継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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空母の母

私、若葉含めた数人の申請により、施設に医療関係者の援軍を呼ぶことになった。門外不出の技術があるために飛鳥医師が最後まで抵抗したが、過労死されて困るのはこちらだ。結果的には折れてくれて、下呂大将に連絡をすることに。

連絡したところ、すぐにでも用意すると大喜びで電話を切られたらしい。協力要請を待っていましたと言わんばかりのテンションだったそうで、飛鳥医師も困り顔。

 

「僕はそこまで一匹狼を気取っているわけではないんだが」

「お前、治療のことになると大概1人でやんだろうがよォ。そういうとこだぞ」

「艦娘の皆に手伝ってもらっているだろ。1人で出来ないことはちゃんと協力してもらっているさ」

 

それでも完全にキャパシティを超えてしまったのだから仕方あるまい。他人に教えたら悪用されそうな技術が多いのはわかっているが、外部の協力は今は必要不可欠だ。私達のためでもあるが、一番は飛鳥医師のためだ。本当に過労死しかねない。

今からも瑞鶴の植物状態を治療するために、鳥海の脚を解剖分析してヒントを探していく。これはこの施設では飛鳥医師しか出来ないことだ。そういうところに援軍が来てくれれば、私達も安心出来る。

 

「まぁ人員が追加されるってんなら、俺も少しは安心出来らァ。大将がどんなヤツ連れてくるかは知らねェけどな」

「まぁ少なくとも医療従事者だろう。素人に来られても困る」

 

確かに、何も知らない状態でヘルプと言われても足手纏いになりかねない。

それに、ここはかなり特殊な場所だ。この状況に驚かず、怯えず、すぐに慣れることが出来ることが重要。三日月のように人間嫌いもいるし、赤城や翔鶴のような憎悪の塊のような深海棲艦と在籍しているのだ。それに対して通常に接することが出来るコミュニケーション能力も必要。

割と難易度が高いように思えるのだが気のせいだろうか。今でこそ大丈夫だが、新提督だって最初はいろいろあった。ここにすぐに適応出来たのは来栖提督くらい豪快か、下呂大将くらい冷静かのどちらかな気がする。大分尖った人格者である必要があるだろう。

 

「まァ大将のこッた。確実にここに適応出来るヤツが来るだろうさ」

「そうだといいがな」

 

これはもう下呂大将の人選に任せるしかない。万が一のことがあったら、下呂大将には申し訳ないが追い出すまで考えておこう。

 

 

 

初霜と如月の服を持ってきたことと、如月からの事情聴取が終わったので、来栖提督は用事が終了したのだが、鳳翔にもう1つ用があるということで昼食後にその用事を済ますことにした。

その用事というのが、救出した残り2人、五航戦との面会である。これは来栖提督よりも鳳翔が独自にやった方がいいだろうということで、個人で行動することに。

 

「この部屋が五航戦の部屋だ」

 

何があるかわからないが、念のため嗅覚による相手の思考を確認するために私が同行。私が同行するということは三日月も同行するはずだったのだが、来栖提督を運んできた二二駆に相変わらず捕まっており、如月まで加えて三日月の尋問が始まっていた。すまない三日月、あそこまで悪ノリされると私でも止めづらい。

 

「ありがとうございます。やはり一度面と向かって話さなくてはいけませんから」

「鳳翔は若葉の師匠だからな。それくらいの頼みは聞くさ」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですね」

 

鳳翔は翔鶴と瑞鶴の服も持っていた。瑞鶴はともかく、翔鶴には必要ないかもしれないが、今持っているのは深海棲艦化したときのもののみのため、替えは必要だろう。鳳翔はそれをしっかり手渡しするためにここに来ている。

 

「翔鶴、入っていいだろうか」

 

念のため私が扉をノックする。いきなり鳳翔が入っても抵抗するかもしれない。騙すようで申し訳ないが、強硬する気も無いので許してほしい。

 

『ドウゾ』

 

さすがに1日経ったからか、あの時の落ち込みは声から感じ取れない。自分の手で瑞鶴を維持していくことで、モチベーションを保っているようにも思える。

あれから一度も赤城の姿は見ていないだろうし、声すらも聞いていないだろう。憎しみに駆られるようなこともしばらく無かったはずだ。

 

「失礼する」

 

部屋の中では、ベッドに寝かされた瑞鶴が点滴により栄養を与えられていた。その隣で翔鶴がじっとその様子を見続けている。本当に丸一日、何もせずにずっとここで瑞鶴のことを眺めていたのだと思う。

昨日も今日も、翔鶴が部屋から出てきたところを見たことがない。食事は雷達が運んでいたし、風呂に入る時間も私達とは全く違う時間にしていると聞いている。姿を見ること自体が1日ぶりに思えた。

