継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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眠り姫

深海双子棲姫の艤装作成と、眠り続ける三日月の介護、2つの仕事を進めていく施設。私、若葉はそのどちらにも参加し、自分の技術力を高めつつも事を成していく。

そもそも、どちらのことにも私は関係していた。深海双子棲姫、シロとクロを拾ってきたのは私だし、三日月はおそらく私と同じ境遇。そのため、自分からどちらにも関わるようにしている。

こうやって働いていることで充足感が得られるため、私は当初よりの目標である『楽しく生きる』が実行出来ていると思う。この生活は楽しい。誰かのためにもなるし、自分のためにもなる。

 

 

 

このような生活を続けて早2週間。それだけの時間があれば進展がある。

 

深海双子棲姫の艤装は、どうにかこうにか主機が完成。みんなでバラし、分別した廃材から厳選し、それらしいものがようやく完成した。クロが言っていた通り背中に接続するタイプで、それを2人分。遠隔操作するための本体は受信する基部が出来ているだけなので、完成まではまだまだ遠い。

だが、主機ができたことによりクロとシロが力仕事が出来るようになった。シロはそれでも肉体労働が苦手なようで、その辺りはクロが一任。

 

「マヤ、ありがとう! 私達も手伝いやすくなったよ!」

「だな。でも、本当にこんな感じでよかったか?」

「ちょっと大きいけど、動きにくいわけじゃないし大丈夫!」

 

本来は肩甲骨周辺に貼り付けられるほど薄いものだったらしいが、残念ながらそこまでのものが出来そうになかったため、前から見てもわかるくらいのサイズになってしまっている。それでも動きは阻害せず、むしろクロは気に入ったようだった。

 

「……クロちゃん……羽が生えたみたいに見えるよ」

「姉貴もね!」

 

その艤装はさながら、小さな天使の翼。これにより、遠隔操作に加え、海中で移動するための推進力を得る。2週間たっぷり使い、摩耶が頭を捻りながら搾り出した改造案である。

 

海中でのテストもいい具合に終わった。呼吸をするための艤装が無いため、ちょっと潜ってすぐ帰ってきたが、クロとしてはテンションが上がり切るほどの満足感だったようだ。シロも心なしか嬉しそう。

 

「遠隔操作する方より、出来れば呼吸器を作っておきたいが……今回の件でパーツが落ちてなかったんだよな。こればっかりは次の機会を待ってくれ」

「っあーい!」

「うん……ありがとう……マヤ……」

 

前々から懐いていたクロであったが、今回の件でより一層懐いていた。一歩引いた位置から見ていたシロも、今ではクロと同じくらいにまで距離が近い。たまに夜一緒に眠っているほどだとか。その時に今回の艤装の形状も設計したようだ。

 

「ワカバもありがとね!」

「若葉は殆ど何もしていない」

「礼は素直に受け取っとけ。それに、お前も結構いろいろやってくれたろ」

 

私がやったのは選別後のパーツを洗浄したくらいだ。個数がかなりあったため、艤装作成の方には手が出せなかった。綺麗にしておかないと錆び付いたりして後々使えなくなったりするため、洗浄は大切な作業になる。

 

「っし、じゃあ今日はこの辺にしとくか。明日からは遠隔操作の艤装な」

「っあーい!」

「うん……よろしく……ね」

 

艤装作成は順調だ。

 

 

 

三日月の方は、2週間経過してもまだ目を覚ましていない。その間も常に清潔にし続け、食事が取れなくても衰弱しないように栄養を投与し続けている。

これを欠かした場合、三日月の命に関わってしまうため、飛鳥医師と雷が毎日管理している。掃除や洗浄は雷が、医療的なことは全て飛鳥医師が執り行い、この2週間で悪いことは起きていない。

 

「今日も身体を拭かないとね」

「ああ、若葉も手馴れてきた」

 

縫合痕から血が滲むことも無くなり、痕は残っていても痛みが無くなっているくらいにまでは治っているだろう。だからといって乱暴にするわけではないが、最初の方は出来なかった抱きかかえて起こすことも今なら出来る。

 

「よっ……と、これでいいか」

「ええ。じゃあ検査着を脱がせて、包帯を解きましょ」

 

この辺りも慣れたものだ。雷には濡れタオルや消毒を用意してもらい、その間に繋がれた機械を外しつつ手早く脱がしていく。この作業で私も少しくらいは筋力がついたか、支えるのも苦ではない。

 

「皮膚も定着したな」

「そうね。触った感じも普通の肌よね」

 

浮いているような感じもなく、シワや傷もない。最初からこういう皮膚だったようにも思える肌触り。

 

