浜辺に漂着した艦娘、三日月の治療が完了した。
身体の大部分が火傷を負っていたため、それを治療するために保管してあった深海棲艦の皮膚を大部分を消費。さらには焼けたために失明してしまった左目も移植したことにより、目が覚めれば五体満足という状態に。この施設に住まわせてもらっている他の艦娘と同様、
三日月が目を覚ますまで、見込みで3週間。それまでは私、若葉の時と同じように、雷が身の回りの世話をする。世話といっても、定期的に全身に巻かれた包帯を交換し、身体を清潔に保つことのみ。当然だが食事は出来ず、栄養は点滴で送られることになる。その辺りの管理も雷が行なうとのこと。
「雷、若葉も何かあれば手伝う」
「ありがとう。1人だと難しいこともあるから、手伝ってもらえるのは嬉しいわ」
私の見立てでは、三日月は私と同じように
私が通ってきた道を、同じように歩けるかは定かではない。私には私の、三日月には三日月のやり方、考え方がある。なるべくなら、今までのことを忘れて、ここで楽しく生きてもらいたい。
翌日からは、深海双子棲姫の艤装作成と、目覚めない三日月の介護の両立となった。とはいえ役割分担は出来ており、三日月の方は飛鳥医師と雷が、艤装の方は私と摩耶が担当する。
クロは自分のことに繋がっているため勿論艤装側。シロはクロから離れないので艤装側。人数に差が出来たため、余裕があるときは私が三日月側も受け持つ。手伝うとも言ったわけだし。
基本的には艤装作成がメイン。三日月の介護で私の手が必要なときは、包帯を解いて身体を拭くときくらいだ。検査や点滴の交換などは2人いれば充分に賄えており、雷はこの仕事に加えて家事もこなしている。
「つーわけで、集まった艤装から使えそうなモン探すぞ。深海棲艦の艤装も結構あったから、まずは主機の部分だ」
昨日終わらなかった浜辺の清掃を完了させ、工廠に積まれた拾ったもの達を臨む。それなりに形が残ったものも多くあり、何かしらに使えそうな部分がありそうだった。これだけの量を見ると、艦娘何人か分の艤装には出来そう。
いの一番に作りたいのは、とにかく主機。深海棲艦の艤装が艦娘と同じ形で接続出来るかはわからないが、シロがいう限りでは艦娘の艤装は使えないとのこと。
「主機って、艤装動かすところのこと?」
「ああ。つっても、あたしらはお前らの艤装がどんなだったかも知らねぇ。絵とか写真とかがありゃいいんだが」
「……絵は……描けないね」
「そういうことやったことないからわからないね」
この辺りは文化の違いだろう。絵や写真などは深海棲艦には普及していないようで、自分の艤装をそういった形で表現することが出来ない。何を装備していたかも、言葉では聞いたが具体的なことは何も聞いていない。
「今はとりあえず、さっき言った通り使えそうなモンを探すぞ。バラし方は教えてやるから、手分けしてやっていこうな」
何はともあれ、艤装としてはバラしていかなくてはいけない。壊れた部分はゴミとし、それ以外の部分は残す。その中から取捨選択をして、艤装としていく。
私の艤装もそのように作られたそうだ。元々主機の部分がある程度残っていてくれたおかげで、その周りにパーツを継ぎ足していく形で増設し、今の形となった。だから本来の駆逐艦若葉の艤装とは似ても似つかぬ形状になっているが、主機はそのままであるおかげで稼働は同じ。
早速廃材をバラしていく。私もほとんどやったことがないため、シロとクロと同様、摩耶からやり方を教わりながらの作業。
艦娘の艤装は接合面がわかりやすいが、深海棲艦の艤装はそういったところが見えづらくされている。ネジで接合されているわけでもなく、溶接されているわけでもなく、未知の金属が1枚で作られているような不思議な構造。
だが、構造がわかると外側が外せたりするらしい。少しコツはいるが、摩耶に言われた通りにやってみると、ガコンと音を立てて外装が剥がれた。同じことを逆再生するようにすれば、剥がれた外装は元通り。実は艦娘の艤装よりも分解しやすいのかもしれない。
「おう、そうそう。そんな感じだ。深海棲艦の艤装は大体そんな感じでいける」
「なるほど、了解した」
