午前中の内にシロクロが海底に沈んでいた失敗作の亡骸を引き揚げてくれた。
前回海底で亡骸を見つけた時はキツそうな顔をしていたが、それは予想していなかったから。今回はそこにあるとわかった状態で向かったので、そこまで嫌そうな顔をしていなかった。特にクロは、シロが確認組として頑張っているので自分もとやる気満々だった。
「これで全部かな」
「ああ、6人だ」
「この6人であってるわ……如月達が連れてきたのは」
私、若葉と三日月、そして今は行動可能な元完成品である如月に、沈んだ失敗作が正しいかを判断する。戦場で私自身が見たのは少しだけ。それでも6人なのは覚えている。そこで、実際にこの6人とも交流のあった如月に確認してもらった。
最初は別にそこまでしなくてもいいと言ったのだが、償いをしたいと言って聞かず、今に至る。
「改めて見ても……酷いですね」
「ああ……これはな」
戦場でも思ったが、今回の失敗作は完成品や同じ失敗作である呂500と比べても酷すぎるほどである。
身体のところどころが禍々しく変質しているが、それはイロハ級のような意匠にも見える。甲殻のように艤装が貼り付いているだけならまだしも、腕そのものに主砲が融合してしまっているようなものまで。
「失敗したから使い潰すって、大淀さんは言っていたわ……」
如月が吐き出すように呟く。これに加担していた記憶があるせいで、亡骸を見るだけでも辛そうだ。
その如月はまだ制服はなく検査着のまま。同じ型の三日月のものを着れるかと思ったが、残念ながらサイズが合わなかった。
「翔鶴はリサイクルとも言っていたな。使い潰した後に人形にして、トドメはこれか……」
近海に発生した深海棲艦の時と同じように亡骸に触れ、目を瞑る。追悼の意を込め、そしてその身体を研究に使わせてもらうことへの謝罪を込め、私が出来るのは弔い、祈ることだけだ。
「お前達の無念は若葉達が晴らそう。今は静かに眠っていてくれ」
私達に出来るのはこれくらいだ。ここにいるみんなが、私の後に続いて亡骸に手をつき目を瞑り、この亡骸が怨念を残さず逝ってくれることを願う。
特に如月は熱心だった。あちら側にいたときは、この失敗作達のことも蔑ろに扱っていたのだと思う。それが当然であると洗脳されていたのだから仕方あるまい。
シロクロと協力して、引き揚げた失敗作から出来る限り艤装を剥がしていく。変質により癒着してしまった装甲はそのままにせざるを得ないが、それ以外は全て無くし、せめて綺麗な身体にしてやる。
「うわぁ、すっごいねコレ」
「私達の同胞でも……こんなことにはなってない……」
シロクロが引く程である。本来の深海棲艦、特にイロハ級の身体がどうなっているのかは、私には少しよくわからない。
少なくとも私の腕は完全に人型である駆逐棲姫のものではあるが、イロハ級は人型ですらないのだから、この失敗作達はイロハ級に近付けられているのだと思う。どんな実験をしたらこうなるのだ。
これを見ていると、呂500はまだ軽い方なのだ。それでも記憶と言葉を失っているのだから、呂500に施された処置をより強くした結果がコレと考えるのが妥当。
「……それは如月にもわからないの。如月は用意されたこの人達を使うように言われただけだから……」
私達が亡骸を綺麗にする光景も、如月はじっと眺めていた。自分がやらされたことの結末を見届けるために、失敗作の末路はその目に映しておきたいと。
如月が知らないのなら、どう処置しているかはおそらく誰も知らない。大淀と、まだ生きているであろう協力者の男2人が、誰からも情報が漏洩しないようにことを起こしている。
「近々、外から事情聴取の者が来ると思う。如月、話してもらえるか」
「ええ、勿論。如月しか話せる人がいないものね」
初霜は全てを忘れて幼児退行しているし、瑞鶴は言わずもがな。翔鶴は記憶を失っているわけではないので話は出来るものの、深海棲艦化していることを鑑みると、他の人間を見せるのは若干抵抗がある。無いとは思うが、赤城と同様に殺意を持ってしまった場合に、施設が面倒なことになる。それに、翔鶴自身が瑞鶴の側から離れないだろう。
そうなると、事情聴取が出来るのは必然的に如月しかいない。腕が動かないということ自体が充分に重たい後遺症なのだが、今回襲撃してきた完成品4人の中では、最も軽い症状ではあるため、話すことも苦では無いだろう。
