継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

191 / 303
研究は進む

翌日も午前中は研究助手。昨日とはかわらず、私、若葉が飛鳥医師に、三日月が蝦尾女史についてサポートしていく。

昨日の午後で私達無しで深掘りしたようだが、その段階ではまだ解決案は出なかったらしい。原因はわかっても、それをどうにかする手段を探し当てるというのは数倍の労力がかかるものである。

 

「運んできたぞ」

 

私が処置室に置いたのは、翔鶴達との戦いの後に引き揚げた失敗作の亡骸。ここに運ぶまでに誰の目にもつかないように細心の注意を払って運んできた。特にこれは初霜には見せてはいけないものだ。そそくさと艤装を装備してこれを運ぶのは少々忍びない気分になった。

 

「……今日は、脳の侵食が脚と同じかどうかを調べる。若葉、三日月、気分が悪くなったらすぐにここを離れてくれて構わない」

 

言葉にはしなかったが、今からこの失敗作の()()()()と暗に伝えてくれている。脚を切り刻むことよりも残酷な処置だ。いくら相手が生き返ることのない亡骸とはいえ、やるのも見るのも抵抗が出て当然。

やり慣れているであろう飛鳥医師も、あまりいい顔をしていない。蝦尾女史も同様。深海棲艦の解剖ですら気分がいいものでは無いのに、私達と同じ艦娘の解剖だ。

 

「若葉は見届ける。開いた後の匂いが必要だろう」

「若葉さんがここにいるのなら、私も。嗅覚以上に視覚情報は必要だと思います」

 

毅然とした態度で臨むが、今までの処置では見たことのない場所だ。とんでもないものが現れる可能性だってある。

三日月がギュッと私の手を握ってきたので、握り返す。ああは言ったものの、未知の分野はやはり怖い。

 

「私も艦娘そのものの解剖というのは初めてです」

「蝦尾さんも気分が悪くなったら席を外していいから」

「いえ、それでは終わるものも終わりません。参加します」

 

蝦尾女史も初めてのこと。この施設にいるもので、ここまでの解剖をしたことがあるのはおそらく飛鳥医師だけだろう。蘇生に行き着くまでに、いろいろとやってきたようだし、その辺りも詳しそうではある。

 

「わかった。では始めていく。その前に……黙祷」

 

亡骸を使わせてもらうため、本来の持ち主であるこの失敗作に黙祷を捧げる。次の命を繋ぐために、どうか恨まないでほしい。申し訳なさと共に、成仏を願った。

 

その後の解剖は、それは酷いものだった。髪を切り、頭頂部から裂き、頭骨を開いた瞬間、鳥海の脚とは比べ物にならないほどの深海の匂い。三日月も目を背けるほどの深海の何か。思わず吐きそうになったが、どうにか飲み込んだ。

飛鳥医師が言うには、侵食は脚とほぼ同様。身体とは違い変質は無かったが、失敗作だからか規模が段違い。所々が禍々しく黒ずみ、それが深海の侵食であることをまざまざと見せつけられた。

 

「分析しました。昨日と同じですね」

「なら、切り離す手段が無いわけではないということだな」

「はい。ですが、細胞の破壊も同じです。脳細胞の破壊ですから、何かしら影響はありますね……」

 

深海の細胞だけを消したところで、周囲の細胞が破壊されているのは変わらない。それを修復材によって治せたとしても、何らかの障害が残ってしまうのではないかという懸念はある。

だが、二度と目覚めずに消耗するだけよりはマシではなかろうか。ノーダメージでの復活は見込めないかもしれないが、目を覚ますのならまだ先に進める。

 

「……大丈夫か、三日月」

「少し気分が悪くなりましたが、大丈夫です……」

 

今まで処置を手伝うことはいくらでもあった。姉の時だって、その胸を開いて胸骨を取り出すところまで見ている。処置をする一部始終をその目に収めてきたり。

だが、頭の中はさすがに初めて。今まで以上にグロテスクに思えた。死者にしか出来ないような解剖を行なっているため、見た目も、匂いも、音も、何もかもが死をイメージさせる。

 

「瑞鶴の頭の中もこうなってしまっているのだろうか」

「可能性として無くは無い。だからこそ、ここまでせずとも治療出来る手段を調査しているんだ」

 

生きているものをここまでしたら、嫌でも死ぬことになるだろう。当たり前だが、生かしたままこれを治療する必要がある。

 