 

「ワカバサン、ドウシタノ? ワタシニハダレモヨウガナイハズダケレド」

「客だ。面会してほしい」

 

私の後ろから鳳翔が入ってきたことで、翔鶴がビクンと震えた。

深海棲艦化により胸骨の洗脳や腸骨のキューブを全て消し去った翔鶴だが、記憶は全てそのまま残している。当然、鳳翔のいる鎮守府を襲撃したことだって覚えているわけだ。

その鳳翔が来栖提督直属の艦娘であるかなんてすぐにはわからない。しかし、食事や瑞鶴の栄養剤を貰った時に雷や暁から聞いていたのかもしれない。まさかその鳳翔が目の前に現れるとは思っていなかったのだろう。

 

「ホ、ホウショウ、サン……」

「はい、軽空母鳳翔です。翔鶴さんにはこちらを渡しに来ました」

 

袋に入れられた服を渡す。それは、今の深海棲艦としての服ではなく、艦娘翔鶴としての服。今の翔鶴が着ても、おそらく違和感は感じないと思われる。深海棲艦化しても風貌は殆ど変わっていないため、服さえ変えれば見た目は元に戻ると思われる。

 

「瑞鶴さんのものも入っています。目が覚めたらこちらを着せてあげてください」

「……アリガトウ、ゴザイマス」

 

震える手で袋を受け取った。あの時の加賀のように鳳翔の姿を見ることが出来ていない、あちらは扉越しで話していたが、こちらはそれすらも許さぬ直接の面会である。目を合わさず、俯いてしまった。

 

「少し予想外の姿で驚いてしまいました。事前に聞きはしていましたが……完全に深海棲艦なんですか?」

「……ハイ。イマノワタシハシンカイセイカン。ショウカクトシテノキオクモアリマスガ、イカリトニクシミデコノスガタニウマレカワリマシタ」

 

鳳翔相手には素直に話していく。今までの成り行きも、こうなった事情も、赤城に対する気持ちも。加賀もそうだったが、空母は誰もが鳳翔に頭が上がらないらしい。流石は全ての空母の母。普通の艦娘でもそうだが、空母相手にするとより強く好かれている。こんな姿になってしまった翔鶴も例外では無かった。

それでも赤城も面会したら理性は吹っ飛ぶのだと思う。鳳翔が説得しても、お互いに()()()()()()なのだから仕方ない。

 

「ワタシハコノスガタニナリ、ズイカクハネムッタママ。ワタシタチニフサワシイバツカモシレマセン。デスガ、セメテズイカクダケハ、メヲサマシテホシイ」

「心配しなくて大丈夫ですよ。飛鳥先生がきっと治療してくれます。時間はかかるかもしれませんが、必ず成し遂げてくれるでしょう」

 

鳳翔からも大きな信頼を得ている。そこにサポート役の援軍まで加わることで、より治療法確立の可能性を高めていた。瑞鶴は必ず目を覚ますと、翔鶴に諦めさせることもない。

鳳翔にそれを言われたことで、翔鶴はより希望を持てたようだった。飛鳥医師には脅しにも似た言葉を投げ掛けたが、鳳翔には本当に頭が上がらないようで、ただただ信じるのみ。

 

「だから、我慢していてください。辛かったら連絡してもいいですからね。話し相手にはなれますから」

「ハイ……ハイ、ヨロシクオネガイシマス。ズイカクガメヲサマスソノトキマデ、ワタシハココデマチツヅケマスカラ」

 

少しだけでも気が晴れてくれてよかった。ずっとここで瑞鶴を見ているだけでは、気分が鬱屈して暴走してしまいかねない。気晴らしに赤城と殺し合いなんてされても困る。

だが、今の翔鶴は赤城を殺すこと以上に重い問題が目の前にあるため、憎しみは完全に鳴りを潜めていた。本質すら覆すほどのショックを受けているのは誰にでもわかる。

 

「瑞鶴さん……綺麗な顔をしていますね。大丈夫、目を覚まします」

「……ハイ」

 

加賀がやったように、鳳翔も翔鶴を抱き寄せた。加賀以上に落ち着く存在の温もりに、翔鶴はまた涙する。

 

「ズイカクハ……ズイカクダケハスクワレテホシイデス」

「瑞鶴さんが救われれば、貴女も救われるでしょう。大丈夫、私達だけなら無力でしょうが、飛鳥先生は必ずやり遂げてくれます。信じて待ちましょう」

「ハイ……ホウショウサンガソウイウノナラ……ワタシハアノオイシャサマヲシンジマス……」

 

翔鶴のメンタル面は鳳翔に任せるのが一番かもしれない。本当にこれだけで、翔鶴の表情は晴れやかになっていた。空母のメンタルケアは、鳳翔が最も適任だろう。

 

