治療が完了したことで鳥海が目を覚ましたが、完成させられた代償として、両脚が動かないという艦娘としては致命的な障害を持つことになってしまった。そのままでは、ただ生きているだけの艦娘と成り果ててしまう。
しかし、それは飛鳥医師の前では治療出来る障害であった。前回の嵐の日に漂着した深海棲艦の脚を移植することで、不随となっていた両脚が動くようになるという。鳥海は罪の意識からそれを最初は拒んだが、摩耶の説得により、その処置を受けることを決意。夕食後に早速それが始まった。
「今もまだやっているみたいだな」
「ですね……佳境でしょうか」
眠る前でも、下から微かに音が聞こえる。徹夜になるようなことは無いと聞いているが、日を跨ぐくらいまでは掛かりそうではある。
元々ある脚を取っ払い新しいものに付け替えるなんて、どう考えてもとんでもないことだ。普通ならやろうとも思えないような大手術。
だが、それをやることで救われるものがいるのなら、飛鳥医師は自分への負担を度外視して処置を行なうだろう。現に今がその状態。あの人はまず、自分の身体を大事にしてもらいたい。
「寝て起きたら終わっているだろうさ」
「そうですね。なら今日は寝ちゃいましょう」
今日の夜間警備は九二駆。明日は私、若葉率いる五三駆だ。今日はしっかり身体を休めて、明日に備えよう。その時になれば、鳥海も脚を取り戻しているはずだ。
翌日、早速お披露目。今回は高速修復材もあったため、既に痛みもない状態だという。私の腕は修復材が無かったがために定着までに何日もかかった。こういうところは修復材様々だ。
参加者は私と三日月、そして姉である摩耶。あまり大人数で押しかけても迷惑なので最小限に。こういう場には、基本的に私と三日月は付き物となった気がする。
「脚には空母ヲ級のものを使わせてもらった。艦種が違うから、使うことに少し抵抗があったが、今までも問題ない移植は出来ている。反発も無いだろう」
それでも念のため、縫合痕が残る太腿には現在包帯が巻かれている状態だった。
「ほ、本当に……脚に感覚が戻ってる……」
「何か違和感はあるか?」
「自分のものでは無いというのはわかりますね。でも、使っていけば慣れると思います」
高速修復材は残っている分を全て使ったと聞いている。バケツ1つ分あったわけでは無いが、痛みだけは完全に取り除けるまでに至っている。
またこれで在庫が無くなってしまったようなので、ここからは怪我が出来ない戦いが続くわけだが、鳥海の治療完了を考えれば安いもの。
「へへっ、アタシとお揃いだな」
「そうね……同じ傷なのね」
経緯は違えど、摩耶と鳥海はほぼ同じ傷を持つことになった。太腿にクッキリと刻まれた縫合痕も、姉妹で同じならコンプレックスにもならないだろう。そもそも摩耶は傷についてどうとも思っていないようだし。
「鳥海、立ち上がってみろよ。最初はアタシが支えになってやるからさ」
「え、ええ……」
摩耶の肩に掴まると、おっかなびっくり脚を下ろす。そうやって動かせているだけでも、不随状態が治っていることがわかる。
そして、身体もベッドから離した。脚に感覚がないのなら、この時点で立ち上がることなど出来ず、摩耶に完全にもたれかかることになっただろう。だが、そんなことはなく自分の脚で安定している。力が入れづらいようで、支えは必要なようだが。
たった1日、たった一晩でこの成果だ。昨日まで脚が動かないと言っていた者が、今や支えさえあれば普通に歩けるという快挙。
「飛鳥先生、この身体はここを守るために使わせてください。今までの行ないを償うためにも」
「償うとか償わないとかはさておき、防衛を手伝ってくれるのはとてもありがたい。経過観察も見たいから、出て行きたいと言ってもここにいてもらうさ」
そのためにもまずはリハビリが必要となる。まともに歩けるようになるところから始まり、次は海上での航行。戦闘にまで行けるようになるのはもう少し先になるだろう。
それでも、脚は完全に動くのだ。鳥海の努力次第では、数日で完全復帰に持っていけるかもしれない。そうしたら、施設の防衛はより強くなる。
「リハビリは今日の午後から、まずは支え無しに歩けるようになるところからにしよう。摩耶、頼めるか」
「おう、妹のことはな、やっぱアタシがやらねぇと」
