継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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鶴堕ちる海

残された最後の完成品、翔鶴を追い詰めた。しかし、私、若葉は最悪のタイミングでリミッターを外し続けてきた代償を支払うことになってしまった。強烈な頭痛、左腕を中心とした猛烈な痛みと痺れ、急速に力が抜けていくような感覚により、その場から動けなくなってしまう。

それにより、翔鶴の撤退を許しそうになった矢先、私というストッパーを失った赤城が翔鶴の脚を撃ち抜き、動けなくする。そして、自らの艤装の上にまで持ち上げ、処刑をしようと笑みを浮かべた。

 

「それでは、死刑執行です。翔鶴、これで終わりよ」

 

このままでは本当に赤城は翔鶴を殺してしまう。なのに身体が動かない。止めたいのに止められない。

 

翔鶴の首を、骨を折らんばかりに絞め上げる。すぐには終わらせない辺り、その深すぎる憎しみがよくわかる。

骨が折れれば死は免れず、そうならなくても窒息で死ぬ。赤城としてはどちらでも良かったのだろうが、翔鶴としてはどちらにしろ長く苦しむことになる。

 

「っあ……かっ……っ!?」

「苦しんで死になさい。私()の怒り、苦しみ、憎しみを、最期の時まで思い知りなさい」

 

怒りと憎しみに加え、殺意が恐ろしいほどの匂いになっていた。あちら側の者からも、ここまでの匂いは感じたことはない。いくら殺したくても、ここまでの殺意になるのはやはりおかしかった。

おそらく、この戦場で散っていった者達の怨念を軒並み喰らい尽くした結果なのだろう。赤城は常に、自分の怨念を『私達』と複数形で表現している。この戦いで次々と増えていく怨念を全て背負い、それを翔鶴にぶつけているのだ。

 

「やめろ……赤城……本当の敵は大淀だ……!」

「ええ、わかってます。でも、私達は翔鶴の指示で死にました。それなら、まずはこの子が死ぬのが道理では?」

 

わかっていても尚、自分達を殺した翔鶴への憎しみが強すぎる。

ここで、赤城の艤装に必死に掴まっていた浮き輪が赤城の身体を駆け上がり、翔鶴の首を掴む手を解こうとしていた。今までは振り回されていたが、今は赤城もその場に静止している。止めるなら今しかないだろう。

 

「……浮き輪さん、邪魔しないでもらえますか」

 

もう片方の手で摘み上げ、優しく放り投げられた。その浮き輪は立ち上がることが出来ない私の肩に着地した後、再度アタックを仕掛ける。

この赤城には殺しをしてもらいたくない。後から絶対に後悔する。空母棲姫であっても、赤城でもあるのだ。私達に向けた笑みは偽物ではない。今が憎しみの権化だとしてもだ。

 

「加賀さんは支持してくれますよね?」

 

これ以上の艦載機発艦を阻止するため瑞鶴の腕を取り押さえているが、ボロボロ故に未だ戦場から撤退出来ないでいた加賀にも問うた。

加賀は恨みのある瑞鶴を生かして更生させようとしている。口では殺す気が失せるほど哀れだと言うが、艦娘としての理性と本能が、仲間を殺すことを躊躇わせたのだと思う。

 

「私は……」

「加賀さんも、若葉さんに救われなければ私達と同じように自爆させられていました。そして、()()()()憎しみを募らせることになっていたでしょう。ならば、思いは同じだと思いますが」

 

戦いの前に加賀も、特に翔鶴は許せないと話していた。赤城と同調してもおかしくないだろう。だが、今の加賀は赤城の問いかけに何も返せない。元凶の一端である瑞鶴を殺していないのだから。

取り押さえられている瑞鶴も黙ったままだが、代わりに赤城のことをこれでもかと言うほど睨み付けている。姉が目の前で殺されるかもしれない状況に、感情が制御されていたとしても怒りを滾らせるのに充分である。

 

しかし、ここで状況に暗雲が立ち込める。翔鶴からの匂いが()()()()

 

「待て……翔鶴の様子がおかしい……!」

「……まだ何か隠しているの?」

 

赤城も加賀も、瑞鶴すらもそれには気付いていない。匂いで相手の感情がわかるのは私だけだ。浮き輪も何か勘付いたか、赤城の手を必死に解こうと頑張る。

 

「っ……赤城! すぐにその手を離せ!」

 

翔鶴から湧き立つ匂いは、感じたことのないような負の感情の本流。死の寸前に追い込まれたことで、さまざまな感情が綯交ぜとなって表に出てきていた。

赤城に敗北したことへの怒り、この状況に置かれている焦り、何故こんな目に遭わなくてはいけないという悲しみ、ほとんど八つ当たりに近い憎しみ。そこに、翔鶴に埋め込まれたキューブの怨念までも混ざり合い、そこへ本当に死んでしまうという最上級の負の感情、死の恐怖が加えられた。

