敗北を悟り、人間魚雷による自爆を選択した如月を蹴り飛ばし、初霜を掴んだままその場から離脱した直後、その場所が爆発した。咄嗟の判断で全員の命は救われたが、まだ予断は許されない。初霜も如月も元々戦意を喪失していたが、今のことで気も失っている。如月に関しては思い切り蹴ってしまったから骨とかはやられてしまったが、死んでいないことは確認出来たので良し。
私、若葉は侵食が拡がったためか、リミッター解除の消耗が感じられなくなっていた。まだ戦える。未だに人間魚雷は海底から撃ち込まれている状況ではあるため、止まってはいられない。
「っぐ……はぁぁ……」
逆に三日月は限界が近かったか、少しだけでも一息つける状況になったため、リミッターを掛け直した。途端にボタボタと鼻血が溢れてきたようだが、まだ自力で動けるようである。私と姉が初霜と交戦している間に、あちらも激しい攻防があったようだ。
キナ臭い匂いは少しだけ遠退いている。今のうちに撤退してもらうのがいいだろう。三日月はこれ以上戦うのは危険だ。
「三日月、撤退しろ」
「若葉さん……その顔は……」
摩耶もそうだったが、やはり私の顔への侵食が気になるらしい。
頬までだった痣が左眼にまで伸びてしまい、マフラーでも隠しきれないほどに目立つようになってしまった。自分ではどうなっているかはわからないが、疼きの拡がり方からして、侵食が下から伸びたため、まるで泣いているかのような痣になっているのだと思う。
「その話は後からにしよう。今は」
「……姉さんと初霜さんは、私達が運んでおきます。霰さん、いいですか」
「いいよ、あられもはこぶ。わかばちゃん……きをつけてね」
気を失った初霜と如月は、三日月と霰に施設に運んでもらおう。三日月は体力的にもギリギリだと思うが、撤退ついでに2人を運んでもらい、戦場から離してもらいたい。あのまま置いておいたら人間魚雷にやられてしまう。それは避けたいところだ。
私が初霜を痛めつけている裏側では、一航戦が五航戦と拮抗していた。特に赤城は、人間魚雷を避けながらも強烈な空襲を一切止めない。怒りと憎しみはより強くなり、艦載機の攻撃力も増しているようだった。背中に配備されている専属の浮き輪も、その激しい攻防に飛ばされないよう必死にしがみついている。
事実、赤城は周囲の憎しみすらも喰らっているように思えた。意思を消され、あろうことか人間魚雷として運用され命を散らされている人形達の怒りと憎しみは、全て赤城の力となっているようだった。
「本当にクズで助かるわ翔鶴。殺すことに抵抗が無いもの。わかるかしら、周りに貴女への怨嗟の声が渦巻いていることを」
「幻聴ですか? 耄碌したものですね赤城さんは」
「ふふふ、堕落した貴女よりマシよ」
指をクルクル回しながら、空襲は最初よりも強くなる。勢いも密度もどんどん増し、翔鶴を押し潰さんと高度すら下げていく。
それに対する翔鶴も、何本もの矢を同時に撃ちつつ、至近弾は刃となっている弓そのもので打ち払うことで回避していた。時間が経つほどに強くなっていく赤城と、それにも追いつくほどの実力者である翔鶴な戦いは苛烈を極めている。
一方、加賀は瑞鶴相手に苦戦を強いられている。赤城とは違い、加賀は治療を受けただけで普通の艦娘だ。その力が艦娘の中では最上級のものでも、敵はそれをさらに改造した完成品だ。1対1だと分が悪い。
こちらにも専属の浮き輪がついており、こちらは加賀の矢筒から矢をひっきりなしに渡しているサポート役。そのおかげで拮抗できるほどの速射を可能にしていた。
「加賀さん、大人しく死んでもらえないかな」
「お断りよ。私は貴女達に復讐するために生き延びたの」
「でも、そんな実力じゃ無理よ」
実際、加賀の航空戦力は並ではない。扱っているのは深海の艦載機であり、本来戦えないはずの夜でも当たり前のように発艦している。本来なら艦娘の性能を超えているはずなのだが、瑞鶴はそれすらもゆうに超えている。
それでも拮抗出来ているのは、加賀の一航戦としての技能故だろう。そもそも人形として育てられていたわけではなく、元々別の鎮守府に所属していたのだから、その時から鍛錬に鍛錬を重ねていたはずだ。
「……五航戦、貴女に言われる筋合いは無いわ」
「何故? 弱い者を弱いと言って何が悪いのよ」
「私は力及ばないかもしれない。それでも、貴女より劣っていないと自負しているわ」