「お願いね、摩耶」
仲のいい姉妹で何よりである。
「そうだ、鳥海。1つ君に話しておきたいことがある」
「はい、なんでしょう」
「君の
切除した鳥海の脚は、今は深海のパーツと共に厳重に保管されているらしい。深海の細胞が脚の神経を侵食し動かなくなるようにしていたそれは、裏を返せば敵の技術の貴重なサンプルでもある。
もし嫌だと言われれば、その場で埋めるなり焼くなりして廃棄するそうだ。自分の身体が材料にされるのが嫌と思うのもわからなくはない。
「勿論構いません。好きなように扱ってください」
「助かる。アレを調査すれば、もっと治療が進むと思うんだ。君達の身体を真に艦娘に戻せる可能性もある。脳の障害も取り払うことが出来るかもしれない」
大淀の残酷な処置により侵食された身体の一部だ。上手くいけば、今までのことを全て引っくり返すことが出来る。そして、それをするのが飛鳥医師であるというだけで、期待度は何倍にも増した。
「あとは服と眼鏡だな。そこについては事前にもう連絡している」
「連絡、ですか」
「そろそろ来るだろう」
と、飛鳥医師が言った瞬間である。工廠側に何者かが入った音がした。おそらく大発動艇が乗り付けた音。ということは、
「おう、飛鳥ァ。来たぜェ」
怪我を負っている来栖提督が、鳳翔に支えられながら入ってきた。折れていた腕は簡易ではあるもののギプスをはめられており、腰をやっていたことから杖をついているものの、元気そうである。
まさかこのタイミングでここに現れるとは思っていなかったため、それなりに驚いている。私と三日月は来栖鎮守府半壊の時に会いに行っているが、そのときはもっとボロボロだったイメージだ。
「来栖提督、鎮守府は」
「おう、お前らが来た時からは大分復旧したぜェ。お前が職人妖精を連れてきてくれたおかげだ。ありがとなァ」
あの時妖精を送り届けたことで、鎮守府の復旧はすぐに始まったらしい。今では工廠は完全に元通りとなり、入渠ドックも修復完了。大怪我の者から入渠中だそうだ。職人妖精は居住区の修復に取り掛かっているとのこと。
そのおかげで、大発動艇の修理が完了したようだ。まず明石を機能させなくては、鎮守府が回らない。今頃過労で倒れていなければいいんだが。
「割と元気じゃないか。診察する必要あるか?」
「大本営の医者にゃ診てもらったが、こういうモンは定期的に診てもらいてェんだよ。お前になら任せられんだから、ちょちょいと頼まァ」
「お前が骨折だなんて珍しいな。頑丈さが売りだったろうに」
「鎮守府半壊してんだぜェ。これくらいで済んでんだから褒めろや」
無事であることをその目で確認出来たことで、飛鳥医師も大分和んでいた。友人特有の軽いノリ。飛鳥医師がなかなか見せない姿でもある。
元々、来栖提督は飛鳥医師に改めて診察してもらう予定だったが、あちらの大発動艇が破壊されていたこともあり、なかなかその機会が無かった。施設の大発動艇で迎えに行くために霰を派遣しようかとも思っていたが、そんな時にあの襲撃だ。
なんだかんだであちらの復旧がある程度終わるほどになってしまったが、ようやく動けるようになっていた。
「鳳翔、アレを渡してやってくれェ」
「はい、飛鳥先生に連絡をいただき、鳥海さんの服と眼鏡をこちらで用意させてもらいました。眼鏡の方は明石さんの特製ですので」
少し大きめの包みを鳥海に渡す。その中には今言った通り、服とケースに入れられた眼鏡が入っていた。服はさておきまずは眼鏡だったようで、すぐに取り出す。
「ありがとうございます。視界がハッキリしますね」
眼鏡をかけて、ようやく元通り。コメカミの探照灯にはあまりいい思い出が無いが、艤装も兼ねた眼鏡のようで、思い当たるところを触って満足げに微笑んだ。
「電探の性能もそのままにしてもらえたようで嬉しいです。これで施設のお役に立てるでしょう。罪を償うことも出来ます」
「その前にリハビリな。まともに歩けるようになってからだぜ」
この施設に電探装備の艦娘は今のところいない。そういう意味でもありがたい援軍となってくれる。リハビリが済んで、戦力としてカウントされるようになれば、私達の夜間警備の引率も務めてくれるだろう、
服は後から着替えるということで、大事そうに抱えていた。早くも鳥海は外見だけなら完治したように見える状態となる。