 

怒りと憎しみだけでも私は深海の侵食を拡げてしまっているというのに、それ以上のものが生まれてしまったことで、完成品である翔鶴をさらに変質させようとしている。

飛鳥医師は深海の細胞を癌のようだと例えていたが、この翔鶴の負の感情、特に死の恐怖により、全身へ急速に転移してしまっているのだろう。窒息の苦しみでもなく、首への痛みでもない反応で、ビクンビクンと震えだした。表情も恍惚としているような、何処かおかしいものに。

 

「離すくらいなら、今すぐ殺しますよ」

 

首を絞めるだけでは飽き足らず、鋭利な爪でその胸を貫こうとした。胸当てがあるがそれごと破壊してしまおうと。

だが、その攻撃は翔鶴に止められた。私が弓を握らせないように撃ち抜いたはずの手で。首を絞めているにもかかわらず、赤城の手はそれ以上進まない。

 

「何処にこんな力を……ならばその首を」

「カッ……ハァッ……ッ……!」

 

首を掴む手ももう片方の手で掴んだ。赤城の腕は手甲に包まれているが、それを握り潰すような力で捻り上げ、拘束を解いていく。

完全におかしいと思ったところで、大きく見開いた翔鶴の瞳が()()()()()()。途端に、完成品なら誰でも持っている深海棲艦の匂いが異常に増加。今までの比ではない程にまで膨れ上がり、混ざり合っている艦娘の匂いが消えていくようでもあった。

 

「ぐっ……」

「……アハ……」

 

とうとう首を絞める赤城の手甲が破壊され、その強烈な握力により赤城が翔鶴の首を手放してしまう。支えが無くなった翔鶴の身体はそのまま海へと吸い込まれていくように落ちていった。その間もビクンビクンと身体を震わせ、まるで全身に転移する深海の細胞により、身体そのものを書き換えられているような得体の知れなさを醸し出していた。

 

「な、なんだ……今のは……おかしい、確実におかしい。赤城、お前が何かしたのか」

「そんなわけないでしょう。私が出来るのは殺すことだけ」

 

破壊された手甲を撫でた後、翔鶴が落ちていった海を覗き見る。海中故に匂いも感じない。中で何が起きているかはわからない。少なくとも翔鶴は生きていることはわかる。

まるで翔鶴が()()()()()()()()()()()()()()()()()錯覚に囚われた。死んだことで怨念が集まった赤城とは違う、艦娘がそのまま深海棲艦に変質していくような、そんなイメージ。私や三日月とはまた違った侵食にも見えた。

 

「逃がしたのは気に入らないけれど、この場にいないのなら残った戦艦の子達を処理して施設へ……んん?」

「どうした」

「私がさっき轢いた子達は何処に行ったの」

 

言われてみれば。赤城を集中砲火するために四方を囲んだ失敗作の戦艦が、忽然と姿を消していた。匂いすらない。

3人は赤城が艤装で轢き、残りの1人は私が蹴り飛ばしたが、4人とも武装を破壊していたものの生きていたはずだ。この戦いが終わった後で回収し、治療してもらうつもりだったが、何処に消えてしまったのだろうか。

 

「……まさか」

 

改めて翔鶴が沈んでいった海面を見る。

 

その瞬間、海中から尋常ではない数の艦載機が飛び出してきた。

 

「なっ、こ、これは……っ!?」

「深海の艦載機……!」

 

どちらかといえば、今の赤城が扱っている艦載機と近しい。空中停止や後退などの普通ではない挙動をする謎の機体。翔鶴も瑞鶴も、指を回して発艦させていたものがこれと同じものだったが、こんなに数は無かった。

これを使ってくる者なんて、どう考えても今沈んでいった翔鶴だ。先程まで瀕死の状態であったが、最後の最後にあの匂い。最悪な想像が頭をよぎる。

 

「赤城、艤装は!」

「まだ動きます。少しガタが来ているけれど、戦うことは出来るわ」

「加賀は!」

「艤装は大丈夫だけれど、戦闘を続けるのは厳しいわ。瑞鶴を連れて撤退する」

 

私は少し休んだおかげで、移動することくらいは出来そうだ。頭痛も酷いし、身体がギシギシ言っているのもわかるが、このままだとどうにもならない。

そうこうしている内に、何者かが浮上してくる感覚。キナ臭い匂いとはまた違う、恐怖を掻き立てるような嫌な感覚。

 

その時、私の手は震えていた。

 

「来る、何かが、来る……!」

 

浮上してくるものは確実に翔鶴ではない。質量が違う。奴の艤装はあんなに大きくない。まるで赤城の駆る艤装のようなサイズのそれが、猛烈なスピードで海上に向かってきた。

 

