継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

162 / 303
怨念の行末

昼食を終えて少ししたら来栖提督は帰投。今の状況で鎮守府を長く空けるのも良くないと、事が済んだらすぐに戻っていった。二二駆は名残惜しそうにしていた。ある程度落ち着いたら今度の警備は二四駆ではなく自分達だと言って聞かなかったが、どうなるのだろう。

ここに来てくれる際に、来栖提督が高速修復材を提供してくれたのはありがたい。それも2つ。ありがたいことに、これで多少の後ろ盾が出来たというものだ。怪我しないに越したことはないが、万が一の心配が取り払われたのは安心である。

 

「今日は夜間警備だったわよね。引率誰がしてくれるのよ」

 

今は五三駆で集まって夜のことの相談。曙が言った通り、今回は引率を誰にしてもらうかで少し悩みどころであった。

昨日の夜間警備はセスにやってもらっているため、今日はお休み。摩耶は鳥海のリハビリに付き合い、夜もまだ怖いため側にいたいとのこと。リコは夜間警備が出来るほど航行速度が出せない。そうなると、引率がいないという少し厳しい状態である。

 

「私達だけでやるのは先生が許してくれないわよね」

「ですね……私達だけだと万が一の時にあっという間に押し潰されてしまいそうです」

 

耐えられる自信はあるものの、万が一を考えると引率は欲しい。こうなると、残っているのはただ1人。

 

「……加賀に頼むか。確か、武装の修復は終わってるはずだ」

「空母に夜間警備任せるわけ? いや、出来るのかあの人。人形だったころの武装だし」

 

加賀である。本来は夜に出撃出来ない空母ではあるのだが、元々空母隊の人形として使われていた時の装備が丸々残っており、それをセスが修理したことにより、夜戦も可能となっている。空母隊が襲撃してきたのが夜だったのだから、問題無く機能するだろう。

つい数日前に加入した者が引率というのはなかなか無いことではあるが、駆逐艦4人だけで夜間警備はさすがに難しい。ダメ元でお願いしてみることにした。

 

「私で良ければ付き合うわ。これがここに来ての初陣になるけれど」

「いや、心強い。是非とも頼む」

 

ちょうど残しておいた昼食を平らげていた加賀が食堂にいたので聞いてみたところ、何の抵抗も無しに快く了承してくれた。加賀の肩の上に陣取る浮き輪もサムズアップ。

先程の落ち込み具合を感じさせないほど回復しており、服も鳳翔が持ってきてくれたものに着替えたようで心機一転。ここでやり直していくという意気込みも感じられる。

 

「加賀さん、元気になって良かったわ! ちょっと体調が悪かったのかしら」

「ええ、心配かけてごめんなさいね。少し寝たら調子が良くなったわ」

 

最初に昼食を残したことで雷が心配していたが、それもちょっと体調不良だったということにしている。性格上、どうあっても弱みを見せるようなことはしないようだ。私もあの時の加賀の姿については口止めされている。

 

「今回は先頭は若葉と三日月で行く。加賀には殿(しんがり)を任せたいんだが、いいだろうか」

「ええ、問題ないわ。空母は後衛と相場が決まっているもの」

「それじゃあ、また夜に。それまでは休んでおいてくれ」

 

陣形まで決めたところで、一旦解散。これで気兼ねなく夜間警備に出る事が出来る。

前々回は何事もなく朝を迎え、前回は五航戦と鳥海による襲撃を受けたが、今回は果たして。

 

 

 

警備を開始して少し経ち、そろそろ日を跨ぐかというくらい。相変わらず夜の静かな海には慣れない。

今回は空母がいるということで、合間合間に艦載機を飛ばし、私達の目では見えないところも確認してもらっている。加賀も鳳翔と同じく弓と矢で艦載機を発艦するのだが、浮き輪を乗せたままで器用に射つものだ。

 

「夜間に空母ってのも出来れば便利なものね……」

「私でもわからないものはあるのだから、その辺は任せるわね」

 

曙がしみじみと呟いた。私達では目が届かない遠方も即座に飛んでいく上、加賀が扱うのは深海仕様の艦載機だ。昼夜問わずに索敵能力が高い。それでもわからないのは潜水艦くらいだ。加賀がわからないものは私達が確認するしかない。それを主に見るのは、夜目が利く三日月になる。

 

「何も無いのが嬉しいけど、そうなると暇なのよね」

「贅沢な悩みだ」

 

とはいえ、基本的には注意深く見ているのみで、それ以外はやる事がない。話しながらもコースは変えず、同じ場所をグルグルと。ただでさえ暗くて周りが代わり映えのないというのもあり、何か話しながらでないと眠くなってくる。

 

「加賀さんはどう? 施設の居心地はいい?」

「医療施設の居心地と言われても。でも……そうね、悪くないわ」

 

雷に突然振られた加賀が少し驚きながらも答えた。今は私しか知らないあの側面もあるものの、概ね悪い思いはしていないようだ。

 

