翌朝、昏睡させていた元完成品3人を起こすこととなる。その頃には飛鳥医師も疲れが取れたようで、表情からも威圧感が無くなっていた。12時間以上寝ればこれくらいにもなるか。
起こす3人と関係性の深い者が医務室に集まる。初霜には私、若葉と姉。如月には三日月。そして、瑞鶴には深海棲艦と化した翔鶴である。
赤城がいなければ比較的まともであることは昨晩で私と三日月が確認している。余計なイザコザを起こさないように、赤城は加賀に任せてあるため、この場で突然喧嘩が始まるようなことはない。
「君達には先に伝えておく。彼女らの治療方法についてだ」
昏睡状態を解く前に、飛鳥医師が治療の内容を説明してくれた。
完成品の治療は、胸骨と腸骨の洗浄と透析。そして、腸骨を洗浄した際に骨髄移植が必要となる。今までは姉妹のものを使うという形でやってきたが、私と三日月は骨髄を提供した覚えがない。
「初霜の骨髄は、初春の治療の際に貰った。処置中のことだから気付いていないだろう」
「うむ、そんなことされているとは知らなんだ。じゃが、構わぬ。他ならぬ妹のためじゃからな」
それ以外にも理由がある。継ぎ接ぎとなり、今程ではないにしろ姫の侵食がある私の骨髄では、何か問題が起きてしまう可能性があったからだ。摩耶も継ぎ接ぎではあるが、身体の状況が違い過ぎる。それならば、確実性の高い姉のものの方がいいだろう。
同じように、三日月からの骨髄提供も憚られた。結果、如月に骨髄を提供したのは型違いではあるものの同じ旧式艦である旗風。運良く適合したらしい。
「そして瑞鶴だが……加賀の骨髄が適合してくれた。おそらくだが、艦娘は艦種が同じであるならば、骨髄の適合率は極めて高いのだと思う」
逆に言えば、同じ艦種がいるからこそ治療出来るということ。この施設には加賀以外の空母が深海棲艦しかいないため、そういう意味でも運が良かった。
逆に、軽巡洋艦や戦艦はいないため、救出出来たとしても骨髄移植は困難ではないかとも。
「腸骨はどうしたんだ。その場で割って洗浄する例の手段を使ったのか」
「胸骨と違ってそれが難しかったため、
今まで飛鳥医師が研究し続けてきた、艦娘の治療法。その1つである人工骨がついに完成したらしい。
差し替えられる腸骨が既に無かった。そのため、次に救出したものは難しいとはいえ腸骨も洗浄の方向で考えていたようだが、人工骨の研究がついに実を結んだため、それを移植したそうだ。
つまり、今回の3人は、骨といえども深海のパーツは一切使われていない。これは快挙だ。
「そのため、3人は被験者になってしまった。まず大丈夫だとは思うが、医療に絶対は無い。万が一のことが起きたら、すぐに処置をする」
「了解した。飛鳥医師のことだ、万が一も無いだろう」
「買いかぶらないでくれ。今までどれだけ失敗してきたと思ってるんだ」
説明はここまで。次は3人の身体の確認。この時には少し遅れてシロも到着。まだ脚が本調子では無いらしく、クロの支え有り。翔鶴の姿を見ても取り乱すこともないため、クロは相変わらず受け入れるのが早い。代わりにシロを陰に隠すようにしている辺り、シロのことをよくわかっている。
鳥海の時のことを反省し、事前にしっかり確認しておく。身体に触れ、匂いを嗅ぐのも肌に鼻を押し当てるほど近付く。シロとの並行作業で、最も匂いが強い部分を探していくと、おおよそ何処に後遺症があるかがわかった。
「如月は右腕だ。鳥海と同じようになるのなら、おそらく右腕が動かないだろう」
「……ハツシモは頭……マキグモとかと同じくらい……かな」
如月はおそらく右腕不随。これは鳥海と同じく、なんとかしようと思えば出来る。切って貼ってを本人が受け入れるかはさておき、リハビリは辛いが五体満足になることは約束されている。
初霜は脳のため、起きてもらわなくては後遺症が何かわからない。匂いとしては巻雲と同じ程度の匂いに思えるため、幻覚や幻聴辺りでは無かろうか。こちらは永遠について回ってくるもののため、今後に心配。
そして瑞鶴。
「ぅ……」
「どうした若葉」
「こんなに濃い匂いは初めてだ。これは……少し酷い」
瑞鶴も頭だったのだが、初霜とは比べ物にならないほどに匂いが濃い。つまり、瑞鶴の後遺症は相当重いものと予想される。巻雲のような幻覚や、朝霜のような力のリミッターが外れるが可愛く見えるほどかもしれない。起こすのも躊躇われるが、起こさない限りどうにもならないのも確か。
「ズイカクハ、ニカイカイゾウサレテルノ」
