翌朝からは施設がバタバタし始める。夜間警備で発生を確認した空母棲姫の対策を練る必要が出たからだ。昨晩のうちに飛鳥医師が大本営に連絡をしているものの、その時間が時間だっただけに、今日すぐ動いてもらえるとは思えない。朝イチに動き出したとしても、ここに到着するのは昼に近いくらいになってしまうだろう。
それまでにこちらでもやれることをやっておかなければならない。鎮守府でも無い施設が独断で動き過ぎるのもあまり良くないとは思うが、事が事だ。姫級が発生してしまったとなると、早急な対処が必要。
まずは朝食がてら作戦会議。全員揃う場で、昨晩のことをきっちり情報共有しておく。大本営からの援軍が来るまでに決着がつけられるのならつけたいところだし。
「まず、シロとクロには、あの海域に潜ってもらいたい」
「りょーかい! 空母の人がいるか探してくればいいんだよね」
「襲われそうなら……すぐに連絡する。海の中なら負けないけど……」
空母棲姫は胸に矢を受けてから潜っていってしまったので、まだそこにいる可能性を考えてシロクロに見に行ってもらうことにした。相手は空母、いくらなんでも海中で戦闘することにはならないはずだ。
それに、同じ深海棲艦相手なら話が出来るかもしれない。未だに負の感情に呑まれ、理性すらあるかわからない空母棲姫ではあるものの、もしかしたらシロクロに反応してくれるかもと淡い期待を持っている。
「時間を問わずに浮上してくる可能性がある。訓練や家事をしたいのは山々だが、行方がわかるまでは監視をしよう。場所的には施設からは見えないんだったな」
「ああ、あの海域は水平線のギリギリ向こう側だ。だから、リコや加賀にも哨戒をお願いしたい」
夜間警備と同じように駆逐隊による監視も必要だとは思うが、哨戒機による周辺監視もやってもらいたいところである。前回とは違うところから現れる可能性だって十分あり得るのだから。
駆逐隊で海上、シロクロで海中、哨戒機で空からの監視が出来れば、見逃すことは無いだろう。この海域から出て行かれるのも、それはそれで困る。
「そうだ、ここで話しておきたい。若葉は今日、駆逐棲姫の夢を見ている。その時に空母棲姫のことについても聞いた」
「彼女は何と?」
「話せばわかってくれるかもしれないと言っていた。だが、今は元気すぎてこちらの言葉に聞く耳を持たないだろうとも」
夢の中で話したことも洗いざらい伝える。洗脳の関係は、この場に暁がいるため少し濁して。駆逐棲姫にシグという名前が付いたことも念のため伝えておいた。
その名前に飛鳥医師が少し反応したが、今のことに関係ないことだからと話を先に進めた。とにかく今は空母棲姫のことをどうにかしなくては。
「なら、シグが言うには、まずは発見してダメージを与えた後、落ち着かせてから話をしてみるというのがいいわけか」
「ああ。とはいえ、それが確実に上手くいくとは限らない。やっても無駄な可能性は少なからずあると」
「やらないよりはマシだろう。あの空母棲姫だって被害者のようなものだ。救える道があるのなら、小さな可能性でも手繰り寄せたい。戦場に出られない僕が言うのはおこがましいが」
飛鳥医師の信念はわかっている。深海棲艦であっても、救える命は救いたい。今回の空母棲姫は大淀の被害者の怨念だ。それこそ救うに値する相手。
この飛鳥医師の言葉に否定的な声を上げる者は、この施設には1人もいない。
「すみません、1つ私からも」
「加賀、何かあったか」
昨日の戦闘の時から少し様子がおかしい加賀。あの空母棲姫を目の当たりにしたことで、いろいろと思うところがあるようである。悶々としていたようだが、ここでの作戦会議で、何かを決心したような表情に。
「その説得、私にやらせてもらえないかしら」
空母隊の生き残りとして、今回のことは自分の手で幕を引きたいと考えているようだ。気持ちはわかる。危険かもしれないが、元仲間のために力を尽くしたいというのは、誰だって考えること。
加賀の言葉には、誰も文句を言わない。むしろ、適役だとも思える。あまり期待は出来ないが、空母隊であった時の記憶を持ち合わせているのなら、私達の言葉よりも加賀の言葉の方が聞く耳を持ってくれそうだからだ。
