夜、夜間警備の時間。施設が寝静まった辺りで、私、若葉率いる第五三駆逐隊は夜の海に繰り出した。今回は旗風と一航戦が便乗。計7人での哨戒となる。
私達はさておき、赤城がとんでもないことになっていた。今日1日である程度修復が完了したことで、あの巨大な艤装に乗っての航行である。人格と記憶は赤城であろうと、外見は空母棲姫。本人は意識しているのかしていないのか、脚を組み不遜な態度で座っている。
「後ろからの圧がすごい」
「艤装が大きいものね」
「それだけじゃ無いわよアレ」
チラチラと後ろを見ながら呟く曙と雷。リコの艤装が高速で航行しているようなものなので、それが後ろからついてくるというだけでも結構怖い。急ブレーキをかけようものなら、多分轢かれる。
その赤城だが、航行しながらも艦載機を四方八方に飛ばしており、私達の一団の周囲を広い範囲で確認していてくれた。五航戦を見つけたらいち早く殺そうという算段なのは目に見えている。今日来るとは限らないが。
「赤城、殺気が痛い」
「あら、ごめんなさい。どうしても溢れてきちゃうの」
「気持ちはわかるが抑えてくれ」
どうも私の嗅覚にそれが引っかかる。戦いが近いが故に、赤城からは強すぎるほどの殺気と、怒りと憎しみが感じ取れた。それも
あの場で死んだもの全員の怒りと憎しみを背負ってしまったせいで、1人が出せる匂いでは無くなってしまっている。ここまで濃いのなら、赤城の理性がここまで蝕まれていてもおかしくはないか。
「静かな夜は落ち着くのですが、この緊張感は好きにはなれませんね」
「……そうですね。私は夜自体がそこまで好きでは無いのですが」
旗風も赤城の殺気に苦笑している。匂いがわかるわからない関係なしにこれはどうしても感じ取れてしまうのだろう。三日月もチラチラと赤城の方を見ながら、若干警戒の表情を見せている。後ろから撃ってこないだろうかと疑うのは仕方ないことだろう。
「異常無しよ」
「助かる。哨戒機が2人分なだけで夜間警備が捗るな」
「そう、ならよかったわ」
赤城と共に哨戒機を発艦している加賀が教えてくれた。加賀自身は赤城の殺気については何も思っていないように見えた。
艦載機の数は赤城が圧倒的なのだが、加賀の艦載機も当然重要。赤城は数の暴力で若干雑。加賀も相当な数を出しているのだが、赤城よりは丁寧に哨戒していた。今は殺気を押し殺しているようにも見え、普段以上に冷静だ。故に、加賀の報告の方が信憑性が高い。
「……私は赤城さんと同じ意見よ。五航戦は……特に翔鶴は許せそうにないの」
あのときは無言を貫いた加賀だったが、このタイミングで私に打ち明けてくれた。そう考えているのは最初からわかっていたことだ。
自分の命を奪おうとした張本人に対し、敵意を持つのは当然のこと。加賀にとっての翔鶴は、私達にとっての大淀と同じくらいの感情なのだと思う。
「気持ちはわかる。だが……」
「わかってるわ。止められるかはわからないけれど」
凛とした表情だが、その時になったら自分でも自分が止められるかはわからないと告白された。
幸い、加賀は私達ほどの継ぎ接ぎではない。胸骨の差し替えだけで済んでいる。理性を失うほどの負の感情を得たとしても、変質はしないはずだ。なら、理性は利くだろう。ギリギリでもいい、命だけは取らないでほしい。
加賀や赤城の持つ感情は間違っちゃいない。報復したくなるのは当然の感情だ。それが艦娘だろうが深海棲艦だろうが関係ない。
夜間警備を続け、日を跨ぎ、一旦休憩をしてまた向かい、それなりに時間が経過。以前までならもう襲撃されていてもおかしくない丑三つ時も越えた。
「いつもの時間よりは遅いな」
「そうですね……今日は来ないのかもしれませんね」
あくまでも下呂大将の予想。あちらはまだ準備に勤しんでいるのかもしれない。来ないのはありがたいと言えばありがたいのだが、その分あちらが完璧な状態で来られるのも困る。そうなる前に、下呂大将や新提督が拠点を襲撃してくれればいいのだが。
と、その時赤城から感じ取れる匂いが豹変した。笑みがより強くなり、瞳だけが怒りに燃え上がる。
「ふ、ふふ、来たわ。本当に」
四方八方に散らしていた艦載機を、ある一点に集中させるように移動させていく。加賀もそれを理解したようで、ある程度バラバラに行動させていた艦載機が赤城の艦載機を追従するように移動を始めた。
