継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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理性を捨てて

シロクロ参戦と共に敵が使い始めた禁断の兵器、人間魚雷。自爆装置を積んだ潜水艦娘が敵に突っ込み自爆するだけの、単純な非人道兵器。海底に潜んでいるという人間魚雷達が浮上し、シロクロや赤城を巻き込み自爆を始める中、それを利用した初霜により姉が窮地に立たされた。

人形魚雷が自爆せず、浮上後そのまま姉に抱き付いてしまった。その自爆を回避するために私、若葉は、渾身の力を込めて人間魚雷の自爆装置を破壊したが、その判断までもが誘導されていたものだと知るのはすぐだった。

 

「若葉ならそうしてくれると思ってたわ」

 

初霜の持つナイフが、姉の胸に突き刺さっていた。

 

「っぐぅっ……!?」

「あら、あの咄嗟で心臓から逸らすことが出来るなんて、姉さん凄いわ」

 

姉はナイフが刺さる直前で鉄扇を使い、僅かにだが刺さる位置をズラしていた。心臓に直撃は免れたものの、肺がやられているためにこのままでは長くは無い。確実に致命傷であるのは間違いなかった。すぐに飛鳥医師に処置してもらわなければ助からない。

 

「若葉、これで邪魔者はいなくなったわね」

 

姉からナイフを抜き、その身体を蹴り飛ばす。致命傷を負わされて立ち上がることが出来ない姉の胸からは、溢れ出したかのように血が流れ始めた。損傷もそうだが、血の量が酷い。傷が治せたとしても、出血多量となる可能性まである。

 

「姉さん!」

「姉さんにはそのまま死んでもらうわ。次は貴女を動けなくなるまで痛めつけさせてもらうわね」

 

姉に駆け寄ろうとした途端に行手を阻まれる。

 

「退け!」

「ダメよ。若葉と三日月さん以外にはみんな死んでもらわなくちゃいけないんだもの。姉さんだって例外じゃないわ」

 

初霜の妨害のせいで近付くことが出来ない。リミッターを外してからそれなりに時間が経っているせいか、最大の力が出なくなっているようだった。初霜は焦燥する私を見て、心底嬉しそうにしていた。

 

「もしかしたら治療されるかもしれないし、ちゃんと殺しておかないとね」

 

さらには、また海面を爪先で叩いていた。胸を刺すだけでは飽き足らず、人間魚雷まで使って完膚なきまでに殺そうとしている。それだけは絶対にさせない。

仲間がやられる中でも、特に酷く私の心を抉った。立場から命に順列をつけているわけではない。だが、あの施設にいる私の唯一の実姉であることが、他の者よりも重くのし掛かっている。怒りが心の奥底から湯水の如く溢れ出る。

 

実の姉を刺し、ここまでしておいて、ニヤニヤしている初霜が許せなかった。いずれ死に至る傷を負わせておきながら、それを邪魔者と宣ったことが許せなかった。追い討ちに魚雷まで嗾けさせようというその性根が許せなかった。

 

それを止められなかった無力な私自身が許せなかった。

 

力が欲しい。姉を救う力が。

力が欲しい。目の前の()を討ち倒す力が。

 

「こんな目に遭いたくなかったら、大人しくついてきてくれると嬉しいわね」

 

初霜の声は私に届いていない。怒りに打ち震え、頭の中には負の感情しか湧き上がってこない。理性もブチブチと千切れていくような感覚。

こうなる前からあった左腕の疼きがより強くなる。疼きは左腕から拡がり、胸や首、頬にまで伝達された。この感覚は覚えがある。

 

()()()()()()()()

 

痣と疼きが上にも下にも拡がる感覚。頬にまで伸びた痣はより上へ。胸にまで拡がった痣はより下へ。私の左半身を這い回るように伸び、ついには左眼の見え方が変わった。夜戦なのだからずっと暗がりの戦いだったが、ここまで戦えば目も慣れる。しかし、今の私は、左眼だけなら暗さを一切感じなかった。これが()()()()

今までかかっていただけだったであろう心臓への痣も、おそらく完全に包み込んだ。今の今までリミッターを外し続けているというのに、疲れが無くなったかのように思える。まるで、無限にリミッターが外せるような錯覚を覚えた。

 

「私としては若葉を痛めつけるのは忍びないの。だから素直に」

 

初霜の声が、いい加減鬱陶しかった。

 

「ちょっと黙ってろ」

 

今までにないスピードが出た。気付けば初霜の顎に拳を叩き込んでいた。三日月ではないが、考えた瞬間その行動に移っており、それが終わっている。初霜を全力でぶん殴りたいと思った時には、既に殴り終え、振り抜けていた。ナイフを使わなかっただけありがたいと思ってほしい。

私の拳で吹っ飛ばされた初霜は、その直線上にいた如月に直撃。運がいいのか悪いのか、三日月の援護にもなったらしい。突然のことで、三日月を援護していた霰も驚いているようだった。

 

