私、若葉が目を覚ました時、自室のベッドで寝かされていた。
潜水艦の暗殺部隊との戦闘中、次から次に海中から浮上してくる潜水艦を対処して力尽きてしまい、そこから記憶がない。リミッターを外してからあの時ギリギリまで動き続けたことで、限界が来てしまったのだろう。
「おはようございます、若葉さん」
ベッドの隣には三日月が待機していてくれた。私が目を覚ますのをここでずっと待っていてくれたらしい。
「……何時だ……」
「お昼過ぎたくらいです。全部終わった後に倒れてしまったのを曙さんに運んでもらいました」
身体を起こすが、少しギシギシ言っていた。あの時は嗅覚に集中し、キナ臭い匂いを感じた瞬間に出来る限りの最速で動き続けるというやったことがないことをやっていたことで、心身共に限界が来たのだと思う。前回よりも長く寝てしまった上に、半日近く眠っていたというのにまだ疲れが残っているような感覚。
寝かされていたからか、ちゃんと新しい寝間着に着替えさせられていた。おそらくこれをやってくれたのは三日月だろう。少しはだけていたが、ここに三日月しかいないのだから気にならない。
「心配しました……私が戦場に出られませんでしたから」
「すまないな。お前を置いていく気はないから安心してくれ」
「はい、そう言ってもらえると嬉しいです」
まだ疲れが全て取れているわけでは無いようなので、三日月に手伝ってもらいながら着替えを済ませた。
あの戦闘では三日月を放置せざるを得ない状況になってしまったので、少し罪悪感がある。それを晴らすためにも、今日はなるべく近くにいて可愛がろうと思う。
「あの後どうなった」
「そうですね、その説明をしなくちゃ」
お昼も過ぎているので、昼食がてら私の眠っている間に起きたことを話してくれることとなった。
もう誰も残っていない食堂。私1人のために残してもらっていた昼食を食べつつ、三日月から全容を聞く。一番気になっていたのは、襲撃してきた潜水艦達のその後。
「結果的に生き残ったのは……11人です。自爆させられた者と、リミッター解除の結果で息絶えた者で半数以上は……」
「……そうか」
昨日だけで相当な数の潜水艦が雪崩れ込んできた。叩いては増え、叩いては増えで、全部で何人いたかは覚えていないが最終的には30人は来ていたはずだ。最後の自爆部隊だけでも2桁はいた辺り、人形にされた潜水艦はかなりの数。
大淀はそんな人数をどのように揃えているのだろう。まぁそんなことはどうでもいいのだが、少し気になる。
「その遺体はそろそろ来るという来栖司令官が運んでくれるそうです。リミッターを掛け直された潜水艦の処置もそちらでやってもらえると」
「それはよかった。飛鳥医師に負担がかからないのはいいな」
以前にこの施設で研修をした妖精達が治療をしてくれるようだ。今は以前の洗脳状態の姉のように大人しくしているようで、虚な瞳で部屋の端に座っているとのこと。人数は多いが部屋がないため、今は談話室に押し込んでいるらしい。
治療法はここにあるとはいえ、飛鳥医師への負担をこれ以上増やすわけにはいかない。その場でリミッターだけは掛け直したが、そのまま治療すると言い出したときにみんなで無理矢理止めたそうだ。11人は流石に数が多い。1回の徹夜だけでは確実に終われない。
完成品のような飛鳥医師にしか治療出来ないようなものならまだしも、既に別で治療出来ることがわかっているのなら他に任せて飛鳥医師は休息を取ってもらいたい。
「シロさんクロさんが探し当てた潜水艦隊指揮艦は、残念ながら逃がしてしまったそうです。相変わらず逃げ足だけは速かったようで」
その指揮艦は、普通は艦娘が使うことのないいろいろな手段を駆使して逃走したという。もしかしたら戦闘能力はあまり無いのかもしれない。あくまでも司令塔。
「若葉達には潜水艦対策が無いな。そこも考えておかなくては」
「ですね。また同じことされても困りますしね」
対潜訓練は必要だろう。私達がやるわけでなくても、この施設にいる駆逐艦が覚えればいい。なんでも夕雲型がその辺りに躍起になっているようである。