「しばらくは居座らせてもらうことになるわ。その間はこういうことも手伝うから、気軽に声をかけてくれると嬉しいわね」

「こんなに便利ならいくらでも手伝ってもらいたいわ」

「いいわよ、毎日でも。彼が許してくれるのならね」

 

加賀は思ったより気さくな人らしい。表情はあまり変わらないが、話し方が以前よりも明るく感じた。こうしているのも楽しそうに見える。クールに見えて、中身は意外とコロコロ変わるようである。これが本来の加賀か。

加賀は薬の禁断症状による幻聴に苛まれているが、それすらも表に出さない。1人で抱え込むことはやめるとは言っていたが、そのことを話さない辺り、実は禁断症状は意外と軽めなのかもしれない。

 

「着艦。異常無し」

「何も見えません。問題無し」

「若葉も何も感じない」

 

加賀の哨戒、三日月の眼、そして私の鼻で何も無し、夜間警備は順調と思われた。だが、

 

「んん、ちょっと待って。声が聞こえる」

 

雷がブレーキをかけた。他の者が何も言わず、雷だけがそれを言うということは、つまり()()()()()()だ。誰か1人でもソナーを持っていれば話は変わるのだろうが、今は無い物ねだり。やはり海中が見えないのは辛いものである。

ここ最近は無かったのに、ここに来て久しぶりに野良の深海棲艦の発生。中立区の中立たる部分を侵された結果。

 

「……ん、前と同じ言葉よ。何故死ななくちゃいけなかったのかって……あっちの方」

 

ここからは雷が先頭となって進行。その声が辿れるのは雷だけ。その場所に迅速に向かってもらう。

 

「雷には何かあるのかしら」

「雷は深海棲艦の声が聞こえるんだ。生まれが少し特殊で」

「そう……早速私が頼るところが出来たわね」

「もーっと頼ってもいいのよ!」

 

私と三日月のことは人形の時代に知っていたようだが、雷の特殊な力のことは向こうにも伝わっていない。これは伝わったことで相手が対策を取るようなことは無いように思えるが。

こうなると全員が雷頼りだ。嬉しそうに先陣を切りながら、海中からの声に耳を澄ましている。

 

「多分もうすぐ。って、この辺りって……」

()()()()()()()()

 

鳥海を倒し、五航戦を逃がした戦場。そしてここは、加賀を除く空母隊が自爆している場所である。

 

「前よりも声がハッキリしてる……すごく怒ってる声よ。恨みが物凄く強いわ……そろそろ上がってくる!」

 

雷が言うや否や、水飛沫をあげて浮上してきた深海棲艦。今までの駆逐イ級かもしれないと身構える。

だが、そこから出てきたのは予想以上の敵。少なくとも私達がこの施設で生活するようになってからは見たことのないもの。先日多く上がった深海棲艦の死骸に交ざってたか。

 

「5体!?」

「嘘でしょ……ここ中立区よね!?」

 

敵は全部で5体。2体はクラゲのような外骨格の艤装から身体が生えている軽空母。2体はその軽空母の艤装を頭に被ったような人型の正規空母。

そして残り1体。巨大な艤装に腰掛けた状態で浮上してきたそれは、今出てきた者達よりもより人間に近い姿をしている。

 

「……シズメ……シズメ……」

 

そして、()()()()()()()()。私達がわかるほどに言葉を扱えるということは、最低でもイロハ級ではない。鬼級や姫級などの、上位個体である。本来なら深海棲艦が発生しない場所なのに、そんな強力な深海棲艦が発生してしまった。

 

「……空母棲姫……!」

 

その姿を見て、加賀が顔を顰める。見覚えがあるのか、明らかに動揺が見える。匂いからも負の感情、戸惑いや抵抗が強く感じた。

 

「警報は鳴らした! 戦闘準備!」

 

完成品との戦闘を想定していたが、まさか深海棲艦の空母隊が現れるとは思っても見なかった。それで、私にはピンと来てしまった。

 

この中立区に深海棲艦が発生したのは、今回を含めないと今までに2回。その2回ともが駆逐イ級であるが、出てきたタイミングは施設を破壊された数日後。潜水艦娘が自爆した後だ。つまり、その遺体を引き揚げることが出来ない死の後である。

空母隊の自爆もそれだ。加賀以外の空母全員が自爆し、その遺体はどうにも出来ないレベルになっていたため、この海域に対して何も出来なかった。結果、この深海の空母隊が生まれてしまったと思う。

空母達の怨念が、空母隊となって堕ちてしまったと考えると、あまりにも残酷である。より強く、大淀と五航戦に対して怒りが増した。

 

「今は……治まって……!」

 

耳に手を当て、顔を顰めたままの加賀。この突然の敵を目の当たりにして、禁断症状が現れてしまったのだろう。仲間達の怨嗟の声が頭の中に響き渡る。雷が聞いている声とは違う声なのだろうが、その言葉はおそらく雷のものよりも強く厳しい。

