継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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激戦の傷痕

赤城と翔鶴の壮絶な戦いは、艤装を捨てた殴り合いへと発展し、最終的には両者ノックアウトという結果に終わった。今はどちらも白目を剥いて倒れており、ピクリとも動かない。

お互いの殺意をぶつけ合い、それでもどちらも死なずに終わったというのは、おそらく最善の結果。しかし、まだお互いに殺意は残っているだろう。顔を合わせれば殺し合いを始めるだろうし、そうでなくても生きていると知れば探し出してでも殺しかねない。

 

だが、今はそれを考えることはやめるべきだ。これで完成品4人全員の対処は終わり、残りは失敗作の処理だけだ。それもたった今、旗風を筆頭にした仲間達がどうにかしてくれた。武装を破壊して攻撃出来なくしたことと、自爆装置の破壊をしたことで機能停止。さらには艤装を破壊したことで航行も出来なくしたようだ。これにより、全員の撤収が可能となった。

私、若葉は度重なるリミッター解除により、指先一つ動かせないほど消耗してしまった。辛うじてナイフは握ったままでいられているが、それもかなりキツイ。そこに赤城の艤装に乗っていた浮き輪がやってきてくれて、ナイフを運んでくれた。これで心配が無くなる。

 

「くそ痛ぇ……結構えぐられちまった」

「アンタはさっさと戻りなさいよ。私は若葉を引きずってくわ」

「すまない……一歩も動けそうにない……」

「喋れるだけ良しとしなさい」

 

艦載機からの射撃で脇腹をやられた朝霜が、血が溢れる腹を押さえながらフラフラと撤収。私は曙に襟首を掴まれ、引きずられるように撤収。

加賀は瑞鶴を連れて先んじて戻ったため、気を失っている赤城と翔鶴は他の者に頼むしか無くなった。幸い全ての戦闘が終わったため、手隙の者もいる。

 

「じゃあ私は赤城さんを運ぶわ。旗風、翔鶴さんをお願いしていい?」

「かしこまりました」

「では、夕雲達はこの戦艦の方々を……っ」

 

都合よく1人につき1人を運べそうなので、各々が配置につこうとした瞬間、機能停止していた失敗作3人が崩れ落ちるように沈んでいってしまった。

そもそもが最初の呂500のように理性のカケラも無いようなものをより深く侵食させ、何らかの方法でコントロールしていたものだ。この戦いが終わったら力尽きるようになっていたのかもしれない。もしくは艤装により生命維持をされていたか。

 

「……助けられませんでした」

「夕雲姉……今は悔やんでられないよ。私達は赤城さん達の艤装を運ぼう」

「そう、ですね。あの人達が救えなかったことは悔しいですけど、進まなくちゃ」

 

結果的に、失敗作の戦艦隊は10人全員がこの場で散ることになってしまった。4人は翔鶴が深海棲艦化した時に何故か消え、3人は翔鶴の航行に巻き込まれて轢殺、そして残った3人は生き残ったが自沈。せめて後からその亡骸を引き揚げてあげたいところだ。

 

 

 

施設に戻っても阿鼻叫喚だった。

 

死にかけていた姉を運んでくれた摩耶はそのまま飛鳥医師とともに処置を開始。怪我を負って両脚を壊されたシロは、クロの手当てと必要最低限の高速修復材により、歩けないものの脚は治療済み。私が痛めつけ、三日月と霰に運んでもらった初霜と如月は、治療待ちのため昏睡させて眠らせている状態。霰はそのまま飛鳥医師の手伝いに参戦してくれている。

先んじて撤退していた加賀は、念のため瑞鶴を縛り付けた状態で工廠の隅で待機していた。リミッター解除の反動で疲れ果てている三日月も、その隣で私達の帰りを待っていてくれた。

 

「帰ってきたな。そいつが最後か」

「すぐに運ぶよ」

 

工廠で出迎えてくれたのはリコとセス。鳥海は飛鳥医師の守護者として処置室前を守るためにこの場におらず、暁と呂500は治療のために施設内を走り回っていた。

 

「朝霜! すぐに治療するわ!」

「アゥアー!」

「悪ぃ、修復材ちょっとだけくれ。割とやられちまった」

 

この中では一番怪我をしている朝霜は、暁と呂500の処置ですぐに治療。気を失っている赤城と翔鶴は、リコとセスが海から引き揚げて工廠の隅へ。セスはそのまま赤城と翔鶴の艤装の方も見てくれる。

 

「こいつは一体何だ。こんな同胞も敵にいたのか」

「……元々艦娘だったのがこうなった」

「俄かに信じられないな」

 

今までにない意味がわからない変化ではあるが、リコは然程驚いていないようだった。いや、充分驚いているようだが表に出さないようにしているだけか。私のような変化もあるし、最終的に深海棲艦となってしまうのも不可能ではないと考えたかもしれない。