「透析で深海の細胞を壊す薬剤を投与するのが一番問題無いな。身体を傷つけることなく、体内全てに行き渡らせることが出来る。残念だが、あちらのやり方と似たようなことをやるべきということだな」

 

確かにそれが一番効率的かもしれない。全身が侵食されているのだから、全身に行き渡るように同じことをしてやればいい。そうすれば、身体中を蝕む細胞が死滅してくれるはずだ。頭に触れることなく頭の中にまで浸透し、最高の効果を発揮してくれる。

しかし、その投与する薬剤を作るのが問題である。効果が強すぎると脳そのものを破壊しかねない。弱すぎると何も変わらない。的確に深海の細胞のみを破壊する薬があればいいのだが。

 

「その薬を私が作ればいいわけですね」

「ああ、出来るだろうか」

「修復材の代替品を作っている時には、艦娘の細胞のことばかりを研究していました。今回からは、深海棲艦の細胞のことも調べていかなくてはいけませんね。なるべく早く結論を出したいと思います」

 

その修復材も、作り上げるまでに数ヶ月研究し続けた結果で生まれたもの。艦娘の細胞での事前知識があり、艦娘と深海棲艦の身体は似たようなものであることは私達が体現しているため、その調査はそこまで長くかからないだろう。

やはり、蝦尾女史の存在は非常に大きい。いなかったら今でも瑞鶴の目覚めは程遠かった。それが、もう手が届くのではないかと思えるほどになっている。

 

「必要なものがあれば好きに言ってくれ。すぐに用意する」

「ありがとうございます。では早速なんですが……」

 

何やら研究者2人の世界になっていったので、私と三日月はそれを邪魔しないように処置室を片付けていった。

この2人もなかなかいい雰囲気なのではないだろうか。お互いに同じ場所を見ており、やっていることも同じ。気もあっているようで、仲違いするような匂いもない。さらには蝦尾女史からは尊敬という好意もある。

 

「飛鳥先生、いつもより楽しそうですよね」

「三日月もそう見えるか」

 

三日月も同じように見えたようだ。それくらいわかりやすく飛鳥医師が気分良く研究出来ている。やってることはえげつなくても、沈まずに研究出来るのならその方がいい。

 

「楽しく生きるのには程遠い状況だからな。せめてやりやすい環境がいい」

「そうですね。先生はストレス多そうですし」

 

倒れていないだけでも奇跡に近いような気がする。私達の知らないところでも奮闘しているのがこの人だ。研究に関しては助手しかできない。それに仲間が増えたのだから、僅かながらでもテンションが上がるもの。それで研究が進むのだから尚更だ。

昨日の午後は2人で研究を進めていたと思う。その時もこのように盛り上がっていたのだろうか。飛鳥医師の詳しくない体組織の専門家が来たのだから、新たな分野を学ぶために躍起になっているのもあるか。

 

しばらく2人で今後の進め方を話をしている間に、私達は部屋の片付けがある程度終わってしまった。頭を開かれた亡骸以外は大分綺麗になり、血生臭かった処置室も多少は換気出来たと思われる。

ここで2人での会話で周りが見えていなかったことに気付いたようだ。私達がポツンと待っていることにようやく目を向けてくれた。

 

「っと、すまない、若葉と三日月を置いてけぼりにしてしまっていた」

「ごめんなさい、暇にしてしまって」

「構わない。飛鳥医師が伸び伸びと研究出来ているようで、若葉達も嬉しいぞ」

 

複雑な表情の飛鳥医師。対する蝦尾女史は苦笑。この切羽詰まった状況でも、有意義に使えているのはいいことだろう。

 

 

 

昼食の時間となり、午前の研究は終了。研究材料の洗浄も終わり、解剖に使われた亡骸は納体袋に入れられて丁重に保管される。次の研究もこの亡骸を使って行なわれるらしく、処置室のベッドに安置されることとなった。

 

「お疲れ様。昨日も言っていた通り、若葉と三日月は午後からは自由だ。僕達は今日の成果から細かく分析していく」

「まずは細胞の分析を改めて行ない、そこから薬の生成ですね。いくつも失敗することになるでしょうから、早い段階から進めていかなくては」

 

研究者の中では段取りが出来ているようだ。それならば私達から言うことは何もない。

 

と、ここで処置室に向かってくる足音が聞こえた。2人、まっすぐこちらに向かってきて戸を叩く。

 

「ごめんなさい、少しいいかしら」

 

