継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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憎悪の行方

私、若葉が初霜と如月を、そして加賀が瑞鶴を破り、残ったのは失敗作の戦艦隊と翔鶴となった。その翔鶴は、赤城がたった1人で抑え込んでいる。

周囲に蔓延する人間魚雷達の怨嗟の声を聞きながら、その憎しみを一手に引き受け、時間が経つにつれて増していく力をフルで使い、翔鶴を追い込んでいった。

 

「最初の威勢は何処にいったの? ゴミでも見るように私を見ていた目はどうしたの? 自分以外が全て弱者と言わんばかりの顔はしなくていいの?」

 

飄々と、それでいて意地の悪い笑みを浮かべて、空襲をさらに激しくしていく赤城。膨れ上がる憎しみを発散するように艦載機を飛ばし、逃げ場すら無くしていく。

対する翔鶴は、赤城の言う通り最初の威勢は何処へやら、回避に必死だった。最初から対策を取ったシロクロを撃退し、私や三日月に当て付けのように姉妹をあてがい、シロクロがいない状態では対処も難しい戦艦隊を嗾けてきたにもかかわらず、自分が追い詰められている状況が気に入らないようだ。

その全ては赤城の存在。新戦力は想定内でも、ここまでのものがいるとは予想していなかったらしい。

 

ならばそれは慢心以外の何物でもないだろう。

 

「貴女は貴女が殺した者に殺されるの。本当ならこの手で縊り殺したいくらいだけど、近付いたら何されるかわからないもの。優位を維持して、このまま押し潰すわ。ジワジワ殺してあげる」

「誰が死ぬものですか。赤城さんこそ2度目の死を覚悟した方がいいのでは?」

「それだけの減らず口が叩けるのなら充分ね」

 

この戦いの最中でも、人間魚雷は次々と赤城に向かってきている。何度か直撃しているものの、赤城の艤装はまだ破壊されていない。ただ、ぶつかった衝撃を受ける度に、赤城の笑みが一瞬消える。

今の赤城には、ぶつかり爆発し命を散らした瞬間の人間魚雷の憎しみが手に取るようにわかるのだろう。それを喰らい、力に変え、翔鶴にぶつける。

 

「仕方ないですね。戦艦隊、半数こちらへ来なさい」

 

未だ9人残っていた戦艦隊の半分、4人が翔鶴の下へ。翔鶴の方が赤城を物量で押し潰そうという算段のようである。

如何に周囲の怨念を喰らって強化されているとしても、あの超火力の戦艦4人に囲まれ、さらには翔鶴の空襲にも巻き込まれたら危険だろう。どうせ翔鶴は赤城に接近した戦艦諸共爆撃するだろうし。そもそも戦艦達が自らの身を顧みずに主砲を放つまである。それはよろしくない。

 

「手段を選ばないのね。本当に哀れな子」

「好きに言えばいいです。貴女を生かしておく方が、これからの損害に繋がるでしょう。手段は選んでいられませんよ」

 

曙達の方から向かってきた戦艦4人が赤城を囲む。予想通り、四方からの主砲で片付けるつもりのようだ。同時に放ったら、その対面にいる味方の戦艦も当然薙ぎ払うことになる。

赤城を殺すために4人の命を使おうとしているわけだ。翔鶴はその砲撃の衝撃すら受けない場所にいるというのに。

 

「若葉、行って」

「ああ、瑞鶴は加賀に任せる」

 

加賀を人間魚雷から救出した直後の私は、もう限界が近く虫の息な瑞鶴のことは、ボロボロではあるがまだ動ける加賀に任せ、今度は赤城の救援に向かう。

翔鶴は赤城に視線を向けており、戦艦は翔鶴の命令を聞き赤城に集中している。おそらく誰もが私のことはおろか、瑞鶴がやられたことも見えていない。

また翔鶴は他人の命で窮地を脱しようとしている。前回は撤退のため。今回はたった1人の強敵を倒すため。それが許せない。

 

「っしっ!」

 

息を短く吐き、戦艦の1人に突撃。出来ることは艤装と自爆装置の破壊だ。出来る限り手早く、誰にも追い付かれないように、まずは自爆装置を破壊する。主砲を撃たずその場で自爆されるだけでも、赤城は酷い目に遭う。それを防ぎたい。

身体が嵐のように速く動いた。1人の腹を掻っ捌き、次へ向かいまた掻っ捌きと繰り返し、瞬時に4人の自爆装置を破壊することが出来た。たった1人を追い詰めるために使われているためか、複数人での連携が無い。おかげで処理が簡単だった。これが4人纏まってだと厳しかったかもしれない。

 

「援護するぞ」

「ありがとう若葉さん。これは少しピンチだったわ」

 

翔鶴に向けるものとはまるで違う、慈愛に満ちた笑みを向けられた。これが本来の赤城なのだろう。ただし、外見は空母棲姫なのだから若干違和感はあるが。

 

