午前中は三日月と共に飛鳥医師と蝦尾女史の研究を手伝っていた私、若葉。これからは午前中に研究の手伝いをするという流れになった。夜間警備は私と三日月の代わりに巻雲と朝霜に加わってもらうことで対処することになる。
そのことを伝えるために、午後はまず施設所属の駆逐艦でミーティングをすることに。この施設にも駆逐艦だけで2桁を越す人員が揃った。その内数人が戦闘には参加出来ないものの、施設の一員としてミーティングには参加。
ミーティングと言っても別に重くなく、お茶会も兼ねた集まり。事前に準備していたのか、雷が茶菓子まで持ち寄ってきた。おかげで初霜は大喜び。
「若葉と三日月が助手になるってことね」
「ああ、そういうことになる。若葉の鼻と三日月の眼を使いたいそうだ。今日も助手として研究を手伝っている」
「瑞鶴さんが目覚めるまでは続けていくそうです。今はそれが最優先ですので」
私と三日月が午前中の研究について簡単に説明した。今の研究内容には、物を解剖するだけとしても眼と鼻は必要。私達の存在は研究を効率的に進めていく上で不可欠な存在だという。
「その間、夜間警備はリザーバーの巻雲と朝霜に交代してもらいたい」
「そうですねぇ。そういう時のためのリザーバーですもんねぇ」
すぐに納得してくれた巻雲。朝霜も仕方ないとケラケラ笑っていた。
「本来なら今晩が五三駆の担当だったんだが、そこから交代してもらいたい」
「ならば、わらわと霰が今晩もやろう。夕雲型4人でやった方がよかろうて」
「うん……あられもそれでいいよ」
確かに、どうせ駆逐隊を組むなら姉妹を固めて置いた方が連携なども上手くいくだろう。ずっとここで生活している仲間ではあるが、一番気心が知れているのはやはり実の姉妹だ。
五三駆に姉と霰が加わり、九二駆に巻雲と朝霜が加わった。これで交代制でしばらく回してもらう。長々と私達が抜けることも無いとは思う。
「九二駆の隊長である初春さんが一時転籍しますので、こちらは一時的に夕雲が纏めます。長姉として引っ張っていきたいと思います」
妹達は異議なしと声を揃える。さすがは19人姉妹の長女。慕われ方も普通ではない。
「すまない。若葉達が急に抜けることになってしまって」
「いえいえ、今の優先順位は夕雲達も理解しています。瑞鶴さんが目を覚ませば、翔鶴さんも立ち直り、そのまま戦力増強まで見えますから」
夕雲の言う通り、瑞鶴が目を覚ませば丸く収まる部分が多く、問題が赤城と翔鶴の確執くらいになる。そこに関してはまた後から考えればいい。
とはいえ、瑞鶴が目を覚ましたとしても何らかの後遺症をまだ持っている可能性は否定できない。結果的に記憶を失っていたり、身体の何処かが脳の関係で動かなくなっていたりはあり得る。
目を覚ましてみなくてはわからない要素はいくらでもあるのだ。それを知るためにはまず治療を終えなくてはならない。
「じゃあこっちはどうせだし、初春に旗艦やってもらおうかしらね」
「何を言うておる。五三駆の旗艦代理は曙じゃろ」
「はぁ? なんで私がやんなくちゃいけないのよ」
私としても曙かなと思っている。いざ戦闘になった時、このメンバーで先陣を切るのは間違いなく曙だ。姉も鉄扇という近接武器を手に入れているものの、基本は空飛ぶ主砲。3人で曙をサポートするという戦法になるため、リーダーは必然的に曙。一番先頭に出る私をリーダーに据えていたのだから、流れとしてはそれが当たり前。
「頑張って、ボノ」
「わらわ達がついておるからの。ボノ」
「……ふぁいと、ぼの」
「ボノ言うな! ったく、仕方ないわね……私が纏めるわよ。その代わり、私に責任押し付けんじゃないわよ?」
これだけ推されると、満更では無さそうである。曙はどちらかと言えばリーダー気質かもしれない。誰に対しても物怖じせずに強く言えるし、私達の意見はちゃんと聞いてくれる。正直、私よりも向いていると思う。
「何かありましたら、私が交代しますのでご安心を」
「アンタ一応客じゃない。用心棒みたいなモンだけど」