一度わかってしまえば何とかなるもので、初心者の私でも次々と分解することが出来た。それが何処のパーツからわからないが、似たようなパーツは多い。その辺りは摩耶に分別してもらうことにする。
「こういうことだよね」
「ああ、器用だなクロ」
クロも一度聞いたら手際よく分解していく。深海棲艦の艤装だけならず、艦娘の艤装も次々とバラしていった。主機はどうしても深海棲艦の艤装で無ければならないだろうが、その周囲に組み込むパーツは艦娘のものでも大丈夫だろう。私の艤装にも少しだけだが深海の物が組み込まれているらしいし。
「姉貴、こういうの苦手だよね」
「……グスン」
シロだけはなかなかうまく行かず、四苦八苦していた。どうもこういう作業は苦手な様子。
「シロ、作業を中断して、あたしらがバラしたパーツを分別してくれねぇか。分け方は
「……いいの?」
「適材適所だ。お前は多分、こういうことの方が向いてる」
摩耶に言われた通り、3人がバラした艤装のパーツを、
2人で1つの深海棲艦である深海双子棲姫だが、個人個人では意外と違いがある。常に2人一緒に行動していても、出来ることはどちらかといえば真逆。クロは肉体労働が得意で、シロは頭脳労働が得意。だからこそ関係が成立しているのだろう。お互いの短所を補い、長所を伸ばしている。それで1つなのだから、ある意味隙がない。
それを察した摩耶が、適材適所と称して役割を分担した。そのおかげで効率はさらに上がり、またパーツの分別のおかげでこの後からやることが手早く行なえる。
「多分だけど……これは主機のパーツ……これは武装との接続パーツ……これは武装のパーツ……」
そういったことが全くわからないシロが、直感的に分別したパーツ群。今言っていた通り、おそらくこういう用途で使われているという考えで分けたらしい。
「共通点無さそうに見えるんだが」
「これは……この辺りが……それっぽい」
「姉貴のそういうの、結構当たるよ」
いつになくフワフワした言動ではあるが、これが後から効いてくる。おそらくこの直感、全て当たっている。
「若葉、艦娘の艤装の方も大丈夫か?」
「大丈夫。深海棲艦のものより簡単だ」
私は同時に三日月の艤装の修復もするつもりだった。今回のパーツ取りで、深海双子棲姫の艤装に使わないパーツがあったら、三日月の艤装に使いたいと思っている。
打ち上げられていた三日月の艤装は、主機の部分が半分近く破壊されていた。そのため、こちらも主機の部分からの修理が必要。私達と同じように継ぎ接ぎの艤装になるが、無いよりは全然マシだ。
最初は雑多に積み上げられ、ゴミのように無造作に置かれていた艤装群も、4人がかりで数時間作業し続けることで、全てがパーツ単位にまで分解された。それはそれで場所を取っているが。
シロの直感で分類されているのは深海棲艦の艤装のみ。艦娘の艤装は摩耶が教えてくれた通りに分類し、今後に役立てられるようにした。
だが、おそらくこれだけでは深海双子棲姫の艤装を作ることは出来ないだろう。
「バラすのは早いんだ。組むのは数倍時間がかかる」
「ここからが長いってこと?」
「おう。まずはお前らに合うものがあるかを探さなくちゃなんねぇからな」
これだけパーツがあったとしても、それが2人に合うパーツかはわからない。何せ、今回は接続部分から作らなくてはいけない。そういえば、接続自体はどうしていたのだろう。
「艤装の接続、どうやってたんだ」
「あ、そういえば言ってなかった。私達は、背中にくっついてたんだよ。で、艤装自体は私達から離れてる感じ」
「遠隔操作……みたいなもの。若葉のみたいな……」
つまり、艤装が身体から離れていると。私の場合は肌に接する部分すら存在しない、自分でもよくわからない仕様なために参考にはならなそうだが、2人はそれと似たようなもののようだ。遠隔操作するためのパーツが背中側にあり、それでコントロールするため、本人はかなり身軽。
あとは海中で行動するためのマスク。これは海上で行動できる私達には謎の仕様。同じようなものを使う潜水カ級よりもかなり小柄なものだったらしいが、それを着けているだけで呼吸が出来たらしい。
「潜水艦に関しては艦娘の方も大概だけどな。なんか背中に着けるだけで、口に何も着けなくても息が出来るんだよ。会話すら出来るって話だ」
「深海棲艦にもそういうのいるね。海の中普通に動いてんの」
