継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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医者の精神

元完成品が目覚め、それぞれの道が決まった日の夜。私、若葉率いる五三駆が夜間警備を務めることとなった。戦闘の疲れは無くなり、艤装の修理も完了。十全の状態で任務に取り掛かることが出来ている。

今晩の引率は摩耶。また、事前の打ち合わせ通り、鳥海とリコが施設内の巡回をしている。鳥海も大分脚の調子は良くなってきたらしく、摩耶の助けがなくても歩くことが出来るようになったそうだ。まだ走ることは難しいものの、完治はもう目の前。

 

「如月と初霜はどうしたんだ?」

「初霜は如月の部屋で姉さんと一緒に寝てる」

 

今は如月は部屋を与えられているが、初霜は与えられていない状態。姉が夜間警備ではない時は姉と、あるときは如月と寝るという方向で落ち着きそう。今日は姉がフリーのため、姉がいないときに一緒に寝る如月と共に3人で寝ている。

如月のお手伝いという大役を貰ったことで、初霜は随分とやる気満々だった。あの後すぐに如月とも仲良くなり、早速腕が使えない分の手伝いをしているほどだ。三日月がいてもお構い無しに如月にご飯を食べさせたりする姿は、なかなか微笑ましい。

 

「私と初春が同時に部屋にいることが少なくなったから何とかなってるわ。ダブったときは如月のとこに差し出せばいいでしょ」

「一緒に寝てあげてくれても」

「考えとくわ」

 

姉と相部屋の曙は、姉と夜間警備が交互になるため、基本的に初霜と一緒に寝ることになることは無い。それでもリザーブの朝霜と巻雲が入ったりして入れ替わりが発生したら、タイミングが合わさることもあるため、そのときは一緒に寝るか初霜が姉ごと別の部屋に行くかのどちらかになる。

 

「というか、姉妹なんだからアンタが一緒に寝てやんなさいよ」

「若葉もそう言ったんだが、如月が引き取ると聞かなくてだな。手伝ってもらうのだから、もっと親交を深めたいと」

 

などと言っていたが、如月が私と三日月の間を取り持とうとしているのは匂いを嗅がなくてもわかった。三日月は顔を赤らめるし、雷はうんうんと首を振るし、摩耶はケラケラ笑っているくらいである。曙も察したか、意地が悪い顔をしてきた。

 

「アンタらはまぁそれでいいわ」

「そ、そうか……」

 

何というか、私と三日月の仲は施設公認という感じになってしまっている。深海の侵食による影響なので、症状の悪化として認識されているのもあるのだが、周りの目が妙に温かいのはどうしても気になるものである。三日月が嫌がっていないので構わないが。

 

「仲がいいのは良いことじゃない。私は2人が仲良くしてるのは良いことだと思うわ!」

「まぁそうだな。仲違いしてるよりゃいいわな。なぁ曙?」

「いちいち私に振らないでもらえる?」

 

などと話しながらの夜間警備は、結局何事もなく終了。グルグル回りながらの世間話で終わった。何も無いことが一番ではある。なんだかんだ、まだ夜へのストレスは解消されていない。夜間警備も和やかに終われるに越したことはない。

 

 

 

夜間警備が終わった後にすぐに眠り、目を覚ましたときにはもうほぼお昼。五三駆が夜間警備の際には昼食は夕雲が担当しており、手伝いは変わらず暁と呂500となっている。その匂いが私達の部屋にまで漂ってきていた。

 

「おはようわかばー、みかづきちゃんもおはよー」

「ああ、おはよう。もう昼だが」

「おはようございます、初霜さん」

 

三日月と共に起き、着替えて出て行ったところで、新しい服に身を包んだ初霜が姉と一緒にいるところに出会う。

 

「あのねあのね、おっきなおじさんがおようふくくれたの!」

「そうか、これは改二の服なんだったか」

「うむ。お主のものとは少し意匠が違うが、まぁ似たようなものじゃな」

 

ブレザーのデザインが少し違うようだが、概ね同じもの。むしろ新しい服ということで、初霜は大喜びしたようである。そういうところもしっかり幼児。

元々如月と初霜の服を調達してくれた来栖提督が来ることにはなっていたため、私達が眠っている間に既に到着していた。今は如月が事情聴取を受けているらしく、初霜はその部屋から退場。余計なことを知って苦悩するよりは、もう何も知らなくても良いだろうという判断から、飛鳥医師が配慮してくれた。

 