「2回……それが原因だな。ただでさえ負荷が高いことを2度もやればそうもなる」
少し離れた位置にいた翔鶴が口を開いた。完成品になるための改造を2回受けたことにより、後遺症も異常に重くなってしまっているということか。
もしや、2回目の戦いで妙に冷静だったのはそれが原因か。ここまで匂いを放つほどなのだから、キューブによるブーストを以てしても性格や思考に影響を与えてしまうレベルに脳への被害は深刻。
「予想される後遺症が軽い順に行こう。三日月、如月を起こしてもらえるか」
「はい」
その場で錯乱する可能性もあるため、なるべくベッドは離した状態で昏睡状態を解いていく。
まずは如月。三日月が軽く抱き上げて揺すり、声をかける。すると、ゆっくりと目を開いた。
「姉さん、大丈夫ですか?」
「ん、んん……三日月……ちゃん……?」
三日月の顔が目に入った瞬間に、あの夜のことを思い出したのだろう。顔が真っ青になった。
完成品にされたのだから、今まで姫としても活動してきたはずだ。ということは、ここに来るまでに人形を使った作戦や、まだ洗脳すらされていない艦娘を殺害するような行為もさせられてきた可能性は高い。
「あ、う……如月は、なんてことを……」
「大丈夫、大丈夫ですから。姉さんはやらされていただけ、姉さんの意思は無かった、みんな理解してます」
今までやってきたことを思い返し、ボロボロと涙が溢れ出た。だが、それを拭おうとした右腕が全く動かないことに気付いてしまう。見立て通り、如月の後遺症は右腕不随。
「えっ……右腕が……」
「……後遺症で……動かなくなってしまったらしく……」
「……そう……なのね……」
動く左手で動かない右腕を撫でる。
「感覚も無い……そう……如月への罰はこれなのね……」
泣きながらも自嘲気味に笑う。だが、これも飛鳥医師の言葉ですぐに払拭される。
「治療出来るぞ」
「……はい?」
素っ頓狂な声を上げた如月。理解が追い付かないらしいが、如月は私達がどう治療されているかは知っているはず。考えれば答えは出るだろう。
「若葉、如月の
「二の腕の上の方だな。そこ一点だ。肩まではかかっていないし、他には感じられない」
「なら、二の腕だけ移植しようか。それならヲ級の腕でも長さが合わせられる。代わりに傷が2箇所になってしまうが……どうだろうか」
あまりのことに涙が引っ込んでしまったようだ。声も出ず、飛鳥医師の言葉をただ聞いているのみだった。
如月自身は、罪深い自分への相応の罰だと思っているのかもしれない。鳥海と同じく、自分に治療を受ける資格なんて無いと言い出すだろう。だが、選択肢を与えることは間違っていない。
「姉さん、どうしますか。これは姉さんが選ぶべき選択肢です」
「……少し、考えさせてくれないかしら……」
「それでいい。まだ時間はある」
話しながらも今度は初霜の昏睡を解いている。その間に、三日月が如月に腕を吊るための布を用意していた。動かないからといって、ただぶら下げておくのも良くない。
「……如月は生きていていいの? 如月は沢山の人を手にかけたのに……」
「姉さん、同じ償いなら生きて償いましょう。死んだらそれで終わりですから。それに、他にも姉さんと同じ境遇の人はいますので」
「……ええ、今は考えるわ……いっぱい考えるわ」
引っ込んだ涙はもう一度流れ出てきたようだ。今は泣けばいい。そうやって開き直れるなら尚更だ。
悪いのは如月じゃない。記憶はあるし、感触も覚えているだろうが、この施設の者は誰も如月を恨んでいないのだ。誰も責めやしない。居場所だってある。だから、右腕のことはゆっくり考えてほしい。
「初春、初霜を起こしてもらえるか」
「心得た」
今度は初霜の番。姉が三日月と同じように抱き上げ、優しく起こしてやる。如月とは違い、後遺症が頭であることが気になるところ。
「初霜や、目を覚ませ」
「ん、んぅぅ……」
気怠そうな声と共に目を開く。ひとまず目を覚ましてくれたことは喜ぶとして、問題は次。姉を見た後の反応である。
初霜は姉を死に追いやりかけたため、その存在そのものがトラウマになりかねない。それに、私も初霜をさんざん痛めつけてしまっている。私を見て取り乱さなければいいが。
「はふ……」
「よく寝ておったのう」
寝ぼけ眼ではあるが、意識はハッキリしてきた。グシグシと目を擦り、そして姉の姿を見てほにゃっと笑みを浮かべた。取り乱さないということは、初霜の後遺症は記憶障害か何かか。それならそれの方がいいだろう。辛い過去を持っているより、心機一転して歩き出した方がいい。