声は加賀のものだった。元々飛鳥医師の処置に興味を持って見学させてもらっていたこともあるが、ここ最近は赤城の監視というこれ以上無い役目を持っているため、研究は当然ながら、施設の仕事にもあまり顔を出せていない。

その加賀が足を運んだということは、何かあったということだろうか。赤城が何かしでかしたとか。

 

「何かあったか」

「大したことではないの。この子が蝦尾さんに用があると」

 

加賀の隣には少し俯いている翔鶴が立っていた。深海棲艦と化したときの服ではなく、鳳翔の持ってきてくれた艦娘としての服を着込んだことで、少し雰囲気は違うが翔鶴として成立していた。

先日よりも、やはりやつれているような雰囲気だった。目を覚まさない瑞鶴に寄り添い、毎日介護をし続けているためか、目に見えて疲れが溜まっているようだった。

 

「……ズイカクハ、メヲサマスノデショウカ」

 

やはりそこが心配なようだ。眠ったままの瑞鶴から一時的に離れてでも、その保証が欲しいようである。それがわかれば、今後の生活も少しは変わるかもしれない。

 

「今回の研究で、どうすれば治療出来るかは確認出来ました。私がその薬を必ず作り上げてみせます。飛鳥先生もいるのですから、不可能ではありません」

 

宥めるように翔鶴に話す。今回だけは不可能ではないと言い切った。必ず治療してみせるという意気込みだけではなく、期待を持たせることで翔鶴が折れないようにしてくれてもいる。

それに、2人なら絶対に治療法を確立してくれる。そう信じられるだけの力を持っている。研究を見てきた私達がそう思えるのだから、間違いない。

 

「……ヨロシクオネガイシマス。ズイカクヲ……」

「勿論です。必ずまた目を覚まして、姉妹で仲良く暮らせるようにしましょう。それでも時間は掛かるかもしれません。落ち着いて待っていてください」

「……ハイ、ハイ、イツマデモマチマス……」

 

少しだけ、翔鶴の表情が明るくなったように思えた。先が見えないわけでなくなっただけでも、心に一筋の光が差したようなものだ。

 

「そうだ、翔鶴さん。今のような処置をされるとき、あちらの鎮守府で何かされなかったですか? 治療のヒントになることがあれば、何でもいいので教えてもらえるとありがたいです」

「……ゴメンナサイ、ネムラサレテ、メヲサマシタラ、()()()()サセラレテイタノ」

 

あくまでも隠蔽するのはあちらのやり方。あちらでの悪意ある処置の全容を知るのは、大淀とそれに携わる裏切り者の人間くらい。何をされたかを知る完成品はいないと見ていい。

だが、翔鶴はほんの少しだけ違うことを言った。

 

「ア……ソウイエバ」

「何か思い当たることが?」

「ナニカノ()()()ガシマシタ。チンジュフデハアマリカンジタコトノナイ、ニオイデス」

 

匂い。普通ではあまり感じない匂いということは、薬の匂いか。それなら私でもわかるはずだ。今まで完成品の匂いを処置の度に嗅ぎ続けてきたのだから、違うものがあればすぐにわかる。

だが、それが無いということはいつも嗅ぎ慣れている匂いということか。鎮守府にはなく、私には嗅ぎ慣れた匂い。完成品から漂っても違和感の無い、だが普通では無い匂い。

 

「まさか……」

「若葉、どうした」

「思い当たるものがある。少し待っていてくれ」

 

それだけ言い残し、私はすぐにそれを取りに行った。今ならこの施設なら絶対に手に入るもの。普通の鎮守府には無いが、姫や完成品からは嗅いだことのある匂いだ。

 

それを譲ってもらってから処置室に戻る。待っていてくれと言ったので、加賀も翔鶴もまだそこにいてくれた。

 

「翔鶴、これの匂いじゃないか」

「……ソウ、コレデス。コレノニオイ。コノシセツデモ、スコシカンジマスネ」

 

翔鶴もそれの匂いを嗅いでピンと来たようだ。やはり、と私の中で腑に落ちた。

 

私が持ってきたもの。それは、リコの花だ。

 

「完成品にも麻薬は使われていた。匂いがしていたのも覚えている」

「すぐに調べます。その花を貰えますか」

「ああ」

 

さらに光が差したようだった。この解析が上手くいけば、治療薬にまた一歩近付けるかもしれない。

 




リコの花って聞くと、魔法陣グルグルの髪飾りを思い出しちゃう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。