「よかったな初霜、よく似合ってるぞ」

「そう? やったー! おねえちゃん、わかばにほめられたよ!」

「うむ、よかったのう。そうじゃ、医務室に呼び出しじゃ。目を覚ましたら伝えるよう仰せつかっておったのでな」

 

聴取中でも関係無しに医務室に来てくれて構わないと言われているらしい。それなりに時間が経っているため、事情聴取自体はもう終わってるかもしれないとも姉に言われる。

どうであれ呼ばれているのなら行った方がいいだろう。姉と初霜と別れ、三日月と共に医務室へ。

 

「失礼する」

「おう、話には聞いていたが、痣が大分拡がってるなァ」

「ああ、いろいろあってな」

 

医務室には飛鳥医師と来栖提督、事情聴取相手の如月に、秘書艦の鳳翔と勢揃い。如月も本来の自分の制服に着替えており、検査着は卒業している。腕については勿論、専任お手伝いの初霜が手伝ってやった模様。

 

「話の最中で良かったか」

「いや、ちょうど今終わったところだぜェ」

 

姉の予想通り、事情聴取は終わっていたようだ。如月もちょうど席を立とうとしていたほど。タイミングとしてはちょうど良かったかもしれない。

 

「このまま若葉の診察かァ?」

「ああ、バタバタしていてまだ出来ていなかったからな」

 

元々来栖提督の話が終わってから診察をするつもりだったそうだ。終わってなかったら私達もその話を聞くことになっていたらしい

確かに、あの戦いの後はゆっくりと腰を落ち着けて飛鳥医師と話すタイミングがなかなか取れなかった。昨日の午後からがようやくその機会を得ることが出来そうだったのだが、あれよあれよとここまで延びてしまっていた。とはいえ、診てもらうことなど高が知れている。痣の侵食具合と問診程度だ。

 

「んなら、俺ァ出ていくぜェ。剥いて確認すんだろォ?」

「言い方が悪い」

「鳳翔、若葉のことは見ておいてくれや」

「かしこまりました」

 

一応私も女ということで来栖提督は鳳翔に任せて医務室から出ていく。その間に工廠の方で荷物の積み下ろしを手伝ってくるとのこと。

鳳翔も私の痣については気になっていたと言う。また、席を立とうとしていた如月は再び着席。如月も私の診察に少し興味があるらしい。

 

「妹のお婿さんだもの。身体がどうなっているかは知っておきたいわね」

「婿ってお前……」

「あら、間違いじゃないと思うんだけと?」

 

冷やかしなのか本気なのか。だが今までの行動からして、如月は本気に近い。そういう言葉にされると途端に恥ずかしさを感じる。

 

「診察を始める。若葉、痣が見えるようにしてもらえるか」

「……すまないが、範囲が広くなっている。服を脱がないとおそらく全て見ることが出来ない」

「ある程度見えるようにしてくれればいい」

 

ブレザーを脱いで三日月に渡す。今の痣は袖を捲る程度では全容は見えないため、シャツもはだけで何処まで痣が伸びているかを確認してもらう。肌が多めに見えてしまうが、もう飛鳥医師には何度も見せているため羞恥心などまるで無い。

顔に関しては少し前に風呂の鏡でようやく自分でも確認出来たが、もう隠しようがないレベル。マフラーでは首に巻き付いた痣を隠すことが精一杯。顔は仮面をするくらいでしか難しい。流石にそんなことはしないが。

 

「これは……また……」

「自分で実感している限り、心臓も包まれている」

「だろうな。内部に浸透していることは三日月の時からわかっている。それ以外に何か影響を自覚出来ることはあるか」

 

それを言われると、もう思考の侵食のことくらいしか無い。それを伝えると、さすがの飛鳥医師も驚きを隠さなかった。脳への侵食は常に心配していることだ。

 

「理性を捨てるだと?」

「ああ、リミッターを外すとだな、容赦が無くなるんだ。なぁ、如月」

「ええ……あの時の若葉ちゃんは、その、鬼のようだったわ」

 

初霜を斬り刻み、如月を蹴り飛ばしたあのときは、自覚出来るほどに容赦が無かった。それでも止めることは出来なかった。初霜が感情を失うのと同じで、私は理性を失う。敵と認識したものには攻撃の手が止められなくなる。それが実の妹でもだ。

そのため、リミッター外しは若干の諸刃の剣。大丈夫だとは思うが、今の私は若干の狂戦士(バーサーカー)気質なのかもしれない。

 

