継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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負の塊

三日月が目を覚ました。しかし、漂着前の経験から、飛鳥医師を拒絶し、全ての人間や艦娘に対して嫌悪感を抱いている。今の三日月は1人に出来ない。せっかく助かった命を棒に振り、自ら死を選んでしまいそうな危うさが感じ取れた。こんなに嫌な世界なら、生きていても意味がないとでも言いそうな、そんな雰囲気。

 

その三日月は、自分の現状を知り泣きじゃくった後、泣き疲れて眠ってしまった。念のため今まで繋がれていた機械をもう一度繋ぎ、横にする。

今は小さく寝息を立てている。この状態なら安定しているように見えるが、また目を覚ましたら先程のように半狂乱で暴れ出すかもしれない。

 

「飛鳥医師、雷、三日月は寝た」

「……そうか。なら入って大丈夫か」

 

脱いだ服をしっかりと着込み、外に呼びかける。ずっと医務室の外で待機していた飛鳥医師が再び中へ。雷も浮かない顔で一緒に入ってきた。私と三日月の会話は、外にも聞こえていたはずだ。

 

「すまない。うまく説明できなかった」

「いや、充分だ。僕が説明したいことは全て話してくれている」

 

私が三日月に説明したのは私が今まで経験した全てのようなものだが、特に頑張って伝えたのは、三日月に施された処置とそれを実施した飛鳥医師の意思だ。

命あるものは必ず救うという信念の下、死にたくないと譫言で漏らした三日月を助けるため、ここで出来る全てを使って三日月の命を繋いだ。今は不恰好な継ぎ接ぎだが、いつか必ず元の姿に戻すと言ってくれていることも、ちゃんと伝えている。

 

「……こんな治療しか出来ない僕の落ち度だ」

「そんなことないわ! 三日月もいつかわかってくれるはずよ!」

「三日月の身体は必ず元に戻す。必ずだ」

 

これほどの治療が出来る飛鳥医師でも、材料と技術が無いために艦娘を艦娘として治療することが出来ない。それをずっと悔やんでいる。

 

艦娘の身体は人間とは少し違う成分らしい。そのせいで、人工皮膚や人工臓器が作り出すことが出来ないそうだ。飛鳥医師の研究は、専らそれが全てを占めている。

ドックがあれば治療出来るのだから、そんなもの必要ないという者は少なからずいるだろう。だが、こういう緊急時でも治療出来るようになることに意味がある。例えば、何らかの事情によりドックが使えない状況に陥っても、最悪な可能性を回避出来るようになるはずだ。

 

ふと、私は疑問を抱いた。

 

「飛鳥医師、ここの浜辺には、()()()()()は流れ着いたりしないのか。深海棲艦の死骸は流れ着くが……」

 

私達の命を繋ぐための素材はいつも深海棲艦のものばかりだ。だからこうも(いびつ)な継ぎ接ぎになってしまう。それが艦娘のものだったらどうだ。縫合痕などは残るかもしれないが、言い方は悪いが()()()とかは正常に見えるだろう。

 

「……そうであれば苦労しない。艦娘は死体になると海底に沈むようになっているんだ。まず上がってこない。今まで見たことがない」

 

そういうところが艦娘を生体兵器たらしめる理由。死んだ場合、建造に使った素材の塊という扱いになるが故に、()()()()のだそうだ。それはそうだろう。重たい鉄の塊を背負っているのだから、沈んでいくに決まっている。それが破壊されても浮かぶことはない。

よって、浜辺に流れ着いている艦娘は、まだ死んでいないか、漂着してから死んだかの2択。そして後者は未だに見つからない。死ぬほどの大怪我で流されてくるなんて、ドロップ艦でない限り本来あり得ないからだ。()()()()()()()()()()()

 

「……そうか。すまない、バカなことを聞いた」

「いや、疑問に思うのも仕方のないことだ。無理矢理サルベージすれば手元に置けるが、そうで無ければ……いや、これ以上はやめておく」

 

死んだドロップ艦が流れ着くことも無いらしい。だが、その理由は話してくれなかった。

 

「話を変えよう。三日月のことだが」

「若葉が側にいる」

 

食い気味に意思を示した。

境遇が同じであり、少ない時間ながらも会話出来た私が最も適役だと思う。私は自分の傷も見せているくらいだ。まだ心を開くキッカケになれるだろう。

 