全裸にした状態で雷が細部までしっかり拭いていく。清潔にしておかなくては、何か違う病気になりかねない。

艦娘も艤装を着けていなければ頑丈な人間なだけのため、病気にだってなる。この施設は飛鳥医師の徹底した管理があるために確率は少ないものの、海の真横という立地条件から何が起こるかわからない。やれることは全てやって、みんな健康に過ごすのがベスト。飛鳥医師もそれを強く推奨している。

 

「シロやクロとお風呂に入った時に思ったんだけど、深海棲艦の肌って凄いわよね……。潮風に晒されてもベタつかないし、何もしていなくてもスベスベツヤツヤだもの」

「そう……だな。若葉の腕もそうだが、潮風の嫌な感覚はしない」

「私はお腹だから実感薄いのよね。何だかそういうところは素直に羨ましいわ」

 

三日月に至っては髪も半分。手櫛で梳いても手触りが違う。身体的なことに関しては、深海棲艦は女子の理想を全て持っているのかもしれない。

 

「はい、おしまい! じゃあ新しい包帯を……っと」

 

雷が包帯を取ろうとしたところ、突然固まる。

 

「どうした?」

「お、起きてる! 三日月起きてる!」

 

言われて顔を見ると、うっすら目が開いていた。移植された左目からは、摩耶と同じように微かに光が漏れている。

ここで治療を受けてから2週間、ついに目を覚ましてくれた。動揺するも、このまま手を離したらベッドに思い切り倒れてしまうため、支えたままで面と向かう。

 

「三日月、意識は?」

「……貴女方は……一体……」

「貴女、近くの浜辺に漂着してたのよ。覚えてない?」

 

雷の言葉を聞いた後、見る見る内に表情が歪んでいく。

私の時のように走馬灯を見ていたかはわからないが、少なくとも目を覚ました直後には今までの記憶が無かったのだと思う。だが、少しのキッカケで全て思い出してしまった。

 

「雷、飛鳥医師を連れてきてくれ。若葉は三日月に服を着せておく」

「お願い! すぐに連れてくるわ!」

 

血が滲むことは無くなったため、包帯を巻かなくても何とかなるだろう。雷が飛鳥医師を呼んでくるまでに、私が検査着を着せる。

漂着する前のことを思い出したことで、酷く混乱している。無理もない。死の寸前にまで追い込まれていたのだ。それがどういう状況であれ、その時に嫌な経験はしているはずだ。

 

「わた、ひっ、私っ」

「大丈夫だ。生きている」

 

検査着を着せた後は手を握ってやった。この程度で何か変わるとは思えないが、多少は落ち着けるかもしれないと思いつくことは全てやる。

過呼吸気味だったものの、多少は混乱が治まったようだった。人の温もりがあると落ち着けるのは、私も体験済み。どういう形でもいいから、触れられれば安心できる。

 

「身体は痛くないか?」

「い、痛くは、ありません……え」

 

混乱して振り乱したせいで、色が変わった髪が視界を横切ったのだろう。本来の自分のものとは真反対の色になってしまった髪を見た途端、握っている手が今まで以上に震えだした。

 

「な、何これ、髪が……」

「……治療の結果だ」

 

今はそうとしか言えない。正確な情報を伝えるのは、私ではなく飛鳥医師だ。今はとにかく、落ち着いてもらわなくてはいけない。

 

「若葉! 先生連れてきたわ!」

「目を覚ましたと聞いたぞ」

 

ここで雷が飛鳥医師を連れて医務室に駆け込んでくる。

が、それも間違いだった。

 

「彼はこの施設の家主で」

「いや、いやぁぁぁ! 来るな! 来るなぁ!」

 

今まで以上に錯乱し、握っているだけではどうにもならないほどに暴れ出してしまった。そのせいで繋がれた機械が千切れ飛ぶように外され、私も殴られるような形に。

だが、痛みは無くなったにしろ、まだ重傷明けの患者だ。これのせいで傷が開いても困る。抱きしめる形でどうにか動きを止めた。

 

「離して! 離してぇ!」

「飛鳥医師、若葉が話をする。今はすまないが」

「ああ、頼む。最善を尽くすなら、僕は今は必要ない」

 

物分かりよく医務室から出て行った。雷もそれについていく。

 

改めて私と三日月の2人きりに。ジタバタと暴れていたが、視界から飛鳥医師が目の前から消えたことで、少しだけ冷静さを取り戻した。それでも震えは止まらず、私が常に抱きしめている状態。

 

「大丈夫だ。ここにお前の敵はいない」

「……」

 

暴れなくなったと思えば、今度はだんまり。虚ろな目で虚空を見つめている。情緒不安定になってしまっているようだった。

 

「お前に何があったかは何となくだがわかる。多分、若葉と同じだ。だから、若葉の話を聞いてくれ」

 

