継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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同じ命

仲間に裏切られた絶望により情緒不安定となった三日月の側にいることにした私、若葉。人間が視界に入らなければ錯乱することは無いことがわかったため、嫌な顔をされても医務室で待機する。私も口数が多い方では無いが、少しずつ話をして仲良くなっていきたい。

雷の持ってきた朝食を平らげることは出来たので体調は良好。内臓の動きも大丈夫な様子。身体の痛みも無いようなので、眠っていた2週間の間に身体は完治したと言えるだろう。今は念のため医務室にいるが、早いうちに自分の部屋を貰える可能性は高い。最低限、制服などが揃ってからになるだろうが。

 

何かを話すこともなく、私は隣に置いた椅子に腰掛けジッとしている。暇といえば暇なのだが、まぁこんな時間も悪くない。

対する三日月は私の存在を完全に無視。だがやることもないため、ベッドの上でジッとしている。時折自分の腕の傷を見ては大きく溜息をついたり、生まれてきてから今までの境遇を思い返しては泣きそうな顔になる。

 

それでも、考える時間は与えられている。今後どうしていくかは三日月自身が考えることだ。私達は強要出来ない。誘うことくらいはするが、決定権は三日月にある。

 

「ワカバー、ワカバー、ここだっけ?」

 

医務室の扉が開き、クロが頭をヒョコッと出してきた。私の顔を見て笑みを浮かべて中に入ってくる。

 

「この前の艤装接続のパーツって何処置いたっけ。あ、艦娘側の方」

「工廠裏に置けなくなったから、第2倉庫の棚で管理してある」

「あー、そっちだったか! ありがとね!」

 

私とクロの会話を見て、目を見開いていた三日月。この施設で目を覚ましてから今まで、飛鳥医師と私と雷しか顔を合わせていない。摩耶のことは存在を知っている程度であり、他にもいるというくらいの説明で止めていた。そんな状態で、仲良さそうに深海棲艦と話をしているのだから、驚かない理由がなかった。

深海棲艦は艦娘の敵であるというのは、生まれた時点で刻まれている。建造で生まれた私もそうなのだなら、同じ境遇の三日月もそういう知識を持っている。相容れない存在がここにいるというだけで、口をパクパクしながら驚いていた。

 

「な、な、なんで、深海棲艦が」

「あ、そっか。まだ挨拶してなかったね。クロだよ。あと扉のとこに隠れてるのが姉貴のシロ」

「……クロちゃん……言わなくていいのに……」

 

隠れてやり過ごそうとしていたシロも医務室に入ってくる。驚きは倍に。

 

「はい、握手」

「え、あ、え……」

 

気が動転して動けないでいた。

 

三日月を今の状況にした根本的な原因は人間にあり、そのために仲間でありながら裏切ったのは艦娘。そして、実際に三日月を傷付けたのは深海棲艦である。

物理的な原因である深海棲艦は、それがどんなものであっても受け付けない。いくら友好的に接してこようとも、三日月には恐怖の対象でしかなかった。

 

「ひっ、いやっ」

「三日月、落ち着け」

 

飛鳥医師と顔を合わせた時と同じくらいに錯乱している。今にも叫び出しそうな雰囲気に、すぐに私の方が三日月の手を取った。それでも足りない可能性があるため、頭を抱きかかえて視界を塞ぐ。貧相な身体で申し訳ないが、少しは温もりも感じるだろう。

 

「ワカバ?」

「すまない。三日月にはまだ刺激が強かったようだ」

 

握手が出来ないことが残念そうなクロだが、後ろのシロは状況を察した様子。

 

「大丈夫、大丈夫だ。ここにはお前の味方しかいない。クロもお前を攻撃しようなんて思っていない」

「し、深海、棲艦が……深海棲艦がぁ……いやぁぁっ!?」

「2人は深海棲艦だが仲間なんだ。若葉達と同じように、飛鳥医師に治療されてここにいる」

 

落ち着くまで抱きしめながら説明する。このことは昨日のうちに話しておくべきだった。刺激しないようにも変に端折ったのは失敗だった。

私に対しても嫌悪感を持っている三日月だが、状況が状況だけに、私に強くしがみついていた。震えは今まで以上。怒りと憎しみより恐怖が上回ってしまっている。

 

「怖がられるのは予想してなかったなぁ」

「クロちゃん……今は離れよ……マヤも待ってるし……」

「いや、ここは押せ押せでしょー! 私達は怖くないってことを今すぐに感じてもらわなくちゃ!」

 