「鳥海は治療が終わったのかァ?」
「ああ。両脚を移植したことで歩けない障害を取り除くことに成功した。あとは少し記憶障害があるが、その辺りは日常生活に影響は無いだろう」
「相変わらず、お前の治療は人知を超えてやがる」
鳥海の障害は入渠でも治せない致命傷。それを治しただけでも、来栖提督の言う通り人知を超えた所業だ。
「んなら、鳥海から事情聴取するのは控えた方がいいか」
「ああ、そうしてほしい」
「すみません……私も話したいのはやまやまなんですが、一番重要なところがあやふやで……。艦娘や人間をこの手で殺めてしまったことは覚えているんですが……
鳥海から抜け落ちてしまっている記憶は、この施設がどういうものであるかと、自分が何処でやらかしていたか。主に『場所』に関しての記憶。そのため、知っているであろう大淀の拠点の場所も、今の鳥海の記憶からは抜けてしまっているだろう。
「無理強いはしねェよ。お前さんも被害者だ。まずはここで心身共に癒されてくれや」
「そうさせてもらいます」
朗らかな笑顔。憑物が落ちたかのように晴れ晴れとしている。ひとえに、飛鳥医師の治療のおかげだ。
その後は来栖提督の診察をしてもらうということで、私達は医務室から出ることに。鳳翔は来栖提督の側にずっといるようなので残してくる。
私と三日月は、ヨロヨロと歩く鳥海を後ろから身守ることになった。摩耶を支えにしながらでも、移植したての脚にはうまく力が入らず、歩くのにも一苦労の様子。それでも、自分の力で脚を前に出すことは出来ていた。
「まずは筋トレだな。脚の」
「そうね。自分の身体を支えるのに精一杯だもの、そこからね」
摩耶も経験していることなので、先達者としていろいろ教えている。こういうのを見ると、やはり2人は姉妹なんだと実感する。
「あっ、鳥海さん、歩けるようになったのね!」
昼食の仕込みに向かう雷と鉢合わせる。その手伝いのために、呂500と暁も一緒だ。微かに、鳥海から辛さを感じる匂いが漂った。
場所に関する記憶が消えていても、やらされていたことは消えていないとなると、暁の暗示の件も当然覚えている。鳥海自らがその暗示を発動させ、雷を撃たせたのだから、その2人が目の前にいるのは少し辛いか。
「まだフラフラだけどな。雷、覚えてるか、アタシが目ぇ覚ましたとき」
「勿論よ。あの生まれたての子鹿みたいになったときよね!」
「そうそう。鳥海も似たようなモンだからよ」
摩耶はニコニコしているが、鳥海はぎこちない笑み。
「どうしたの鳥海さん。やっぱり痛いのかしら」
暁がそれに気付いて鳥海を心配する。この時点で、暁からその時の記憶が消えていることに気付いた様子。
「大丈夫よ。やっぱり安定しないとすごく疲れるの。でも歩かないと力もつかないから、頑張らないと」
「そうなのね。暁はそういうことちょっとよくわからないけど、鳥海さん頑張ってね」
暁は屈託のない笑顔で鳥海と向き合っていた。そのおかげか、鳥海から辛そうな匂いは若干薄れる。
この施設で生活するに辺り、おそらく一番心配していたことはこれなんだと思う。自分が害を与えた者がここにおり、自分のことを恨んでいないか。恨まれていたとしたら、それが自分の罪なのだからと受け入れるのだろうが。
その心配も今、一部は払拭出来たようで何より。暁との関係はギクシャクしないで良さそう。
「心配してくれてありがとう。流石は一人前のレディね」
「もっ、勿論よ! 暁は
「その前にお姉ちゃんは震えずに包丁持てるようになってね」
「そ、それはアレよ、まだ慣れてないだけなんだから。雷はほら、『ねんき』が違うじゃない」
仲のいい姉妹のやりとりに、鳥海はぎこちなさが無くなった心からの笑みを浮かべていた。ここでならやっていけると確信したのだろう。その様子を見て、摩耶も一層嬉しそうに笑っていた。
辛い記憶を持っているが、鳥海は新たな脚で一歩前進した。姉の支えがあれば、問題なくやっていけるだろう。
脳には海馬傍回という場所があり、そこは自然や都市風景など場所の画像のような地理的な風景の記憶や顔の認識に関与する場所だそうです。鳥海の脳障害はそこが主になります。そこから、施設が何かもわからなくなっている感じですね。