継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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穢された誇り

一度撤退された空母棲姫との再戦。前回いたイロハ級の空母達はその時に処理が出来ているのだが、海底の状況から見て、それらを空母棲姫が捕食して強化されている。与えた傷は全て修復されているため、この再戦はあちらもダメージ無しの状態から開始することとなる。

私、若葉は朝霜と共に艤装の破壊を任された。三日月と姉に援護してもらいつつ、空母棲姫に向かう。

 

「空母棲姫! 話を聞け!」

「……シズメ!」

 

やはり聞く耳を持たない。こちらが攻撃しているというのもあるが、完全に敵視されている。私が近付くのもお構い無しに、空爆を開始する。

それに、回避性能が非常に高い。大きな艤装を取り扱っているというのに、現状の私達と同じほどの高速戦闘。さながらジェットスキーのように海上を滑走しながら、私達へ激しい航空戦を展開してくる。

 

「巻雲姉!」

「わかってるよぉ! 全部撃ち墜としますぅ!」

 

巻雲の両用砲により、膨大な数の艦載機はどんどん撃墜されていく。だが、こちらが墜とす速度と同じ速度で、あちらも艦載機を次々と発艦していく。そこでそれを均衡に持っていくのが加賀である。

 

「航空隊、発艦」

 

加賀も全力で艦載機を発艦していく。手早く矢を放ち、艦載機を真上へ飛ばした。艦載機の性能自体はおおよそ互角。どちらも深海のものであるために、1対1ならば完全に均衡。あちらは数、こちらは巻雲の存在で、どうにか航空戦はやり過ごしている。

あちらには艦載機しか攻撃手段が無いようだが、巻雲や加賀との拮抗を回避するために、超低空飛行の艦載機も現れている。これは三日月と姉に撃墜を任せることにした。

 

「道を開きます!」

「若葉、朝霜、行けぇ!」

 

三日月はリミッターを外していないようだ。それでも命中率はかなり高いため、姉と共の援護は心強い。私と朝霜の進路に現れる艦載機を次々と墜としてくれた。

その援護を受け、私はリミッターを外した。航行速度が似たようなもののため、このままの速度では並行線。即座に追いつくために限界を超える。

 

「艤装狙いだな!」

「ああ、若葉達で破壊するぞ!」

 

朝霜があっという間に空母棲姫に触れられるほど接近。乗り物にしている巨大な艤装に対し、いつも通り力一杯の打撃。鳥海に握りつぶされてからは、より強度を増した棍棒にしている。その分重くなったらしいが、随時リミッターが外れているような朝霜には些細なこと。

 

「おらぁあっ!」

 

艤装の前部にある口を狙い、渾身の一撃。私達の艤装ならそれで確実に半壊するレベルだが、とんでもない音が鳴ったくらいで、それをまともに受けても凹む程度。前回倒したイロハ級を捕食したためか、やたら硬くなっている。

朝霜が攻撃するところを見ながら、私は解体の糸口を探していた。摩耶なら即座に解体していくのかもしれないが、私は摩耶と比べれば素人。ナイフを突き立てる場所を探すだけでも一苦労である。朝霜の一撃で凹むだけとなると、私の刃は傷程度。ならばと三日月と姉に合図。

 

「了解、撃ちます!」

 

三日月の精密射撃。小さくてもいいので穴を空けてもらえれば、私がそれをナイフでこじ開けるように分解しよう。

直撃しても弾くような音がしたが、擦り付けて削るような砲撃で、朝霜が付けた凹みに傷が1本真一文字に刻まれる。そこが私の攻撃するポイントとなった。

 

「追加じゃ!」

 

さらに姉の砲撃。空飛ぶ主砲2基による集中砲火で同じ場所に砲撃。三日月が付けた傷がより深く刻まれた。

 

「若葉もやるぞ!」

 

そこにすかさず私が一気に近付き、その傷をさらに抉った。ナイフによるダメージなんてたかが知れているかもしれないが、何度か付けられた傷をさらに抉るくらいなら造作もない。まだあくまでも傷を付けただけではあるが、ダメージが通らなくとも次への布石になる。

これにより空母棲姫が警戒したか、低空飛行の艦載機が一気に増えた。三日月や姉だけでなく、私達6人全員に対して艦載機を配置してきた。代わりに空爆が若干少なくなる。

 

「オチロ……!」

 

ただの艦載機じゃない。それそのものが爆弾となっている特攻機だ。爆撃を至近距離で行なうことで自爆する、深海ならではのトンデモ艦載機。近くに来られただけで酷い目に遭うため、私と朝霜も一度実弾兵器に持ち替えてそれの対処に追われる。

私の拳銃では破壊まで行くのが難しい。そのため、あくまでも牽制と、艦載機の銃口に射撃することで攻撃手段を破壊する方向で行く。

 

