継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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血塗られたその手を

治療が完了した完成品、鳥海が目を覚ましたのは夕方。透析が完了し、装置が外されて行く様子を見ながら、緊張した面持ちなのは摩耶である。双子の妹がどうなっているかは、目を覚まさなければわからないというのが辛いところ。

目を覚ました後に何もないように、私、若葉が含まれる確認組も医務室に集まった。処置後に何事もないことは確認しているが、目を覚ましてから何かあったら困る。

 

「若葉の嗅覚は問題無いと言っている」

「視覚から、問題なしです」

「もののけは大人しいものじゃ」

「大丈夫……だと思うよ……」

 

確認組4人のお墨付きが出たため、鳥海を起こすことになった。透析は勿論、昏睡も解かれ、今まで通りならもう洗脳は解かれているはず。

鳥海の眼鏡は雷が破壊してしまったため、残念ながら代用が無い。どこかのタイミングで眼鏡を調達しなくてはいけない。今だけは摩耶と一緒にいてもらうことで生活してもらう。一時期の私も同じようなものか。

 

「鳥海、鳥海、目ぇ覚ませ」

 

起こすのは勿論摩耶。肩を揺すって鳥海を起こす。目を覚ます瞬間が一番緊張する。目を開けた瞬間発狂もあり得るし、そもそも目を覚まさない可能性だってある。何事もなければいいのだが。

 

「鳥海」

「……んん……」

 

まず1つ安心。目を覚まさないということは無いようである。少し蠢いた後、ゆっくりと目を開く。未だ夢見心地な表情ではあったが、ボヤける視界のためか眉を顰める。近くに眼鏡があるだろうと手を伸ばすが、勝手を知らない部屋であるため、その手は空を切った。

 

「あれ……眼鏡は……」

「壊れちまった。直るまではちょっと待っててくれ」

「……摩耶……?」

 

声のする方に目を向けた。ボヤけているものの、摩耶が側にいることがわかったことで、ホニャッと表情が緩む。男勝りな摩耶とは逆の、清楚なイメージの女性。敵対していたときには見たこともないような柔らかい笑みだった。これが本来の鳥海なのだろうか。

 

「ここは……」

「アタシが暮らしてる施設だ。ちょいと変わったとこだが、まぁ楽しい場所だ」

 

念のため、鳥海が記憶を失っている想定で話している。深海の侵食が記憶のところに及んでいた場合はそういうこともあり得るかもしれない。

脳への侵食による記憶障害を、キューブによる怨念で賄っていたとしたら、キューブが取り除かれたことで今までのことを綺麗さっぱり忘れてしまっていてもおかしくはない。

 

「鳥海、こうなるまでのこと、覚えてるか?」

「……ええ、勿論。正直、死にたいほどに自分が憎いわ。今までやってきたことは、どう償えばいいの……」

 

手が震えていた。先程の柔らかい笑顔はすぐに消え、今にも泣きそうな顔になる。それを見た摩耶が慰めるように抱きしめた。

鳥海のやってきたことは、あくまでも大淀による洗脳でやらされていたこと。今ならそれが罪であることもわかるし、私達も何も気にしていない。

 

「鳥海、何かおかしなところはあるか。完成品は何かしら後遺症みたいなもんが出るんだ」

「おかしなところ……ぁ」

 

自分の身体を調べたところで、何かに思い当たったのだろう、声が詰まる。

 

「何かあるのか? すぐ言ってくれ」

「……()()()()()()()

 

それを聞いた飛鳥医師がすぐに診察を始める。基本的には触診。女性の身体に触れるということで飛鳥医師は触れず、シロによる再診となった。その間に、私がまた全身の匂いを隈なく嗅いでいく。

先程はみんなで大丈夫と言ったものの、ここまで近くで嗅いだわけではないので、新しい何かが見つかるかもしれない。シロも触診まではしていなかった。

 

「脳にはあまり感じない……あるけどローやマキグモほどじゃない……」

 

深海の細胞の転移は身体の至る所に及んでいるが、今までの例とは違い、鳥海は脳の方には微量にしか行っていなかったようだ。シロが感知できる範囲で場所を伝えると、若干記憶の方に影響があるらしい。だが、今の受け答えを聞く限り、そこまで気にならない程度の様子。

問題は私の方でわかった。脚の付け根辺りの匂いを嗅いだときに、本来ならあり得ないほど()()匂いがした。純粋な深海棲艦よりも濃いような、確実にそこにある()()

 

「脚に濃い匂いがした。多分これだ」

「ワカバ、私も見てみる」

 

すぐさまシロもそこを触診。触れた瞬間にシロの表情も暗くなる。

 