だが、初霜の次の一言で、それだけではないことはすぐにわかった。
「はつはるおねえちゃんだぁ」
「は、初霜……どうかしたのかえ?」
「どうもしてないよ? はつはるおねえちゃんこそどうしたのぉ?」
記憶を失っただけではない。人格まで破壊されている。これでは幼児退行していると言ってもいい。トロンとした表情で、姉に頬擦りをした。まるで、幼児が姉や母に甘えるかのような仕草である。
この施設でも子供っぽい者はいる。話し方が少し幼い霰や巻雲、仕草が少し幼い呂500がそれに該当する。だが、今の初霜はそれとは一線を画していた。言動の全てが子供のそれ。駆逐艦だからまだマシかもしれないが、それでも大分違和感がある。
当たり前だが、私達に幼児という時代は存在しない。生まれた時点で今の姿、今の精神だ。退行するものがないのにこうなってしまった。そのため、今の初霜がおかしいことは誰でもわかる。
「あっ、わかばだぁ」
「ああ、若葉だ」
「おかおどうしたの? はんぶんまっくろだよ?」
そういうところまで忘れている。ならば、リミッターを外して理性を捨てたことで、初霜と如月には言いようのない恐怖を与えてしまったことも忘れているのかもしれない。私の顔を見ても、怖がるどころか興味津々に触れようとしてくる程だ。
「これはいろいろあってな、消えないんだ」
「そうなんだ。いたくないの?」
「ああ、痛くない」
何もかも忘れて、
「わかば、ほんとうにだいじょうぶ?」
「大丈夫だ」
「でも、ないてるよ?」
気付かぬうちに泣いてしまっていたらしい。初霜があまりにも不憫で、大淀への怒りの前に憐みを感じてしまった。それは初霜に対して失礼な感情だとも思う。それでも、涙が止まらなかった。
姉と共に初霜を抱きしめる。くすぐったそうにしていが、私達に囲まれているのは嬉しいらしい。キャッキャッと子供のように喜ぶが、その姿がまた辛かった。
「初霜や、ここでわらわ達と暮らさぬか?」
「うん、はつしも、おねえちゃんといっしょにいたい」
「そうかそうか、ならば一緒に暮らそう。部屋は好きにして構わぬかえ?」
「ああ、部屋割りは自由に決めてくれればいい。初霜の居場所はちゃんと用意する」
こんな状態の初霜を施設から別の場所に引き渡すわけにはいかない。
元に戻るかは絶望的だ。それに、飛鳥医師が何かしらの手段を見つけてくれるかもしれないが、それを本当に施していいかもわからない。元に戻せば罪悪感に押し潰される。忘れたままの方がいいかもしれないが、幼児退行のままは気の毒である。
「翔鶴、最後は君だ。瑞鶴を起こしてやってほしい」
「……エエ」
今までの光景を見て、複雑な表情を浮かべている翔鶴。瑞鶴と同じ、頭に後遺症を残してしまった初霜の末路を見てしまったせいで、瑞鶴を起こすことに戸惑いが出てしまっている。
「ズイカク、オキナサイ、ズイカク」
見様見真似で翔鶴も瑞鶴を起こす。目が覚めたら変わり果てた姉というのはどういう心境なのだろう。それはそれで恐ろしい。
「ズイカク、ホラ」
何度も揺する。この辺りから様子がおかしいことに気付く。
「ズイカク?」
少し強めに揺する。瑞鶴は目を覚まさない。
「ズイカク、ズイカクッタラ」
揺するのをやめ、軽く頬を叩いた。それでも目を覚まさない。
「ズイカク……ズイカク!?」
強引に起こすように大きく揺さぶった。首がガクガクと揺れるが、それでも瑞鶴は目を覚まさない。さすがにこれはおかしい。ここまでしたら大概の者は目を覚ますはずだ。
「翔鶴、少し離れてくれ」
「ズイカク、ズイカク!」
翔鶴に離れてもらい、飛鳥医師が手早く瑞鶴を調べる。やれることは触診程度ではあるが、今までの知識と組み合わせて瑞鶴の症状を確認する。
少し見て、飛鳥医師が悔しそうに表情を歪める。その時点でいろいろ察してしまった。
「呼吸はしているが反応が無い……脳幹以外を大きく侵食されているのだと思う。こうなったら……もう」
ギリッと飛鳥医師の歯軋りが聞こえた。
「瑞鶴は植物状態だ。今のままだと、目を覚ます可能性は極めて低い」
現段階での元完成品の状況
朝霜……力加減不備。常時艤装装備で回避。
巻雲……幻覚。常時自分が血塗れに見える。
鳥海……両脚不随。深海の脚移植で治療完了。
初霜……幼児退行。
如月……右腕不随。移植は検討中。
瑞鶴……植物状態。
翔鶴……深海棲艦化。