継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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歪んだ鶴

飛鳥医師が瑞鶴の処置を終えたのは昼過ぎ。その頃には初霜の透析も終わっており、その装置を瑞鶴に接続することで、今回の処置は完了となる。初霜と如月は未だ昏睡状態にあるが、まだ起こすタイミングではないということでそのままになっている。瑞鶴の透析が終わったところで全員起こす方針。

私、若葉は三日月と共に姉妹の様子を見に来ていたが、ちょうどそのタイミングにぶつかったため、瑞鶴の移動を手伝う。その時には、飛鳥医師は疲れ果てていた。目に見えて辛そうで、疲れと眠気でいつ倒れてもおかしくないようにも見える。

後ろから出てきた摩耶とセス、そしてリコも大分疲れているが、飛鳥医師程ではないように見えた。

 

「次は翔鶴だ……」

「待ってくれ」

 

真相を把握出来ていない飛鳥医師はそのまま翔鶴の治療に乗り出そうとするが、さすがにそれを止めた。本人の体調もあるが、それ以前に私がシグから聞いたことも話しておかなくてはならない。飛鳥医師もシグの言葉は信じてくれているため、説得力があるはずだ。

 

「夢でシグから報告を受けた。……翔鶴を治療することは出来ないと」

「理由は」

「健康体に治療する場所は無い、だそうだ」

 

夢の中でシグから聞いたことをそのまま伝えた。今の翔鶴は、あれで十全。治す場所など何処にもなく、もう取り返しがつかない。

それを聞いた飛鳥医師は、悔しそうな表情を浮かべつつも納得はしてくれた。前代未聞の艦娘の深海棲艦化を元に戻すというのは、治療という範疇を超えている。それこそ、脳だけ別の翔鶴に移し替えたって無理だ。頭のてっぺんから足の先まで何もかもが深海棲艦なのだから。経緯は違えど、赤城と同じような生まれ変わりである。

 

「何ということをしてくれたんだあの大淀は……」

「……何故あんなことをするのか、若葉には理解が出来ない」

「大淀の目的はおそらく、()()()()()()()()()()()()だろう。憶測でしか無いが」

 

それこそ理解が出来ない。好き好んで身体を変えたい理由は何だ。D事案で生まれたからか、それとも何か別の目的があるのか。

とはいえ、今はそんなことはどうでもいい。今すぐに休んでもらわなければ、飛鳥医師が倒れてしまう。

 

「……若葉、痣が大きくなっているな。あの戦闘で何かあったのか」

「そのことについては後から全部話すから今は休んでくれ。みんな飛鳥医師のことを心配しているんだ」

「……わかった。仮眠を取る」

「ガッツリ寝ろ」

 

これくらい言わなければ、まだ寝ずに働きかねない。赤城や翔鶴ではないが、飛鳥医師もベッドに縛り付けておいた方がいいのではなかろうか。話は後からでも出来るのだから、まずは飛鳥医師が完全に回復することが先決だ。

 

「赤城と翔鶴は監視下に置いておく。飛鳥医師が目を覚まさないなら、こっちで勝手にやっておく。完成品3人は起こさないでおく。だから寝ろ。快調になるまで起きるな」

「おう、あたいと加賀さんがしっかり睨み利かせとくから、ゆっくり寝てくれよな」

「医者の不養生なんてこと、貴方はしないわよね」

 

加賀がトドメの一撃を言い放ち、休まざるを得ない状況を作り上げる。ナイスアシスト。それくらい言わなければこの人は休んでくれない。

 

「みんな、処置が終わったのね! なら、ちょっとは食べなくちゃダメよ!」

 

そして、処置終了を見計らって雷が医務室に入ってきた。確かに、半日以上処置をしっぱなしだ。おそらく休憩もせず、何も食べていないだろう。空腹を満たした後に眠ってもらう方がいい。雷はそう出来るようにちゃんと昼食を取っておいてある。

 

「少し食べたら、お風呂入って寝ちゃってね。着替えは用意しておくから、疲れてると思うけどそれだけはやっちゃいましょ。あ、でも先生は男の人だから一緒にお風呂入れないか。なら順番を変えて、先生は先にお風呂がいいわね。処置の後だからすごく匂うわ。はい、じゃあ先生はまずお風呂! 摩耶さん達はご飯ね!」

 

さすがに雷にこれだけ尽くされると、引くに引けないだろう。飛鳥医師も観念したようだ。

 

「……はぁ……そちらも無理しないように」

「当然よ! じゃあ行きましょうね」

 

雷に連れられて、4人が医務室を出て行った。これで確実に寝てくれる。

 

「若葉、あの人はいつもああなの?」

 

