継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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失われた誇り

来栖提督の診察も終わり、経過は良好であるとされた。安静にするのは難しいとは思うが、傷めた腰には湿布を貼ったり、折れた腕をしっかり固定しておけば、従来の時間で完治するとのこと。さらには、来栖提督自身の自然治癒能力も高いらしく、普通よりも早く復帰出来るだろうとは飛鳥医師の談。

提督を務めているものというのは、そこに至るまでの経歴や訓練に加え、体質も重要らしい。来栖提督は体質が特に良く、見た目通りの頑丈さで艦隊を指揮する。()()()()()ではトップクラスだそうだ。そうでなくては、艦娘なんていう特殊な人材を扱うことなんて出来ないのだろう。

 

その来栖提督だが、時間が昼に近いということで、施設で昼食を摂っていくことになった。今から帰ると微妙な時間になるし、朝から来ているのだから来栖提督をここまで運んできた二二駆が空腹を訴えたというのもある。

そのため、久しぶりに鳳翔も施設の台所に立ってくれた。雷とのコンビで昼食を作るのは、たった数日振りだというのに随分と久しぶりに思えてしまう。仕込みは終えていたが突然人数が増えたため、鳳翔の手助けはとても助かったとのこと。

 

「三日月ちゃんとご飯食べるの久しぶりだよね〜」

「はい、そうなりますね」

 

二二駆は相変わらず妹を愛でるのに忙しそうである。いつもなら私の隣を断固として動かない三日月だが、それを先んじて封じられ文月と皐月に囲まれていた。対面に水無月と長月も陣取り、完全に包囲されている。

少し困った顔をしたが、最終的には姉達の要望を受け入れた。こういう時は、たまにしか会えない姉妹と楽しめばいい。私とならいつでも食べられる。

 

「はい、提督」

「こういう場所でもやんのか鳳翔よォ」

「利き腕が折れているんですから、仕方ないでしょう?」

 

鳳翔はというと、来栖提督にご飯を食べさせていた。来栖提督が怪我をしているのは利き腕らしく、ご飯を食べるにも苦労しているようだ。そのため、鳳翔が隣に座り、甲斐甲斐しくお世話をしている。まるで仲睦まじい夫婦のよう。

私達を軽く捻り潰せそうな来栖提督でもこうなのだから、入渠で治すことが出来ない人間はこうも脆い。だからこそ私達が守らなくてはならないのだ。

 

「小っ恥ずかしいぜェ」

「腕を怪我するというのはそういうものだ。今回は貰い事故みたいなものなんだから我慢しろ」

「へいへい、わァーってらい」

 

医者からの念押しで、来栖提督も折れた様子。どういう状況でも鳳翔が補佐をすることにしているようである。それこそ、おはようからおやすみまで。

 

だが、この姿を遠目に見て、複雑な表情をする者がいる。以前の曙と呂500のようではないが、来栖提督の姿を視界に入れないようにしているのは、加賀だった。

別に嫌っているわけではない。何せ初対面である。嫌う要素がない。曙のように、艦娘としての性質で提督という職業にあまり良くない感情を持っているわけでもない。

 

「加賀さん、どうしたの?」

「……ごめんなさい、食欲が無いの。ごちそうさま」

 

雷が問いかけると、そのまま食堂を出て行ってしまった。用意された昼食はまだ半分以上残っている。それを見て雷が大いに驚いた。

 

「加賀さん、具合が悪いのかしら……人一倍食べる人なのに」

 

空母というのは私達駆逐艦と比べたら比較にならないほど燃費が悪い。艤装もそうだが本人すらもだ。私が茶碗1杯でいいところを、加賀は3杯食べる。それが、私達よりも食べずに終わってしまっている。これでは体調不良を訝しむのもわかる。

 

しかし、その理由はすぐにわかった。それこそ、来栖提督の存在に、加賀は心を痛めていた。

自らが人形として操られ、五航戦配下の空母隊として活動させられ、来栖鎮守府に空爆を行なった記憶はしっかりと残っているのだ。その被害を受けた張本人が現れてしまっては、余程他人に興味がないかしない限り気にするものだろう。

 

「残しておいてやろう。流石にこれだけじゃ、後から確実に腹を空かすだろうし」

「そうね、そうしましょう。今は難しくても後から食べられると思うわ」

 

目覚めた時、手が震えていたのを思い出した。やはりあの時のことを自分の罪として認識している。それでも冷静でいられたのは、自分の手で破壊したものを見ていなかったからだ。

