夜の海、完成品3人による夜襲。夜間警備に当たっていた私、若葉率いる第五三駆逐隊と摩耶が、それを迎撃すべく戦闘態勢に入った。
深夜だというのに膨大な量の艦載機による空爆が施設を襲うが、施設が誇る精鋭、深海棲艦の協力者達と、防空性能に特化した摩耶、そして両用砲をこれでもかと使う巻雲の奮闘で、施設へのダメージは最小限に抑えられていた。全てを撃墜することは難しいが、施設が破壊されていないのなら充分過ぎる。
私達の相手は完成品。鳥海と五航戦、翔鶴と瑞鶴が相手となる。鳥海は前回の戦いで異常な握力と耐久性を見せたが、他の2人はまだわからない。少なくとも、弓が遠近両用の武器であることは見てわかった。
「摩耶とご自慢の深海棲艦は空爆を抑えるのに必死。援軍は撤収済み。残っているのは駆逐艦だけ。それで私達に勝てるとでも?」
「勝つさ。そのために若葉達はいろいろとやってきた」
あの恐ろしい速さで施設に向かう墳式爆撃機は、どうも五航戦しか扱えないようなので、最低限、五航戦を抑えないとどうにもならない。
しかし、鳥海をフリーにするわけにもいかない。今ここにいるのは五三駆の4人だけ。ここから人数は増えるだろうが、それは全て駆逐艦だ。せめて防空に手隙が出来れば話は変わるが。
「若葉、私と雷で鳥海をやる。アンタと三日月は五航戦を止めて」
「……任せた」
「任された。こういう時のために私らは血の滲むような努力をしてんのよ」
私は鳥海とは相性が悪い。拳銃付きナイフがあるとはいえ、鳥海の手が届く距離まで近付かないとまともにダメージを与えられないため、掴まれたら最後である。それと比べると、リーチが長い曙の方が鳥海とは相性がいいだろう。
ここからの援軍は各々に参戦する方を決めてもらう方がいいとは思うが、朝霜も鳥海とは相性が悪いことがわかっているため、こちらを手伝ってもらおう。
まずは後方の空母隊に黙ってもらわなくては話にならない。もう一度、先程と同じようにリミッターを外す。隣で三日月もリミッターを外したのがわかった。三日月は匂いが変わるためわかりやすい。
「援護頼む」
「了解」
先程と同じように後方の空母隊に向かい突っ込む。案の定、同じように翔鶴が行手を遮ってくるが、今回は三日月の援護付き。振りかぶった弓に対して砲撃することで、私への攻撃を妨害する。
しかし、あちらには瑞鶴がいる。翔鶴と同じ弓を私に対して振っていた。2人がかりで私の進行を止めようとしてきたということは、空母隊による攻撃はやめてもらいたくないということだろう。
「邪魔だ!」
「アンタこそね!」
今回は回避出来る場所が微妙だったため、瑞鶴の一撃はナイフで受ける。朝霜の攻撃を受けた時ほど重くは無かったが、鋭い一撃。だが、その時には矢をつがえていた。このまま射たれたら肩を貫かれるため、即座にバックステップ。
放たれた矢は私の服を掠めた。あの瞬間に、私が移動する方向に合わせてきた。瞬発力なのか勘なのかはわからないが、即座に対応してくるとなると考えなければならない。
「ほら、避けなさいな!」
その矢は私を通り過ぎた後、艦載機に変化。真後ろからUターンし、群れとなって私に襲い掛かってきた。前からは瑞鶴本人が近接戦闘、後ろからは艦載機の群れ。たまったものではない。正面の攻撃を受けていたら後ろから狙い撃ち。後ろに意識をやれば本人からの攻撃。
ならばと横に避けると、艦載機の群れが全て私の方へと方向転換。それなりのサイズがあるため、猛禽類に襲われているような錯覚に襲われる。
「くそ……!」
どうにか拳銃で撃ち墜とそうとしているが、艦載機そのものが硬く、摩耶や巻雲の防空でなければ破壊できないと思われる。
そうなると正直1人では荷が重い。三日月の方を見ると、先程とは逆にこちらへの援護を翔鶴に妨害されている。あちらは殺す気が無いためか、どう見ても手加減と言った感じで三日月をいなしているのが気に入らない。
「瑞鶴の邪魔をしちゃダメよ」
「邪魔は貴女です。そこを退きなさい」
「お断りよ。貴女も捕獲対象だし、動けなくしてしまいましょうか」
瑞鶴と同じように、翔鶴も艦載機の群れを発艦した。私よりは対処が出来るとは思うが、三日月はリミッターを解除し続けているため、タイムリミットが近付いている。あの形で時間を使われると厳しい。
「っしゃあああっ! 朝霜参上ォ!」
と、私の方へと朝霜が突っ込んできた。防空隊を最優先で準備させていたが、他の者も続々と準備を終えて参戦してくれるようだ。まずは最速でここまで来れる朝霜が参戦。正直助かった。
