰か連れていってほしい。

 

「待ってくれ鳳翔。出撃はいいが、1人で行くのはやめるんだ」

「……そうですね。急いては事を仕損じると、自分で言ったことでした。申し訳ございません」

 

今までに無く切羽詰まっている。ここまで焦っている鳳翔を見るのは初めてだ。自分の提督の危機に、いつになく事を急ごうと躍起だった。

結果的に、来栖鎮守府へ向かうのは出向組が全員、そこに私、若葉と三日月もついていくことになった。万が一の時に三日月の眼と私の鼻が使いたいとのこと。

 

 

 

少し大人数ではあるが、大急ぎで来栖鎮守府へと向かう。鎮守府から連絡が無いと聞き、鳳翔以外の者も焦りを見せていた。足柄や江風、涼風は声を荒げ、海風と山風はただただ心配で無言に。羽黒は態度にはあまり出さないようにしているが、鳳翔のように焦りが匂いで漂ってきた。

来栖提督は部下からの信頼が厚い。誰からも好かれ、分け隔てなく接している。だからこそ、危機に陥った時にみんなが命を張る。

 

「あれは……っ!?」

 

鎮守府近海に入った途端、水平線の向こうに()()()()()()。少しでは無い。何本も煙が空へ向かって昇っていた。一番見たくなかったものだ。

この位置から見えるということは、あれはもう()()()()()()()()()としか思えないものである。ただ燃えているのではなく、空襲を受けたかのような燃え方だ。

 

それを目の当たりにした瞬間、私と三日月は置いていかれるほどにみんなの速力が上がった。低速艦である鳳翔ですら、リミッターを外しているのではと思うほどに速い。

 

「提督……ご無事で……!」

 

猛スピードで向かったことで、すぐに鎮守府も見えるところへ。私達も一度ここに住まわせてもらっているのだから、全容は知っている。

 

それは、前に見た鎮守府とは似ても似つかない状態だった。

 

半壊状態の鎮守府。特に工廠の辺りは大きく破壊され、鎮守府内部が外からでも見えるほどにえぐられている。私達の施設が破壊された時よりはまだ原型が残っているものの、鎮守府としての活動は到底出来そうにない。

遠目に見ていると、艦娘の姿もチラホラ見えた。死んでいるわけではないが、怪我をしているのがわかる。ドックが破壊されてしまっているせいで治療も出来ないのだろう。

 

「嘘……提督!」

 

鳳翔がさらにスピードを上げた。艦娘は見えても来栖提督の姿は見えない。えぐられていない鎮守府の内部にいるというのが普通だが、最悪な場合、あの瓦礫の下という可能性すらある。それだけはあってはならない。

 

「提督! 提督いらっしゃいますか!」

 

鎮守府に辿り着き、鳳翔が叫んだ。所属している艦娘達は予想していなかった鳳翔の帰還に驚きつつも、来てくれたことに喜びを隠さないでいた。

 

「おーう、鳳翔。連絡出来なかったから来てくれたのか」

 

いつもの声が聞こえてきたことで、最悪の可能性が無くなりまずは安心。

 

「提督……ご無事ですか!?」

「無事っちゃあ無事だが、腕が折れちまった。あと腰が痛ェ」

 

副木を使った応急手当をされている来栖提督。よりによって利き手側らしく、これからの生活が面倒臭そうだと溜息をつく。いつものトレードマークであるサングラスも割れており、今までうっすらしか見たことのない生の瞳が露わになっていた。

比較的無事だった明石を筆頭に、動けるものが動けないものを手当している段階。来栖提督に応急手当をしたのも明石らしい。

 

「俺ァ艦娘じゃねェから入渠なんて出来ねェからな。飛鳥にでも診てもらうか」

「よかった……貴方がいなくなってしまったら、この鎮守府は……私達は終わりでした……!」

 

鳳翔が来栖提督に詰め寄り、艤装もその場に放り投げるように外して、無事を喜び抱きついた。今までに見たことのない鳳翔に驚きを隠せない。

 

「あー、鳳翔、みんなが見てるからよォ、今は控えてくれや。それに腕が痛ェ」

「あっ、も、申し訳ございません。感極まってしまって……」

「俺の無事を喜んでくれてるのは嬉しいぜェ」

 

頭をポンポンと撫で、一旦離れてもらった。今日の鳳翔は表情がコロコロ変わる。

 

「飛鳥んトコに行ってたのは全員来てくれたのか。悪ィな、心配かけちまって。通信の配線がぶった切られちまってよ。電話も出来ねェ」

「ホント心配したわよもう。若葉、職人は連れてきてたわよね」

「ああ、本来迎えに来るはずだった妖精達だ。ここの建て直しも出来る」

 