艤装が完成したら出て行くと公言している割には、仲間意識がとても強いクロ。拒絶されていても気にすることなく突き進んでくる。満面の笑みで三日月に近寄ると、肩をトントンとつつく。

あまり良くないと思うが、少しだけ抱きしめているのを緩めて、クロと話が出来るようにする。チラリと見るが、あまりに近いために自ら私の胸に顔を押し付けてくるほどに怯えていた。

 

「ミカヅキ、だよね。私と姉貴はね、ここの一員なんだ。だから、仲良くしてほしいな」

「し、深海棲艦と、どう仲良くしろというんですか!?」

「どうって、普通にだよ。握手して、友達になればそれでオッケー。ミカヅキもここで暮らすなら、私は友達になりたいなぁ」

 

恐怖と動揺で泣きじゃくる三日月だったが、クロは何も気にせず接する。後ろでシロはアワアワしているが、クロのやることに文句は言わない。

 

「三日月。クロは若葉達の知る提督(クズ)よりも数倍人間が出来ているから安心していい。大丈夫だ。深海棲艦かもしれないが、若葉達を襲った深海棲艦とは違う」

 

提督という名称を出したのは間違っていたかと思ったが、クロの良さを伝えるためには仕方ない。私からすれば、それくらい信用出来る相手だということを知ってほしい。そもそも私が救出したわけだし。

人間と艦娘に嫌悪感を持っているのなら、むしろ友好的な深海棲艦は一番最初に接することが出来るのではなかろうか。私よりも慣れやすいと思うが。

 

「私達だって死にかけて救われたしね。ほら、これが証拠」

 

三日月に見えるように、腹の傷を見せた。雷と同じような腹を抉られた傷を見て、仲間意識が芽生える。と思ったのだが、三日月は私の身体から顔を離そうとはしない。見てもらえないで少し悲しそう。私が申し訳なく感じてしまう。

 

「三日月、大丈夫だ。ここに敵はいないと言ったろう。敵じゃない。落ち着くんだ」

 

背中を摩りながら、震えが止まるのを待つ。ここまでされるとクロは意地でも友達になろうと行動をし始めるだろう。一旦離れた方がいいとは思うが、私には止められない。

とはいえ、こういう状況だと私を頼るのだと知ると、少しだけ嬉しく感じてしまう。不謹慎だとは思うのだが。

 

「死にたくない……死にたくない……」

「大丈夫だっての。作業着なんて着てる深海棲艦が何処にいるのさ。絶対手を出さないから! それにほら、武器とか何も持ってないからさ!」

 

丸腰であることを見せるため、その場で脱ぎ出してしまった。こればっかりはシロが引っ叩いてでも止めようとする。

昨日の自分を見ているようだった。継ぎ接ぎの仲間であることを示すため、傷を見せようと全裸になった。敵対していないと全てをさらけ出すために脱ぐのは、艦娘も深海棲艦も変わらない。

 

「三日月、一度寝た方がいい」

「……もう嫌だ……嫌だぁ……」

 

相当参っているようなので、一度寝てもらうことにした。何かあったときのために飛鳥医師が用意していた睡眠薬を投与し、三日月には身体を休めてもらう。あまり使いたくない手段ではあったが、こうなってしまっては仕方ない。

 

「すまない2人共。三日月はまだ……」

「大丈夫、私も姉貴もわかってるから。せんせーから聞いてるからね」

「……重症だね……予想以上」

 

少ししょんぼりしているクロと、それを見ていつになくテンションが低いシロ。昨日の今日で克服なんて出来るとは思っていなかったが、ここまで酷いとなると考え方を変える必要があるかもしれない。

まずは私、もしくは雷あたりに慣れてもらい、そこから拡げていくのがいいかも。

 

 

 

三日月がまた目を覚ましたのはお昼、正午過ぎ。私は先に食べておき、三日月が起きるのをまた側で待ち続けた。

 

「……」

 

無言で目を開ける三日月。眠る前の状況を思い返し、最悪なテンションで身体を起こす。朝と同じく、隣に私が座っていることがわかると、途端に嫌そうな顔になる。

 

「……深海棲艦が住んでいるなんて聞いてません」

「すまない。若葉が説明下手なせいで」

「本当です」

 

先程の一件がキッカケになったか、私に対してはずけずけとした物言いをしてくるようになった。ここにいる理由が同じというのもあり、他の者とは違う仲間意識が芽生え始めてくれたかもしれない。

