継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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紐解かれる技術

潜水艦隊による襲撃は事無きを得た。救出出来た者、出来なかった者は来栖提督に運んでもらい、治療ないし供養をしてもらうこととなる。職人妖精の派遣もしてもらえたため、その日中には施設の修復も完了。翌日からは普段通りの体制で施設を運営することが出来るようになった。

 

そして、その翌日。私、若葉は三日月と共に研究の助手をする。今日でリコの花を調査し始めて3日目。蝦尾女史は、そろそろ成果が出そうだと話していた。

先日の襲撃で施設の一部が破壊されたものの、処置室や医務室は破壊されずに済んでいたのは大きい。防衛してくれていたリコと鳥海も、その辺りはちゃんと考えて敵を薙ぎ払っていたようだ。

 

「……これだ。見つけました」

 

蝦尾女史が力強く呟いた。出来る限りの実験を余すところなく繰り返し、ここで手に入る素材を使ってきたことで、ようやく何かを見つけたようだ。

 

「特別な彼岸花の毒素が原因でした。これはリコさんの花でないと起こり得ない現象です」

「深海棲艦の細胞固有の効果ではないと」

「はい。ただ混ざり合っただけでは、こんな侵食にはなりません。ですが、リコさんの花を掛け合わせると、周りの艦娘の細胞だけを破壊しながら侵食していきます」

 

リコの花の成分を取り入れると、艦娘の細胞を破壊する劇薬になると考えた方がいい。当然人間にも害はある。麻薬に使われたときの副作用を聞く限り、それもわかる。

ならば、私や三日月の侵食と完成品の侵食は、全く違うのではなかろうか。負の感情で侵食率が上がったりする要素は同じであろうが、私達の場合はもしこの腕を手放したとしても、後遺症が残るようなものではなさそう。それこそ、理由はわからないが完全な()()なのかもしれない。

 

「なら、これと逆のことを出来ればいいわけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「もしかしたら、花弁の細胞と艦娘の細胞を掛け合わせればいけるかもしれません。早速やってみましょう」

 

解剖に使っている失敗作から、侵食されていない細胞を摘出して加工し始めた。これは飛鳥医師にすら出来ない、蝦尾女史ならではの実験。

そもそも細胞の掛け合わせなんていう未知の世界の手段を使っているのだ。誰も手出しは出来ないし、何も文句は言えない。そもそも何をやっているかも理解が出来ない。ただ信じるのみ。

 

「これを……使えば……」

 

出来上がったものを、失敗作の侵食された肉片に投与。既にそれは生きているものではないが、実験として使うのならちょうどよかった。侵食により黒ずみ、変質すらしている細胞であり、三日月の目から見ても、私の嗅覚からしても、それは深海棲艦のものであると認識出来るほどに侵食が深い。

その細胞に注射を打った途端、その場所から黒ずみが一気に薄れていった。あっという間にというわけではないが、しばらく見ているとその肉片はどんどん綺麗になっていく。

 

「これは……!」

「匂いが薄れている!」

「深海のオーラのようなものも薄れてます!」

 

明らかに投与する前後で変質していた。黒ずみは消え、綺麗な()()()になっていた。私の嗅覚は、これが深海棲艦のものではないと言っている。三日月の眼でも同じように見えるようだ。

つまり、今蝦尾女史が投与した薬により、深海の侵食だけが取り除かれたということである。

 

「この肉片を確認します。その後は、もう少し大きな部分で試して、大丈夫そうなら本番に行けます!」

 

破壊された細胞は修復材の要素で回復し、深海の細胞だけを破壊する、今一番必要な薬が、ついに完成する。

蝦尾女史がこの施設にやってきて、今日で僅か4日目。専門家の強さを知ることになった。

 

 

 

失敗作の亡骸にしか実験は出来ないものの、昼までかけて何度も何度も実験を繰り返し、侵食により至るところが黒ずんでいた脳が本来の色を取り戻すところまでは確認出来てたため、次のステップへ。深海の侵食の治療に移る。

その相手は、如月である。この治療法を使えば、動かなくなってしまった右腕を動かせるようになるはずだ。しかし、本人がそれを望むかどうか。

 

「如月、君に話しておきたいことがある」

 

飛鳥医師と蝦尾女史が如月の元へ。談話室で初霜と遊んでいてくれたようだ。姉も一緒にいる。初霜はキョトンとした顔をしているが、姉は何やら察した様子。

 