「若葉さん、乗りなさい!」

「すまない!」

 

身体に鞭を打って赤城の艤装に乗せてもらい、その場から離れた瞬間、巨大な艤装がその場を破壊し尽くすような勢いで飛び出してきた。そこにいたら直撃しており、赤城の艤装のように前方にある大きな口に食らいつかれ即死だった。あれだけの人間魚雷を受け続けた赤城の艤装でもひとたまりもないだろう。

その艤装に乗っていた深海棲艦が指を回すと、飛び出してきた艦載機が一斉に整列。それを守るように周囲を飛び交う。

 

「……そんなことってあるのかしら……これもあの大淀の仕業だと言うの?」

「こんなことは初めてだ。完成品が深海棲艦に変化するだなんて」

 

艤装に乗っていたのは、紛れもなく翔鶴だ。だが、沈む前と今ではあまりにも雰囲気が違っていた。艤装は当然として、着ている服は今までの弓道着でも無ければ、身に付けているアクセサリーの類も違う。面影を残しているだけの別人にも見える。

だが、奴が翔鶴であることを匂いが示していた。何も変わっていない。完成品の時からの匂いが何も消えていない。だが、体内にあるであろう完成品の証、キューブの匂いは消えていた。ああなったことで取り込んでしまったのかもしれない。

 

それともう1つ。先程までいた失敗作の匂いも今の翔鶴から僅かにした。この深海棲艦化に際し……いや、それについて考えるのは今はよしておく。今にも吐き気がしそうだ。

 

「な、なによ……あれ……」

 

今まで押し黙っていた瑞鶴も、あまりのことに口を開いた。翔鶴の異常な変貌は、同じ完成品でも聞かされていなかったことのようである。

 

「フ、フフ、ハハハハハ!」

 

高笑いしながら艦載機を操り、こちらへ猛攻を仕掛けてきた。消耗した状態であれを受け切るのは厳しい。私が動けるようなら、あの群れを掻い潜り近接戦闘に持ち込むのだが、もう赤城の艤装から振り落とされないようにするだけでも必死なくらいに消耗している。体勢が崩れるのを浮き輪に支えてもらっているレベル。

あれだけ痛め付けられていたというのに、今の翔鶴は無傷だ。私が撃ち抜いた手も、赤城が撃ち抜いた脚も、綺麗に治ってしまっている。完全に()()()()()()()と言っても過言ではない。

 

「アカギサン、コンドハアナタガニゲルノ? ワタシニアレダケノタマッタノニ!」

「元気になったら調子が戻ったようね翔鶴」

「スキニイエバイイワ! ワタシハアナタヲコロシタクテシカタナイノヨ!」

 

赤城が翔鶴を徹底的に狙ったように、翔鶴も赤城を徹底的に狙っていた。ああなってしまった原因は全て赤城にあると翔鶴は思っているのだろう。その大部分は逆恨みではあるが、事実お互いに殺意があったし、赤城が苦しめた結果で負の感情が異常に高まったのは間違いではない。

なんて不毛な復讐の連鎖。だが、お互いに収まりがつかないのだから、これは止められない。

 

「ワタシヲコンナニシタ、イカリ、ウラミ、ニクシミ! ゼンブゼンブ、アナタガクレタ! ダカラ、ワタシハアナタヲコロスノ!」

「奇遇ね。私も全く同じ気持ち。誇りを穢された怒り、恨み、憎しみ、全て貴女のせい。だから、私は貴女を殺したい」

 

お互いに殺意をぶつけ合い、艦載機による激しい航空戦が繰り広げられていた。低空飛行での爆撃と射撃は、周りにも甚大な被害を与えていった。

私は赤城の艤装に乗せてもらっているおかげでなんとかなっているものの、その戦闘の激しさや否や、近場にいた加賀と瑞鶴にも届いてしまう。加賀はボロボロなだけだが、瑞鶴は本当に虫の息。私と同じくらいに消耗してしまっているため、今は敵対しているとしても、加賀が引きずるようにその場から撤退している。

 

「離しなさいよ。敵に情けをかけられるほど落ちぶれてないわ」

「やかましいわよ五航戦……! 死んだら元も子もないけど、生きてたらやり直せるのよ……! 私は貴女を殺したかったけど、考えを変えたわ……貴女は生きて償いなさい……!」

「……よく喋る一航戦だこと」

 

洗脳されているのに、瑞鶴はもう大人しく加賀の言うことを聞いているほどである。動けないのだから諦めているというのもあるかもしれないが、姉の変貌を目の当たりにしてショックを受けているようにも見える。

 

翔鶴の変貌はあまりにもイレギュラー。緊急事態に戦場はより混沌に包まれる。

 


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