「……ああ、かまわない。だが、僕は作戦指揮なんて出来ない。提督ではないからな。その時の判断は戦場で各々にしてもらうことになる」
「ありがとう。それで充分よ」
決意の匂い。加賀としては、あの空母棲姫だけは生かしたい、仲間に加えたいと考えているようだった。あのときは救える手段が無いと全員が思っていたから撃破を狙ったが、可能性が少しでもあるのならそちらに賭けたい。
それで施設を危険に晒すようなら、独断ででも止めざるを得ないとは思う。救いたいのはわかるが、それで大きな害を被るのはよろしくはない。
「我欲に振り回してしまうかもしれません。無理だと思ったら、諦めてもう一度眠ってもらいます。みんな、力を……」
「んなこたぁ百も承知だぜ、加賀さん」
「あの人だって、助けられるなら助けたいわ!」
摩耶と雷が声を上げた。古参の2人だから、この施設のやり方に最も順応している。救えるものは全て救うというのが、ここのやり方だ。その信念があるからこそ、私達はここで生きていられるのだ。出来ることは全てやっていきたい。
「スペック自体は完成品よりは戦いやすかったわよね」
「ああ、良くも悪くも
それが唯一の救いだ。小狡いことをしてこず、真正面からぶつかってくる。
人語を介する分、知能がイロハ級より高いようではあるが、負の感情に呑み込まれているせいで理性的では無いからそうなっているのだろう。おかげで戦いやすい。あの時も誰も傷つくことなく戦闘が終われた。
「本体は無傷で、艤装だけぶっ壊せばいいんじゃね?」
「朝霜はちょっと簡単に考えすぎですよぉ」
「だが、それが一番妥当だろう。艤装が無くなれば戦えない。嫌でも冷静になるはずだ」
朝霜の案、採用。空母棲姫は大型の艤装に乗って移動をしているようなので、それを破壊することで頭を冷やしてもらおう。本体に傷がついていないのなら、死に近付くこともないだろうし。
それでもしこちらの話を聞いてくれるのなら、そのまま施設に連れて行くのでもいい。とにかく、あの艤装が無くなれば何か変わるはずだ。
「艤装を壊すだけなら、朝霜と若葉が適任かしら」
「だな。あとは実弾の主砲で確実に削っていきゃいい」
朝霜は力任せの攻撃での破壊。私は構造を知った上での分解。それを確実に実行するために、みんなの主砲でガリガリと削ってもらう。削れれば削れるほど分解もしやすくなるため、みんなの協力は必要不可欠。
結果的には施設の艦娘の総力戦だ。相手が空母なのだから、対空砲火も必要になるだろう。摩耶と巻雲にそこは補ってもらい、私達は空母棲姫の足止め、無力化に尽力することとなる。
朝食後、早速シロクロが海域へ潜水し、リコと加賀の哨戒機による周辺警備も開始。加賀はリコと違い、駆逐隊による哨戒に便乗してとなった。
今回は変則的な駆逐隊での哨戒。先程挙げられた、艤装破壊に適しているであろう私と朝霜、そこに実弾兵器による削りを目的とした三日月と姉、対空のための巻雲の5人。そこに加賀が加わって6人の艦隊で行なわれている。
「前回の発生地点はここだ」
施設が水平線の向こうに消えたくらいの場所。海域としては何も変わらない。明るい時間に見ても、そこはただの海だ。私達が施設で暮らし始めてからずっと見ているものと同じ。
嗅覚にも反応は無いし、三日月の眼でも何の変哲もない海として認識されている。しかし、姉の霊感が反応した。
「うむ……怨念、じゃな。もののけの
「なら、また発生するかもしれないということか」
「そうじゃな。今回だけでは終わらぬ可能性はある。警戒は必要じゃ」
この海域に蔓延る怨念を全て晴らすことが出来れば止まるだろうと付け加えた。
当たり前だが、誰も納得して沈んだわけがない。一度憎しみに囚われてしまうと、そこから抜け出すことは難しいだろう。深海棲艦を生み出し、それを倒し続けたとしても、その怨念は永劫晴らされないだろう。
「淀さんぶちのめしゃ多少はマシになんじゃね?」
「そうですね。私もまずはそれがいいと思います」
