五航戦との戦闘は佳境を迎えたが、こちらの戦力を見誤っていた、甘く見ていたとして、翔鶴が撤退を宣言。逃がすものかと足止めしようとした矢先、武装を破壊した空母隊の人形達が群がり、一斉に自爆させられた。
私、若葉は、一番先頭にいた空母の自爆装置を破壊し、何とかその自爆から助け出すことが出来た。その時は私の脚も思いに応えてくれたようで、艦娘1人を抱きかかえた状態でいつも以上の力を発揮出来たのは本当に助かった。
人形達の自爆により、怪我を負ったものは誰もいなかった。直前ではあったが、散開するように指示が出来たのは功を奏したと言える。
最悪なことに、周りは真っ赤な雨が降り注いだ。周りは私の鼻が利かなくなりそうなくらい血の匂いが充満している。暗くて見づらかったが、海の所々に目を向けたくない物質が浮かんでいた。自爆させられた艦娘達の
「五航戦は!」
「……逃げおった。部下の死に乗じてな」
誰もが憤りを隠さなかった。あの温厚で戦いを好まない雷すらも、このやり方には拳を震わせていた。もっと早く指示が出来ていたら、雷の水鉄砲でもう1人2人は気絶させて救えていたかもしれない。
ただ逃げるのならまだ許せる。だがこのやり方はダメだ。今まででも一番ゲスなやり方。こうするように大淀が仕向けていたのだろうが、正直な話、今はあの翔鶴も許すことが出来そうにない。
「おい! とんでもねぇ音がしたぞ! 大丈夫……か……」
空襲が終わったためか、最後まで防空に専念してくれていた摩耶が駆けつけてくれた。が、この海の惨状を見て言葉を失う。深海の眼を持つ摩耶なら、夜でも鮮明に見えてしまうことだろう。
「んだよコレ……」
「目の前で……艦娘が破裂した。全部、まとめて」
途切れ途切れにシロが説明する。クロも顔面蒼白で艤装に顔を伏せていた。
今までに数度、艦娘が自爆する戦いがあった。だが、それを間近で見る羽目になったのは今回が初めてだ。
以前、来栖鎮守府での戦いで間近で艦娘の自爆を見てしまった伊168が気分悪そうに蹲っていたのを思い出す。あれを見たらああもなる。
「1人は救えた。鳥海も倒してる。早く治療を……っあ……」
ここでリミッター解除のツケが回ってきた。よくここまで持ってくれた。身体が途端に動かなくなり、抱きかかえていた空母隊の最後の1人を放ってしまう。
違うところでは三日月が鼻血を噴いて倒れていた。三日月も限界ギリギリになるまでリミッターを外し続けてきたのだ。頑張ってくれた。
「若葉と三日月を運んでやってくれ! あとの怪我人は!」
「曙が腕やっちゃってる! あとは擦り傷程度!」
「っし、撤収だ撤収! 施設は守りきったぞ!」
それが聞けて安心した。空爆で傷はついたようだが、住めないほど破壊されているわけではないらしい。それなら鳥海と生き残りの治療も可能だろう。
鳥海からキューブを取り出す処置に参加したかったが、どうにも身体が言うことを聞いてくれないため、他に任せて眠ることにした。正直もう限界だった。そう思ったら、意識はそのまま闇の中へ。
熟睡していたようで、目を覚ましたときにはもう外は夕暮れ時。三日月も同じベッドに寝かされていたため、少し驚いた。あちらのベッドはキチンとされていたため、三日月から潜り込んできたわけでは無い。寝間着もちゃんと着せられている辺り、おそらくこれは姉がやってくれたことだろう。
私が目を覚ますと同時に、三日月も目を覚ます。なるべく起こさないように動いたつもりだったが、そういうところは敏感だった。
「ふぁ……おはようございまふ……」
「もう夕方だ」
苦笑してベッドから降りる。同じ浴衣を寝間着にしているからか、はだけにはだけてあられもない姿に。こんな三日月を見られるのは私の特権か。
「いろいろ丸見えだが大丈夫か」
「若葉さん相手なら、もうそこまで気になりませんよ」
クスリと笑みを見せた。それだけでも少し嬉しい。最初の頃から本当に変わったと実感出来る。とはいえこれは、深海の侵食故の行動の可能性が高いので素直に喜んでもいられないが。
今気になるのは、私達が眠っている間に処置されたであろう鳥海と生き残りの空母のこと。鳥海に関しては、朝霜や巻雲の時も同じように姉妹艦、今回は摩耶から骨髄を提供してもらい、その後に治療する必要があるため、おそらく今は昏睡状態。