「あらぁ、改まってどうしたんですか?」

「その腕が治せる準備が整った。切った貼ったじゃない、そのままでだ。薬の投与で君の患部を消すことが可能になった」

 

さすがにこれを聞いたら驚きを隠せず硬直してしまった。普段は見せないような表情。

 

「だが、今は失敗作の亡骸で実験した段階だ。それで、身体の侵食が消えている。命ある者にそれを試すのは初めてとなる。それを君に提示するのは心苦しいが……受けてみるか」

「……それは如月が一番最初なのよね。ということは、瑞鶴さんのための前座ってところかしら」

 

そう言われてしまうと否定が出来ない。いきなり脳でやることが怖いため、被害が軽い如月で最後の実験をしたいというのは火を見るより明らか。飛鳥医師も蝦尾女史も申し訳なさそうな顔で首を縦に振る。

万が一失敗した場合でも、如月が命を落とすことはないだろう。腕が動かなくなったままとなっても、前々から伝えていた通り、二の腕だけを深海のパーツに入れ替えるという処置で治療出来ることはわかっている。だから頼んだのだ。

しかし、これは瑞鶴のために如月を犠牲にする可能性のあるものだ。午前中にさんざん実験したとしても、生きている被検体は初めて。

 

「ふふ、ごめんなさいね、意地悪な言い方しちゃって。如月も瑞鶴さんには目を覚ましてほしいもの。それに、動かないものが動かないままか、動くかもしれないかって言われたら、動いてくれた方がいいに決まってるわ」

「それじゃあ……」

「その処置、受けさせてもらいます、やっぱり不自由なのよね、腕が動かないって。すごく悩んだけれど、動くようにしてもらいたいわ。償いは、その後だって幾らでもできるもの」

 

感覚すらない右腕を撫でながら話す。ここ数日、初霜を中心としたヘルパーを使った生活をしていた如月だが、やはりサポートがあっても生活はしづらいという。特に服を着たり脱いだりするのは酷いらしい。初霜もかなり頑張っていたそうだ。

 

「きさらぎちゃん、うでがうごくようになるの!?」

「かもしれないらしいわ。先生が治してくれるんだって」

「よかったね! たいへんだったもんね!」

 

初霜が我が身のように喜んでくれていた。もうサポートがしたくないとかそういう意味でなく、如月が治ることを心の底から祝福していた。なんて可愛らしい妹なのだろう。

 

「では、早速で悪いが今からでいいだろうか」

「ええ、お願いします。私が人柱となって、治療の(いしずえ)になれれば嬉しいわ」

 

この治療が上手くいけば、完成品の後遺症は全て払拭出来る。本人の言う通り人柱ではあるが、飛鳥医師と蝦尾女史のタッグが作り上げた薬だ。必ず上手くいく。

 

 

 

医務室で処置が始まる。大掛かりな処置ではなく、透析のような時間がかかる処置でもない。如月は脳ではなく腕、しかも右腕のみだ。大きく袖を捲ってもらい、私が匂いで()()()を探し当て、そこにピンポイントで投与する。ドンピシャで無ければならないわけではないのだが、近ければ近い方がいい。

蝦尾女史が言うには、投与した周囲全てに影響を与えるようにはなっているそうだ。そこは高速修復材の技術の応用なのだとか。自前で修復材の代替品が作成できる蝦尾女史ならではの見解。

 

「念のため、局所麻酔をかけておく。今は感覚が消えているかもしれないが、この薬が効いてきた場合、激痛になるかもしれない」

 

細胞を破壊しながら修復していくのだから、痛くないわけが無いのだ。治っていく段階で今の麻痺が無くなっていくわけだし、腕だけで済むかもわからないので、二の腕一帯を麻酔で麻痺させる。

如月本人は最初から感覚がないので何をされたかはわからないようであるが、苦痛は出来る限り取らなくてはならない。

 

「では、行くぞ」

 

私が二の腕の匂いを嗅ぎ、ピンポイントな位置を指差す。そこに飛鳥医師と蝦尾女史が作り上げた薬を投与した。

それなりに即効性はあるものの、麻酔の効果もあるので、如月の腕はすぐに動き出すわけではない。今は台に乗せて薬が効いてくるのを待つのみ。

 

「如月、痛みとか何か違和感はあるか?」

「今のところは無いわ。感覚が無いんだもの」

 