「知らない艦載機が来たわ。速さから墳式ね。若葉、施設に警報」
「了解した」
来ないかもと言った瞬間にコレ。地雷を踏んだようなタイミングである。発言者の三日月は少し恥ずかしそうにしていた。
加賀に言われて警報を即座に鳴らした。今は相変わらず施設がギリギリ見えない程の位置。援軍が来るまで耐えなくては。
「来たわ。赤城さん、迎撃は」
「滞りなく。墳式程度なら第一次航空隊だけで充分でしょう」
実際、こちらで敵艦載機の姿が見えることはなかった。届く前に全て墜としているようだ。そういうところも心強いものだ。
今は対空砲火が出来るものがいないため、制空権争いが出来る一航戦の2人しかアレの対策は出来なかった。前回の墳式は摩耶が必死に墜としたが、今回は赤城と加賀の連携により終わらせている。
その空襲を耐えている内に、敵影が遠目に現れる。先頭に見覚えのある2人、加賀ではないが、忌々しい五航戦。
「あら、加賀さんがいるわ。そういえばあの時に助かったんでしたね」
「ええ……若葉に助けてもらったおかげで、ここに立っていられるわ」
早速減らず口から始まったようだが、加賀が遇らう。だが表情は憎しみに歪んでいた。冷静でいられているようには到底見えない。
問題の赤城は、その姿を見ることが出来たために、満面の笑みを浮かべている。しかし、殺気は今まで以上。殺意が艤装を通して海面を波立たせるほどだった。
「敵機直上、急降下」
誰かに止められる前に殺意の塊を翔鶴の真上に置いており、容赦なく大量の爆撃機による急降下爆撃を敢行。問答すらもしたくないと、直撃したら消し炭になるレベルの火力である。
だが、翔鶴の真横に立つ瑞鶴が真上に矢を放った瞬間、爆撃機は全て撃ち落とされてしまった。矢が全て艦載機に変化し、1機1機を対処したようだった。
「あら、残念」
「新顔がいますね。そんなもの、何処から拾ってきたんです?」
赤城にそっくりな空母棲姫を見ても、それが自分が自爆させた怨念の塊であるとは考えるに至らなかったのだろう。軽く一瞥するだけに留まり、やはり加賀を見据える。空母棲姫には興味が無いとでも言いたげ。
その態度は想定済みではあったが、赤城は会話をさせるつもりなど無いと言わんばかりに、ありったけの艦載機をこれでもかと嗾けていく。指をクルクル回しながら、爆撃と射撃を繰り出す様は、まるで音楽会の指揮のよう。
しかし、それも全て瑞鶴が互角に食い止めていた。楽勝というわけではないようだが、あの圧倒的な数を涼しい顔で撃ち合う様は、前回よりも射撃の精度も上がっているように思えた。この数日で随分と成長させられている。
「やらせるわけないでしょう。空母棲姫如きに」
「あら、それは慢心かしら。詰めが甘い瑞鶴らしい言葉ね」
「……?」
赤城の言動に疑問が出たようだが、気にせず艦載機の撃ち合いを再開する。
その射撃の腕も気にはなったが、それ以上に気になったのは瑞鶴の表情である。感情が全く感じられない。前回は感情任せで、姉に煽られて冷静さを簡単に失うような者だったが、その兆しが全く見えない。まさか、弱点の克服のために頭の中を弄られたとでもいうのか。
「翔鶴姉、この空母棲姫何か違うわ」
「みたいね。何者か知らないけれど、新戦力は想定のうち。全滅させることは変わらないわよ。」
「ええ、わかってる」
今回は空母隊を連れてきていない。ということは、空襲により施設を破壊することを考えていない。施設に所属している艦娘と深海棲艦を全滅させるための襲撃か。ならば、私達からはまだ見えない位置に、長距離砲撃が出来るものを控えさせている可能性がある。
「五三駆、出るぞ」
「了解。まずはあの2人を黙らせるわ」
一航戦が気を引いてくれている内に、私達がさらに攻撃を加えていこうと動き出す。特に瑞鶴は、赤城の空襲を止めるために空に向かっての発艦を繰り返しているので、私達に視線が向いていない。今がチャンスだ。
「リミッターを外す。先に行くぞ」
「私も続きます」
三日月と共にリミッター解除。全力を脚に込めて、一気に瑞鶴へ跳ぶ。翔鶴は加賀と向かい合い、瑞鶴は空襲対処中、ならば隙が大きいのは瑞鶴だ。