 

「敵機が発艦します! 対空防御は!」

「誰も持ってないわよそんなもん! 加賀さん、対空!」

 

私達に高角砲は無い。故に、防空は加賀の航空戦力に頼り切るしかない。援軍が駆け付けるまではそれで耐えるしか無い。

怨嗟の声に苛まれながらも、加賀が艦載機を発艦。しかし、敵艦載機は加賀の全力を優に超える数。半分を討ち取ることが出来れば御の字か。とはいえ、あちらは施設を狙うようなことはなく、目の前の私達を殺そうと襲い掛かってくるため、それだけは安心している。完成品とは違い、戦い方が嫌らしくない。

 

「ヒノ……カタマリトナッテ……シズンデシマエ……!」

 

その声と共に空爆が開始。加賀の艦載機を擦り抜けた空母棲姫の艦載機が、一斉に爆弾を落としてくる。狙いはまちまちだが、同じ航空戦を仕掛けてくる加賀を目の敵にしているのか、少し数が多い。

 

「先に周りのをやるぞ! 曙!」

「私は正規空母の方やるわ! 軽空母片付けて!」

 

曙は頭の艤装から絶えず艦載機を発艦し続ける正規空母へ。その間に私は三日月と共に軽空母の方の対処に当たる。空母棲姫は加賀に押さえつけてもらい、まずは全体的な負荷を下げることに尽力することとした。

 

軽空母も正規空母と同じように、艤装の口から吐き出すように艦載機を発艦しているため、まずそれを止めなくてはいけない。そこは三日月に任せることとして、私は順当に見えている生身の部分に攻撃を加える。

ありがたいことに動きは遅く、リミッターを外さなくてもわたしの動きで翻弄出来た。これぞ深海であると言わんばかりの剛腕には絶対に捕まるわけにはいかないが、ヒットアンドアウェイを繰り返せばどうとでもなりそうだ。

 

「すまない。お前達の恨みは若葉達が晴らす。今一度眠ってくれ」

 

艦載機を発艦しながら私に掴みかかろうとしてきたが、それをヒラリと躱してナイフを背中に突き立てる。悲鳴を上げることは無いが、痛みを感じているような反応を見せるため、申し訳ないと思いながらも終わらせてやる。

もう片方も三日月がしっかりと終わらせてくれていた。艦載機を発艦する艤装を撃ち抜き、その後に心の臓を一撃。辛そうな顔をしていたが、そのままにしていたら大惨事になることもわかっている。故に容赦なく、心の中で謝罪しながら討ち倒す。

 

「悪いんだけど、また寝てなさいよ!」

 

曙も正規空母を槍で貫いた。杖を持っていたせいで、攻撃を払われかけていたが、そこは曙も経験が違う。槍を打ち払われることなく、確実に急所を狙う。

 

「ごめんなさい、貴女達の恨み、私がちゃんと聞いたから。忘れないから」

 

雷は殺傷兵器を持たない。だが、確実に足止めをするために、最大出力の水鉄砲を顔面に砲撃。軽空母の方と違い、人間と同様の顔が存在するからこそ通用する。当たりどころが悪ければ失神するほどの出力だ。それが直撃した正規空母は、気を失いかけてフラついた。

 

「すまない。必ず仇は取る」

 

そこに先に事を終わらせた私がすかさず一撃を加えた。これで終わってくれただろう。

 

残りは空母棲姫1体。今は加賀が1対1(サシ)で戦ってくれているが、搭載数の関係か若干不利。いや、加賀自身が攻撃に躊躇している部分もあった。

加賀自身もわかっている。つい先日まで、人形にされていたとはいえ仲間であった艦娘の怨念の塊が、今牙を剥いているという事に。禁断症状による怨嗟の声と合わさり、まるで自分だけ助かった事を恨んでいるかのように思えてしまうのだろう。

 

「私が……終わらせます。眠ってください……〜〜〜〜」

 

最後に何を言ったのかはわからなかったが、あの空母棲姫が誰の怨念から生まれたものか見当が付いているようだった。

空爆と射撃を回避し、一射。その矢は艦載機に変化する事なく空母棲姫の胸を貫いた。

 

だが、空母棲姫は終わらなかった。

 

「ナンドデモ……クリカエス……カワラナイ……カギリ……!」

 

不敵な笑みを浮かべた空母棲姫は、私達が倒した深海棲艦の死体と共に海中へと沈んでいった。胸を射抜かれたというのに、まだ倒れないというのか。それほどまでに怨念が強いということだろうか。

 

それに追い討ちをかけることはしなかった。加賀の辛そうな顔は、最後まで晴れなかった。

 




イベントボスは何度か倒さないと終わりません。それを今回のように解釈しました。死んだと思っても、まだやられない。今回はゲージを削ったということで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。