乱入してきた朝霜は、低空飛行で襲いかかってくる艦載機の群れを、手に持つ棍棒で打ち払った後、そのまま瑞鶴へと特攻。弓を叩き折らんばかりに力任せに殴り付ける。
「アンタ、裏切り者の朝霜!」
「裏切ったんじゃねぇ、目が覚めただけだ! アンタもボコって目ぇ覚まさせてやるぜぇ!」
その攻撃は受け止められたが、瑞鶴の顔がほんの少し歪んだ。なるほど、それを受け止められるほどの腕力は無いと見える。先程弓による斬撃を受けたときにも重さはそこまで感じなかった。重い攻撃は効く。
しかし、それを補うレベルの艦載機の量。私に群がっていた群れは朝霜に逸れていき、私が若干フリーに。
「若葉ぁ! 後ろの空母やれ!」
「助かる!」
朝霜が瑞鶴を引きつけてくれている間に、私が後ろの空母隊へ。出来る限りのスピードで、未だ空襲を続ける空母隊の人形に突っ込む。1人でも減れば防空隊の負担が減るのだ。今は完成品を処理するよりも大切なこと。
「そんな簡単に行かせるわけが無いでしょうが!」
乱雑な朝霜の攻撃を軽く払うようにいなした。力が劣っていても、その力を利用して体勢を崩し、腹に膝を入れる。骨が折れるほどのダメージではないが、いきなりのダメージでどうしても力が抜けてしまう。
「んぎっ!? やらせねぇ!」
「邪魔よアンタ! アンタは死んでもいいわよね、裏切り者!」
思い切り蹴り飛ばして朝霜を退かし、私の背後から射撃。それはキナ臭い匂いから飛んでくるのはわかっていた。それを見ずに回避し、さらに突き進むが、私を通り過ぎたところで艦載機に変化。即座にUターンして私の進路を邪魔してきた。
射撃と爆撃を組み合わせた面倒な妨害のために進むことが一気に難しくなる。無理に通ることも難しく、また空母隊に届かずに退くことになってしまった。
「何なんだこの艦載機は!」
「任せよ! わらわ達も来たぞ!」
九二駆が到着。私の方には姉が来てくれた。三日月には夕雲と風雲が、そして曙と雷には霰が援軍として参加。
今は倒すのではなく足止め優先。最善の状態を作るために、まずは空母隊の撃破。現に、五航戦の施設による空爆は私と三日月である程度止めることが出来ていたため、多少なり向こうも楽になったと聞く。
「ああもう、わらわらと。翔鶴姉、ちょっと手が抜けないんだけど」
「そうね。じゃあ例の2人以外はもういいわ」
「そうこなくっちゃ!」
ニィッと笑って、弓を朝霜に突き立てようとするのが見えた。腹を蹴られたせいで少しふらついているが、振り向きざまに棍棒でそれを払った。体勢が崩れていてもその腕力は健在。それでブレるくらいなのだから、本当に瑞鶴の腕力は並より少し上くらい。やはり朝霜を瑞鶴にぶつけるのは正解。
だが、瑞鶴の動きは確実に変化していた。
「遊び無しよ。若葉が殺せないのは残念だけど、アンタ達は皆殺し」
鋭さが増し、速さも増し、量も増す。先程発艦した艦載機はそのまま残っており、私は足止めされ、朝霜と姉には殺意のこもった爆撃を繰り返す。参戦したばかりの姉は回避一辺倒に。朝霜は艦載機による射撃を棍棒で弾きながら瑞鶴と打ち合い。
先程とは本当に違う。朝霜の打撃を軽くいなしているように見えた。いなすと同時に矢をつがえ、超至近距離での射撃が加わるため、それをキャンセルするために姉が攻撃をするという嫌な防戦に入っている。
「若葉もそちらに行く!」
「お主は後ろの連中を早う止めよ! そうすれば勝機はある!」
「やらせるわけが無いでしょうが。馬鹿な子!」
朝霜に対して射った矢は次々と艦載機に変化し、射てば射つほどに戦場が狭くなる。私への妨害も数を増し、一部は施設の方にも向かってしまうため、あちらへの圧力も増していく。
焦ってはいけないのはわかるのだが、野放しにしていると全てが増え続けるという詐欺みたいな航空戦闘力。ここにいるものは殆ど艦載機を墜とせないため、増える一方である。どこからそんな搭載数が稼げるのか理解出来ない。
そしてそれは、翔鶴もである。あちらは三日月を筆頭に夕雲と風雲も艦載機処理を多少はしているのだが、それが間に合わないほどに矢を放っていた。三日月の反応速度を以てしても、矢を回避するまでで止まってしまい、撃ち墜とし切ることが出来ない。
今では五航戦の2人から発艦した艦載機だけで、私達の戦場の上空が埋め尽くされようとしている。その全てが爆撃しようものなら、なす術もなく押し潰されてしまいそうだった。そんなことしたら五航戦自身も巻き込まれるためすることは無いと思うが。
