継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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奇跡の一幕

蝦尾女史の研究の結果、ついに完成品の侵食を治療する薬が出来上がった。その薬を投与された如月は、動かなかった右腕が完全に回復。力が上手く入らず、リハビリは必要ではあるものの、今までのように一切の感覚が無いということは無く、全く動かないということも無い。少し時間を与えれば、如月は完全に復活したと言える。

夕食は相変わらず初霜にサポートをしてもらっていたが、この時には局所麻酔も切れており、箸は持てないにしろ動くことをアピールしていた。麻酔が切れても痛みは無かったようで安心だ。

 

「わ、わ、うごいてる!」

「治してもらえたのよ。でもすぐには上手く使えないから、もう少しの間、サポートしてもらってもいい?」

「うん! はつしも、きさらぎちゃんのおてつだいするよ!」

 

如月の治療は完了したが、初霜のお手伝いはまだ終わらない。今度はリハビリのお手伝いに奮闘することになる。今まさにそうだが、まだうまく動かないために、食事や着替えはもう少しの間サポートが欲しいようだ。

まだ頼られるということで、初霜は大喜び。お手伝いを率先してやっていこうとするとは、根っからの良い子なのだろう。

 

「明日からは瑞鶴さんの治療に入ります。私と若葉さんはそれの手伝いを以て、研究の助手の任務が一度終わりとなります」

「うむ、急務じゃったからのう。ならば、その後からはまた夜間警備に戻るのかえ?」

「ああ、そうするつもりだ」

 

私、若葉と三日月は、早急に治療薬の生成をするために眼と鼻を使ってサポートする助手を任されていた。薬が完成したのならお役御免。明日行なわれる瑞鶴の治療に立ち合い、それが終われば任を解かれる。

今後も経過観察などがあるが、私達が関わっていくのはそれを少し手伝う程度になるだろう。それはいつもやる確認と同じ範疇。特殊な配置はこれで終わり。

 

「ならば、また駆逐の集いを開かねばのう。如月の復活も祝わねば」

「そうだな。これで如月もリザーバーになってもらえる」

「私と若葉さんが復帰したら、ちょうど駆逐隊がもう一つ作れますね」

 

私と三日月が戻ることで、朝霜と巻雲はお役御免となる。代わりに如月と暁がリザーバーとして浮いている状態のため、ここで4人。新たな駆逐隊が生まれる可能性も出てきた。2隊より3隊でローテーションを組んだ方がいいことはわかり切っていることだ。

 

「その辺りもまた話そう。そもそも如月が戦線復帰するのはもう少し先のことだ」

「その時はよろしくお願いね。誠心誠意、尽くさせていただきます」

 

心強い仲間が増えたものである。

 

 

 

翌日、早速瑞鶴の治療に取り掛かる。翔鶴にお願いして、瑞鶴を医務室にまで運んでもらい、ベッドに寝かせた。如月とは違い、今から行なうのは蝦尾女史の作り上げた深海の細胞を破壊する薬による透析。大掛かりな上、時間がかかる処置だ。

瑞鶴の身体は以前から変わっていない。食事は取っていないが栄養は与え続けており、運動不足で筋肉に異常をきたさないよう翔鶴がマッサージも繰り返している。瑞鶴の身体は万全の状態だった。

 

「ホントウニ、ズイカクガメヲサマスンデスカ?」

「ああ。研究も実験も慎重に続けたし、その結果、如月の腕が動くようになった。効くことは確実だ」

 

注射ではなく透析。血管内に投薬して全身に巡らせることで、瑞鶴の身体に蔓延る深海の細胞を全て破壊し、艦娘の細胞を修復する。ダメージは一部残る可能性もあるが、この治療により、他の治療された完成品とは違い身体が完全に艦娘に戻ることになる。

あちらは血管で洗脳の薬やキューブの怨念を巡らせていた。同じように血管を使うことで治療も出来るはず。敵と同じことをやり、こちらはその手法を治療に使うのだ。

 

「頭を開くこともない。瑞鶴にもう傷はつけない。ただ、時間がかかるだけだ。それが終わるまでは待っていてほしい」

「……ワカリマシタ」

 

装置をテキパキと設置し、念のため昏睡の処置を施した後に透析を開始した。

薬は昨日のうちに相当な量を作っていたらしく、今なら数人分の透析が可能。リコの花は大量にあり、混ぜ合わせる艦娘の細胞もすぐに調達出来るため、時間さえあればまだまだ量産出来るという最高の状況だ。

あとは時間が解決してくれる。

 

「……センセイ、オネガイヲキイテモラッテモ」

「何かあったか?」

「ワタシモ、ノドヲナオシテモラッテモ……イイデショウカ」

 

翔鶴はここに住むようになってからずっと喉を元に戻していない。ずっと部屋に篭っており、シロが近付くことが出来なかったというのが大きい。それに、瑞鶴が治療されたらここから離れるくらい考えていたようにも思える。