「……うん、ここ。ワカバの言った場所に()()()がある」

「脚の神経を深海の細胞が阻害しているのか……」

 

他の者と違い、鳥海の場合は脚に重い障害を残してしまった形になる。キューブが埋め込まれている間は、その怨念により無理矢理動くようになっていたようだが、それが取り除かれた今、完全にダメになってしまったらしい。

 

「これが、私の罪の証なんですね。あれだけの暴挙をやったことに対する罰だと思えば、これでは軽いくらいです。戦えない艦娘だなんて……今の私に相応しい愚かな結末ですね」

 

悲しい笑みを浮かべる。やらされたことを自身の罪として納得してしまっているため、脚が動かなくなったことも受け入れてしまった。

だが、こちらはその程度では諦めない。触ることが直接死に繋がる脳への侵食が障害になっているわけではないという時点で、飛鳥医師には治療のプランが練り上がっていた。

 

「大手術にはなるが、これなら動くように出来る。幸い、先日の嵐で脚は手に入っているからな」

「……ぇ?」

 

飛鳥医師の言葉に鳥海が変な声をあげた。この施設がどういう施設かはわかっているはずだが、その辺りの記憶が持っていかれているのだろうか。軽めの侵食といえど、地味ながら影響はあるようである。

 

「鳥海、脚の移植をすりゃ動くようになるってことだ。今なら高速修復材もちったぁ残ってるし、痛みもそこまで残らねぇはずだぜ」

「……私にその処置を受ける資格なんか無いわ」

 

鳥海は摩耶から目を背ける。自嘲気味に笑いながら、自分がどれだけの罪を犯したかをポツポツと話していった。

 

「私はね摩耶……艦娘も殺したし……人間も殺してるの。私達以外の者は全部下に見ていたような、生きていても仕方ないような艦娘なの」

「そりゃ大淀がそうなるようにお前を弄り回したからだろ。今は違う。洗脳はみんなのおかげで解けたんだ。お前は悪くねぇ」

「悪いに決まってるでしょ!」

 

泣きそうな顔で摩耶に掴みかかった。ほとんど力は入っていないようだが、自分の意思をぶつけるために、殴りかかるのではという勢いで摩耶に捲し立てる。

 

「私の手は血に塗れてるのよ!? 怯える子も! 逃げ惑う子も! 提督を守ろうと必死に立ち塞がった子も! 私はこの手で握り潰したの! 本当ならみんなを守らなくちゃいけない手で、守るべきものを壊してきたの!」

「だから、それが洗脳なんだっつってんだろ。あのクソがそうなるように仕組んでたんだから、それはお前の意思じゃねぇよ」

「あのときは確かに私の意思だった!」

 

ワンワン泣きながら摩耶に心をぶち撒ける。聞いているこちらもいたたまれない気持ちになってしまうほどに、鳥海のやらされていたことは重く、ただただ辛い。

 

「誰の意思でもなく、私の意思なのよ! 私の意思で殺すことを楽しんでた! ここの子達も全員殺すつもりだったのよ!? 私が悪いに決まってるでしょう!」

「お前は悪くねぇっつってんだろうが!」

 

いきなりの大声に、私の隣にいた三日月がビクッと震えたのがわかる。

ここの摩耶は比較的温厚だ。戦闘の時は凄まじい気迫で両用砲を操っていたが、工廠で働いているときは、たまに鼻唄交じりで艤装を弄っていたりするほどだ。その摩耶が声を荒げた。戦闘の時よりも荒く、怒気のこもった声。

 

「お前は悪くねぇんだよ! お前はやらされてただけなんだよ! どうせ償うなら、アタシ達と一緒に戦って償ってくれよ!」

 

自分の意思で仲間(かんむす)を殺していたわけではない。洗脳により、大淀が自身の手を汚さずに目的を達成しようとしているだけに過ぎない。大淀自身に罪悪感なんぞ毛頭ないと思うが、自分に向かうものを他人に押し付けているだけだ。

摩耶が怒鳴ったことで鳥海が黙ってしまった。摩耶も落ち着いて、ゆっくりと染み込ませるように気持ちを伝えていく。

 

「お前の罪はアタシが一緒に背負ってやらぁ。だから、アタシ達と一緒に……一緒に歩こうぜ。こっからがお前の始まりにすりゃあいいじゃねぇか。歩き出す脚は本当に変わっちまうけどよ」

「で、でも……私は……」

「全部忘れろとは言わねぇ。さっきも言ったが、償うなら一緒に戦おうぜ。アタシ達にはお前の力が必要なんだ。人手はいくらあっても足りねぇのがこの施設だ。だから、お前の力を貸してくれ」

 