私はまだ見たことがないが、潜水艦に関しては艦娘も深海棲艦も似たようなものなのだろう。
艦娘の潜水艦の艤装のようなものを作ればひとまずはクリアなのでは。そこに遠隔操作の機能を後付けするような。
「そこまで再現出来るかはわからねぇけど、最低限前と同じことが出来るようにはしていこうぜ」
「はーい!」
本当の長丁場はここから。1日で出来るとは思っていないため、じっくり腰を据えて、確実に進んでいく。シロはともかく、クロもそれには賛成。急いては事を仕損じるともいう。急いでも悪いことしか起こらないだろう。
夕食後に三日月の身体を清潔にするということで雷に呼ばれる。私もやってもらったことだ。される側だったために、する側はよくわからないが、手伝えることは手伝いたい。
検査着を脱がせた後、包帯をゆっくり解いていく。拭くのは手慣れている雷に任せ、それ以外を私が受け持つことに。解いた包帯を預かるが、昨日の今日のため、真っ白だった包帯には血が滲んでいた。
「想像はしてたけど……やっぱり痛々しいわね」
「……ああ」
私は施術の現場にいたため、三日月がどういう状態かは知っているが、雷は当然初めて見る。それは痛々しい状態であった。
身体の8割は色素の薄い深海棲艦の色合い。艦娘としての色が残っているのは髪と顔の半分と、腕と脚の一部。あとは背中側が少し。真正面から爆炎を受けたのだろうと想像がつく。顔は左側が焼け爛れていたが、腕は左腕の方が損傷は少ない。おそらく艤装が守ってくれたのだろう。
「でも身体の中は無傷だったのよね?」
「ああ。飛鳥医師が確認している。内臓と骨は無事だったそうだ」
それでも生きていたのは奇跡だと、施術中に飛鳥医師が溢したのを私は聞き逃さなかった。治療を悔やみながらも、心底安心したような、そんな声だった。
「なら、まだ動けるようになるまでは早いわね。やっぱり若葉が一番重傷だったわ」
「自慢が出来ない一番だな……」
話しながらもテキパキと事を済ませていく。傷口を開かないように慎重に拭きながら、合間合間に腕や脚を動かしたりマッサージをしたりする。私の時にもやっていたそうだが、筋肉の硬直を抑えるために強制的に動かしているそうだ。これは私も雷の指示の下、お手伝いをした。
これだけ触っても、目を覚ますどころか呻き声一つあげない。所謂昏睡状態。自分から目を覚ますのは当分先なのだろうとわかる。
「こんなに大きな皮膚が保管されていてよかったわ。継ぎ目が少なめで」
「皮膚同士でも継いであるが……正面には見えづらくすると、飛鳥医師が奮闘していた。軽巡ツ級の胴体だそうだ」
小さな皮膚を重ねて重ねてとやっていくと、本当にただのパッチワークになりかねない。見た目が私達以上に不恰好になるのは問題だと、飛鳥医師も大分頭を悩ませた。
その結果が今の状態。胴体の前部分は深海棲艦のモノそのままになっており、横っ腹のところに継ぎ目が来るようになっていた。それが今回の一番時間がかかったところ。私も手伝った場所である。どういう技術を使っているかは眼前で処置しても理解が出来なかった。
「……ありがとうツ級さん。おかげで三日月の命が繋がりました」
死んだ命は次の命を繋ぐために使うと飛鳥医師は言っていた。雷もその信念を持っている。だからといって、誰も死んだ命を蔑ろになんてしない。だから御礼を言う。
施術中、飛鳥医師もブツブツと呟いていた。それは、謝罪だった。相手が深海棲艦でも関係ない。
「三日月は……この身体を受け入れてくれるだろうか」
不安はそこに尽きる。目が覚めたときに継ぎ接ぎの身体だったとき、三日月はどう思うだろう。
「大丈夫。きっといい方向に行くわ」
「……そうだな」
こういう時の雷のポジティブさが羨ましい。
私もそれを信じるしかない。いい方向に行くはずだ。
これからの毎日がこの調子になる。艤装完成が先か、三日月の目覚めが先か。
深海双子棲姫の艤装って、イラストを見ただけではかなりわかりづらい形をしているんですが、黒い方の肩甲骨に何か貼ってあるので、あれが艤装を遠隔操作する装置なのではないかという解釈をしています。見えていないので白い方にも同じものがあり、両頭のウツボのような艤装を2人で操作している、と。