「貴女達も裏切り者だったわね。夕雲さん、風雲さん、覚悟はいいかしら」
翔鶴も瑞鶴と戦術自体は同じ。近付けば弓による斬撃、離れれば矢による射撃。そして射撃はそのまま艦載機へと変わり、爆撃による圧力となる。
「三日月さん、温存してください」
「結構ギリギリでしょ。一回掛け直して!」
「助かります」
リミッターを掛け直したことで、どっと疲れが来たのだろう。少しフラついてしまった三日月。それを見逃すこともなく、翔鶴が三日月の脚に向けて矢を放った。あくまでも私と三日月は捕縛対象、生かして捕らえようとしている。
それはこちらも理解していること。その矢はわかりやすく三日月を狙っているため、夕雲と風雲が同時にそれを撃ち墜とす。
「それは流石に読めてますよ翔鶴さん」
「たった3人でよく耐えること。すごく鍛えたんでしょうね」
3人とも翔鶴を生かして倒そうだなんてもう思っていないだろう。それでも全く手が届かない。私達も瑞鶴に同じように向かっているが、やはり及ばないでいる。
1人だけでも手が付けられないのに、それが2人。さらには下がり過ぎると鳥海がいる。だが、その鳥海は曙と雷がしっかり引き付けてくれていた。
相変わらず尋常ではない硬さのバルジを駆使し、曙の実弾主砲と槍、雷の水鉄砲を全て捌いている。それでも一切の躊躇なく、曙は攻撃を繰り出し雷はそれを援護している。
「駆逐艦では傷一つ付けられませんよ」
「バルジはね。でも、アンタは生身じゃない。柔な身体なんだから」
「そこに通すと思っているんですか?」
鋭い槍の一突きも、しっかりとガードしてくる。返しで主砲を放たれたが、曙は予測しているかのように回避。当たったら即死レベルだが、当たらなければ隙を作るチャンス。放った瞬間に主砲の持ち手に向けて薙ぎ払うが、それすらもバルジで受け止めた。
瞬間、同じ方向から雷が水鉄砲を放つ。当然高出力であり、当たりどころが悪ければ気絶だってしてしまうほどの威力。狙いはバルジの隙間、生身の腕。
「そういう横槍は嫌われますよ」
しかし、ガードを下にズラすだけでそれはガード。水鉄砲故に衝撃も殆どなく、鳥海はビクともしない。
「嫌われるのは嫌ね。仲良くしたいもの!」
「そうですか。なら自分から屈してくれるとありがたいですね。余計な手間が省けますから」
「それが出来ればいいんだけど、ごめんね」
曙の攻撃の合間を縫って、的確な位置への砲撃。曙が上を狙えば下を狙い、下を狙えば上を狙う。
「すきま、うつよ」
そこにさらに霰の砲撃。雷と同じことを実弾でやっているため、雷の攻撃よりもガードしなくてはいけない状況を作り出している。
しかし、3人がかりの攻撃も全て受け切ってしまう鳥海は五航戦と同様に異常。前回の襲撃の時も、摩耶と巻雲の集中砲火を受け続けていただけある。火力がまだ足りない。
だが、それを覆す援軍がようやく到着する。
「援軍とうちゃーく! それじゃあ、私達の力、見せちゃうよ!」
「施設はやらせない……帰ってもらうよ」
シロクロが戦場へ。施設側の空襲は減るどころか増えているように思えたが、そこから抜け出して大丈夫か。
いや、大分無理をして来たのだろう。リコとセスの航空戦と、摩耶と巻雲の防空により、拮抗出来るほどにまで持っていけたから、ここにシロクロがいる。我が施設の最高戦力にして、完成品と同じようなインチキの塊。
「硬いのはそこのメガネだよね。それじゃあアケボノ、撃つよーっ!」
「たっ、助かるけどいきなりすぎ!」
宣言後、すぐに主砲を発射。施設の中での最高火力は伊達ではなく、耳をつんざく轟音と共に鳥海に向かって放たれた。
駆逐主砲はおろか、改造された摩耶の両用砲も受け切ったバルジだが、これは本当にまずいと思ったのか、鳥海が回避行動に移る。が、その進路を曙が塞いだ。逆方向は雷と霰がしっかりと食い止める。
「貴女達は……!」
「ご自慢のバルジであれくらい受けてみなさいよ!」
「あられたちじゃ、きずひとつつけられないからね」
「ごめんね鳥海さん、私達も手段を選んでいられないの」
あの轟音なだけあり、弾速もとんでもない。少しでも躊躇しただけで回避が不可能になる。
鳥海はそのほんの少しの停止が仇となり、シロクロの主砲をバルジで受け止めざるを得なくなった。直撃した瞬間のえげつない音と同時に、鳥海が空を舞う。それでも生身は無傷であることが恐ろしい。
形勢逆転だ。シロクロの参戦が、私達の劣勢を一気にひっくり返す。
140話、約4ヶ月かけたインチキ艤装のパワーが次回明らかに。