「ちょっとだけ引いてぇ!」

 

そこにすかさず巻雲の乱射。空爆が甘くなった分、低空飛行の墜とす方に使ってくれた。酷い量の弾幕だが、しっかり私達には当たらず、艦載機のみを破壊していく。

艦載機自体が爆発していくため、大きく回避する必要はあったが、全員無傷で艦載機は回避出来ている。だが、爆炎で空母棲姫の姿が見づらくなってしまった。

 

『ワカバ、真上に魚雷撃つよ。空母の人の艤装にぶち当てちゃうから』

「了解。頼んだ」

 

突如、クロからの通信。未だに海底に待機してくれていたシロクロが、私達の及ばない場所からの攻撃に出てくれた。先程存在を視認されているが、海底からの攻撃に対して空母はどうにも出来ないはずだ。さらにはこちらに意識を向けた状態での不意打ち。

ちょうど艦載機に行く手を阻まれているため、空母棲姫からは距離を取らされている。魚雷を撃ってもらうには丁度いいタイミングだった。

 

『そろそろ当たるよ。3……2……1……!』

 

動いている空母棲姫でもお構いなく、完全に真下からの魚雷が、空母棲姫の艤装の底に直撃し、爆発。大きな水柱が上がり、空母棲姫が僅かに浮き上がった。

 

「ナニ……!?」

「魚雷受けて壊れねぇとか硬すぎだろ!」

 

あの衝撃を受けたことで、底が大きく凹んだようだったが、私達ではその場所に攻撃することが非常に難しく、そこはクロ専用の攻撃箇所と認識することになる。

まともに直撃させるより、掠らせた方がダメージになるようだった。直撃は凹むだけだが、掠れば傷になる。ならば、先程付けた傷に重点的に攻撃した方がいい。

 

「朝霜、避けなさい!」

「うっす!」

 

それに私より先に気付いていた加賀の声と共に朝霜が飛び退く。瞬間、朝霜がいたところに加賀の矢が飛んできていた。私達が力を合わせてほんの少ししか削れなかった空母棲姫の外装の傷に、その矢は見事に突き刺さる。傷をつけたことで、ほんの数mm、脆い部分が出来たのだと思う。文字通り、一矢報いた。

私のナイフよりも、朝霜の棍棒よりも、さらには皆が持つ実弾の砲撃よりも、貫く力が強い加賀の矢。深海の艤装で作られた矢だからというのもあるだろうが、相手が()()空母棲姫だからこその心のこもった一射。

 

「それを!」

「押し込む!」

 

巻雲が艦載機を墜としてくれたおかげで、空母棲姫までの道が出来た。その道を抜け、朝霜が突き刺さった矢を棍棒で叩き込む。一度穿ったその部分は、空母棲姫のたった1つの弱点となっている。それをさらに拡げ、より大きな弱点にしていくのだ。朝霜の一撃で押し込まれ、加賀の矢が見えないほどにまで突っ込まれた。

矢が1本だけとはいえ、艤装を貫いたことで、空母棲姫の動きに若干ブレが見えた。その貫いた場所が丁度悪い場所だったか、自分の装甲に自信があったのかはわからないが、これで幾分か戦いやすくなる。

 

「若葉!」

「了解だ。あの穴を、より穿つ!」

 

さらに私が接近し、矢の刺さっている穴をこじ開けるようにナイフを突き刺した。当然硬くて簡単にはいかないが、矢が刺さったことでヒビが入っており、それをなぞるように抉ることでその傷をさらに拡げる。

 

「加賀!」

「……っ!」

 

言うが早いか、既に矢を放っていた。私が拡げた傷に吸い込まれるように飛んだ矢は、そのまま艤装を貫く。

 

「発艦!」

 

さらには艤装内部で艦載機へと変化。意趣返しと言わんばかりに艤装内部で爆撃し、そのまま爆発。普通の艦載機ならばやらないようなことだが、加賀の持つ艦載機は深海のもの。抵抗もなく、その手段を取った。

これにより、空母棲姫の艤装が半壊。しかしながら、空母棲姫自身は無傷である。

 

「マダダ……ワタシハオワラナイ……」

 

半壊したことで移動は出来なくなったが、艦載機の発艦機能は健在。再び膨大な数の艦載機が発艦される。加賀のように弓も要らず、手を掲げるだけで艦載機が次々と発生するのは深海棲艦特有のシステムであろう。なんてインチキ。

 

「動けないならもうこちらのものだぞ」

「おう、そこまで壊れてたらもうあたいらでもぶっ壊せるぜ」

 

道は三日月と姉が切り開いてくれる。航空戦力は巻雲が撃ち墜としてくれる。ならば私と朝霜は、真っ直ぐ突っ込むだけだ。あくまでも艤装を破壊することを目的とし、先程と同じ速さを以て接近し、艤装の破壊された部分から解体を開始。