「わかった。基本は若葉に任せる。雷、サポートしてやってくれ」

「勿論! 頼ってくれていいんだからね!」

「ああ、頼りにしている」

 

私はしばらくの間、三日月の側に居続けることにした。艤装作成の手伝いは少し休ませてもらう。三日月は飛鳥医師に対して最も敵対心を持っているため、本来飛鳥医師がやるべき医療を私がやることで、三日月の体調を管理する。明日からは、やろうと考えてもいなかった看護師としての仕事を請け負うこととなった。

 

 

 

翌朝。日課のランニングから戻り、着替えた後に医務室へ。まだ三日月は眠ったままだった。目が覚めた時に近くに人がいるとどう思うかはわからないが、少なくとも私達が仲間であることを認識してもらいたい。

三日月の他者嫌いは根深すぎるほどだ。だからせめて、私達で緩和出来ればと思う。

 

ベッドの横に立つのもどうかと思うので隣に椅子を持ってきて腰掛ける。無理に起こす必要もないのでなるべく音を立てないように。何をするでもなく隣で目を覚ますのを待つ。これを機に本でも読むようにしてみようか。後から飛鳥医師に借りてこよう。

 

「……ん……」

 

と、都合よく三日月が目を覚ます。昨日は泣き疲れて眠り、そのまま朝までグッスリである。疲れなどはもう無いだろうか。

身体を起こして目をこすり、周囲を見回すと私と目が合う。

 

「おはよう三日月」

「……おはよう……ございます……」

 

元凶である人間が視界に入ると錯乱するが、艦娘である私がいるくらいではあそこまでにはならないようだ。私には昨日抵抗が無かったし、やはり適役。

飛鳥医師にはしばらくの間、医務室には立ち入らないようにしてもらうしかないだろう。なるべく声も聞かせないようにしなくては。

 

「……目が覚めたら元の身体……ということは無いんですね」

「さすがにな」

 

冗談で言っているのではなく、本気でそれを求めている。

 

「それについては時間をくれ。今、飛鳥医師が研究中なんだ」

「人間の研究なんて信用出来ませんよ。どうせ私を実験に使うだけ使って捨てるんです」

 

頑なに信用しない。起き抜けの昨日と違い、一晩眠ったことにより冷静になってくれてはいたが、しっかりとした口調で文句を言われるので少し心にクる。

数々の絶望により情緒不安定になっている三日月。今の感情は怒りと憎しみが強め。昨日は悲しみが強めだった。負の感情にばかり気持ちが偏り、心が摩耗している。

 

「ずっとそこにいるんですか?」

「ああ」

 

チラリと見られるが、明らかに敵意が垣間見えた。同じ境遇の私でも、今の三日月にとっては全員が敵。信用出来る者はこの世界に誰もいない。

 

「……監視のつもりですか」

「いや」

 

ぶっちゃけてしまうと、監視も少しだけある。1人にしたら何をしでかすかわからない。自殺するかもしれないという不安もある。だが、そんな心内はおくびにも出さない。

一緒にいる一番の理由は、単純に三日月と仲良くなりたいだけだ。何度も言うように、私と三日月は同じ境遇。傷を舐め合いたいわけではないのだが、私にも同じ愚痴がある。誰も信用出来ないかもしれないが、せめて同じ境遇の私にくらいは心を開いてくれたら嬉しい。

 

「昨日も言ったろう。若葉も三日月と同じ境遇だ」

「そうですね」

「本当に、生きていてくれてよかった。これを機に、仲良くしたい」

 

嫌そうな顔をしたのがすぐにわかる。昨日の今日で考えを変えるとは思っていない。だが、私の気持ちは知っておいてもらいたかった。

 

「今はいい。考える時間は必要だろう」

「いくら考えたって同じです。人間も、艦娘も、誰も信用できません。みんな私を裏切るんです。みんな嫌いです。大嫌いです」

 

完全に人間不信。これは根気よく接していかなくては。

 

三日月の気持ちはわかっているつもりだ。私だって、最初に出会った提督に騙されて死にかけている。仲間に見捨てられている。この世の全てを呪いそうだった。だが、今は違う。鎮守府という場所には抵抗があるが、この施設でなら楽しく生きることができている。

三日月にはそれを知ってもらいたい。限られた空間かもしれないが、この敵もいない場所でなら気を張らずに生きていけるということを。望んで繋いでもらった命を無駄にするのは良くない。

 