それが目の前に現れてしまったのだから、今まで比較的抑え込まれていた自己嫌悪が爆発してしまった。結果がこれだ。

 

「若葉は後から様子を見に行ってくる」

 

加賀が心配になってくる。誰が見に行ってもいいとは思うが、加賀を助けたのは私だ。ここを離れるその瞬間の顔まで見ていたのも他ならぬ私。なら、最後まで付き合うのが情というものだろう。

 

 

 

昼食後、午後の作業までの時間で加賀の部屋に訪れる。

加賀の部屋は昨晩に与えられている。人数が増える毎に部屋割りを見直しているが、摩耶と鳥海が相部屋となり、セスがリコの部屋に転がり込んだことで、結果的に加賀は1人部屋となっていた。故に、誰にも弱みを見せることがない加賀だけの()()となっている。

 

「加賀、大丈夫か」

 

部屋の鍵は掛かっているようなので、基本的には中に引きこもっている状態。何となくだが、中に気配を感じる。本当に体調が優れないのかもしれないので、少し心配だ。曙の時のように、ストレスによる体調不良もあり得る。

 

「若葉が言えることではないと思うが、あまり気にしない方がいい。加賀はやらされていただけだ」

 

返答は無い。私の思うことをゆっくりと話しながら、あちらが出てきてくれるのを待つ。もしかしたら眠っているのかもしれないが、気にせず話した。

 

「そこが加賀さんの部屋ですか?」

 

そんな中、鳳翔が部屋の前に。何やら先程鳥海に渡した服の袋と同じものを持っている。そういえば、と私も思い当たった。加賀もつい先日救出したばかりの新参。服はその時着ていたものしか持っていない。鳥海の分と一緒に用意してくれていたようだ。

 

「加賀さん、少しいいですか? ここで生活する上での服を調達しましたので、受け取ってください」

 

実際、加賀がこうなっているのは、来栖提督もそうだが鳳翔がいることも原因である。居場所を破壊したという事実が、心を押し潰そうとしている。その本人がここに現れてしまっては、余計に萎縮し外に出られなくなる。

 

「加賀さん、開けてください」

 

鳳翔の声に対しても無言を貫く。今が一番不安定な状態だろう。初めて被害者を見たことで、頭を抱えるほどの罪悪感に苛まれている。

人形には薬も使われている。だから胸骨を差し替えたのだ。つまり、麻薬による禁断症状があってもおかしくはないのだが、今までそれを全く勘繰られないように耐えてきていた。恐ろしいほどの胆力を持っている。

 

「ふむ……加賀さん、そのままでいいので聞いてください」

 

袋を手渡されたので受け取る。鳳翔は扉に手を当て、中に訴えかけるように話し始めた。

 

「私達は、貴女のことを恨んでいませんよ。確かに実行犯は貴女だったかもしれませんが、それは貴女の意思では無いでしょう。完成品や姫ならまだしも、貴女は人形だったのだから、意思など何処にも無かったはずです」

 

記憶と実感だけは残り続けるが、自らの意思で来栖鎮守府を破壊しようと思っていたわけではない。だからこそ、目覚めた直後に五航戦への憎悪が真っ先に現れたのでは無いだろうか。

やりたくないのにやらされた。それを命じたのは五航戦だ。あの空爆は全て、完成品にされた五航戦の意思。そしてその意思は、大淀1人のエゴによって生み出されたものだ。大淀以外は全員被害者である。

 

「むしろ、貴女に憎しみを持つこと自体が間違ってるんです。貴女は敵に撃たれた時、武器を憎みますか? 使い手を憎むでしょう。それと同じです」

 

朝霜と似たようなことを言っている。あちらは自分が吹っ切れるため、こちらは他者を納得させるために、同じ理論を使う。私も同じ考えだ。自分の意思と関係なくやらされたことは、当人の罪ではない。人形なら尚更だ。

 

「もう一度言います。私達は、貴女を恨んでいません」

 

ガタリと部屋の中で音がした。ジッとしていたであろう加賀が、ようやく動いてくれた。扉の方まで足音が近付いてくる。だが、鍵は開くことは無い。

 

『合わせる顔がありません……私のせいで無くとも、取り返しのつかないことをした実感はあるのですから。ましてや鳳翔さんを傷付けた事実は……無くなることはありません』

 

扉越しに加賀が呟く。少し前までと違い、張り詰めていたものが切れてしまったかのような、弱々しい声。

 