まずは生き残りの空母の治療が完了していると思われるため、三日月と共に医務室へと向かった。
「ああ、起きたのか」
そこには疲れた顔の飛鳥医師と、骨髄を提供したためにぐったりとしている摩耶。そして、透析をそろそろ終える生き残りの空母が眠っていた。
その空母は当然ながらリミッターが外されていたが、一度暁に成功しているおかげで、命さえあればその辺りも治療完了となっている。飛鳥医師も日々進化しているということだ。
「相変わらず眠りこけてしまった。すまない」
「医者としては、あまり身体に負担がかかる戦い方はしてもらいたくないんだが、君達のおかげでこの施設は存続出来ている。こちらこそ、いつも頼りきりですまない」
飛鳥医師は人間なのだから仕方のないことだ。この人の戦場は私達とは違う。たった今まで、私達の出来ない戦いをしていたのだ。そして、私達はそれにより生かされているのだから、全員が全員理解している。
当然言い分もわかっているが、無理しなくてはここを維持させることすら出来ない現状だ。なので、言うだけで止める気はさらさら無い。
「摩耶、大丈夫か」
「結構ダリィな……一晩寝りゃ治るし、いざって時ゃ薬湯使わせてもらうぜ」
骨髄移植は提供する側にもそれなりに負担がかかるらしい。私ももしかしたらこれをやることがあるかもしれないので、肝に銘じておく。
「こちらはそろそろ終わりだ。空母隊の最後の生き残り。若葉のおかげで命を取り留めた」
1人だけでも助けることが出来たことは誇るべきことだと、飛鳥医師は私を慰めてくれた。目の前で空母隊が全員自爆した光景は、正直トラウマになりそうだった。こう言ってもらえたことが、少しでも私の心の負担を減らしてくれる。
「だが、こんなにも強力な空母も奴らにとってはただの手駒、人形か……気に入らないな」
「すまないが、若葉にはこの人が何者かがわからない。三日月、わかるか?」
「すみません、私もわかりません。この方は……」
寝かされている空母。この施設にはいない大型艦である正規空母であり、五航戦と同じく弓により艦載機の発艦を行なっていた。見た目も同じか少し大きいくらいか。
「彼女は正規空母……一航戦の加賀だ」
一航戦ということは、五航戦よりも数字は上ということなのだろうか。そういった部分には申し訳ないが疎い。が、あの五航戦と同等の力を持っているのだろう。
「治療はいつも通りで終われた。胸骨は洗浄ではなく深海のものに差し替えたがな」
この前の嵐の漂着物で、在庫が出来たらしい。そのうちの一つを使うことで、私が参加出来なかった部分をどうにかしてくれたようだ。そこしか差し替えが無いため、身体は綺麗なものである。消えない傷も無い。
高速修復材は少し前に来栖提督が来てくれた時に少し補給してもらえたが、今回は曙と鳥海に使われたとのこと。少量ずつしか使っていないため、この加賀の縫合痕も少しだけ使って痛みが無くなる程度に治されている。
「透析完了。これで起こせるはずだ」
摩耶も怠そうではあったが身体を起こし、加賀が目覚めるのを見守る。飛鳥医師が手早く装置を外していき、綺麗な身体になったところで加賀を起こした。
毎度のことながら、ここまでして目覚めないという可能性だってある。今まではずっと上手く行ってきただけだ。だから、治療が完了した時点で起こす。
「……ん……」
小さく呻いたことを確認して、大きく安堵の息を吐いた飛鳥医師。毎回この瞬間は緊張するようだ。
「……ここは……」
「記憶はあるだろうか。君はここで……」
「……あります」
思い出したのだろう、忌々しげに顔を顰める。我を忘れて暴れるようなことがない辺り、精神も大人と考えるべきか。割り切っているのか、表に出さないようにしているのかはわからないが、少なくとも今は静かにしていてくれている。
しかし、ギリッと歯軋りが聞こえた。匂いも負の感情が強まったことを私に教えてくれる。
「いいように使われ、我々の命を使い逃げ果せた忌々しい五航戦……」