私が切り裂いたことで、戦艦4人は一瞬怯んだ。主砲を撃つタイミングが少しだけでも失われれば、私も赤城も反応出来る。

私は即座に目の前の戦艦の艤装を破壊。赤城は艦載機をいくつか嗾け、その主砲の砲口に爆撃を仕掛けることにより、それを破壊した。身近で破壊されたことで身体に傷がついてしまった者もいるが、死んでいないのなら安いものだ。

 

「これで撃てないわね。戦艦は木偶の坊。翔鶴、貴女は何がしたかったのかしら」

「それで終わるわけないでしょう」

 

ここで足下からキナ臭い匂い。先程と同じで、海中から人間魚雷が突っ込んでくる。

今までは食らっていたとしても赤城はそこまで傷がついていなかったが、今回はまずい。自爆装置は破壊したものの、体内にそのまま残してある火薬に引火したら、装置を破壊した意味が無くなってしまう。

 

「赤城! 魚雷だ!」

「まったく、本当に……」

 

呆れたような表情で艤装を滑らせ、殺しかねない勢いで3人轢き、人間魚雷との誘爆を防いだ。私も残った1人を蹴り飛ばし、魚雷の爆発の外へ弾き出す。これにより戦艦4人は戦闘不能。赤城が轢いた3人は死んではいないものの重傷ではある。治療出来る範囲だ。

直後、赤城の艤装の真下で爆発。同じところに何発か貰っているためか、衝撃を受けた直後に少し嫌な音がした。ついにガタが来たようである。

 

「ようやくダメージが入りましたね。まったく、何人使えばいいんですか」

「それだけ犠牲者を出しておいて生き残れないだなんて、何て哀れな艦娘なのかしら。1人じゃ勝てないから何人もの命を使っているのに無駄死にさせて」

 

また赤城の力が増えたように思えた。赤城から湧き立つ怒りと憎しみの匂いは、もう嗅ぎたくないほどに濃厚で強烈になっている。以前に姉やシロが表現したように、()()()()()匂いと化していた。

あれほどの怨念を扱っているのに、正気を保っていられる赤城が恐ろしい。最初から理性を失っているからこそ耐えられる代物なのだろうか。私なら到底耐えられず、今以上に侵食が拡がっているだろう。

 

「そろそろ若葉も気に食わない」

「気に食わなくて結構。貴女が抵抗せずに私達についてきてくれれば、こんなにも犠牲者が出なくて済んだんですよ」

「……人間魚雷の連中が死んだのは若葉のせいだとでも言うのか」

「要因としては浅くないのでは?」

 

簡単に理性の箍が外れた。一度外れやすくなったそれは、簡単なきっかけですぐに外れる。侵食が拡がった影響でもあるかもしれない。

 

「それに、赤城さんも耐えるから被害者が増え」

「黙れ」

 

海面を一蹴りしただけで翔鶴が眼前にいた。戦艦を処理する時よりもスピードが出た。

初霜の時と同じように握り潰すくらいの力で顔面を掴み、海面に叩きつける。相手が空母であろうが関係ない。身長差で姿勢は悪くなるが、知ったことではない。

 

「そもそもお前が指示しなければ誰も死ななかっただろう。罪をこちらに擦りつけるな」

 

咄嗟に刃の弓を振るい私を排除しようとしてきたが、その弓を持つ手を拳銃で撃ち抜いた。こいつには傷が付く付かないは関係ない。私の怒りと憎しみも増大する。

 

「っぐ!?」

「お前は二度と弓を握るな」

 

姉を傷付けた初霜よりもタチが悪い。冗談でも言って良いことと悪いことがある。こいつは他人の命を踏み躙り続けている。

ならば、同じ痛みを受けてもらおう。ただし殺さない。今まで死んできた何人分もの痛みを。

 

そして私は、翔鶴の腹を斬り裂いた。

 

「っあああっ!?」

「どうせ死なない」

 

痛みだけ与えて身体は傷付かず、死ぬこともない。こんなにも都合のいい武器があると、いくらでも刃を振るえる。再び返り血を浴びるが、もう気にもならなかった。

 

「この……っ!」

 

海中で指を回したのが見えた。こちらも空母棲姫の発艦が出来るらしい。瑞鶴は負荷が高過ぎて最終的には限界が訪れたが、翔鶴はどうだろうか。

 

「下手なことをしないでもらえないか」

 

掴んでいる顔面を持ち上げ、もう一度海面に叩きつける。さらに引き揚げ、もう一度。初霜よりは重いが、出来ないことはないので何度も何度も何度も。

先程発艦した艦載機は、赤城が撃墜していてくれた。私にはまったく被害はない。戦艦の包囲も無くなったため、赤城も悠々とこちらに近付いてくる。やはり先程の一撃で艤装にガタが来たらしく、航行速度が少し遅くなっていた。まだ人間魚雷の脅威は去っていないため、撤退してもらいたいくらいなのだが、赤城にそんなつもりは毛頭無いだろう。

 

「若葉さん、そろそろ私に貰えますか?」

「……お前はこいつを殺すんだろ。ならダメだ」

 

