医療方面の援軍である蝦尾女史が施設に参戦。私、若葉が調べる限りでは、大淀の息がかかっているような者では無く、純粋な飛鳥医師の大ファンであるということがわかる。
艦娘の体組織を研究し、高速修復材の代替品を作ることが出来るほどの強者だ。今やりたいことに最も近い知識を持っている可能性が非常に高い。それでいて一切の敵意がなく、飛鳥医師と共に研究が出来ることをただ喜んでいるため、信用も出来ると私は思う。
「先生はこれからどうするんです。蝦尾さんを送ってきただけですか?」
「ええ、まだ手瀬鎮守府を襲撃するプランが出来ていませんからね。私は私の仕事をしますよ」
「よろしくお願いします。僕らも出来る限り協力しますので」
「ええ、では旗風にもよろしく伝えてください」
蝦尾女史が荷物を降ろしたところで、下呂大将はすぐに帰投。護衛を連れていないだけあり、本当に蝦尾女史を連れてくるのみで仕事が終わったようである。あの人も怪我人なのだからもう少し安静にした方がいいと思うのだが、それが出来ない性分なのだろう。
置いていかれた蝦尾女史は、どうすればいいかと困惑している。こんなところで立ち話もなんだしと、すぐに施設の中に入ってもらう。そこそこ大荷物だったため、私が荷物を運ぶことに。
「ありがとうございます、若葉ちゃん。大将さんから貴女の話は聞いていました」
「そうだったのか。驚かないでくれたのは素直に嬉しい」
「突然匂いを嗅がれる事の方が驚きました。大将さんはその辺りは教えてくれなかったので」
外見に関しては本当に驚きもしなかった様子。こんな特殊な艦娘でも構わずに接してくれるだけでもありがたい。
「蝦尾さんは、先生に何処まで聞いている?」
「行きの車の中である程度は聞いています。共存という形の中立区で、種族分け隔てなく治療する医者の施設と。なので、ここには
私はその
今は時間としてはもう少しで昼食というくらいに、施設の者全員が食堂に集合。夜間警備をしていた九二駆もちょうど起きてきたくらいの時間のため、欠員は部屋に篭ったままの翔鶴と、軟禁状態の赤城のみ。加賀も参加してくれている。今は翔鶴は部屋に鍵をかけてくれているため、突然赤城が考えを変えて襲いに行くとなっても大丈夫。
食堂に見慣れない人間がいるということで、みんな興味津々。三日月は当たり前のように私の隣を陣取り、蝦尾女史のことを警戒するようにジッと見つめていた。
「今日から施設に加わることになった蝦尾さんだ。各種治療と研究のサポートをしてもらう」
「蝦尾です。よろしくお願いします」
多種多様な艦娘や深海棲艦を見て、驚きはしたもののこの環境の絶妙なバランスに感動していた。
「若葉のチェックは抜けている。こんな場で申し訳ないが、シロ、初春、いつものを頼む」
「任せよ。すまぬな、蝦尾殿。少し
シロも警戒しつつ無言で確認中。怖いのは催眠や暗示の類ではあるものの、それ以外はここで保証する。
「うむ、問題無い。もののけは憑いておらぬな。とても清いものじゃ」
「同胞の関係も無いよ……大丈夫」
姉とシロからも保証されたので、改めて全員が受け入れ態勢になった。それはもう大歓迎のムードだ。蝦尾女史の方が茫然としてしまうほど。
施設の誰もが飛鳥医師の過労を心配していたため、同業者の援軍が一番望まれていた。艦娘が増えることよりも喜ばれる始末である。これで作業分担がされ、全て1人で担っていた飛鳥医師に休息の時間が割り当てられるようになったのはとても大きい。
「雷、蝦尾さんの部屋は用意出来ているだろうか」
「大丈夫よ。2階の部屋1つを専用の部屋にしておいたから、好きに使ってくれて構わないわ」
現状、居住スペースは2階に集約されており、1階で就寝しているのは飛鳥医師のみ。蝦尾女史も1階の方がいいとは思ったが、襲撃を受けて共倒れということを防ぐために別々の階に配置することが選ばれた。
それを防ぐのが海上での夜間警備と施設内の警備なのだが念のため。何があるか分からないので、施設内警備は2階も視野に入れるとのこと。鳥海とリコは昨日の内にその辺りを相談していた。