それを聞いたセスが、念のため翔鶴を縛っておいた。敵であることはわかっているため、目を覚ました瞬間暴れられても困る。それなら赤城も縛っておいた方がいいかもしれないが。

 

「……どちらも生きているのね」

 

加賀が2人の姿を見て安堵していた。赤城が死ななかったことは勿論のこと、翔鶴が生きていることにも少しだけ安心していたようだ。気を失っていたわけではない瑞鶴も、翔鶴が命を持った状態でここに運ばれてきたことには心底安心した様子。しかし、瑞鶴の洗脳は当然解けていない。安心したのも束の間、気分悪そうに顔を伏せる。

 

「よかったじゃない……翔鶴が無事で」

「無事じゃないわよ。敵の手に落ちてのうのうと生きてることが恥ずかしいわ。何が更生しろよ。アンタの自己満足じゃない」

「ええ、私の自己満足。敗者は勝者の指示に従うのが筋じゃなくて?」

 

瑞鶴は舌打ちをした後、それ以降黙りこくってしまった。飛鳥医師の手が空き次第、瑞鶴も昏睡させられ、洗脳が解かれることになるだろう。この状態の瑞鶴はどうせ何も話さない。敵対心は無くならず、今でも大淀の部下だ。

だが、翔鶴が変化したことは本当に驚いていた。こんなこと聞いていないと言わんばかりに、呆気にとられていたほどだ。ここは詳しく調べる必要があるだろう。

 

「若葉さん……無事でしたか」

「ああ……三日月、お前の姉をすまん」

「いえ、生きていてくれただけでも良かったです」

 

如月は思い切り蹴ってしまったために怪我人。姉の次に治療されることが約束されているそうだ。

 

「若葉さんは大丈夫ですか? 侵食が拡がってしまいましたが」

「一応大丈夫だが、身体がまともに動かない。今日はもう休みたい」

「そうですね。もうみんな疲労困憊です」

 

強いて言うならリコがピンピンしている程度。誰もがこの戦いで疲れていた。施設の特性上、怪我をすること自体に抵抗があるため、ただ戦うだけでも倍以上神経を使う。

 

「私は何とか歩けるくらいまでは回復しました。若葉さんを運びます」

「すまない……頼む」

 

戦闘から戻り動けそうにないものは、早々に休むことも飛鳥医師から指示されたそうだ。私と三日月はその該当者。三日月は私が戻るまで待っていてくれたようだ。ありがたい。

私から艤装を剥がした後、担ぎ上げて部屋まで運んでくれる。もう着替えるのも面倒臭いが、今は海戦の後でビショビショだ。風呂に入ることは難しいため、手早く浴衣に着替えさせてもらった。

 

「……すごく拡がっていますね……」

「ああ、自分でも見るのは初めてだが、ここまでとはな」

 

服を脱いだことで、侵食が拡がったことを改めて確認することになる。

左腕は勿論のこと、痣は左胸や脇腹、先端が腰の辺りまで伸びていた。上の方は鏡が無いのでわからないが、三日月が触れて左眼を呑み込むように拡がっていることを教えてくれた。後ろは背中の方にも拡がっているらしい。

全体的に左半身が黒ずんでいるようなもの。こんな姿の艦娘は何処を探してもいないだろう。

 

だからだろうか、三日月ほどでは無いが、侵食は私の脳の一部にまで届いていることがわかってしまった。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

三日月が私に依存のような感情を持ってしまったのも、今の私には理解出来る。()()()()()()()を持つ三日月が他人のようには思えない。

 

「三日月……すまないが、顔を触らせてくれないか。お前から見て左側……左眼がある方がいい」

「こうでしょうか」

 

私の手を取り、顔に押し当ててくれる。()()()()の近くに触れることが出来たことで、気分が落ち着いてくる。なるほど、これが三日月が感じていた感覚。

 

「三日月……若葉も同じになってしまったようだ。三日月の左眼が若葉の左眼に思える」

「ああ、なるほど。眼まで侵食してしまったから私と同じに……」

「おそらくな。感情にも侵食されているようだ」

 

リミッターを外している時、相手が初霜の時でも容赦無く攻撃が出来た、相手を斬ることに一切の抵抗が無かった。三日月が感情を失うように、私にはそういった理性的な部分が欠如するのかもしれない。

この戦いでの私の大きな変質はここな気がする。修復材ナイフで本当に良かった。そうでなければ、初霜すらも殺していたかもしれない。

 

「ああ……落ち着くな。若葉の左眼……」

「お互いに支え合いましょう。私と若葉さんは、もう離れられない関係なんだと思います」

 