朝霜の発言に三日月も同調。私もその手段は素直にアリかなとは思う。怨念の一番恨んでいるものは、まず間違いなく大淀である。そうであってほしい。助けられなかった私を恨んでいると言われるとどうすればいいかわからなくなるが。
『ワカバ、こちらクロだよー』
「クロか。そちらはどうだ」
今回は通信機を私が貰っている。海底にいるクロからの通信を受け取り、状況を確認。
『えーっとね、空母の人は見当たらないんだけど、空母の深海棲艦の死骸は見つけたよ』
「死骸か。軽空母2体と正規空母2体だと思うが」
『そうそう。これ、昨日ワカバ達がやったのだよね。艤装がグチャグチャになってる。あと、死骸も壊されてるかな』
あまり嬉しくないものを見ている声。以前に艦娘の死体を海底で発見したときは大きく取り乱していたが、今回はこういうものもあるだろうと覚悟して向かったことで、発見しても動揺せずに済んでいる。気分は悪いだろうが。
私達は最低限の攻撃で終わらせている。急所を一撃で貫き、他の部分は何もしていなかった。艤装は無傷なはず。だが、クロが言うにはその死骸自体に損壊が見受けられると。
何故そうなってかはすぐにわかった。空母棲姫自身が
イロハ級の深海棲艦は沈んだ艦娘を捕食すると飛鳥医師が言っていたが、
「引き続き、海底の哨戒を頼む」
『りょーかいー。ちょっと施設から離れていくね』
クロとの通信が切れ、今聞いたことを仲間達に伝えた。話すにつれ、加賀が苦い顔になっていく。元々の仲間が深海棲艦を生むほどの怨念を持ち、さらにはその深海棲艦が仲間を捕食している可能性まで示唆されたのは流石に辛い。
「加賀、無理しなくてもいいと思うが」
「無理なんてしていないわ。ただ、事実を突き付けられると辛いわね……」
ふぅ、と息を吐き気を取り直す。
「1つ教えてもらっていいだろうか」
「何かしら」
「あのとき、空母棲姫を射つ時に、誰かの名前を呼ばなかったか?」
空母棲姫の胸に矢を撃ち込んだときだ。追求したいわけではないのだが、今この状態となると少し気になる。
「……あの空母棲姫、私のかつての仲間にとてもよく似ていたの。そもそもの空母棲姫は私達空母に似ている部分があるのだけど……あれは似ているなんてものではなかった。本人が深海棲艦となったとしか思えないくらいだったわ」
そうなると、弓を構えるのにも躊躇いが出るほどに感じるだろう。さらには禁断症状による怨嗟の声が響く中でも、それを遂行出来た加賀は、怖いほどに冷静だった。
「あたいらはその空母棲姫見てねぇんだけどさ、その、やっぱアレなのか。加賀さんがそう言うってことは……」
「ええ、朝霜が察する通り。あの空母隊にも使われていた、私の
私達には知識がないために顔を見てもわからなかったが、朝霜は姫や完成品としての経験もある。ある程度は艦娘の関係性なども知っていたようである。
その赤城は、第二改装も実装されている強力な空母。姫でも完成品でもなく人形として使われていたのには若干違和感がある。それを尋ねようとしたとき、再び海底から通信を受けた。
『ワカバ! 空母の人見つけた! 私達見たら急浮上してったから気をつけて!』
その通信を受けた直後、ここよりもさらに施設から離れた場所で水飛沫が上がった。大きな水飛沫だったため、遠くても視認できるほどである。
現場にすぐに向かい、浮上してきた空母棲姫と対面。昨晩に加賀がつけた傷は完治している上に、艤装やら何やらが強化されているようにも見えた。共食いの結果、さらなる力を手にしたと見て間違い無いだろう。
「ま、マジか……そっくりってレベルじゃねぇぞ」
「赤城さん本人にしか見えないですよぉ」
朝霜と巻雲が、その姿を見て驚く。それほどまでに似ているらしい。
「……必ず説得するわ」
空母棲姫もこちらを睨みつけてきた。やはりまだ怒りと憎しみに囚われ、理性も焼き尽くされている状態。今のままでは話もできないだろう。
まずは無力化しなくてはいけない。その後に話をしたい。この空母棲姫なら、何故か応じてくれるのではと思えた。
空母棲姫、赤城(仮)との戦い。目的は説得ですが、どうなるか。