それが一転、喉の話を持ち出してきた。これはある意味、ここにずっと住まわしてほしいという意思だ。最初は瑞鶴が死んだら飛鳥医師を殺すとまで言っていた程だが、治療の目処が立ったことで心境が変化したようである。

 

「わかった。シロを呼んでこよう」

「若葉が連れてくる。少し待っていてくれ」

 

すぐにシロを医務室に連れてきた。事情を話したら抵抗なく来てくれた辺り、シロもそろそろじゃないかと考えていたらしい。相変わらず勘がいい。

 

「……元には戻せるから、必要無くなったら言って」

「エエ、オネガイ」

 

シロが翔鶴の喉に触れ、軽く弄る。その処置もすぐに終わった。初めてそれを見る蝦尾女史は首を傾げていたが、これに関しては私達もわかっていないシロにのみ与えられた能力。理解出来る時には、おそらく全ての治療が終わっている時だと思う。

 

「ん、んん、ありがとう。これで瑞鶴を起こせます」

「……艦娘の声で起こしたかった?」

「そう、この声が翔鶴だもの。瑞鶴の姉は、この声だから」

 

深海棲艦として生まれ変わってしまい、今でも赤城に対する深い憎しみは消えていないが、瑞鶴に対しては愛する妹という感情しかない。最高最善の起こし方をするのなら、声くらいはちゃんと姉の声で。服もちゃんと翔鶴としてのものを着ている程である。堕ちても翔鶴は翔鶴である。

 

「ここで待っていてもいいでしょうか」

「ああ、構わない」

 

少し長い時間になるが、これが終われば瑞鶴は目を覚ますのだ。待ち遠しいのはわかるが、翔鶴の顔は少し不安そう。だが、こればっかりは掛けられる声が無い。

私達もここからは待ちだ。透析終了後の匂いに全てがかかっている。

 

 

 

数時間、いつもの透析が終わるくらいの時間が経過。透析が完了し、深海の細胞を破壊する薬も瑞鶴の身体に浸透したはず。

それを調べるために、私とシロで念入りに調査する。こうされる前の瑞鶴は頭から湧き立つ深海の匂いが他と比べ物にならないほど濃かったが、今はそういった匂いがほとんどしない。染み付いた匂いがまだ残っているようだが、これもその内無くなるだろう。

 

「匂いはほぼ消えた。残り香はあるが、この程度なら消えたと判断していいと思う」

「……すごいね、同胞の感じ……全然しないよ」

 

私の嗅覚だけならず、シロが保証してくれたのは大きい。これにより、瑞鶴を蝕んでいた深海の侵食は、全て取り払われたと言っても過言では無くなった。

それを聞いた飛鳥医師は、すぐに透析の装置を外し、昏睡状態からも解放。あとは起こすのみ、

 

「翔鶴、瑞鶴を起こしてやってほしい」

「……ええ」

 

最初と同じように翔鶴に促す。ここからは見守るしか無くなった。

これでも起きない可能性は充分にあるのだ。脳へのダメージが酷すぎて修復すら出来ず、結局目を覚ますために必要な部分がダメになってしまっているとなると、目も当てられない。

 

「瑞鶴、起きなさい」

 

前回はこれで全く目を覚まさなかった。どれだけ強く揺すっても、頬を叩いても、目を覚ますどころか反応すら無かった、小さく呼吸を続けるだけの植物状態。目も当てられないほどの重すぎる後遺症。

 

「瑞鶴、ほら」

 

もう一度肩を揺する。翔鶴の手が少し震えているのがわかった。前回があるから、今回も目を覚まさないかもしれないという大きな不安で、どうしても表情が暗くなる。

 

「瑞鶴」

 

そして今、それは払拭される。

 

「……翔鶴姉……おはよ」

 

薄らと目を開き、ニヘラと笑って朝の挨拶。もう時間は昼だというのに、呑気なものだった。

 

「あ……ああ……瑞鶴……瑞鶴!」

「しょ、翔鶴姉!?」

 

感極まって強く抱きしめる翔鶴。寝起きに突然飛び付かれて混乱する瑞鶴。

 

「よかった! 本当に良かった!」

「ど、どうしたの翔鶴姉、ていうかここは……」

 

長く眠っていたこともあり、記憶が混濁している様子。翔鶴が深海棲艦へと変化していることも気付いていない。元々と似たような外見故に、パッと見では変わったように見えないのが翔鶴ではあるのだが。

 

その裏では、飛鳥医師と蝦尾女史が健闘を称え合っていた。飛鳥医師の持つ今までの知識と、蝦尾女史が持ち込んだ新たな技術のおかげで、瑞鶴は目を覚ますことが出来たと言っても過言ではない。

ギュッと握手をし、飛鳥医師には珍しい満面の笑みでこの結果を喜んだ。死んだ艦娘を蘇らせるのとは違う、一種の不治の病の克服を達成したのだ。こうもなろう。

 