心底憎いと言わんばかりに吐き捨てて起き上がろうとするが、力が入らなかったか膝から崩れ落ちる。消耗が激しいのは私達だけではない。人形もいろいろなものが表に出せなかっただけで酷使され続けていた。
ベッドから落ちそうになってしまったため、すぐに私が支えた。近付いたことで、今までとは少し違う匂いを感じた。今まではこの施設に対する警戒と、五航戦に対する強い憎しみだったが、それ以上に深い悲しみの匂い。
「覚えています。黒い痣の若葉、貴女が私を助けてくれたのね」
「ああ、だが咄嗟だったから加賀しか助けられなかった……」
「……仕方のないこと。私が助かったのは運が良かったというのは、私自身、自覚しているわ。貴女が悔やむことじゃない」
起き上がるのを諦めたか、もう一度ベッドに横たわる。天井を見つめながら、大きく息を吐いた。
あれほどのことがあっても取り乱すことはなく、愚痴こそ最初に言ったもののそれ以上は口にも出さない。大人の女性の風格を備えている人だ。
「ちゃんとお礼を言わせてちょうだい。若葉、私は貴女のおかげで命拾いしました。ありがとう、感謝します」
息を整えた後、身体だけを傾けた加賀は、薄く微笑んで手を差し出してきた。私は勿論、それに応じて手を握る。匂いからは私への直接的な信頼を感じた。助けた張本人ということで、加賀の信用を得ることは出来ていると考えていい。
握手してわかった。加賀の手は震えていた。
五航戦直属の空母隊として、来栖鎮守府を空爆したのもおそらく加賀。本来人間を守るために生まれた自分が、理由はどうであれ人間の敵として活動していたのが許せないようだった。
「まだ身体が本調子ではないの。もう少し眠っていいかしら」
「ああ、構わない。痛みは取ったつもりだが、何かあったら言ってほしい」
「ええ。呪縛から解放してくれたこと、感謝します」
手は震えていたものの、最後まで冷静に終わらせた。私達の前では意地でも弱みは見せないようにしているような、そんな感じに思えた。心を開いているようには私には思えない。とにかく
加賀は医務室で一晩過ごし、明日から部屋を与えられることとなった。来栖鎮守府からの出向組が撤収したことで部屋は空いているが、また来たときのことを考えると、増築したことは功を奏している。
加賀が寝るということで、全員が部屋から出ることに。邪魔しちゃ悪いと摩耶も気怠そうに起きると、4人で一緒に部屋を出た。
「凄い人ですね加賀さん……洗脳を解かれてまったく取り乱さなかったなんて」
「ああ」
今までは多かれ少なかれ何かしらの反応があった。最初から冷静だったのは、人形としての活動を殆どしていなかったおかげで冷静に事に当たれた姉がいるくらいだ。駆逐艦でありながらも誰よりも大人びているのが姉だ。
加賀に何かありそうなら、姉にカウンセリングしてもらうのもいいかもしれない。メンタルの面では姉が一番適役。
「鳥海さんは今どうしてるんですか?」
「今は処置室で昏睡状態だ。実際の処置は明日からにする。またあの大掛かりな処置だからな。手伝ってもらえるか」
「ああ、若葉なら大丈夫だ。24時間働ける」
そのことで摩耶も少し沈んだ顔に。双子の妹が治療した後どんな反応をするかが心配なのだろう。それに、朝霜や巻雲に見られた、完成品の後遺症も不安だ。明らかな脳障害が残るのは怖い。
「悪いな、アタシの妹が」
「構わない。彼女も被害者だ。支えられるのは摩耶しかいない」
「ああ。鳥海が目を覚ましたら、部屋割りをまた替えてくれ。アイツと相部屋の方がいいだろ」
姉妹は一緒にいた方がいいだろう。私と姉は別室だが。
「仕事はまだまだあるな。なるべく負担がかからないように出来ることから始めているが……」
「アンタは人間なんだから無茶すんなよ。一番不安なのはアンタの過労死だ」
「そうならないように休息は取っているつもりだ」
深夜に鳥海を昏睡状態にした後に加賀のリミッターを掛け直し、仕切り直して朝から胸骨の差し替え、透析を開始してすぐに摩耶の骨髄を抜く作業。飛鳥医師が一番休めていないのは目に見えている。今晩はしっかりと休んでもらいたいものだ。
生き残りの空母は加賀でした。正規空母の航空隊では、元の力が非常に高いため未だに改二が来ていない人。大淀にとって、加賀くらいなら手駒と考えているのでしょうね。