「嫌なことがあれば、若葉に言えばいい」

「ならこの部屋から出て行ってください」

「それは聞けない相談だな」

 

小さく舌打ちが聞こえたような気がしたが無視。

拒絶されているのはわかるが、それで見捨てたら尚の事人間不信が加速するだろう。構うなと言って本当に構わなかったらやっぱりこいつは、みたいな流れ。どちらを選択しても否定する口実を作れて好感度を下げることが出来るバッドエンドルート。

 

そうはいかない。三日月には、絶対に私達の事を好きになってもらう。

 

「朝ご飯を持ってきたわ」

 

雷が朝食を持って医務室に入ってくる。私だけでは出来ない部分を雷にサポートしてもらうつもりだが、食事に関しては早速頼ることに。

 

「あ、ちゃんと自己紹介してなかったわよね。私は雷よ。カミナリじゃないわ。あと、私の傷はここね」

 

服を捲り上げて、腹の大きな傷を見せる。三日月と同じ、深海棲艦の皮膚。それを見て、三日月は少し息を呑む。

 

「ここにいる子はみんな、三日月と似たような境遇なのよ。大怪我をしてここに流されてきて、先生に命を繋いでもらったの。私は何にも覚えてないんだけどね」

「……」

「昨日まで点滴だったから、お腹空いてるでしょ。胃がびっくりしないように、少なめだけどお粥を作ってきたわ。さ、食べて食べて」

 

ベッドに机を設置して、そこに朝食を置いた。三日月は無言だったが、雷の押しが強いので、何も出来ずに準備だけされていく。私相手とはえらい違いである。

そういう意味では、私に対して悪態をつけるくらいは心を開いているのかもしれない。ならば先程の文句も悪くないものに思える。

 

「熱いから気をつけてね。自分で食べられる? フーフーする?」

「……放っておいてください」

「それは出来ない相談ね」

 

ニッコリ笑いながら三日月の真正面を陣取る。これは食べ終わるまで戻らない姿勢。こうまでされたら、三日月も諦めざるを得なかった。小さく溜息をついて、心底嫌そうに雷を見る。そんな視線を気にも留めず、ニコニコしている雷。

最初は食べる気すら無かったのだろうが、ここまでされたら流石の三日月も折れた。

 

「……自分で食べますから……」

「それならよかったわ。若葉、私達も朝ご飯!」

「ありがとう」

 

おにぎりを渡される。それを頬張りながらも三日月の側を離れることはない。ただただ側にいるだけ。私達は見捨てないという意思を見せる。

三日月に足りないのは、とにかく仲間の温もりだ。全てが私と同じ状況であったのなら、話しかけられることもなく、視線に入れられることもなく、ただそこにあるだけの()として扱われたはず。

私達は三日月のことをそんな風には思わない。三日月は仲間、継ぎ接ぎの仲間だ。その関係自体が継ぎ接ぎのように取って付けたようなものでも、この施設の者は誰もが三日月のことを心配し、常に思っている。まだここに姿を現していない摩耶達だって。

 

「……美味しい」

「よかったわ! ちょっと薄味かなーって思ったけど、病み上がりにはちょうどいいかなって。食べられそうならお昼からは普通のご飯にするわね。あ、パン派だったりするのかしら。何か食べたいものがあれば言ってね。出来る限りリクエストには応えることにしてるの」

「……好きにしてください……」

 

ご飯を食べるという行為も初めてのことだろう。ゆっくりとだが確実に食を進め、お粥を完食。最初にこれだけ出来れば上等だ。内臓に傷が無かったのはこういうところに効いてくる。

 

「はい、じゃあ私は食器を片付けるわね。若葉、あとはお願いね」

「ああ」

「それじゃあね三日月。また来るからね。何かあったら頼ってね!」

 

食べ終わった食器を持って、パタパタと出て行く雷。それを唖然としながら見送る三日月。これだけ嫌いという意思を見せつけても、全く折れることなく接してきた雷を見て、無言で考え始めている。

私はそれを邪魔せず、何もせずに側にいるだけ。何かあれば頼ってもらいたい。雷の気持ちが少しわかったかも。

 

キッカケは何だっていい。私でも雷でも。

少しだけでも、せめてこの施設の者相手だけでも、他人と仲良くなれるといい。

私はただ、三日月と仲間に、友達になりたいだけなのだ。

 




外見だけで言うのなら、三日月以上の継ぎ接ぎは施設にいません。被害の重さで言うのなら若葉がトップですが。

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