中立区で生まれてしまった例外中の例外である空母棲姫が、加賀との戦いによって赤城としての記憶を取り戻し、施設の一員として仲間に加わった。一から十まで深海棲艦であり、人格と記憶を持っているだけなので、監視下に置かれることにもなっている。加賀とある意味お揃いで、肩に浮き輪を乗せた状態に。
実際、加賀はシグの助言により疑う必要は無くなっている。アニマルセラピーも不要であるため、加賀の監視はもう要らないのだが、加賀本人が浮き輪のことを割と気に入っていたりするので、現状そのまま。加賀付の浮き輪は、赤城の監視も同時に行なうことにもなる。
昼食の時間に赤城のお披露目。未だに検査着ではあるものの、戦場での空母棲姫を知る者と知らない者で反応は様々。
「艤装も修理しておく。明日中には戦えるようにしておくぜ」
「まぁ、ここの摩耶さんは工作艦も兼任しているの? 私みたいなものを受け入れるなんて変わったところだとは思っていたけれど、艦娘も変わっているのね」
戦っていた頃とは雲泥の差。あの激しい怒りと憎しみに理性を失っていた空母棲姫が、おっとりした優しいお姉さんに変貌しており、表情もあの時とはまるで違う。最初の戦闘に参加していた曙は、その姿を見て少し引き気味。
「……あれ、ホントに同一人物なの?」
「ああ、紛れもなく空母棲姫だ」
疑うのも無理はない。友好的な深海棲艦というのは、これまでに何度も見てきたというか一緒に暮らしているわけだが、艦娘の記憶を持った深海棲艦など前例が無い。
全ては加賀の思いの力が強かったおかげだ。一航戦の絆というものは、姉妹よりも強いのかもしれない。
「赤城さんって、ご飯をいっぱい食べる人らしくてちょっと心配だわ。私達で手が回るかしら」
雷は別の心配。同じ正規空母である加賀の燃費の悪さは一目瞭然なのだが、深海棲艦の空母となるとどうなるのだろう。セスは軽空母だからか人並み、リコは空母では無いが陸上施設だからか少し多め。赤城がそれ以上に食べる人だと、雷とその手伝いをする暁と呂500だけでは台所が回らなくなるかもしれない。
「当人にやらせりゃいいのよ。摘み食いなんてしたらアンタが叱ってやんなさい」
「そうね、それもいいかも」
そうやって共存していくのがいいと雷も笑顔である。
実際食べてみたら、案の定というか赤城は加賀以上に食べた。朝の戦闘もあってか、そちら方面もしっかり消耗していた様子。
やはり雷の負担が大きくなるようなので、家事の辺りはいろいろと見直すことになったのは言うまでもない。
昼過ぎ、大本営からの遣いがやってくることになる。とはいえ今回の一件は既に解決したようなもの。今後も発生する可能性はあるが、目先の危機は乗り越えている。
それを事前に伝えようとしたものの、既に移動中だったため、この場で赤城を見てもらうことで解決したことを伝えることになる。出来れば遣いが知っている者だといいのだが。
「久しぶりですね、飛鳥」
「先生、身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、大分良くなりました。外傷が多かっただけで、片脚にヒビが入ったくらいですよ」
「重傷じゃないですか!」
大本営からの遣いは、この施設のことを一番知っているであろう下呂大将。その後ろに新提督の姿も見える。もうこの施設の管轄となっているようだ。
下呂大将は先日の大淀拠点襲撃の際に怪我を負っていると聞いていたが、今も松葉杖が欠かせないようだ。隣には常に神風が付き従っているほど。
「ジッとしていられない人なの」
「わかってる。僕も付き合いが長いから、もう諦めた」
「でも神風姉は司令官の面倒見るの嫌いじゃないって言ってたわよね」
「朝風、余計なこと言わなくていいから」
今回は緊急事態ということで、第一水雷戦隊で駆け付けてくれた。新提督の瑞鳳も勿論一緒に来ており、外部のものとしては信用のおける艦娘達である。
だが、残念ながら出番はもう無い。私達だけでどうにか出来た。それを伝えると、安心したような、それでいて残念なような、少し複雑な表情を浮かべた。
「ま、まぁ、久しぶりの息抜きということで」
「最近休暇が無かったようなものだからね。いい機会じゃないか」
引き攣った声の阿武隈を他所に、久々の休みということで明るい松風。他の者も、こんな辺境の地ではあるが急な休暇ということで少し喜んでいるようだった。