話すことはそんなに得意では無いが、三日月には聞いてほしかった。おそらく同じ境遇ということで、仲間がいるとまた落ち着けるはずだ。

見捨てられたのは自分だけではないという、傷の舐め合いのような慰め方ではあるが、今の状態から前進することが出来るのなら何だってやった方がいい。

 

「若葉は、とある鎮守府で建造された艦娘だ。今はその鎮守府が何処かもわからないが、とにかく、若葉の生まれは鎮守府だ。そこで若葉は……捨て駒にされた」

 

捨て駒という言葉に反応した。

 

「生まれてすぐに戦場に出されて、囮にされたんだ。そこで死にかける怪我を負ってここに流れ着いた」

「……私と……同じ……」

 

やはり、私と同じ境遇。

生み出されて、すぐに襲撃させられ、何もわからないまま深海棲艦に嬲られる。それを誰も助けてくれない。助けを請っても無視され、錯乱し、余計に傷がつき……そして倒れる。誰も自分に見向きもせず、ボロボロの自分を置いて先に進んでしまう。

過去を振り返ることは今の私には苦行だ。だが、三日月が自分を取り戻すために必要ならば、喜んで話そう。茨の道で傷付く痛みも、三日月の心に響くのなら悪くない痛みだ。

 

「……私も……同じです……。生み出されて……すぐに出撃させられて……敵からいっぱい攻撃されて……でも仲間は私のこと無視して……!」

「ああ」

「そんな采配が出来る人間は嫌いです。仲間を見捨てることが出来る艦娘も嫌いです。みんな、みんな嫌い、嫌いです!」

 

生み出されてからずっと裏切られ続けてきたせいで、世界の全てに嫌悪している状態。こうしているが、私のことも気に入らないかもしれない。同じ境遇の仲間であるとしても、何もかもに憎悪と嫌悪を抱いているのなら。

だから、少しずつでも歩み寄れるように、ずっと手は握り続けた。あちらから振り払おうともしないため、それを維持し続ける。

 

「治療なんて言って、私を実験か何かに使うんです。捨て駒の次は実験動物(モルモット)ですか。人間様は私を都合のいいようにしか使わないんです」

「そんなことはない。彼は、飛鳥医師はお前を生かすために尽力したんだ」

「じゃあ何なんですかこの髪は! 死にかけの私を良いように弄り回した結果じゃないんですか!」

「違う。ここの施設ではそういう形でしか治療が出来ないんだ」

 

錯乱は加速する。髪だけでこれなら、身体を知ったらどうなってしまう。

 

「ここは鎮守府ではない。だから入渠ドックも無い。艦娘を治療することが難しいんだ。それをどうにかしてくれたんだぞ」

「自分の都合のためでしょう! 鎮守府でもないところが艦娘をどうにか出来るわけないんです……から……」

 

ここでおそらく、私が握っている自分の手に気付いたのだろう。大火傷を治療するために皮膚が移植された手。なるべく傷が残らないように尽力したが、ところどころにはどうしても()()()が存在している。それが目に入ったようだった。

 

「わ、私の身体、何処まで弄られてるんですか。髪だけじゃ……ない……?」

「……見てみればいい」

 

一番わかりやすい顔を見るため、用意しておいた鏡を渡す。顔の真ん中を斜めに走る傷を見て、怒り狂っていた三日月は今度は涙を流し始める。

 

「なんで……なんで私がこんな目に……」

「ここの施設にいるものはみんな同じだ。何処かしらに傷を持っている。当然、若葉もだ」

「嘘吐かないでください……何処にもないじゃないですか……」

 

確かに目に見える場所には無い。そんな状態で言っても説得力が無いだろう。

ならばと、私は三日月の前で服を脱ぐ。三日月には奇行に見えたかもしれないが、気にせずに全裸に。

 

「これでいいか?」

「……っ!?」

 

私の身体を見て言葉を失ったようだった。

 

「私の腕は深海棲艦のものを移植してある。脚の骨も、腹の皮膚もだ。お前と同じようにだ。お前ほど見た目に影響がないが」

 

ここからは飛鳥医師のことと施設のことを説明した。私がここで生活し始めてから、大体1ヶ月ちょっと。それまでに知ったことを全て、口下手ながらも頑張って伝える。同時に、三日月への治療が何なのかも。

三日月は何度も表情を変え、驚き、悲しみ、怒った。だが、少なくとも一度も生きていることに対しての喜びを顔に出すことは無かった。

 

「若葉はこういう形ででも生きていることに感謝している。ゴミみたいに扱われた過去は拭えないが、今はそれを忘れて楽しく生きることが出来ている」

「……私は若葉さんほど強くありません……うっ……うぅっ……」

 

泣きじゃくってしまい、話どころでは無くなってしまった。今はひとまず、落ち着くまで近くにいてあげることが良さそうである。

 




三日月起床。ただし、今は世界の全てを呪う状態。

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