「罪を償わなくちゃいけないわ。如月もいっぱいやらされてきたもの」
動かない右腕を撫でる。今は吊っているが、何をしても一切動かないらしい。匂いの元は二の腕ではあるのだが、手も膝もピクリともしない。如月としては、そこには何もないくらいの感覚なのだとか。
「如月がこれで、初霜ちゃんがああなっているのを見ると、とてもじゃないけど如月のコレは軽すぎるわ。なら、みんなのために如月が矢面に立つの」
「姉さん……私もサポートしますから」
「ええ、ありがとう三日月ちゃん。それと、あの時はごめんなさいね」
「いいんです。ここにいる人達は、もう半分以上は元々敵対していた人ですから」
言われてみれば、純粋にここで救助された者の比率は半分にも満たなくなってしまった。私達が戦い、生かして救い、飛鳥医師が治療することで協力してくれている者ばかり。勿論、そこには如月も含まれる。
その全てを見てきているのだ。今更文句を言うことなどあり得ない。言うのだったら、大半が施設から追い出されているだろう。
「だから、姉さんも気にしないでください」
「……そうね、うん、なるべく考えないようにするわ。開き直るわけじゃないけど、立ち直るくらいはしなくちゃね」
初めて、悲しみのない笑みを浮かべた。この調子なら如月は大丈夫だろう。生活のサポートは必要だが、心持ちは大分前向きだ。それだけでも充分である。
「ところで、若葉ちゃんに聞きたいことがあるの」
「何かあるのか? 別に大概は話すが」
「三日月ちゃんとはどういう仲なのかしら。ちょっと親密過ぎない? まるで恋人同士みたいに近い関係よね」
思い切り咽せてしまった。亡骸から艤装を剥がす手も滑ってしまい、危うく傷付けてしまうかと思った。三日月も同じように危なかった様子。
「あ、私も聞きたーい。ワカバの痣が拡がってからすごく仲良くなったよね」
「……まぁ、確かに、若葉と三日月はより親密な仲になった……な、うん」
「そう、ですね。はい、親密です」
シロは私と三日月の関係には気付いているだろうが、あえて何も話さず。
同じパーツを持つ上に侵食が脳まで届いたため他人の気がしないと言っても、言えるのはそれくらいだ。親密、というだけで済むかはわからないが、今の私には三日月は切っては切れない仲なのは確かである。
「三日月は若葉の大切な人だ」
「若葉さんは私の大切な人です」
私と三日月が同時に言ったため、如月がクスリと笑った。声が揃ったことが少し恥ずかしかったが、相手は三日月だしまぁいいか。
「ふふ、よぉくわかったわ。三日月ちゃん、如月はその関係を応援しているから、頑張ってね」
「は、はい、頑張ります……」
如月は如月なりに何か納得した様子。なんだか応援されているようなので、素直に受け取っておこう。
昼食は赤城と加賀、翔鶴が別室。赤城と翔鶴が顔を合わさないようにするための処置であり、翔鶴は瑞鶴への栄養剤の投与もここで行なう。失敗作の引き揚げ作業の裏側で雷からしっかり聞いていたようで、初めてのことではあるが、もう1人で処置が出来るくらいにはなったようだ。
食堂では如月と初霜も一緒に食べることになるのだが、まず如月は腕がダメになっているため、食べるのにも手間がかかる。
「利き手がダメになると、ご飯も難しいわね……」
「私も手伝いますから」
箸が難しいため、スプーンとフォークを使ってになっているが、それでも利き手では無いために悪戦苦闘。かなり手こずっているのを三日月がサポートする形に。
「おいしい! おねえちゃん、これすっごくおいしいよ!」
「そうかそうか、それはよかった。じゃが、少し溢し過ぎじゃなぁ」
そして初霜。それこそ幼児のように食べるため、箸の持ち方もおかしく、食べているものもボロボロと溢してしまっている。それを姉が拭きながらの食事になった。
好き嫌いは無いようなので、変に愚図ったりすることも無さそうでありがたい。幼児退行しても、聞き分けの良い子で何よりである。
この場を借りて、施設の者達に今回の患者の後遺症のことが公表された。