「研究室は僕と共用で使ってほしい。機材ならおおよそ揃っているし、必要なものは後からでも取り揃える」
「ありがとうございます。必要そうな小物は自分でも持ってきましたので、置かせてください」
この施設で研究用の資材が揃っているのは、飛鳥医師管轄の研究室、医務室、処置室だけだ。さすがにそれらを蝦尾女史の部屋に持っていくわけにはいかないし、飛鳥医師の私室にすら置かれていない。
あくまでも共同研究。2人で協力して、これからのことに当たっていく。最初は確実に、瑞鶴を目覚めさせるための研究だろう。
「蝦尾さんには明日からサポートに入ってもらう。急に呼ばれたんだ、今日はここに慣れることに使ってほしい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
改めてみんなの方を向き直る。表情を見る限り、種族の壁など感じずに歓迎されたことで蝦尾女史も完全に緊張感が解けたようだ。
「三日月、あの人は大丈夫だろう?」
「……はい、今のところは」
まだ警戒は解いていないようだが、三日月も蝦尾女史のことを受け入れてくれそうである。ここから共に過ごしていけば、ゆっくりでも心を開いていくはずだ。私が説明していけば、より早く進展してくれるだろう。
午後からは部屋の整理をしつつ、施設の者との交流の時間とされていた。
なんでも、蝦尾女史は自炊の経験もあるらしく、今後は雷達の手伝いをしてくれるとのこと。これで雷の負担がより減ったことになる。食べる分手伝うという赤城が軟禁状態になったことでまた人手が減っていたため、こういうところでの戦力増強はありがたい。
そのため、部屋の準備をしてくれた雷と暁、そして呂500は、蝦尾女史にすぐに懐くことになる。
「ここに食材が纏めてあって、数を管理しながら使うの。献立は決まってないから、その時多いものから使っていくって感じかしら」
「なるほど、料理人の腕の見せ所というわけですね」
「そう! そういうの考えるのが楽しいのよね」
三日月と共に食堂に入ると、蝦尾女史が雷にレクチャーを受けていた。調理器具や食材の場所がわかれば、雷が食事を作ることが出来なくても、何とでもなる。五三駆が夜間警備当番の際の朝食などがメインになるか。今は夕雲がやっているが、あちらも出撃するわけだし、万が一のことを考えると、人員は多いに越したことはない。
私達が入ったことで視線を集めるが、軽く手を振られて話を進めていく。三日月は蝦尾女史の姿を見てまた私の陰に隠れるが、多少は警戒心は薄れていた。
「こんなところかしら。在庫とかはチェックしてるから、少なくなったものから取り寄せるの」
「これだけ人数がいると大変でしょう」
「そうね。でも楽しいの。みんなが美味しそうに食べてくれるしね」
雷も暁も呂500も、私が言えたことではないが低身長。対する蝦尾女史は大人の女性。こう見ると親子みたいに見える。教えてるのが子供側というのが何とも不思議な光景ではあるが。
「そうだ、先生からこれを渡すようにって預かっていたんだわ。ろーちゃん」
「ンァーイ」
呂500がずっと大事そうに持っていた紙の束を蝦尾女史に差し出す。そんなに多くは無いが、それなりの枚数。
「これは?」
「施設にいる人達のカルテよ。誰がどんな理由でここにいるか、蝦尾さんも知っておいた方がいいでしょう?」
「そうですね。ありがとうございます」
事細かく書かれているわけではないが、これまでの経緯をおおよそ書かれているカルテの束。ここに住まう者もなんだかんだで増え続けているため、全員の病状は知っておいた方がいい。私がこうなった理由もおそらく書かれている。
それをペラペラとめくりながらこの施設の者を把握していくが、何度か手を止めて熟読する場面も。
「これだけいると、先生だけじゃ手が回らないの。蝦尾さんが来てくれて本当に助かったわ」
「力になれるように頑張ります。私の専門分野で治療が可能になる人もいるかも知れませんし」
「蝦尾さんの専門分野って何かしら」