麻酔も効いているので、違和感も感じないだろう。本来痛みがあるものかもわからない。必要以上に痛みを与えることは、如月が望んでも飛鳥医師が許さないので、ここからは待ち。

時間が経過するごとに飛鳥医師が状況を聞き、効果が現れるタイミングを計る。失敗作の肉片に対しては、それが小さかったというのもあり、すぐに見た目から効果が現れていたが、今回は少し時間がかかっている。

 

そして時間が経ち、ついに如月の指先が動いた。

 

「……動いた」

「今のは自分の意思か?」

「え、ええ、まだまともに動かないけど……もう少し時間が経てば……」

 

徐々に指先から指に、5本の指に、そして握り締めることまで出来るようになっていく。

すぐに私も患部の匂いを嗅ぐが、投与する前からどんどん薄くなっていっているのがわかる。

 

「動く……動くわ……」

 

さらに時間経過で手首が動くようになった。麻酔のおかげでそれより上の感覚はまだ麻痺しているようだが、ここ数日間全く動かすことが出来なかったものが、動かすことが出来るようになっている。

ここまで僅か十数分。即効性があるとはいえ、ここまで早く効くのなら充分過ぎる成功。

 

「すごい……本当に動く……」

「局所麻酔が切れれば、肩から下全てが動くようになるだろう」

 

飛鳥医師と蝦尾女史もまずは一安心と大きく息を吐いた。これにより、治療方法の確立は達成として問題は無いだろう。

 

「ここから半日生活して、何事も無ければ成功としよう」

「麻酔が切れてからどうなるかですね」

 

だがまだ安心は出来ない。さらに時間経過したらまた動かなくなるという可能性だってあるのだ。今まで実験してきたものに関しては、一度破壊した細胞が元に戻るということはなかったが、万が一ということは考えておかなくてはならない。

もしこれが一時的だというのなら、定期的な投与が必要になる。如月なら簡単に済むことではあるが、脳を侵食されている者の場合はダメージが大きい。

 

「本当に……動いているわ……」

「良かったです。姉さんはこれで五体満足ですね」

 

感極まって涙が出てきている如月。姉の復活に三日月も嬉しそうだ。三日月が嬉しいなら私も嬉しい。

 

「先生、ありがとうございます。如月は腕が動かないことを償いとしていたけれど……これで違う償いに励めそう」

「まずは経過観察だ。何かあったら包み隠さず、すぐに言うこと。僕に話しにくいなら蝦尾さんに話せばいい。同性の方が話しやすいこともあるだろう」

「はい、そうさせてもらいます」

 

何度も何度も動くようになった右手を動かし、治ったことを実感している。まだ力は入らないようだが、それもすぐにどうにかなるだろう。

 

「蝦尾さんも、ありがとうございます」

「僕からも礼を言わせてくれ。蝦尾さん、本当にありがとう」

「力になれてよかったです。私はこのためにこの施設に来たんですから、ちゃんと成果が出せて嬉しいですね」

 

飛鳥医師1人ならこんなに早く解決出来ていなかっただろう。今回は本当に蝦尾女史のおかげだ。

この薬は量産も利く。使っているのは、侵食させるための艦娘の細胞とリコの花。この施設ではいくらでも手に入る材料だ。他にもいろいろ必要なのだろうが、一番必要であり他では手に入らない材料が半無限に施設に生えてくるのだから、何も困ることはない。

 

「次は瑞鶴の処置の準備をしなくては」

「ですね。それなりの量が必要だと思いますので」

 

すぐに次の準備が必要だ。本命、瑞鶴の治療、如月が人柱になってくれたおかげで、死した肉片だけでなく、生きている者にもちゃんと効くことが証明されたのだ。

如月の場合は本当に局所だったので注射で患部に直接投与でどうにでもなったが、瑞鶴の場合は脳。おそらくはダメージも非常に大きく、失敗作と近しい程になっているのだと思う。それを治療するためには、この薬が多く必要。早速今からそれを作り始めるそうだ。

 

決戦は明日。翔鶴にも話をして、目覚めさせるための治療を開始する。ここまで来たら、もう何も障害はない。必ず目覚めさせることが出来る。

 




ついに治療法確立、如月復活です。リハビリは必要でしょうが、三日月並のスペックを持つ如月参戦は、施設防衛にさらなる戦力となるでしょう。

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