着替えも終わったため、そのままベッドへ。いつものように左腕に抱き着かれるが、今日からは私も空いた手を三日月の方へ伸ばすようにする。これでお互いが落ち着ける。

 

 

 

流石に今日は侵食が拡がったからか、夢の中にも引き込まれる。ただし、今回はシグの表情が若干暗い。

 

『侵食、拡がっちゃったね。若葉に力が欲しいって言われた時、また思った以上に持っていかれたんだ』

「……姉さんがやられたのを見て、理性がトんだ」

『うん、(ボク)も見てたからね。アレは仕方ないよ』

 

私が望んだことで、必要以上に侵食してしまったらしい。前回はシグが渡し過ぎたと言っていたが、今回は私が引き出し過ぎたようだ。

 

『過ぎたことは仕方ないよ。でも、2回目のリミッター解除はやり過ぎ。力は貸したけど、次からは貸さないよ。若葉が壊れちゃうからね』

「すまない……ああしなければ勝てないと思った」

『気持ちはわかるけど、身体は大切にね』

 

シグに説教されるとは。だが、その分大いに反省した。リミッターを2回外すというのは、私だけでなくシグにも負担がかかりかねない。

ただでさえ痣が心臓まで辿り着いてしまったのだ。今後の行動次第では、選択がそのまま死に繋がる可能性だってある。勝つためとはいえ、あんな無茶は二度とやらない方がいいだろう。

 

『脳にも少しだけ届いちゃったね』

「ああ、だからだろうか、三日月が他人の気がしない」

『だろうね。(ボク)の左眼を持ってるんだから、そう思っても仕方ないよ。今やあれは若葉の左眼でもあるわけだからね』

 

シグが一番気にしていたのはそこ。私の思考が侵食によりほんの少しだけ変化させられたことだ。

私が使っている力はシグの力だ。それが私、謂わば宿()()の生死に関わるような影響を与えるかもしれないとなると、力を貸してくれているシグも気にしてしまうようだ。

 

「これ以上は侵食されないように努力する」

『簡単な話じゃないと思うけど、(ボク)もなるべくこっち側で頑張るよ。若葉が若葉でいられるように手伝わせて』

「ああ、頼んだ」

 

暗い話は一度これで終わりにして、今回もシグの感じたことを聞いていく。

 

『翔鶴さんのことなんだけど……多分あの人は治療出来ないと思う』

「飛鳥医師の腕でもか?」

『うん。健康体に治療するところなんてないでしょ?』

 

ある意味、私達の身体の傷痕と同じということか。入渠しても改装をしても消えることがなかった、私達を構成するものであると認識された本来とかけ離れたもの。

今の翔鶴は、深海棲艦であることがデフォルトであると身体が認識してしまっているとシグは言う。それこそ、翔鶴は()()()()()()()()()()()と。

 

「そうか……なら、赤城への殺意もそのままか」

『多分ね。でも、大淀の洗脳は無くなってると(ボク)は思うよ。そういうのも引っくるめてああなるために使ってるように見えたからさ』

 

その辺りはフワフワしてるから参考までに、と付け加えられる。シグの話すことはシロと同じで大体核心をついているため、信用に値する。

だからこそ、翔鶴はもう無理というのがショックだ。死とはまた違う、大淀の最大の被害者となってしまった。

 

『赤城さん以外なら仲良くなれるかもしれないよ』

「そうか。なら、若葉もあの翔鶴と付き合えるようにしよう」

『そうだね。でも気をつけてね。(ボク)達にも敵対心を持ってると思うから、襲ってくる可能性は充分にあるからさ』

 

それは肝に銘じておこう。私達に敵対心を持っているということは、この施設を内部から壊そうとしてくる可能性もあるということだ。施設を破壊されることは、私達が攻撃されるよりも辛い。

 

(ボク)からはこれだけ。少なくてごめんね』

「いや、助かる。シグの存在は頼もしい」

『そう言ってくれると嬉しいよ。これからもよろしくね、若葉』

 

夢の終わりはいつも握手だが、今回は少し趣向を変えて。握手に応じた後、シグを引き寄せて正面から抱きかかえた。驚いたようだが、すぐに私に抱きつき返してくる。

 

「これからもよろしく頼む」

『うん、この中でしか話せないけど、(ボク)は君の力になれるのならそれで満足だよ。そうか、これが好きってことなのかもね』

 

夢の中の夜が明ける。目が覚めてからは、さらなる戦いの幕開けだ。身体を傷付け合う戦いとは違った、より心を蝕みかねない戦い。

それも潜り抜けることは出来るだろう。私には後押ししてくれる者が数多くいる。

 




対五航戦はこれで終了。詳細はまた次回にも語りますが、数多くの傷痕が残されることになりました。少なくとも、若葉と三日月の関係はより歪んだものに。

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