あのときに何も出来ず夜間警備をしていたのが悔しいそうだ。その気持ちはわかる。施設内がこれだけ荒らされたというのに、それを知らなかったというのは辛いことだ。下手をしたら、警備しているのに帰ってきたら本拠地が無くなっているという事態まであったのだ。
「施設の方も、それなりに壊れてしまいました」
「ああ、若葉もどちらかと言えば壊した側だからな……」
この食堂に来るまでに少し見たが、1階の窓ガラスはほぼ壊れてしまった。一部は自爆により壁も壊されており、来栖提督はそれを直すための職人妖精を連れてきてくれるというのもある。処置室や医務室に影響が無かったのは良かったが、通路が酷いことになっているのは問題だ。早急に対処したい。
「人的被害はありませんでした。ですが、若葉さんが倒れた後に……」
「何かあったのか?」
「念のため避難しましたよね。そのせいで……赤城さんと翔鶴さんが顔を合わせてしまいました」
大問題じゃないか。施設存亡の危機の真っ只中だとしても、赤城は翔鶴の顔を見れば暴走するし、翔鶴も赤城の顔を見れば暴走する。
前回は飛鳥医師が無理矢理恐怖と力業で押さえ付けたが、あの時飛鳥医師はリコにより自室から出ないように止められていた。あの2人を止めるものがあの場にはいない。
「……どうなったんだ」
「最初は加賀さんが押さえ付けていたんですが、最終的には雷さんが止めました」
「雷が!?」
止めたのは加賀辺りかと思ったが、加賀は赤城にはどうしても甘くなる。ただただ止めるだけでは赤城は止まらない。加賀すらも振り払って翔鶴を殺しに行くだろう。
それを雷が止めたと。正直、一番意外な名前だった。
「ど、どうやって……」
「たった一言、『食事抜き』と」
「……そんなことで止まったのか……?」
「はい……翔鶴さんはそもそも瑞鶴さんしか見ていませんでしたし」
元々食い意地が張っているのは知っていたが、理性無く暴走している深海棲艦が言葉1つで止まるとは流石に思わなかった。
確かに、艤装無しでの防衛を請け負っていてくれたときに、昼食のレベルアップを要求していた。軟禁状態で本当に欲しい量よりは少ないかもしれないが、まさか手綱を握れるほどになるとは。理性を上回る食欲。
翔鶴も、瑞鶴を避難させるために感情を全て使っていたので、憎き赤城が目の前にいても舌打ちくらいで終わったらしい。死んでから蘇ったわけではない翔鶴は、暴走するにしても赤城ほどではないようである。
「雷にしか出来ないなそんなこと……」
「はい。赤城さんが狼狽る姿なんて、早々見られないので」
つまり、赤城は雷に胃袋を掴まれたと。雷には逆らわない。逆らえない。理性を失い狂気に呑まれても、本能的に食欲を質にされては従わざるを得ないと。長所でもあり短所でもある。
結果的に、今日の赤城の昼食は大分色がついていたらしい。防衛の報酬はしっかり与えられたようだ。
「それでもいつダメになるかはわかりません。軟禁状態は今後も続くと思います。和解が出来ればいいんですが」
「そうだな……難しいかもしれないが、いつか手を取り合ってもらいたいものだ」
仲良くしろとは言えないが、出来ることなら顔を合わせても諍いを起こさないくらいに。曙と呂500くらいの仲でいい。あちらは大分改善されているが。
「それくらいですね。重傷者は無し。守らなくてはいけない人間2人は共に無傷で守ることが出来ました。リコさんと鳥海さんが擦り傷程度がありましたが、飛鳥先生の治療が必要な程ではありませんでしたね」
それは良かった。最後に神経を集中して行なった決死のモグラ叩きは、功を奏したようだ。代わりに私がこの時間まで眠ることになった挙句、未だに身体が痛いほどに消耗してしまったわけだが、誰一人として欠けることなく施設は少し破壊されたものの生活に支障が無いのも良かった。
今は昼に入ったことで飛鳥医師と蝦尾女史は研究に入っている。午前中の手伝いも、私が目を覚ましていないため今日は中止になったそうだ。
「若葉さんは身体を休めてください。まだ疲れてるんですよね」
「ああ、昨晩の無理が祟ったようだ。前より神経を使ったからだな」
「施設を破壊されないために、爆発する前に気絶させ続けたと、曙さんや旗風さんから聞いています。本当にお疲れ様でした」