加賀が不意に聞いてきた。以前は彼の治療方法を見学したいと言うほどだし、医療に興味があるのだろうか。

 

「いつもというわけではないが、治療できるのが飛鳥医師だけだから、どうしても重労働になってしまう」

「そう……技術を持つ者がいないというのも大変なのね」

 

こればっかりは仕方のないことだ。負担を減らしたくても、私達では真似出来ないような技術をいくつも持っているし、そのうちのいくつかは門外不出の秘匿事項。手伝いたくても手伝えないと来た。

そもそも、この施設に襲撃してくるのが悪い。そういうことが無ければ、飛鳥医師は過労死寸前まで働くようなことは無いのだ。

 

結局、処置をしていたみんながその日のうちに目を覚ますことは無かった。それほどまでに消耗していたわけだ。

 

 

 

夜になれば姉は改めて目を覚まし、医務室から退室。赤城と翔鶴もなんだかんだで医務室を出ることになった。これで医務室には昏睡状態にされた元完成品のみとなる。

赤城は加賀と相部屋。翔鶴はいずれ部屋に入るであろう瑞鶴のために2人で使う部屋をもらう事になる。今のところは経過観察として施設に留まるらしい。

部屋を与えられたことで、監視は一旦解かれた。赤城が加賀と同じ部屋であるため監視を続行しているようなものだし、そもそも部屋には鍵がかけられる。一航戦部屋は基本鍵がかかっている状態となるわけだ。

 

その翔鶴だが、医務室を出ることになったが、瑞鶴の寝顔を見ながら何やら複雑な表情をしていた。私と三日月が姉妹の様子を見に来た時にそれだったので、一瞬驚いてしまう。

だが、赤城に向けるような殺意は全く匂わず、今ただ妹の安否を心配する姉の顔。

 

「翔鶴、どうした」

 

声をかけると驚いたように振り向かれた。三日月がさっと私の後ろに隠れたが、翔鶴にはやはり敵意は無い。

 

「……ズイカクハ、ブジナノカシラ」

「飛鳥医師が治療したんだ。明日には目を覚ます。だが、後遺症は残るだろう」

 

赤城と喧嘩している時とは雲泥の差。そういうところは赤城と同じで、殺意を向ける相手以外には負の感情に呑み込まれることは無いようだ。今この場には赤城がいないので、本来の翔鶴としての人格に戻っているようである。

シグは敵対心は持っているとは思うが、仲良くなれるかもしれないと言っていた。なら、ここで交流をしておくのもいいだろう。

 

「コウイショウッテ?」

「朝霜は力加減が壊れてしまっている。巻雲は消えない幻覚。鳥海は両脚不随だった。鳥海は飛鳥医師が治してくれたが、朝霜と巻雲は未だに苦しんでいる。これからも苦しみ続けるだろう」

「……ソレガズイカクニモ?」

「ああ」

 

余計に複雑な表情を浮かべる。どんな後遺症が残るかは私達にはわからない。軽症か重症かも今はわからない。治療できるものかすらもわからない。不安にもなる。

だが、3人とも今は施設のために活動してくれている。巻雲に関しては手の施しようが無かったが、開き直ってくれた。朝霜は今でも訓練を怠らず、物を壊さない生活を送っている。鳥海はリハビリの末に歩くことは出来るようになった。きっと瑞鶴も大丈夫だ。当然、初霜と如月も。

 

「明日の朝、ここの3人を起こす」

「……ソウ」

「瑞鶴はお前が起こしてくれ」

「……ワカッタ」

 

関係者がいるのならその者が起こすのが通例。瑞鶴を起こすのは翔鶴が筋。翔鶴も拒まなかった。

 

瑞鶴のことは一段落がついたので、ここからは話を変える。

 

「翔鶴は何処まで覚えている」

「オボエテイルトハ?」

「今までやってきたことだ」

 

負の感情に呑み込まれたことで深海棲艦と化してしまった翔鶴だが、今の今までそういったことは聞いていない。問診をする時間も無かった。監視役の朝霜も、翔鶴とは殆ど会話をしなかったと聞く。

飛鳥医師に代わって、私が聞いておくことに。少し独断になってしまったが、おそらく今くらいのタイミングでしかまともに話せそうにない。

 

「……ソレヲアナタガシッテドウスルノ」

「参考にだ。若葉はお前とも仲良くしたい」

「テキナノニ?」

「ああ。それに、ここで一緒にいるのなら敵じゃない」

 

仲間とも言い切れないが、少なくとも今は敵対するような状態ではない。瑞鶴のことを心配している姿を見たら、敵対の意思は無くなるというもの。

そもそも私達は、あの戦場に出てきたもの全員を救うために戦っていた。こんな結果になってしまったが、翔鶴だって救いたかったのだ。敵対する理由がない。

 