『私は一航戦の誇りを失いました……世のため人のためにこの身体を得たはずなのに、世を憎み人を憎むものに人形にされ……その手を汚してしまった。この手についた血は……洗い流すことは出来ません』

 

搾り出すように独白。

 

『……怨嗟の声が聞こえるのです。何故お前だけが生き残った、他者を傷付けたというのに、のうのうと生きているのは何故だと。いっそお前も死んでしまえと。昨晩までは緩やかなものでしたが……鳳翔さんとあの提督を見たことで、その声はより大きくなりました。無くならない、ずっと、今も聞こえるのです』

 

加賀の禁断症状は幻聴一本らしい。だからあまり見た目に出ず、我慢出来るほどだったということか。私達の知らないところで、加賀は我慢し、精神がガリガリと削られていた。飛鳥医師の治療を見学させてもらっていたのも、半分はこの幻聴から気を逸らすためだったのかもしれない。

そういうことは我慢せずに打ち明けて欲しいものではあるが、プライドがそれを許さなかったのだと思う。一航戦の誇りというのが私にはよくわからないが、名誉ある位置についていたというプライドが、加賀の心を余計に苛んでいる。

 

「では、貴女は今からどうするんです。この部屋から出ず、ずっと引きこもるんですか? 怨嗟の声の中、衰弱して緩やかに死に絶えると? その方が迷惑ですよ」

『……』

 

声がまたしなくなってしまった。一度溢れた罪悪感は、なかなか元には戻らないだろう。だからこそ、私達施設の仲間が支えていくのだが。

 

「せっかく救われたというのに、やり直す機会を与えられたというのに、それを無下にするんですか」

『……』

「しゃんとしなさい! 一航戦加賀!」

 

こんなに声を荒げる鳳翔を見るのは初めてだった。半壊させられた来栖鎮守府を見たときとはまるで違う、怒りと慈愛に満ちた叱咤。

 

「貴女はどうしたいのですか。何もせずのうのうと生きるのか、それとも怨嗟の声に屈し命を絶つのか」

『……私は……』

「それとも……何にも屈せず新たな戦いに挑むか。そのどれもが既に選べるようにされていますよ。今すぐ選びなさい」

 

艤装と武装の修理も、セスの手で終わっている。戦うというのならいつでも戦場に出られる状態だ。戦えないというのなら、それは無用の長物となってしまうが。

 

『……私は、散った仲間のためにも……戦いたい』

「そうですか。ならば、この扉を開けることが出来ますね?」

 

少し間があり、ガチャリと鍵が開く音がした。扉が開くと、今までに見たことがないほどに煤けた加賀が中にいた。涙で目を腫らし、服も乱れ、髪もボサボサ。たった数十分でこうまで変わるかと思えるほどの荒れよう。

 

「やり直しましょう、加賀さん。幸い、ここには貴女を支えてくれる仲間達が沢山います。頼ればいいんですよ」

「……私は1人で抱え込もうとしていた。ですが……それではダメですね」

 

チラリと私を見た。そして、ほんの少しだけ微笑む。

 

「私を救ってくれた若葉の思いも無下にするところでした」

 

救われたのにその命を絶とうとするのは、私のしたことが無駄になることだと加賀は言う。感謝の言葉を言われたにもかかわらず、その命を絶ったとしたら、今度は多分私が落ち込むだろう。むしろ施設全体の士気に影響しかねない。

 

「一航戦の誇りを取り戻すため、怨嗟の声に報いるため、そして私を救ってくれた者達のため、私は再び立ち上がります。鳳翔さん、ありがとうございました」

 

鳳翔が加賀を抱き寄せて頭を撫でる。恥ずかしげにしながらも、加賀はそれを受け入れていた。

 

「それに、何度も言うようですが、私達は貴女を恨んでなんていません。鎮守府の者全員がです。気にされたら鎮守府の艦娘全員の思いを無下にすることになりますからね」

「……それは困りました。人数が多すぎて押し潰されてしまいそう」

「貴女なら支えられますよ。一航戦なんですから」

 

こうして、加賀は改めて立ち直ることが出来た。今までより雰囲気は柔らかくなったように思える。ようやく私達に心を開いてくれたのだ。

 

その後、残された昼食をモリモリ食べたのは言うまでもない。

 




加賀にも禁断症状はあります。表に出さないので若葉は気付かなかっただけ。ですが、立ち上がった加賀にはそれも些細なことになりそうですね。
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