私しか見られない三日月の微笑み。これだけで疲れが飛ぶようだった。
おそらくあの手段は私にしか出来なかった。ソナーも何もないこの施設で、あったところでも何故か反応しない敵潜水艦相手に、その位置を常に判断出来るのは私だけ。代わりにこの消耗ではあるのだが、有意義に戦えたと思う。
今この一時の平和を掴み取れたのは、紛れもなくみんなの頑張り。その中に私が重い部分としていられるのはとても嬉しいことだ。
「今日は私もお休みをいただいています。若葉さんの看病をするようにと」
「病気では無いんだが、頼む。今日はずっと一緒にいような」
「はい、何かあったら私に言ってくださいね」
心身共に休み、明日以降に備えよう。今回の件で、今晩以降も暗殺の手がある可能性はある。大淀がどれだけ潜水艦を取り揃えているかは知らないが。
「あーっ、わかばがおきてる!」
昼食もおおよそ食べ終えた辺りで、姉に連れられた初霜に叫ばれた。いきなりの大声で三日月がビクンと震える。
「心配かけた」
「だいじょーぶ? すっごいつかれてるってきいたよ?」
「ああ、もう大丈夫だ。昼からも休ませてもらうが、それで完治する」
「そっかー。よかったね」
ニパッと笑って抱きついてきた初霜の頭を撫でる。初霜も私のことを随分と心配してくれていたようだ。私が眠っている間も、たびたび部屋を覗きに来ていたらしい。
「姉さん、そっちは大丈夫だったか」
「うむ、避難は完了したからの。初霜が少し愚図ったが、すぐに泣き止んでくれたわ。迷惑かけまいと気丈に振る舞ってのう」
子供ながらに周りのことは察したようで、恐怖で泣き出したものの震えて動けないということは無かったようである。避難した後はすぐにまた眠ってしまったらしいが、怪我一つ無かったのは御の字。
そういうところはしっかり艦娘なのだろう。本質的に危険を回避しようと身体が動いたというか。
「若葉よ、昨晩は手伝えずすまぬな」
「いや、あれは仕方ない。初霜を安全に避難させられるのは姉さんだけだ」
「すぐに動いてくれたから助かった。初霜もいい子じゃ」
私に加え、姉も初霜を撫でた。どうせならと三日月もそれに参加。初霜は心地良さそうに表情を緩ませた。
「若葉が眠っている間のことは三日月から聞いた。みんな無事でよかった」
「うむ。赤城殿の件の聞いているかえ?」
「ああ、雷が末恐ろしくなった」
あの現場には全員いたらしく、姉もその様子を見ていたようだ。雷とは思えないような冷酷な宣告だったらしく、そこにいたもの全員が震え上がったのだとか。
そういうことをしない者がやるというだけでも、驚きから身が竦む。それが雷なら尚更だ。さすがはこの施設の最古参、台所を管理する者である。下手をしたらトップである飛鳥医師ですら逆らえない。
「逆らえんのう、雷には」
「ああ、無くてはならない存在だ」
この施設に不要な者はいないのだと改めて実感した。
私が部屋で休んでいる間に、来栖提督が施設にやってきた。下の階でバタバタし出したので、職人妖精が施設の修復を始めたのだと思う。資材はその場で崩れた瓦礫だけで充分だったようだ。
前と同じものがあるのだから、前と同じものがそのま出来る。強化はされないが、劣化もしない。
「明日には元通りだな」
「はい、職人妖精さんに感謝です」
戦いの傷跡はすぐに無くなる。これで心機一転、次の戦いに臨めるというものだ。
「また来るのでしょうか」
「かもしれないな。その度に施設を破壊されたらたまったものじゃない」
「本当ですよ。私達の居場所をエゴで破壊されたら気分が悪いです」
この一件で、施設内の結束力はより高まっている。倫理的にもおかしな連中のエゴで私達の生活を破壊されるなど言語道断。ここで楽しく生きていくためには、確実に排除しなくてはならない存在として再認識した。
そろそろ下呂大将も襲撃の機会を窺うくらいになっているだろう。決戦の時は近い。
医療施設の管理人は飛鳥医師ですが、真に実権を握っているのは雷かもしれません。仲良くしなかったら食事抜きという最大級の罰を下すことが出来るのは雷だけです。