当然ここにいるのはこの2人だけではないだろう。こちらの戦力を加味して作戦を練り直してきているはずなのだから、最低限シロクロ対策はしてきているはずだ。まずはそれをこの場に引きずり出す。
「黙っててもらおうか」
「若葉、アンタの相手は私じゃないわ」
瑞鶴のガラ空きの腹に突撃したが、目の前に現れた小柄な影に止められてしまう。咄嗟に前にナイフを振るったが、同じようにナイフにより攻撃を止められてしまった。
鍔迫り合いとなるが、腕力もおおよそ互角。背丈も近しい。私のために作られたであろう、私にぶつけるための敵。
「ダメよ。瑞鶴さんの邪魔をしちゃ」
「お前……くそ、揺さぶりか……!」
匂いからしてわかる敵の正体。深海の匂いや醜悪な憎しみの匂いからして完成品。それ以上に、
一度も会ったことが無くても、直感的にわかる。相手は私の姉妹であると。
「貴女対策に調整されたんだから、付き合ってね、若葉」
「……来いよ、初霜!」
それは私の妹、初霜。私と同じ制服に身を包み、私と同じナイフを振るう、存在が確認されているたった1人の私の妹。
精神的な揺さぶりだとすぐにわかった。当て付けのために姉妹をぶつけてきている。わざわざ私と同じ戦闘スタイルにまで仕立て上げて。
「若葉さん、援護します」
「三日月ちゃんは私の相手をしてちょうだいね」
援護する前に三日月が狙われた。リミッターを外しているため、考えた瞬間にはその砲撃を回避しているが、敵の砲撃精度が尋常ではない。私と三日月に対しても、同じものをぶつけてきているような錯覚。
ということは、あちらも私と同じように、姉妹をわざわざあてがわれているのか。
「……そうですか。私には貴女ですか。如月姉さん」
「ええ。三日月ちゃんのために調整されたの。だから、遊びましょうね」
あちらは三日月の姉、如月。当然完成品。あてつけに姉妹をぶつけてくる辺り、おそらく発案は大淀。こちらの戦意を喪失させようという魂胆なのだろう。
確かに戦いづらい。実の姉妹がこんなことになってしまっていることに心が痛い。三日月のように感情を消すことが出来ればまだマシかもしれないが、その三日月ですら、姉が相手となって少しだけ態度が変わっているほどだ。この策は的確。
「なら私達があっちやるわ! アンタ達は姉妹を正気に戻してやんなさいよ!」
私は初霜と、三日月は如月と一騎討ちする間に、曙と雷、そして旗風が五航戦の方へ向かってくれる。もうあちらは任せて、私は初霜に専念した方がいい。
だが、それもしっかりと対策してきていた。凶悪な戦艦主砲による砲撃が戦場を分断するかのように放たれ、曙の突撃を止められる。
「貴女達の相手はこちらに任せてますので、楽しんでくださいね」
空母隊ではなく、戦艦隊。だが、その姿に全員が顔を顰めた。
艦娘なのはわかるが、身体のところどころが黒ずんでいた。さらには身体の一部が禍々しく変質してしまっている。私の痣とはまた違った深海の侵食だが、匂いは完成品に近い。むしろ、呂500に近い混沌とした匂い。ということは、あれは
呂500のように制御出来ていない失敗作とは違う、制御出来ている失敗作。意思も理性も消え去り、人形と大差ないが決して元に戻ることのない、大淀の所業の成れの果て。壊れ方が呂500よりも酷い。
「相変わらず、ふざけた部隊を連れてくるのね」
「
「堕ちたものね五航戦。ゴミは貴女よ」
加賀の憎しみが増した。ブチブチと理性が断ち切れていくような、そんな感覚。
「何あの空母棲姫、ホント鬱陶しいんだけど」
「確かに少し妙ね。私達のことを理解しているような……」
まだアレが赤城であることには気付いていない。だからだろう、赤城は笑みをそのままに憎しみを増大させる。
「まだわからないのね、五航戦。わかるはずがないか。堕ちに堕ちたクズには、私の正体などわかりやしないでしょう。だからこそ、私は貴女達を殺さなくてはいけない。それが、あの子達の怒りと憎しみを背負って蘇った意味なんだもの」
より一層艦載機の数が増えた。殺意が形になり、圧倒的な力に変化する。
「私は赤城、空母棲姫の赤城。貴女に自爆させられた人形達の、怒りと憎しみの集合体。怨念の塊。翔鶴、私が貴女を
気分が悪い戦いだ。当て付けと悪意の集合体に、心が押し潰されそうだった。
追加の完成品、初霜と如月。完全にあてつけ。