矢が艦載機に変わらず、矢のまま瑞鶴に突き進んだが、刃の弓で軽く払うだけでそれは回避されてしまう。
瑞鶴も翔鶴と同様の力を持ち合わせていると推測出来る。妙に冷静でいる分、瑞鶴の方が厄介かもしれない。
「慢心じゃないの? 実力差もわからないで劣っていないなんて、自惚れにも程があるでしょ。しかも1対1で勝とうだなんて」
「なら、さっさと私を殺してみなさい。遊んでいるというなら、それこそ慢心よ」
「そうね。慢心は捨てるわ。アンタはさんざん痛めつけてから殺したかったけど、能書きばかり垂れる考えの古い先輩は、さっさと死んでもらうわよ。死に損ないなんだから」
矢を放つことをやめ、弓による近接戦闘に打って出た。そうなると加賀はさらに不利になるだろう。加賀には近接戦闘のための装備なんて持っているわけもない。
それでも、加賀は瑞鶴を挑発し、それをやらせるように仕向けた。何か策があるとでもいうのだろうか。
「あの時一緒に自爆しておけばよかったって、後悔しなさいよ」
猛烈な勢いで突っ込んでくる瑞鶴に矢を放つが、いとも簡単に弾かれ、海面へと落ちていく。もう矢では止められない。艦載機による射撃も回避しながらの特攻。
空手の状態で加賀は迎え撃つことになってしまう。いくらある程度の徒手空拳が出来たとしても、今この状態でそれをやるのは不利すぎる。
「じゃあ死んでよ」
「お断りと言ったわ」
完全に近接の距離へと近付かれ、瑞鶴が刃の弓を振りかぶった。そのまま振り下ろせば、加賀は袈裟斬りにされて死ぬことになる。だが、その状況となっても、一切怯むことは無かった。
瞬間、海中から艦載機が1機、瑞鶴の顔面に向けて飛び出してきた。
「っ!?」
「深海の艦載機の性能、調べられるだけ調べておいたわ。さすが深海製ね。まさか
海中に潜ませるためか、爆撃も射撃もしない囮用の艦載機であったが、予想外の場所からの牽制に完全に虚を衝かれた瑞鶴。どれだけ冷静であっても、今の瞬間だけは確実に動きが止まるタイミング。
その瞬間を見逃さず、加賀が弓を捨て、瑞鶴が弓を持つ手を無理矢理掴んだ。腕力だけで言うなら、完成品である瑞鶴といえど加賀とほぼ同等。弓を持つ手の加減から、朝霜のように改造はされていないと確信していた。そのため、これでも攻撃は止められる。
「愚か者は、さっさとここでくたばりなさい」
そして、浮き輪に渡された矢を、瑞鶴の肩に突き立てた。これで瑞鶴は腕が上がらなくなり、矢が放てなくなる。
はずだった。
「それくらいお見通しよ。わざわざ近付かせるなんて、弓兵がやることじゃないわ。何か奥の手を持ってるのは思ってたけど、こんなチャチなもんだったとはね」
瑞鶴が指をクルリと回すと、見覚えのある艦載機。空母棲姫と同じ艦載機と発艦方法。
その艦載機が加賀の矢での一撃を食い止め、悠々とその腕をもう片方の手で掴む。
「ほら、これで動けない」
「そうね。でもそれは、貴女もじゃなくて?」
お互いに両腕が使えない状態。前にも後ろにも行けない相撲の取り組みのような拮抗。瑞鶴が押し込めば、刃の弓により加賀は袈裟斬りになるため、それを耐えているような状況。
それでも加賀は涼しい顔をしていた。明らかに腕には限界ギリギリの力を込めているように見えるが、そんな必死さを表に出さない。ただただ冷ややかに瑞鶴を睨み付ける。
「どうせこのまま行けばアンタが力尽きるわよ。こっちが有利なのは変わらないわ」
「そう、ならそのまま押し込んでみなさい。出来ていないでしょう」
「……つくづく腹立つ先輩だわ」
瑞鶴の力がより増す。
前回の戦いとはまるで正反対な、声を荒げず常に冷静に判断する瑞鶴でも、この至近距離で加賀に煽られたことで少しだけ瓦解の兆しが見えた。自分が押しているはずなのに、表情一つ変えずにそれを受ける加賀に対し、苛立ちが募ってきている。
「そう、貴女のその冷静さ、大淀に手を入れられたのね。外から弄られないと、すぐに熱くなる癖は治せなかったようね」
何かに気付いた加賀が呟くように言った。瑞鶴は頭の中を弄られることで今の冷静さを手に入れている。洗脳が出来る大淀なのだから、それくらいの感情制御も出来るということか。
「何か問題でも?」
「事あるごとにムキになってる貴女の方が、貴女らしくて私は好きよ」
敵意から一転した好意を突然ぶつけられ、一瞬混乱した。腕の力が緩むわけではないが、明らかに思考が一瞬おかしくなったのが見えた。