「……アナタタチハアマイノネ」

「問題あるか?」

「アシヲスクワレルワヨ」

 

私は別にそれでも構わない。それで施設を危険に晒さないのなら、いくらでもあまちゃんになろう。救えるものは全て救いたいものだ。

 

「……ゼンブ。ゼンブオボエテル」

 

文句は言ったが、ちゃんと話してくれる辺り律儀だった。そういうところは翔鶴なのだろう。

 

「ズイカクトイッショニ、イロンナバショヲコワシテ、オオヨドサンニコウケンシツヅケタ、カンセイヒン。オボエテイルワ」

 

この姿になっても、今までやってきたことは全て覚えているらしい。

手瀬提督の鎮守府を滅ぼしたことも、来栖提督の鎮守府を襲撃したことも、赤城達を自爆させたことも、何もかも覚えている。そして、それに対して一切の罪悪感を覚えなかったことも。瑞鶴と共に、他者を踏み躙ることに快感すら感じていたらしい。

元が優しいから、深く堕とされたことにより性質が真逆になってしまったのではなかろうか。そうだとしたら、大淀の所業は決して許されないものだ。何人もの人生を狂わせて楽しんでいる。

 

「だが、今は違うんじゃないのか」

「ナゼイイキレルノ?」

「お前から完成品の匂いはしない。大淀の呪縛は、もう無いんじゃないのか」

 

戦闘中にも感じたが、翔鶴からはあのキューブの匂いは一切しなくなっていた。姿を変えた時に取り込まれたのだと思うが、そのおかげで洗脳すら断ち切っているようにも見える。結果的に深海棲艦化し、思考がそちら側に倒れてしまっているのだから救えないが。

 

「……アナタノイウトオリ。オオヨドサンヘノ()()()()()()()ハ、モウドコニモナイ。ムシロ、ヒネリツブシタイホドニ、ニクラシイ」

 

やはり。治療の必要なく洗脳は解けている。怒りの矛先が大淀にも及んでいる。

 

「ダケド、ソレイジョウニ、アノヒトガコロシタイノ。ワタシヲコロシタアカギサンガ、コロシタクテコロシタクテタマラナイノヨ」

「お前が赤城に同じことをしたのにか」

「ソウイウモンダイジャナイノヨ」

 

狂気に染まった表情を見せる。洗脳は解けても、あの戦いの最中、死に追いやろうとした赤城に対する怒りと憎しみは本能として刻まれてしまった。今この姿で生きている限り抗えない殺害衝動となり、それこそが今の翔鶴の本質となってしまっている。

自らの存在を維持するために、翔鶴は赤城を殺すことに全てを賭けるだろう。抑えたくても抑えられない。

 

「……歪んだ愛ですね」

 

後ろからボソリと三日月が呟く。よりによって『愛』と表現したことで、翔鶴が顔を顰める。

 

「アイ? ナニヲドウシタラ、ソウミエルノ」

「私はそこまで嫌いなら近付きたくないですから。視界に入れるのも嫌です。自分の手を汚してでも排除するのも嫌ですし。でも、翔鶴さんはそんな相手でもわざわざ近付くんですよね。……実は赤城さんのことが大好きなのでは?」

 

物凄い極論を出してきた。好きであるが故に殺したい。まるでストーカーのような理論。

元はと言えば、翔鶴が人形にされた赤城を自爆させたところから始まっている。愛情などカケラも無い。洗脳が解けたからといってそれは変わらないだろう。罪悪感はあれど、好意は無い。その罪悪感が殺意になってしまっているのだから余計にタチが悪い。

 

「ナニヲバカナコトヲ」

「姉さんに聞いたんですけど、愛と憎しみって紙一重らしいですよ」

 

誰がそんなことを三日月に話したんだ。と思ったが、なるほど、二二駆の誰かか。皐月か水無月辺りが妥当。

 

「……ソレハナイワ。アノヒトニタイシテアイダナンテ」

「それか余程マゾですか。嫌なことに首を突っ込むとか」

 

なんだろう、今日の三日月は毒が冴え渡っている。ここ最近はまるで見せることが無かった艦娘嫌いの部分を久々に見た気分だ。

 

「ナイワ。ナイナイ。ワタシハタダコロシタイダケ」

 

言いながらも、翔鶴は少し顔が赤くなっていたように見えた。

 

突拍子のない三日月の言葉が、翔鶴に変革を齎すかもしれない。そうなってもらいたいものである。

 




愛を超越すれば憎しみになり、憎しみを超越すれば宿命になるんですよね。

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