「このような時のために、私はこの施設に待機させられているのです。力を貸すようにと」
旗風も夜間警備を手伝ってくれると話す。万が一欠員が出た時はお願いしよう。
「残った駆逐艦は4人いるけど、これじゃ駆逐隊は無理だものねぇ」
如月が苦笑しながら呟いた。その4人には如月自身も含まれている。
残りの4人は後遺症で右腕が動かない如月、訓練はしているらしいが私達よりは遅れている暁、そもそもそういった記憶が全て消えている初霜、そして客人である旗風である。流石にこれでは駆逐隊を組む事が出来ない。
「くちくたいってなぁに?」
「初霜のような駆逐艦娘が4人集まって戦うことじゃよ。でも、お主には少し荷が重いのう。痛いのは嫌じゃろ?」
「はつしも、いたいのやー」
流石にこんな初霜を戦線に立たせるわけにはいかない。一応艤装は修理済みらしいのだが、今の初霜には装備させるのも恐ろしい。まともにコントロール出来るかもわからない。
痛いのが嫌だと言ってくれている内は、大人しく施設内に留まってくれるだろうし、危険を察知したらみんなと逃げてくれる。強いて言うなら如月を守りながら撤退してくれるとありがたい。
「お姉ちゃんはすごく頑張ってるわ。リザーバーでも全然イケる!」
「暁はレディだもの、みんなを守るために努力くらいするわ」
努力の甲斐あり、そろそろ改装も間近ではないかというほどらしい。その訓練を見ているのはなんとリコである。雷に引き続き、暁も弟子にしたようである。
リコの特訓は鳳翔のそれと同じく早期成長が見込めるスパルタ方式だ。先日鳳翔が訪ねてきた時に薬湯も持ってきてもらっているようで、私達の時と同様の特訓が出来ているようだ。近々練度を測ってもらってもいいかもしれない。
「なら暁にはリザーバーとして待機してもらおう。頼んでいいか」
「レディに任せなさい。リコさんにあんなにしごかれたんだもの、ちゃんと働けるからね!」
どれほどのことをされたのかは知らないが、余程の自信があるようなので、夜間警備に参加してもらうのもいいかもしれない。完成品に通用するかわからないのは私達も同じ。戦力は多いに越したことはない。
「若葉からはこれで終わりだ。集まってくれてありがとう」
「いいのいいの。2人も研究の助手頑張ってね!」
これでミーティングは終わり。ここからはせっかくこうやって集まったので、少しの時間はお茶会を楽しもうということになった。確かにこうしてリラックスする時間はあまり無い。
今はこうやって心を休ませることも必要だろう。ただでさえ緊張感高まる戦いが続いているのだ。ストレスを発散するためにも、娯楽は必要だと思う。
その日の夜は、夢の中にも呼び出された。満面の笑みで待ち構えていたシグに、面と向かって立つように指示される。
『
「だから若葉を呼んで、ミーティングをしようということか」
『うん、
「そんなことないさ。若葉もシグと話せることが嬉しい」
ここは夢の中ではあるが、何もない海の上を模した空間だ。机もなければ椅子もない。ミーティングというよりは世間話みたいな体裁になってしまい、結局はいつもと同じ感覚に。
シグも言い出しっぺの割にはその辺りは何も準備していなかった。やりようがないとも思う。
「それで、ミーティングの議題は?」
『
「結局いつも通りだ」
『だね』
お互い笑い合い、話を進めていく。
『蝦尾さんのことからにしよっか。言うこと無いんだけどね』
「ああ、あの人は大丈夫だろう。シグのお墨付きがあれば尚のこと安心だ」
人間だからこその安心はあったが、シグがそれを保証してくれるのならもっと安心。あそこまでやって実は裏切り者、と言われたら流石に辛い。
『敵意は全く感じられなかった。艦娘を見ても、深海棲艦を見ても、とても素直に喜んでいたと思うよ。飛鳥先生と一緒に働けるのが嬉しいんだろうね』
「大ファンだそうだからな」
『犬だったら尻尾ブンブン振ってるよ』