その隙を見逃す加賀ではない。逆に力を抜き、瑞鶴が前のめりになった瞬間に鳩尾に爪先をぶち込む。どれだけ改造されていようが、そこは簡単には鍛えられない急所。
「がっ……!?」
「それに、私は1人で戦っているつもりは最初からないわ。ごめんなさいね」
そこに間髪入れず、加賀の背中から浮き輪が飛び出し、瑞鶴の弓を持つ手に加賀の矢を突き刺す。
最初からこれが狙いだったのだ。航空戦で拮抗させ、挑発して接近戦を誘い、腕力勝負でジリジリとあちらに勝てる見込みを見せ、搦手で思考をバグらせ、全く別の方面からの一撃。これにより、嫌でも刃の弓を落とすことになる。
「いぎっ!?」
「この子は最初は私の監視者だったけど、今は協力者よ。ずっと私の戦いを手助けしていたことくらい、見ていてわからなかったかしら」
トドメと言わんばかりに、先程牽制として海中から現れた非武装の艦載機が、瑞鶴の後頭部に落下してきた。当たり前だが艦載機はそれなりに重い。あんな一撃を受けたら、当たりどころが悪かったら死ぬまである。
「この……!」
「これで弓は使えないでしょう。問題はもう片方のだけど」
ふらつく瑞鶴を蹴り飛ばし、浮き輪が拾ってきた弓を握り直し、即座に矢を放つ。
今まではアニマルセラピーに使われる他、雑務のお手伝い程度に収まっていた浮き輪が、ここに来て獅子奮迅の大活躍である。ある意味加賀は、本来の持ち主のセスよりも浮き輪を使いこなしていた。
「そんな簡単にやられるか」
対応してすかさず指を回し、艦載機を一斉に発艦。この後に及んでも、瑞鶴の方が航空戦力は大きい。
「これ以上はやめなさい。それ、身体に負担がかかるんでしょう」
しかし、この艦載機を使い始めてから瑞鶴の表情が明らかに歪んだ。これだけの艦載機を使えるのに使ってこなかったのは、自分の身体への負担が大きいからだったのだろう。この力もおそらく後付け。身体に嫌でも負荷がかかる。
それでも瑞鶴は加賀の忠告を無視して攻撃を始める。冷静な表情でも、目の前の加賀には相当苛ついている。冷静な判断をして結果が、無理をしてでも押し潰そうという考えに至っていた。
「忠告される謂れは無いわ。これだけあれば、アンタは押し潰せる。もう回避もさせない」
「……そう。なら……かかってきなさい、瑞鶴!」
そこからは猛烈な撃ち合いだった。瑞鶴の言う通り、回避すらままならないほどの密度の空爆。範囲攻撃を一点に集中させたかのような爆撃の嵐。前後にも左右にも進めない加賀は、自らの艦載機を真上に発艦し、どうにかやり過ごす。
しかしそれだけでは足りない。隙間から抜けてくる爆撃が加賀の身体を焼き、射撃が身体を掠める。痛々しい姿になっていくが、加賀はその凛とした表情をやめず、瑞鶴を見据えて発艦を続ける。
「そのツラで見るのやめてくれない? そんなにボロボロで何余裕ぶってるのよ」
「……哀れね」
徐々に加賀が押し返していく。ボロボロでも、力に差があったとしても、加賀は一切諦めていない。
「殺す気も失せるほどに貴女は哀れね。ちゃんと先生の治療を受けて更生しなさい。あの人なら貴女をちゃんと元に戻してくれるわ」
ゆっくりと、ゆっくりと、状況を押し返し、劣勢が拮抗へ、拮抗が優勢へ、そして。
「っあ……」
先に瑞鶴の限界が訪れた。身体に負荷のかかる空母棲姫式の発艦は、如何に完成品であっても耐え切れなかった。元々そのように身体が出来ていないのだから、後付けのそれは身体を散々に蝕むのみ。
「終わりよ」
「アンタがね……!」
最後の最後。瑞鶴の艦載機が尽きたという辺りで、加賀の足下からキナ臭い匂い。ここで人間魚雷。
この時にはちょうど私は戦闘を終えている。その匂いを感じ取り、大急ぎで加賀に突っ込み、爆発前にその場から退去させた。直後、加賀の立っていた場所で大きな水柱が立った。
「大丈夫か!」
「ええ、ありがとう若葉。貴女に助けられるのは2回目ね」
ギリギリ間に合ってくれた。初霜と如月に粘られていたら、加賀を助けることは出来なかったかもしれない。
「若葉……!」
「瑞鶴は加賀に任せる」
「ええ、任せてちょうだい」
睨まれたが瑞鶴はもう虫の息だろう。加賀もかなり厳しい状況ではあるが、まだ目が諦めていなかったため、任せることにした。私はここで戦う理由が無い。
完成品4人との戦いは佳境へ。決着の時は近い。