初霜はすぐには立ち上がってこないだろう。その間にギリギリ残っている最後の理性で姉を救出する。同じスピードで姉に駆け寄り、抱き上げて、その場から離脱。艤装は邪魔ではあったが苦にならない。

直後、私の真後ろで魚雷が爆発した。もう少し遅かったら姉は海の藻屑となっていただろう。間に合って本当によかった。

 

「姉さん、すぐに治療してもらおう!」

「っぐ……わらわはもう……」

「諦めるな! 飛鳥医師なら必ず治してくれる!」

 

血が抜けて朦朧としているためか、少し弱気な姉を諫める。生を諦めるな。足掻いてでも生きてくれ。こんな死に方は不憫過ぎる。

姉を施設に連れ帰ってくれる援軍が来てほしい。それにシロも大分危険な状態だったはずだ。誰でもいいから早く来てくれと願う。だが待っている余裕はないので私自身で施設に向かおうとしたその時だった。

 

「んだこりゃ! どうなってやがる!」

 

ちょうどいいところに摩耶が援軍で来てくれた。五航戦の空襲はこの場で一航戦がほぼ食い止めているため、施設で防空をする理由が無くなったのだろう。

施設に残っているのは飛鳥医師の護衛をするリコと鳥海、流れてくる艦載機を迎撃しているセス、あとは戦力としてはまだ難しい暁と、呂500。呂500はもしかしたら海中からこちらに来ているかもしれない。

 

「摩耶、いいところに来てくれた! 姉さんが危険なんだ!」

「若葉……って、おい! お前、その顔どうした!」

「そんなこと言ってる場合じゃない! 姉さんが死にそうなんだ! 早く施設に運んでくれ!」

 

私のことは今はどうでもいい。今にも命が潰えそうな姉を優先してもらわなければ困る。未だそこら中で人間魚雷が爆発しているため、早急にここから離れてもらいたい。

動き回れば命中精度は大分落ちるようだったが、頻度がとにかく酷かった。摩耶の真下からもキナ臭い匂いを感じたので、姉を抱えてもらいながらその場から離れるように退かせる。予想通り、いたその場所で大きな水柱が立った。

 

「っぶねぇ! 初春はアタシがすぐに運ぶ。若葉はまだ行くんだな?」

「当然だ。うちの出来の悪い妹にお仕置きしてやらないといけない」

「……クソ、当て付けに姉妹をぶつけてきやがったのか」

 

姉を摩耶に渡し、改めて初霜を見据える。私が顎を殴り付けたことでフラフラしているようだが、未だ健在。加減したわけではないが、無傷である。図らずも初霜と如月の合流を許してしまったが、そんなことは関係ない。

 

「若葉……すまぬ……」

「姉さんは助かることだけを考えてればいい。死ぬなよ」

「わかっておる……足掻いてやるわ」

 

生きることを諦めないでくれてよかった。摩耶なら間に合わせてくれるだろう。これで心配が無くなった。

おそらく私はこの辺りで理性を手放したと思う。不殺は身に刻まれているため殺すことは無いだろうが、もう容赦出来るほど余裕が無い。相手が実の妹だろうが、今の私は止まらない。

 

「初春のことは任せろ! 行け!」

「ああ!」

 

最初に向かったのは霰の方。姉と同じように霰の真後ろから現れる人間魚雷のキナ臭い匂いを感じ取ったことで、同じことをさせずに済む。

抱きつこうとした時にはそれを蹴り飛ばし、ついでに自爆装置も破壊。返り血をモロに浴びることになるが、全く気にならなかった。

 

「援護します」

 

初霜の時と同じように、人間魚雷が霰に抱きついた瞬間に2択を迫るつもりだっただろう如月に三日月は砲撃。如月を撃っていれば魚雷が爆発し、魚雷を処理していたら如月に霰が撃たれていた。

姉の時はその選択が不可能だったようなものだが、同じ轍は踏まない。第三者の私が介入したことで、選択そのものが無くなる。

 

「危ないわよ三日月ちゃん。私じゃなかったら当たってたわ」

 

ほぼ不意打ちに近い状態からでも如月は避け、霰に砲撃していたが、それに当たる霰では無い。私が人間魚雷を退かしたことでキッチリ避けている。

如月はやはりこちらの行動を読んでいるのだろうか。あの瞬間でも三日月の砲撃を回避するだけの余裕がある。

 

「きさらぎちゃん、こっちの()をみて、こうどうしてる」

 

霰からの忠告。なるほど、視線を見てこちらの行動を先読みしているわけか。私ならともかくと三日月が言ったのは、私なら目を瞑っていても匂いである程度は攻撃が出来るが、三日月は目で見たもので反応するからだ。まぁ、もう知ったことではないが。

 

「若葉ちゃんのさっきのは何?」

「おそらく大淀さんの言っていた暴走です。想定内ですが、予想より強」

「やかましいぞ初霜」

 