さらにはクロの魚雷がもう一撃入った。半壊した状態からぶつけられたら、もう凹むだけでは済まない。

 

ここまでされれば空母棲姫も厳しいと判断したようだった。苦々しい表情を浮かべた後、潜航による撤退の兆候を見せ始める。

ここで逃がしたらまた最初からになってしまう。艤装の修復のために、この海域から出て行ってしまう可能性もある。それだけは避けたい。

 

「シキリナオシダ……」

「させるわけないだろ」

 

また潜ろうとしたため、腕を掴んでそれを阻止した。腕も艤装の手甲に包まれて爪先まで尖っていたが、お構いなしにそれを掴む。

本体は無傷のまま、ここまで痛めつければ多少は冷静になってくれるだろう。匂いは未だに負の感情に塗り潰されており、最初から最後までその匂いは変わることはなかったが、多少は反応を示してくれると信じて。

 

「話を聞いてくれるかしら」

 

まだ怒りと憎しみに囚われたままの空母棲姫に加賀が接近。既に発艦された艦載機は全て巻雲が墜としており、新たに発艦することも今は無かったため、加賀は弓を下ろして空母棲姫の間近へ。

それに対して、空母棲姫は忌々しそうに睨み付ける。この中で最も憎しみを向ける相手であると認識しているようだった。

 

「……イマイマシイカンムスメ……」

「貴女には私が忌々しいかもしれないわね……私だけが生き残ったんだもの」

 

触れられるほどに近付き、見据える。憎しみを向けられても、加賀は凛とした表情で空母棲姫と向き合った。

 

「貴女達の怒りも憎しみも、私は理解をしているつもりよ。その中でも、貴女の憎しみが一番深かったのね……赤城さん」

 

本来ではあり得ない名前が呼ばれ、空母棲姫がビクンと震えた。

深海棲艦に名前などない。人間達が勝手に付けただけの呼称のみだ。シグは特別ではあるが、あくまでもそれは私達の中での取り決め。最初から持つものでは無かった。そのため、名前を呼ばれても反応などしないはず。

それが、この空母棲姫には何か感じるものがあったようである。少なくとも、それは嬉しいものでは無いようだが。

 

「貴女は温厚な人だったけれど、一航戦の誇りを穢され、仲間を奪われ、それほどまでに強い恨みと憎しみを持ってしまったのね。それだけじゃない……皆の憎しみを一手に引き受けてしまっている」

 

ツラツラと話す加賀の言葉が気に入らないのだろう。漂う負の感情の匂いが、より強くなっていく。加賀を食い殺さんとするほどに形相を浮かべ、言葉を聞きたくなさそうに歯を食いしばる。

 

「赤城さん……もう、やめてちょうだい」

「……ナニヲイッテイル」

「貴女達の恨みは私達が晴らします。忌々しいあの五航戦は、私達が討ち倒します。だから……人間の敵は終わりにしましょう」

 

そっと手を伸ばし、空母棲姫の頬を撫でた。そして、装備の胸当てを外した後に頭を抱きしめた。温もりを与えるように、負の感情を振り払わせるように、気持ちを伝えるために、ただただ抱きしめた。

 

「若葉」

「いいのか?」

「ええ」

 

加賀に言われ、空母棲姫の拘束を解く。そのまま逃げられる可能性だってある。振り払われ、さらに攻撃される可能性もある。だが、加賀はそんなことお構い無しだった。

 

「私にこんなことを言う資格があるかはわからないけれど……私達と共に生きませんか」

「……」

「私はまた、貴女と共に歩きたい。ただそれだけなの。ダメかしら……赤城さん」

 

空母棲姫は無言。だが、加賀の抱擁に抵抗は見せていない。

 

「……カガ……サン……」

「赤城さん、記憶が……」

 

空母棲姫が加賀の名を知るわけがない。深海棲艦へと堕ちたことで記憶など全て負の感情に塗り潰されて消滅しているはずだ。

だが、敢えてその名を呼んだ。まるで一航戦赤城としての記憶を取り戻したかのようだった。抱擁で表情は窺い知れないが、負の感情は薄れてきている。これは加賀の思いが届こうとしているのかもしれない。

 

「ワタシハ……ワタシハ……」

「赤城さん、気をしっかり持って」

「ワタシハ……」

 

抱擁を返すように加賀の背中に手を回した。加賀はより強く抱きしめる。誇りを取り戻させるため、失われた記憶を呼び起こすために、奇跡に縋り付いた。

 

だが、薄れかけていた負の感情が、突如膨らんだ。

 

 

 

「ワタシハ……ナニモカモヲユルサナイ」

 

回した手が、加賀の背中を貫いていた。

 


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