「身体は大丈夫? 痛いところは?」

「痛くはないけど……でもすごく疲れてる感じ。腕を動かすのもしんどいや」

 

今まで寝たままだった弊害だろう。動かせないとは言わない辺り、身体への後遺症は無いと言える。言動からして、ここで今まで起きてきた後遺症の類も見られない。

 

「瑞鶴、何処まで覚えてるの?」

「覚えて……って……あ……」

 

見る見るうちに顔面蒼白に。混濁していた記憶がハッキリしてきたか、今までやらされてきた悪行の一部始終を思い出してしまったようだ。

 

「私、仲間を……殺した……」

「……でもそれはやらされたこと。瑞鶴の意思は無かったわ。大丈夫、大丈夫よ」

 

事の重大さに気付き、ガタガタ震え出してしまう。これはもう仕方のない事。何もかも大淀が悪いのだが、感触と記憶はそのまま残す、これも一種の後遺症。このトラウマだけは全員が持ち合わせている。瑞鶴はここから立ち直ることが出来るだろうか。

 

「クロから話を聞いたわ。瑞鶴が目を覚ましたそうだけど」

 

そんな中、医務室に加賀が入ってくる。さっきまでシロと一緒に来ていたのだが、コソッと加賀を呼びに行っていたようだ。

赤城は部屋で軟禁状態であり、緊急事態故に朝霜と浮き輪がしっかりと見張っていてくれているとのこと。

 

「加賀……さん……」

 

目を覚ましている瑞鶴を見ても表情一つ変えなかったが、匂いは劇的に変わった。大きな安堵と歓喜。だが自分のキャラではないことが理解出来ているためにいろいろと我慢している苦痛。負の感情は何処にもなく、これが加賀で無ければ即座に抱き付いているほどであろう。

加賀は飄々と瑞鶴の側へ。最後まで死闘を繰り広げた相手に対し、瑞鶴はまともに目を合わせられない。

 

「私、私は……」

「言ったわよね、生きていたらやり直せると。それは貴女の罪ではないけれど、罪悪感があるのなら必死に生きて、必死に償いなさい。私はそれでチャラにしてあげる」

 

加賀だって自爆させられかけた恨みがある。だが、加賀はここで生活するうちに理解してくれた。

泣きそうな顔の瑞鶴を抱き寄せ、胸に埋める。翔鶴にもしたことを瑞鶴にもしてあげていた。やはり五航戦は可愛い後輩なのだろう。

 

「よく戻ってきたわ。貴女は生きていないとダメよ」

「あ……あぁあ、あぁあああああっ!」

 

感極まって大泣きしてしまった。瑞鶴という艦娘はこういうものは滅多に見せないようだ。

 

「……よかったです。やっぱり死ぬのは良くないですよね」

「ああ、当然だ」

 

その光景に貰い泣きしていた三日月を私も抱き寄せる。これはもう、奇跡の一幕だ。

 

 

 

瑞鶴が泣き止み、一通り落ち着いたところで改めて飛鳥医師による診察。簡単なものではあるが、瑞鶴が正常になったことを調べるにはちょうどいい。

 

「心身共に異常無し。健康体そのものだ。治療は成功、瑞鶴は完治している」

「先生……ありがとうございました。本当に、本当にありがとうございました」

「礼は蝦尾さんに言ってくれ。僕だけでは到底無理だった。この結果に辿り着けたのは、彼女のおかげだ」

 

翔鶴はまだ涙目。瑞鶴はまだその辺りの実情は飲み込めていないようだが、ここにいる人間2人のおかげで洗脳が解けたということは理解出来ている様子。

 

「蝦尾さんも、本当にありがとうございます。瑞鶴が元に戻ったのは、お二人のおかげです」

「力になれてよかったです。私の研究が役立ったこと、嬉しいですよ」

 

蝦尾女史も満足げ。自身の行なっていた研究が、人の命を繋いだことが嬉しいようだ。強い歓喜の匂いからもわかる。ある意味研究が1つの答えに辿り着いたようなものだ。

 

「経過観察をしたい。何か異常をきたしたら、すぐに言うこと。些細なことでもだ」

「ん、わかった。それと……うん、ありがと。私を治してくれて」

 

太陽のような満面の笑み。なるほど、これが本来の瑞鶴。周りまで明るくするような、気持ちのいい性格だ。私達が見てきたのは、洗脳され陰湿に変えられていた別人だった。

 

「本調子になったら、私もこの施設の防衛に参加するわ。恩を返さなくちゃね」

「ええ、私も参加させていただきます。この御恩、一生忘れません」

 

これにより、五航戦も本格的に施設防衛に参加してくれることとなった。瑞鶴が本調子に戻るまで多少はかかるかもしれないが、充分すぎる追加戦力である。

 




五航戦復活。施設の航空戦力がさらに上昇しました。あと残っている問題は、確執のみ。

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