 

 

勿論、赤城の服も用意してくれていた。ただし、翔鶴以上に厄介な存在のため、より慎重に事を進めたいところである。

 

「加賀、少しいいだろうか」

 

始まりはやはり私から。前回の加賀の時はいきなり鳳翔が行ったが、今回は翔鶴の時と同様、鳳翔を警戒されても困る。

翔鶴の時とは違い、私達に入っていいと言うのではなく加賀が扉の前まで来てくれた。扉を薄く開けた瞬間に鳳翔と目が合ったことでギョッとした顔をする。

 

「赤城の服だ。あと、一応様子を見に来た」

「……入っていいわ。鳳翔さん、驚かないでくださいね」

「大丈夫ですよ」

 

部屋に入ると、前回と変わらず軟禁状態の赤城が笑顔で出迎えてくれた。別に縛られているわけでもないし、室内なら好きにしているようなので監視役の浮き輪と仲良くしているようである。

ただし、匂いからストレスを若干感じる。同じ施設に翔鶴がいるとわかっている中で自制してここにこもっているのだから、ストレスは蓄積されてもおかしくはないだろう。

 

「赤城、服を持ってきてもらった」

「服ですか。それは嬉しいですね。これも気に入ってますけど、この身体になった時に手に入れた1着しかありませんし」

「ああ、そう思って仕入れておいたんだ。今日持ってきてもらえた」

 

それを持つ鳳翔が部屋に入った瞬間に、赤城の笑顔が強張ったのがよくわかった。加賀もそれからは若干目を逸らす。

深海棲艦として生まれ変わった赤城とはいえ、鳳翔という存在は重いらしく、それが生まれ変わる前に襲撃をした鎮守府に所属している鳳翔だと知るや否や、笑顔は完全に消えた。

 

「ほ、鳳翔、さん……」

「はい、軽空母鳳翔です。赤城さんは見違えましたね。翔鶴さん以上に変わってしまいましたか」

 

本来の赤城は黒髪らしいが、今の赤城は白髪になっている。それは確かに大きな変化だ。翔鶴とは違う、一度死んでからの復活であるのがよくわかる。

 

「今若葉さんが言っていた服です。勿論正規空母赤城の服ですが、良かったですか?」

「は、はい、問題ありません。ありがとうございます……」

 

縁が出来てからまだ日は浅いが、この姿の赤城がここまで萎縮しているのを見るのは初めてである。それだけ頭が上がらない存在。

翔鶴と同様震える手で直に服を受け取り、ぎこちない笑顔を返す。服が貰えたことは嬉しいが、面と向かうことは素直に喜ぶことが出来ない模様。

 

「話は聞いています。貴女は怒りと憎しみの権化となり、この世界に蘇ったと」

「……はい。今の私にはそれが全てです。自制はしていますが、すぐにでも翔鶴が殺したくて仕方ありません」

 

やはり素直。鳳翔相手では嘘もつけない。

 

「本質がそうなってしまっているのなら仕方のないこと。自制が出来ているだけ充分でしょう」

「……本人を目の前にしたら自制は利きませんよ。確実に殺します。それはあちらも同じでしょう。だから私はここに自ら軟禁されているのですから」

 

おそらくそれが赤城に残された最後の理性。本当に理性がなかったら、いまこの状態ででも翔鶴の部屋を探し出し、殺しに向かう。そういうところは赤城自身の人格と記憶を持っていることのいいところか。

 

「仲良くしろとは言いません。それが今の赤城さんなのでしょう。ですが、貴女達は必ず、協力しなくてはならない時が来る。その時は殺し合いなどせず、共に戦えるようにしてください」

「いくら鳳翔さんの言葉でも、聞けるものと聞けないものがあります。その時が来たら、私は真っ先に翔鶴を殺します」

 

残念ながら鳳翔の説得も聞かず。意固地でも何でもなく、それが今の赤城なのだから仕方あるまい。軸を折らない限りは赤城はこのままだろう。

 

「なら、その時私がここにいたら、貴女は私が止めましょう」

「お好きにどうぞ。私は私がなすべき事をしますので」

「……ふふ、こんな赤城さんも新鮮ですね」

 

この状況で笑える鳳翔の方が余程怖いと思ったが、態度にはなるべく出さないようにした。隣で加賀も同じことを思ったようで、私と目が合い、そして苦笑。

 

この鳳翔なら、赤城すらも止められるだろう。母として、容赦なく。

 




全ての空母の母、鳳翔。全ての空母は彼女に頭が上がりません。本質が彼女のことを上に立つものとして理解してしまっているのでしょう。赤城は生まれ変わりでそこが変化してしまっているから反発が出来るだけ。

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