治らない傷を負った者もいるが、治せるのなら治して一緒に歩くべきだ。幸いにも、摩耶と同じ形になるという偶然もある。もう3度目となる脚の移植なのだから、飛鳥医師も絶対に失敗しない。

 

「ここで動かないままだったら、一生ウダウダするだけだぞ。それを償いってんなら、むしろそりゃ怠慢だと思わねぇか? なんもしないで、ただジッとしてるなんてよ」

「その言い方はズルイわ……私は罪を償いたいんだもの」

 

クスリと笑った。今までの自嘲気味な笑みとは違う、少し晴れやかな笑み。

 

「お医者様……」

「飛鳥だ。その辺りの記憶が微妙になっているようだな」

「飛鳥先生……私の脚を、治して下さいますか」

 

涙目だが、決意したような瞳。罪と向き合い、それを償うための歩き方を見出したことによる強い力だ。

誰もそれを鳥海の罪とは思っていないが、本人の心持ちは重要。折れかけていた心が、摩耶の言葉で修復された。

 

「勿論だとも。今すぐ始めよう。眠って起きてまた眠ることになるが、その辺りは諦めてくれ。代わりに、君に痛みなんて絶対に与えない」

 

思い立ったが吉日と、夕方だというのに今から脚の移植手術を始めてしまうと言い出した。飛鳥医師はもう止められないだろう。摩耶も同調してしまっているのだから尚更だ。

 

「ああ、先に言っておく。今回の治療はかなり()()()()()()()()。僕と摩耶だけでやっていくからそのつもりでいてくれ」

「了解。なら先にいろいろと済まさせてもらう」

「ああ、とその前に軽食くらいは摂っておこう。長丁場にもなり得るからな、摩耶も頼むぞ」

 

事がどんどん進んでいく。救出された完成品としては、ほとんど障害が残らない状態の仲間入りが確約されたようなものだ。艤装もしっかりと直せば即戦力である。

巻雲や朝霜のような脳障害が出ないパターンがあるということがわかっただけでも少し進展。今後は治療が可能な場合があるというのは希望である。

 

「加賀、流石にこれは見せられない。疑いだとかそういうことでなく、今回の処置は()()()()()()()()()()()からだ。それに、あまり人数がいられても困る」

「そう……理解したわ。興味はあるけれど、貴方がそういうのなら控えさせてもらうわね」

「助かる」

 

これもまた見たいと言い出しそうな加賀を先んじて封じた。鳥海への今までの処置を結果的に全て見ていたわけだが、今回のものは今までとはわけが違う。加賀もそれには納得した様子。今までの処置の姿を見て、加賀は飛鳥医師を心から信用しているようである。

 

「じゃあ始めよう。まずは雷に夕食を僕らだけ早めてもらうようにお願いしなくてはな」

「だな。鳥海も食っておくか?」

「申し訳ないが、鳥海はもう少し絶食で頼む。処置に悪影響が出るかもしれないからな」

 

忙しなく動き始めたが、2人とも嫌そうには全く見えなかった。

 

 

 

その日の夜、先んじて夕食を軽く摂った飛鳥医師と摩耶は、そのまま処置室へ。ここから鳥海の脚を治す処置が始まる。

恐ろしく簡単に説明されたが、ようするに壊れてしまった脚をちょん切って、使える脚に差し替えるという処置。言うだけなら簡単だが、こんなことが出来てしまうのは飛鳥医師だけ。

 

「処置室に近寄るなとも言われたな」

「何があるかわからないからですかね」

 

などと三日月と話しながら風呂に向かっている最中、処置室からとてつもなく大きな音が聞こえた。その後、あまり聞いていたくない音も微かに。多少は防音に作ってある処置室から聞こえたほどなので、余程とんでもないことをしているのだと思う。

 

「……中を覗きたいとは全く思えません」

「若葉もだ。あの音は、鳥海の脚を」

「若葉さん、別にそういうことは言わなくてもいいと思うんです。想像するのも怖いので」

 

確かに、中で起きていることは想像するのも怖い。音を聞いているだけでそれを想像出来てしまう。

 

明日の朝には、鳥海は自らの脚で地に立つことができるようになるだろう。そう確信出来るほどに、飛鳥医師の技術は信用出来る。多少はリハビリは必要だろうが、摩耶がついているのだから何も問題はない。

血塗られたその手を、誰も責めずに握ってあげることが出来た。鳥海はもう、私達の仲間だ。

 




鳥海に残された障害は、両脚不随。とはいえ、脳とは違うので飛鳥医師の御業で治療可能となりました。そしてこれはもう1つ、いい方向に進む先駆けになりますが、それはまた別のお話で。
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