話しながらも翔鶴を持ち上げ、もう一度腹を斬り裂く。もう翔鶴からは抵抗の意思すら見えず、私が斬ってもビクンと振るえるだけで悲鳴すらあげない。

だが、私にはわかっている。反撃の機会を窺っていることくらい、匂いでわかる。こいつはまだ、他人の命を弄ぶことをやめていない。

 

「いやいや、そこまでしておいて殺さない理由は無いでしょう。それに、私の中の憎しみは膨れ上がる一方なんですよ。翔鶴が死ねば、その憎しみは晴らされるんです」

「こんなクズでも命は助ける。それがうちのやり方だ。洗脳を解けば罪の意識に押し潰されるだろう」

「それじゃ収まりがつかないんですよ私()は。命を弄んだ者の末路は死しかないんです。とびきり残酷な、今までの行ないを後悔するほどの」

 

私と赤城が口論している中、今だと言わんばかりに翔鶴が指を回した。何処にそんな力が残されていたのか、大量の艦載機が発艦し、私達を襲った。

 

「ほら、その子は全く反省の兆しが無い。洗脳を解いたくらいでこの罪が無くなると思いますか? 私もそうですけど、もう血に塗れた手は綺麗にはならないんです。真っ白な絵具に黒が一滴でも入れば、白には戻らないでしょう」

「それを支え合って生きているのが若葉達だ。完成品は何人でもいる。ちゃんと更生しているんだ。このクズでもやり直せる機会を、飛鳥医師なら作ってくれる」

 

艦載機は赤城が再び撃墜していく。私も爆撃に当たらないように、翔鶴を引きずりながら回避行動。

だが、この期に及んで翔鶴は最後の抵抗に打って出た。隙を見せたわけではないが、私の脇腹を思い切り蹴り、拘束から逃れようとしてきた。悪意に満ち溢れ過ぎて、今の攻撃のタイミングは匂いから読めなかった。

 

「っ……!」

「いい加減、離してもらえませんか」

 

その衝撃で拘束が若干緩んでしまった。そのため、再度腹を蹴られ、引き剥がされる。

脚も斬っておけばよかった。初霜の時にはやっておいたのに、最初に抵抗が無かったから、そちらに気が回らなかった。

 

「なんて残酷な……つつ……今回は撤退しますよ」

「逃がすと思っているのか……っ!?」

 

改めて翔鶴を捕らえようとしたその時だった。

強烈な頭痛、左腕を中心とした猛烈な痛みと痺れ。急速に力が抜けていくような感覚。目まで霞んできた。脚に力が入らず、その場に立っていることも辛くなり、膝をついてしまう。代わりに捨てた理性が戻ってきていた。そのせいで余計に痛みが強く感じる。

 

「っが、あっ、ぎっ……!?」

「おや、若葉さんにはやっぱり時間切れがあったようですね。比較的運が向いていない方の私にも、いいところで運が向いてきたようです」

 

今までこれだけの力を発揮し続けてきたのだ。リミッターを外し続けるだなんて芸当、本来なら出来るはずが無い。それが今まで以上の出力を出していたのだから、ここまで保っただけでも充分すぎるのだと思う。

だが、このタイミングで終わるのはダメだ。翔鶴をみすみす逃がすことになってしまう。2度も逃がすだなんて絶対にダメだ。赤城の情報まで持ち帰られたら、今度こそ勝ち目が無くなる。

 

「逃がすわけないでしょう」

 

赤城の行動を止めることも出来ない。このままではダメだとわかっているのに、身体が動いてくれない。

 

「艤装にもガタが来ているんじゃないですか? それに」

「黙りなさい」

 

赤城の艦載機の1機が、翔鶴の脚を撃ち抜いた。私から離れたことでそれが可能になったのだろう。私が接近戦を仕掛けていたために赤城も自重していてくれたみたいだが、ここに来て私が時間切れになってしまったため、赤城を縛るものが無くなってしまった。

 

「っあ!?」

「これで貴女も動けない。さぁ、お楽しみの時間です」

 

ガタが来た艤装でゆっくりと近付くが、翔鶴は何も出来ない。指を回して艦載機を発艦するが、それはことごとく赤城の艦載機に墜とされる。

そして、赤城は翔鶴の眼前へと辿り着いた。止めなくてはいけないのに、身体が動いてくれない。それは本当にやってはいけないことだ。

 

「私の中に集約した、皆の怒りと憎しみを晴らす時が、ついに来ました」

 

翔鶴の首を掴み、持ち上げる。魚雷の危険性すら加味して、わざわざ艤装の上にまで担ぎ上げ、そこで立ち上がった。まるで斬首台。全員にその死を見せつけるように晒す。

 

「それでは、死刑執行です。翔鶴、これで終わりよ」

 

満面の笑みで赤城は翔鶴に呟いた。

 

このままでは本当に赤城は翔鶴を殺してしまう。

身体が動かない。止めたいのに止められない。

 


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