如月はしばらくはサポートが必要なものの、慣れてしまえば1人でも普通に生活出来るレベルではあったが、初霜の幼児退行は思った以上に難しい。基本的には姉が常に側にいることとなり、それ以外でも誰かに預けられるように仲良くしてもらう方針となっている。
「制服は明日届くそうだ。今、来栖提督が準備してくれている」
「ほう、ならば初霜も明日からは検査着で無くなるのう。良いことじゃ」
今回の施設の増員は元完成品の4人。飛鳥医師が来栖提督にどのように伝えたかはしらないが、少なくとも初霜と如月の制服は用意してもらえるとのこと。
今でこそ2人とも検査着のままだが、制服を着れば気持ち的にも完治に近付いたように思える。
「若葉のを貸してもよかったんだが」
「寸法もおおよそ同じかえ。ならば、午後からは借りようかの。初霜、それでええかや?」
「おようふく? うん、わかばとおなじのきる!」
私と同じ服を着れると知ると大喜びな初霜。食べながら喋ったのでまた散らかしてしまったが、そこはすかさず姉がフォロー。
元々の初霜の制服は私とほぼ同じものだ。もし私の服を気に入りすぎて脱ぎたくないと言ったとしても、同じものが来るのだから問題にはならないだろう。
「今後初霜はどうしていくのがいいのかのう」
「出撃はさすがにさせられないな」
美味しそうにご飯を食べる初霜を横目に相談。治療済みであり、やろうと思えばいつでも出撃出来るであろう初霜だが、自分が艦娘であることすら忘れてそうなので、戦闘は難しそうである。何より、こんな状態で戦場に出たら、戦うまでもなく泣き出してやられてしまいそうな感がある。それだと気が気でない。
実際、出撃出来たら私と同じ能力を与えられていたのだから近接戦闘の即戦力として運用出来ただろう。それこそ、鳥海やリコと同じように夜間警備で飛鳥医師を守ってもらうことも出来たかもしれない。結局はたらればなので今考えることではないかもしれないが。
「裏方……かのう」
「雷の手伝いをしてもらったりがいいか」
一番妥当なのは、雑務の手伝い。危ないかもしれないが、雷の手伝いで人数が増えた施設の住人のために食事を作る役に収まるのもいいかもしれない。子供でもやれる作業というのを割り振ってもらうしかないのだが。
「初霜は何かしたいことあるか?」
「んー……おねえちゃんたちといっしょなら、はつしもとってもうれしい」
にぱっと笑いながら言う初霜。なんて健気な子。守らねば。
「わらわ達も仕事があるからのう。一日中一緒にいてやることが出来ぬ。初霜や、お留守番はちゃんと出来るかえ?」
「おるすばん……で、できるよ。だいじょーぶ、だいじょーぶだよ」
声が震えたのは聞き逃さない。独りでいることを想像して怖がったのも匂いからわかる。これだと1人にするのは難しいか。
「なら初霜ちゃん、如月のお手伝いしてもらっていいかしら。ほら見て、利き手が動かなくて困ってるの」
ここで如月が助け舟を出してくれた。私も姉も手が離せない時は、如月が初霜を見ていてくれると言ってくれている。
「うでがうごかないの? たいへんだ!」
「そう、だから普段も大変なの。如月に与えられる仕事が何かはわからないけれど、片腕だと不便だし、初霜ちゃんに手伝ってもらえたら嬉しいな」
「いいよ! はつしも、きさらぎちゃんのおてつだいする!」
元々仲間としてここに襲撃してきたことは当然覚えていないのだろうが、繋がりがあったことを心の奥底ではわかっているのかもしれない。如月にもすぐに懐いた。
「すまないな、如月」
「いいのよ。ずっとヘルプが欲しいのは本当のことだし、三日月ちゃんだってずっと如月についてることなんて出来ないでしょう?」
「そう……ですね。私も夜間警備とか雑務とかありますし」
それに、如月を手伝うという役割を得たことで、初霜もこの施設での立ち位置を得たことになる。ただただ居座っているより、健やかに生活出来るはずだ。今の初霜にはそういうものが必要。
「それにほら、三日月ちゃんは如月よりも若葉ちゃんの側にいてもらわなくちゃ、ね?」
「ね、姉さん……」
妙にそこを推してくる。私としてもありがたいといえばありがたいが。
如月と初霜のこれからも順調に決まっていく。治療出来ればそれに越したことはないが、どうしてもダメとなった場合の道が示されたのは大きい。
初春と初霜がお婆ちゃんと孫というイメージになりすぎて姉妹感が無い。