足柄も大きく溜息をついていた。本当に安心したのが匂いからわかった。

頭や肩の上に乗っていた職人妖精を、来栖提督に渡す。その妖精に指示し、まずは配線を直してもらい、通信が出来るようにしていくようだ。施設にも下呂大将にも連絡が出来れば、いい方向に持っていけるはず。

 

「三日月ちゃん!」

「姉さん! よかった、生きていたんですね」

 

怪我人を応急手当していた文月が、こちらに気付いて駆け寄ってきた。瓦礫の上なので走りづらそうだったが、何とか飛び越えてこちらへ。その後ろから二二駆が全員生きてそこにいてくれた。

長月が少し怪我をしているようだったが、動けないような重傷ではなくて良かった。

 

「私達も手伝います。まずは何をすれば」

「まずは自分の部屋を見てきてくれ。被害があるか無いかを知っておきてェ。その後は、怪我人の手当と、簡易ベッドでも何でもいいから寝られるところだ。脚をやられちまった奴もいるからよ」

 

海風の言葉に、今必要なことを並べ立てる。自分が動くことが厳しいためか、まずは徹底的に指示。最善の道を示し、最速の復興を目指して進めていく。

 

「……来栖提督、その……だな、()()()()()()()()

「幸い、犠牲者は誰もいねェ。それは最初に確認してんだ。だが、ドックが壊されちまったせいで、重傷なのに治せねェ奴らが大量にいる。通信が終わったら工廠を速攻で直してもらわねェと、鎮守府が回らねェ」

 

これも来栖提督の徹底した指示のおかげ。怪我人はすぐに下げ、戦えるものが前に出る。練度が低い者はサポートに徹し、とにかく命を守り続ける。最初の命令は必ず『死ぬな』だそうだ。

轟沈は絶対に出さないという誓いの下、相手がどんなことをしてきたとしても死に辿り着かせない策を練り続けている。

 

しかし、大破したものは沢山いる。文月だって無傷ではない。そこら中に動けないものがいる。鎮守府が破壊されているのだから、それに巻き込まれてしまう者だっていただろうし、そもそも完成品との戦闘でやられた者もいる。

あちらはここの者も材料と見做していたのだろうか。だからなるべく殺さないように振る舞っていたのだろうか。その辺りは本人でないのだからわからない。

 

「提督、何があったのですか。五航戦ですか」

「おう、翔鶴と瑞鶴を中心にした空母隊だ。そう聞いている」

 

この戦いの最前線に出ていたのは、防空隊として艦載機を必死に撃墜していた文月だという。三日月と無事を喜び合っているところだが、少しだけ話を聞くことに。

 

「うん、その2人が一番後ろから艦載機出してたよぉ。物凄い数で、あたし達だけだと全然ダメで……結局鎮守府が壊れちゃった」

 

鎮守府を守ることが出来なかったことと、今まで頑張ってきたことが通用しなかったことへの悔しさ。来栖提督を筆頭に、守れなかったことで傷付いたものか多数出てしまったことへの怒りと悲しみ。

いろいろな負の感情が渦巻き、話していく内に徐々に涙目に。肩を震わせ始めたところで皐月が身を寄せて慰めていた。

 

今の今に話を聴くのは酷というものか。おそらく夜襲を受け、今まで一睡もしていないはずだ。食糧がどうなっているかもわからない。今は何をするにも余裕が無い。

 

「……若葉さん、三日月さん、私は施設には戻れそうにありません」

「ああ、そう言うと思っていた」

「こちらを優先してください」

 

鳳翔は怪我を負った来栖提督に付き従うため、施設には戻らずここに残るとのこと。他の者も今は復旧作業を手伝いたいと申し出た。

出向先より本来の居場所を優先してもらいたい。何も言わなくても、私達からここに残ることを推していた。今は来栖提督の側にいてもらいたい。それにより施設の戦力が減ったとしても、誰も文句は言わないだろう。

 

「お、通信設備が回復したみたいだ。流石職人だぜェ」

 

そうこうしている内に、職人養成が通信だけはすぐに修復を完了させたようだ。完膚なきまでに破壊されていたわけではなかったようで、ものの数分で直せるレベルだったのは幸い。

 

これにより、飛鳥医師と下呂大将には夜襲を受けたことは伝わった。下呂大将から新提督にも伝わり、大本営からの援助が早急に来ることにもなる。私達の予想以上に復旧は早く進んでいくだろう。

もう一度襲撃を受ける可能性も考えられており、あらゆる面で早急な復旧を求められている。出来ることは私達も手伝わなければ。

 




来栖提督負傷。鎮守府半壊。それに加えて下呂大将負傷と、事は施設に悪い方に進んできました。

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