「それ以外では?」

「三日月ちゃんと相思相愛になったのよね」

 

割り込むように如月が語った。それはもう満面の笑みで。

やはり如月は私と三日月の仲を後押ししてくれているようだが、それが他の者と比べて積極的且つ過剰。なんだろう、如月はそういう()()()話題が好きなのだろうか。

 

「……三日月の思考変化と同じことが起きたんだな」

「そういうことだ」

 

服を直しながら、その辺りは話しておく。生活するのに不自由では無いので気にしてはいないが、急な変化というのは飛鳥医師が気になるところのようだ。

ひとまずは普段通りの生活でいいとは言われたものの、何かおかしなことがあったらすぐに言うようにと念を押された。勿論それは自分でも理解している。脳への侵食というのはそれだけ怖いものである。

だが、それだけ言った後にガックリと項垂れてしまった。前々からそうだが、私や三日月がこういう変化をするたびに自分のせいだと気に病んでしまう。私達はそんなこと思っていないというのに。

 

「飛鳥医師、何度も言っているが、若葉は感謝している。今はこの力が無ければ誰も守れないんだからな」

「だが……」

「若葉が今生きていられるのは飛鳥医師のおかげだ。何も文句は無い。結果的にこうなっただけだろう」

 

もう何度も言っているし、みんなが言っている。誰も飛鳥医師のことを恨んではいない。生きていられるのは治療のおかげだし、居場所を与えてくれているのは飛鳥医師だ。感謝こそすれ、憎むことなど無いのだ。

 

「自信を持ってくれ」

「……すまないな。僕は割とメンタルの面が弱い」

「え、どの口が言ってるんです」

 

三日月のツッコミ。私もそう思う。メンタルが弱かったら、半日ぶっ通しの治療やら、脚を切断しての移植なんて出来やしない。

 

「私は人間が好きじゃないですが、先生は許せますよ。だから、若葉さんが言う通り自信を持ってください。そうでなければ私が折れます」

 

三日月が心を開いている人間は数限られている。その中の1人なのだから、そこは誇りに思ってもらいたいものだ。

 

「……弱いところは見せられないな」

 

顔をパンと叩き、立ち上がる。私と三日月の激励が効いてくれた。今ここで弱気になられたら、今後の治療や研究にも影響が出かねない。飛鳥医師ならそんなことはないだろうが、心身ともに万全な状態で事に当たってもらいたいのだ。これで心の部分は大丈夫だろう。

問題は身体。飛鳥医師は常に過労状態な気がしないでもない。そろそろ本当にヘルプがあると思う。飛鳥医師と同じ腕を持つ医療研究者が他にいるとは到底思えないが、1人増えるだけでも大きく変わるはずだ。

 

「なぁ飛鳥医師、サポート役を雇った方がいいんじゃないか。この前もそうだが、飛鳥医師の負荷が高すぎると思うんだ。いつか過労死するぞ」

「わかってはいるんだが、門外不出の技術が多すぎる。君達にすら見せられない技法があるんだ」

 

それが蘇生術。リミッターを外された者を元に戻すことにも使えたそれは、絶対に外には出さないと飛鳥医師が誓ったものだ。心から信頼するものにすら見せないのだから、これからもずっと飛鳥医師が1人内に秘めていくのだと思う。

それを口外しろとは言わない。せめて他の治療に協力してもらえる者を雇えないかと言っている。過労死ほどバカらしい死に方はない。

 

「あ、なら下呂提督に掛け合ってみましょうか。医療研究者は他にもいるでしょうし、1人2人なら派遣してくれるのでは?」

 

鳳翔もその案には賛成なようだ。誰がどう見ても飛鳥医師の負担が大きいのだから、誰もが心配していると自覚してもらいたい。本当にダメな技法以外は共有してもいいだろう。そもそも胸骨の件は私でも手伝っているのだから。

 

「……わかった、少し話をしておく。だが、三日月はそれでいいのか? サポートが増えるということは、ここに人間が増えるということだが」

「構いませんよ。先生に死なれることの方が困りますから。私の肌を綺麗にしてくれる約束、忘れてませんからね」

 

ここだけは譲れないらしい。特に顔。

 

「今からでも先生に連絡しておく。あの人なら喜んで人を(よこ)してくれるだろうさ」

 

これにより人員補強が約束されたようなもの。ここからはさらに治療に専念出来るだろう。

 




人員補強です。飛鳥医師のサポート役をやるような人間、どんな人が来るでしょう。

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