如月と話している余裕があるようなので、即座に接近し顔面を掴み、そしてそのまま後頭部から海面に叩き付けた。あちらが速く動けようが、こちらの方が速く動いてしまえば関係ない。

如月がどういう仕組みを使っているかはわかったが、そもそも追い付かれなければいいだけだ。

 

「っぎっ!?」

 

小さく悲鳴をあげたが関係ない。頭を潰しかねない程に強く掴みながら、そのまま持ち上げる。艤装を装備している艦娘1人を、今の私は何故か片手で持ち上げられた。力の出方が今までと違う。

ジタバタと暴れる初霜が鬱陶しいため、修復材ナイフで腹を斬り払った。

 

「っあぁあっ!?」

 

初霜の血がまともにかかるが、お構いなしにもう一度。どうせ治るのだから、何度斬ろうが問題無い。血だって補填される。死なない場所を斬り続ければ、痛みは初霜を襲い続けるが身体は一切傷が付かない。服は斬れて肌が見えているが綺麗なものだ。

 

「この……っ」

「物騒なものは捨てろよ」

 

手に持つナイフで頭を掴む腕を刺そうとしてくるが、そんなことさせる前に拳銃で撃ち落とし、初霜自身を海面に叩き付ける。ジタバタもがき、私の脇腹を蹴ろうとしてきたが、そこも修復材ナイフで斬り裂き、無傷ながらも痛みで動かせなくしてやる。

これで初霜は武装が無くなった。私を模倣するために主砲すら置いてきているのが失敗だった。これで心置きなく()()()()()()()

 

「続きだ」

 

もう一度頭を掴み上げ、持ち上げた状態で腹を斬る。その度に返り血が飛び、私をより真っ赤に染めていく。顔にもかかるが気にならない。

 

「ちょっと、初霜ちゃんを離しなさいな!」

「だめだよ」

「させません」

 

如月が私に主砲を向けたのはわかったが、それは霰と三日月が射軸をズラしてくれた。そして、その時点で私も行動を開始。匂いから如月の行動は手にとるようにわかる。

初霜の顔面を掴んだまま海面を蹴り、如月の持つ主砲を蹴り飛ばした。そして、初霜を投げ飛ばし如月にぶつける。2人で共倒れになり、あちらはしっちゃかめっちゃかに。

 

「ったた……初霜ちゃん!?」

「わ、若葉が、ここまで、とは……」

 

何度も腹を斬ったため、初霜はもう息も絶え絶えだ。何度斬ろうが身体は綺麗なものでも、激しい痛みに襲われ続けているだろう。だが、姉の受けた痛みはそれだけでは治まらない。

今一度初霜の顔面を掴み、如月の腹を蹴り付ける。如月も主砲を手放したため、武装は無い。いや、魚雷がまだ太腿に装備されているため、ナイフを使い手早く解体。

 

「かはっ!?」

「まさかお前ら、こちらを殺しに来たのに自分が殺されないとか甘っちょろいこと考えてるんじゃないだろうな」

 

非武装となった如月の隣に初霜を投げ捨て、同じように脇腹を蹴った。メキリと嫌な音がしたが知ったことでは無い。

さんざん初霜の腹を掻っ捌いたことで浴びた返り血で、私は上から下まで真っ赤に染まり、おそらく酷いことになっている。踏み付けている私の姿を見た初霜が小さく悲鳴をあげたのを聞き逃さなかった。

 

「怖いのか初霜。あれだけ息巻いたのに、いざ不利になるとそれか。さっきの調子はどうした」

 

その髪を掴んで立ち上がらせる。既に戦意を喪失しているのか、ガタガタ震えていた。今までのこちらを見下していたような匂いから一転、私の姿を心底恐怖している匂いしかしない。

自分が引き起こした事態だというのに、蓋を開ければこんなものだ。強い力を持ったところで、中身は虚勢を張り続ける張子の虎。

それを見たことで、手放した理性が戻ってきた。初霜はもう戦えない。足下の如月も同じように震えている。

 

「お前らは治療してやる。正気に戻ったら慰めてやる。姉さんも助かるからな」

 

だが、その瞬間にまたキナ臭い匂いがした。真下からこちらに向かってくるような嫌な感覚。ここで、以前に下呂大将から聞いたことを思い出す。

 

完成品は敗北すると自害する。

 

「如月お前はぁ!」

 

恐怖しながらも、その手段を考えていたのだろう。戦意喪失し、もう勝てないと悟った瞬間、自ら命を絶つ手段として人間魚雷を選択したのだろう。自分に向けて使い、私や初霜諸共終わらせるつもりで。

そんなことさせるわけにはいかない。私は元より、誰も彼もが死んではいけないのだ。理性が戻ってきてくれたおかげで、全員を助けようと力が溢れ出た。

 

「我慢しろよ!」

 

人間魚雷の着弾点は如月本体。ならばと力の限り如月を蹴り飛ばした。その身体は宙を舞い、海面から離れる。そのまま私も初霜を掴んでその場から離脱した。

 

直後、今まで如月がいた場所が爆発した。

 


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