暁が素朴な疑問をぶつける。歓迎会ムードの昼食の時、それについては話していなかった。あくまでも飛鳥医師の助手、サポート役としての参入としてみんなが認識している。
「私は艦娘の体組織のことを調べています。人間には害のある特殊な薬品を使うことで、破損前の状態に修復される体組織の謎を解明するためですね。人間とは明らかに違う細胞の謎を解くというのが主な仕事です」
暁にはちょっと難しかったようで、惚けた顔で頭にはてなマークを並べ立てていた。蝦尾女史は苦笑しながら簡単に言い直す。
「艦娘の治療に役立つためのお仕事です。飛鳥先生とは少し違う場所から、同じところを目的に歩いているという風に考えてもらえれば」
「つまり、お医者さんね!」
「はい、平たく言えばお医者さんです。飛鳥先生と殆ど同じだと思いますよ」
飛鳥医師の根本は艦娘の蘇生という禁忌であったが、蝦尾女史の根本は艦娘の調査。まだまだ謎の多い艦娘という存在が、どのように作られているかを解析する仕事のようだ。鋼材や燃料から生み出される人型生命体をより分析することが、蝦尾女史の本来の研究。
その一環で、高速修復材で無傷に戻るという特異性を調査していたと。結果的に高速修復材の代替品を作り出すに至っているので、体組織に関して言うなら、飛鳥医師よりも知識が上である可能性が高い。
「ただ、私は飛鳥先生と違って治療そのものは出来ません。知識はあっても技術がありませんので。治療に役立つことを調べることだけですね」
謙遜しているが、それでも充分だろう。飛鳥医師のサポート役としてはこれ以上ないくらいの人材だ。蝦尾女史が調査し、飛鳥医師が実行するという流れも出来る。
それに、ここにいれば出来ないことも出来るようになる。重巡洋艦が工作艦の仕事をしているくらいなのだ。
「すごいサポート役なのね! 先生に一番必要な人なんじゃないかしら」
「そ、そこまででは無いのでは」
「ううん、本当のことよ。蝦尾さんと先生が協力すれば、みんな治せちゃいそう!」
確かに、飛鳥医師でも苦戦している部分は蝦尾女史の知識で補うことが出来そうである。それこそ、深海の侵食についても蝦尾女史の方が治療法に辿り着けるのではないだろうか。
「蝦尾さん、1つ聞かせてほしいんですが」
その話に割り込むかのように、三日月が蝦尾女史に質問をする。質問しつつも、私の陰から出てくることはない。まだ目を合わせての会話は厳しいようである。
「はい、三日月ちゃん、なんですか?」
「体組織の研究をしているということは……人工皮膚も作ることが出来たりするんでしょうか」
飛鳥医師が研究しており、あと一歩のところまでは来た人工臓器と人工皮膚の開発。それでもまだ実用化出来るほどのものになっていないというのが現状である。この前にようやく長い時間をかけて人工骨が完成したくらいだ。
それも、蝦尾女史が加われば完成に辿り着けるのではないか。体組織に関して言えば、飛鳥医師よりも確実に知識量が上だ。尖った研究をしているが故に、その一点なら飛鳥医師すら凌ぐ。
「不可能とは言いません。高速修復材の代替品の作成に成功していますから、艦娘の体組織の細胞分裂を促す方法は誰よりも理解していると自負しています」
「そうですか……なら」
「勿論、三日月ちゃんの肌を治療することにも協力させてもらいます。ただし、すぐに治せるとは言えません。時間はかかります」
期待を持たせることは言わない辺り、蝦尾女史は飛鳥医師と似たもの同士かもしれない。医者気質というか何というか。
「……信じますよ」
「はい、信じて待っていてもらえると嬉しいです」
これでようやく三日月も蝦尾女史に対して警戒心を解いた。少しだけ私の陰から身を乗り出し、よろしくお願いしますとお辞儀した。
ここからはすぐに施設に馴染んでいく。周りが気を使うわけでもなく、蝦尾女史が一歩引くわけでもなく、仲間として施設の一員となっていった。
知識はあれど、技術が足りないため、サポート役としては抜群な性能を持っている蝦尾女史。蝦尾が調べて、飛鳥が動く、パーフェクトなタッグチーム。