「並の鎮守府より戦力が整っているなココは」
「成り行きとはいえ、こんなことになるとは夢にも思っていませんでした。今の事件が終わったら、何らかの処遇は考えるつもりです」
本当である。私が漂着したときは3人しかいなかった艦娘が、あれよあれよともう桁違い。しかも1人1人が練度も高いというおまけつき。新人提督の鎮守府よりは確実に力を持つ施設となってしまった。
今回の件が終われば、ここから離れるものもいるだろう。特に、見た目に殆ど影響が無い九二駆の面々や大きな治療をしていない救出組は、別の鎮守府に再配属の可能性は高い。私はここから離れないつもりだ。あまりに外見に出過ぎているし。
「先生、夜戦出来る加賀さんって何処! 見たくて見たくて仕方ないんだけど!」
「瑞鳳、落ち着いてくれ」
瑞鳳は相変わらずのようで何より。加賀もそうだが、赤城を見た時どんな反応をするのだろうか。
「立ち話もあれですので、中へ。先生のお身体に障りますから」
「すみませんね。長話にもなりそうなので、お邪魔させてもらいます。すみませんが、今日は泊めてもらえますか。うちの水雷戦隊に夜間警備を任せますので」
元より泊まりのつもりだったようだ。確かに最後に来たのは巻雲と朝霜を救出して事情聴取した時。そこからそれなりに時間が経っている。話すことも大分溜まっていた。怪我人である下呂大将の身体のことも考えると、話し合いの後にここで休んで行ってもらったほうがいいとは思う。
長くなりそうなのはわかっているので、話し合いは談話室で。話し合いの参加者は人間3人に加え、秘書艦2人と私、若葉。そこに、話を聴く必要がある者に入ってきてもらう形。事情聴取も兼ねている。
他の者は自由にしてもらうことになった。瑞鳳はどうしても加賀の艦載機が見たいようだったが、我慢してもらう。後から時間はあるのだから、今は秘書艦としての業務を頑張ってもらいたい。
「では、君は元々鎮守府に属していたと」
「ええ、提督の管理の下、研鑽を重ねていたわ。空母隊の皆と共に」
最初の事情聴取相手は加賀。救出された人形ということで、大淀の拠点について知っていることがあるはずと、一番最初に話を聴くことになった。
加賀は大淀に建造された艦娘ではなく、別の鎮守府に属していた艦娘だったそうだ。加賀の上司は
あの人形の空母隊は、その時からの仲間。あの赤城にあれほどの執着を見せたのも、その頃から相棒と信頼していたかつての仲間だったからのようだ。
「大淀は私達の鎮守府を襲撃し、提督を殺した。私達を人形に改造して、今に至るわ」
「……なるほど、彼の名は私も知っています。中堅でしたが、なかなかいい戦術を立てる名将でした」
その襲撃を主に仕掛けてきたのが、あの五航戦。空襲で鎮守府を攻撃し、出てきたものを残りの完成品、伊勢と日向が処理していったという。
加賀も伊勢にやられたらしく、殺されなかった代わりに空母隊がまとめて五航戦の配下に改造されたとのこと。加賀は第一改装はとうにされており、ドックを使っての改装は出来ないはずなのだが、大淀はそれをやってのけた。第二改装ではなく、まさに
「ならば、大淀の今の拠点は、手瀬の鎮守府ということで間違いないだろうか」
「ええ。でも、妖精を使って改築していたわ。今でも手を加えているかもしれない」
「場所がわかっただけでも大きな収穫ですよ。最近怪我のせいで調査が出来ていませんでしたから、いい情報をくれましたね」
大淀の居場所はこれで確定した。手瀬提督の鎮守府はここからそれなりに離れているらしいが、わざわざここに襲撃してくるくらいなのだから、私達でも行けないわけではない場所だ。いざとなればこちらから打って出ることも出来る。
「赤城さんも同じことを証言してくれるはずよ。来てもらいましょうか」
「赤城……? 我々が飛鳥医師から連絡を貰った時、加賀を救出したとしか聞いていないんだが」
「それがですね……」
飛鳥医師が赤城のことを説明しようとしたとき、加賀が既に赤城を呼び出した後だった。ここからは赤城にも事情聴取することになるのだが、その姿を見て一同驚愕。
「加賀さんに呼ばれて来ましたが、何か御用ですか?」
「く、空母棲姫!? いや、ここには温厚な深海棲艦がいることは知っているが……」
「はい、空母棲姫、改め赤城です。いろいろとありまして、今はこの身体で失礼しますね」