それほどまでに懐いているとは。だが、研究の助手をしている間もそんな感じだった。若干の昂揚と、貢献しようという意気込み、そして全幅の信頼と、負の要素は何処にも感じ取れなかった。だからこそ私も蝦尾女史は信用出来ている。
「瑞鶴は治療出来るだろうか」
『不可能じゃ無いと思うよ。すぐじゃなくても、目を覚ます猶予は幾らでもある。飛鳥先生と蝦尾さんなら辿り着けそうだね』
「だな。若葉達には皆目見当もつかないが、調査は進んでいる。いずれ手が届くと若葉も思っている」
研究を始めて僅か数時間で細胞がどうなっているかを探し当てたのだ。同じペースで行けるとは思っていないが、無理だと投げ出すことは無いと確信できる。最終的には理論に辿り着き、誰もが治療出来る状態へと持っていってくれるだろう。
私達はそれを全力でサポートし、最速を導くしか出来ない。そのためなら幾らでも力を貸そう。
『問題は赤城さんと翔鶴さんの確執だね。アレは簡単には行かないよ』
「シグもそう思うか」
『仕方ないよ。お互いがお互いを殺すために蘇ったようなものなんだからさ』
特に厄介なのは赤城。翔鶴とは違い、爆散してから他の者の憎しみまで喰らい尽くしての復活だ。普段は理知的に振る舞っていても、中身は狂気に満たされているようなもの。
本人が言う通り、いざ翔鶴と面と向かえば、どういう状況でも殺し合いに発展する。我慢するつもりもない。一番の相棒である加賀に説得されても無駄。
それを覆すことが出来るのは何かあるのだろうか。片方が施設から出て行くとか、それこそ赤城のように軟禁しておくとかくらいしか無いのだろうか。それはそれで辛いものがある。
せっかく命があるのだから伸び伸びと生きてもらいたい。そうした結果が殺し合いなのだが。
『首の突っ込みすぎは気をつけてね。殺し合いに巻き込まれたら、
「ああ、この身体は若葉1人のものではないからな」
『そうそう。若葉のでもあるし、
そこで三日月の名前が出てくる辺り、シグもよく見ている。周りの冷やかしも別段気にならなくなっていた。それほどに今の三日月は大切な人。
『ここまで来たら、向こうにいるぽいちゃんにも会ってみたいね』
「流石に無理だよな。若葉と三日月は肉体的に繋がっているわけではない」
『だね。今みたいにガッチリ抱き合って寝ていても、あちらと繋がるわけじゃないからね。肌を重ねても同じだろうね』
私も一度お目にかかってみたい。私の中の駆逐棲姫像はこのシグで固定されている。少し子供っぽく、人懐っこいぽいがどんなものなのか知りたいものだ。
あちらも同じことを思っているだろう。中性的な雰囲気のシグを見たら驚きそうだ。
『そうそう、チ級の件』
「ああ、どうだった。痣が拡がったからもしかしたら届いたかもと思ったが」
『近日中には対面出来るかも。もう少し頑張ってみるよ』
侵食が拡がったことで、脚の骨とも大分近付いたようだ。おかげでシグの行動範囲が増え、ずっと力を貸してくれているチ級も探し出せそうだと言う。これはシグに任せるしかない。
何度も力を貸してくれたのだ。いい加減、面と向かって礼が言いたい。あちらがどういう人柄なのかはわからないが、これだけ協力してくれているのだから、私達にも心を開いてくれているのだろう。是非とも会いたい。
『おっと、そろそろ時間みたいだ。若葉、最後に』
手を広げて抱きしめてくれの合図。それに応じて、シグの身体を抱き上げる。
『もし治療が出来るようになっても、
「ああ、勿論だ。若葉は今この状態がベストだからな。ずっと一緒だ」
『そう言ってくれて嬉しいよ。
強く抱き締めてくる。好意が溢れているような感覚だ。だから、私も抱き締め返した。夢の終わりはいつも、お互いに笑顔で。
今後の方針は決まった。私は三日月と共に研究をサポートし、施設をより良い方向に向けていく。襲撃さえ無ければ、今ほど有意義な生き方は無いかも知れない。
楽しく生きるは、もう掴めそうなくらいに近い場所にあるようだった。
曙のリーダー気質は秋刀魚祭りの時に知られていますね。『ーダーリ』名札は話題になりました。