それはそれで嬉しい。私に対する暴言は、私に心を開いてくれた証拠だと思える。悪くない。

 

「腹が減ったろう。雷が用意してくれている」

「そうですか」

 

素っ気ない態度ではあるものの、進展を感じた。少しだけでも目を合わせてくれるようになったからだ。嫌悪感は見え見えではあるが。

 

「詳細を」

「ん?」

「この施設の詳細を教えてください。まだ何か伝えきれてないことがあるのでは?」

「かもしれないな。昼が終わったらまた話をしよう」

 

かもしれない。本来最初に知っておいてもらわなくてはいけない内容を、うまく伝えられていない可能性は高い。そのため、もう一度一から話すことにした。今度は慎重に、漏れのないように。おそらく雷も参戦してくれるので、より伝わりやすくなるはずだ。

 

「……それと」

「なんだ」

「さっきは……ありがとうございました……。錯乱しているところを……」

 

嫌そうではあるものの、恥ずかしそうに礼を言ってきた。

三日月は根っこが真面目なのだろう。それが捻くれてしまったせいで、この世の全てを嫌うようになったのだと思う。三日月は身体だけならず、心まで壊されてしまった。その事実に気付いたことで、私も三日月と同じように、人間への嫌悪感が高まりそうだった。

飛鳥医師や来栖提督のようないい人間がいることもわかっているつもりだが、私を生み出した提督(クズ)のような人間もいるわけで、正直何とも言えない。

 

「若葉は三日月に一番近い。辛かったら頼ってくれて構わない」

「……はい」

 

やけに素直である。ようやく私の思いが届いたか。目の前に深海棲艦がいる恐怖を和らげるために私の温もりで乗り越えたわけだが、その時にいろいろ思うところがあったのだろうか。

 

「……人間も艦娘も深海棲艦も……全部嫌いです。この世からいなくなってほしいくらいです。でも……貴女はまだマシです。ずっと私の側にいてくれましたから」

「当たり前だ。仲間だからな」

「……信頼はしません。ですが、信用はすることにしました」

 

充分だ。この短時間でそこまで考えてくれていたのなら、私としては一番の出来。

 

「貴女の話なら本当のことと信じることにします。嘘なんてつきませんよね」

「ああ。嘘はダメだ。()()()だからな」

 

私も裏切られて酷い目に遭っているので、嘘とかそういうのは嫌いだ。そういうところも三日月と似た者同士。境遇が同じであるが故に、思考傾向も近しいところにあるのかもしれない。

 

「……なんで深海棲艦がいるんですか」

「飛鳥医師が治療したからだ。倒れているのを発見し、ここまで運んだのは若葉の独断だが」

「そうでなく……私達の敵である深海棲艦を何故治療し、一緒に暮らそうという考えに行き着いたんですか」

 

そう思うのも無理無いか。世の中、来栖提督のような人は一握りもいないだろう。あんなに簡単に理解してくれる人が身近にいるというこの環境は、私達にとっては最良の場所だ。

 

「シロとクロは侵略者ではないからだ」

「艦娘とは違う、深海棲艦ですよ?」

「若葉達と同じ、命だぞ」

 

こんなもの、普通なら納得してもらえない屁理屈だろう。だが、私達は死にかけているところを治療してもらっているため、命の重さは他の艦娘達以上に理解しているはずだ。だから、三日月なら理解してくれるはず。

 

「……どんな理屈なんですか……」

「死ぬのが怖いのは深海棲艦も同じだってことだ」

 

そう考えれば、人間も艦娘も深海棲艦も全部同じだ。この世界を満喫するために生きている。その方法はさておき。

 

「仲良くしてやってくれ。特にクロはそういうことを気にする」

「……今は無理です。言ったでしょう。貴女はまだマシですが全部嫌いだと」

「時間をかけて慣れていけばいい。大丈夫だ。若葉が側にいる」

 

手を握る。やはり抵抗はない。私にだけは心を開いてくれたと考えていいだろう。

 

 

 

三日月は境遇により今以上に歪められてしまった私だ。歪みは酷くても、私が今を楽しく生きることが出来ているのだから、三日月だってきっと同じようになれる。

その道標になれるのなら、先達として導くことが出来るのなら、私は本望だ。

 




若葉にはほんの少しだけ心を開いた三日月。でもまだ笑顔を見せるほどになるのは遠いです。

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