やはり穏やかな雰囲気は崩さない。加賀の隣に座り、何を話せばいいのかとソワソワしながら加賀に話を聞いている。
「この赤城が、連絡したここで生まれてしまった姫です。戦いの最中に艦娘であった記憶を取り戻して今に至ります」
「艦娘の記憶を残す深海棲艦……!?」
新提督は驚きを一切隠さなかった。事あるごとに大きな声をあげる。下呂大将もさすがにそんな空母棲姫の登場は予想していなかったようであった。
「前例のないことを簡単に引き起こしましたね」
「狙っているわけでは無いんですが」
そんな話をしている間に、赤城は加賀から今の話の流れを聞き終えた。加賀と同じ鎮守府に属していた艦娘だったとしたら、その鎮守府が襲撃された一部始終を覚えているだろう。嫌なことを思い出させるようで申し訳ないが、今は少しでも情報が欲しい。
「ああ、手瀬提督のことでしたか。とても良くしてくれたんですが、私達の目の前で殺されてしまったんです。それは覚えていますよ」
「私と赤城さんは一緒に行動していましたから……」
「それもあって、私は五航戦のあの子達を殺さなくてはいけません」
笑顔を崩さずに言ってのけた。殺意に躊躇が一切無い。赤城のその言葉を聞き、加賀も少し顔を顰めた。
仲間と認められた私達には優しいお姉さんでも、敵と認識したものには空母棲姫なのだろう。陰と陽を併せ持った存在として、何処か歪んでいた。殺意に抵抗がない。
「人間を殺すような艦娘は、深海棲艦よりタチが悪いです。
「返す言葉もありませんね」
「意地悪な質問でしたね。すみません」
顔は笑っていても、目が笑っていない。なのに、赤城からは負の感情が感じられない。なんの疑念もなく、本心からこの言葉が出ている。それが一番怖い。負の感情が無くても、敵意というものは持てるものかと。
それを引き裂くように声を出したのは、何処かウキウキしている瑞鳳だった。何となく理由がわかった。
「あ、赤城さん、赤城さん」
「はい、何ですか瑞鳳さん」
「空母棲姫って、すごくカッコいい艦載機の発艦するんだけど、それ、見せてもらっていい!?」
こんな時でも瑞鳳は瑞鳳。緊迫したこの話し合いの場を柔らかくしてくれる。赤城も本能からの殺意が薄れ、大笑いしてしまった。
「あっはははっ、見せたいのは山々なんですが、今は艤装を修理中なの。ごめんなさいね」
「ちぇー、残念」
「間に合えば見せてあげますよ。こう、クルクルーってやると出せるんですよ」
「そう、それ! 何もないところからポンッて出てくるヤツ!」
張り詰めた糸が切れるようだった。
「瑞鳳……」
「いいじゃないですか。少し緊張感の高い話でしたからね。いい弛緩剤となりましたよ。その底抜けの明るさは評価に値します」
「TPOというものがあるだろう……」
自分の秘書艦の暴走じみた趣味の会話に、呆れ顔の新提督。だが、そのおかげで赤城も気が緩んだようだった。負の感情は無くとも、警戒くらいはしている。それが今の瑞鳳で緩和されたようだ。
コホンと咳払いをして、下呂大将が話を戻す。
「加賀と赤城から得られた情報はとても重要なものです。手瀬の鎮守府についてはこちらで調べておきますね」
「私も大本営としてそこは調査させてもらう。こちらには壊滅したという情報も来ていないからな」
またしても大淀は本来の鎮守府の運営を隠蔽しているらしい。だが、加賀と赤城からその所在を知ることが出来たのだから、事を起こすことが出来るだろう。
あちらも加賀が治療されてこちら側に来ていることは把握しているだろうが、やらないよりはマシだ。
「襲撃の際は是非呼んでください」
「ええ、君達にはその権利がありますし、戦力が増えるのは私達としても嬉しいことです。ただし、命を賭してなどとは考えないでくださいね」
「保証出来ませんが、覚えておきます」
最後まで笑顔を崩さず、赤城は加賀と退室。協力してくれる気持ちはあるようで何よりである。
たったこれだけでも、赤城の本質がわかったような気がした。人格と記憶を持ち合わせていても、やはりそういうところは怒りと憎しみから生まれた深海棲艦の要素を持っている。
仲間であるうちは心強いが、何かがズレてしまわない事を祈ろう。
赤城と加賀の所属していた鎮守府の提督、手瀬の元ネタは、アルゴナウタイの1人、テセウスから。かの有名な逆説でも知られていますね。
今の赤城はまさにテセウスの船。身体は深海棲艦でも心が赤城なら、それは赤城と言えるのか。