捨て駒として生み出され、鎮守府の思惑通りに戦場で惨めに散った私、若葉であったが、死の寸前で見知らぬ人間に救助された。
命を落とさずに済んだ代償は、身体の一部を深海のパーツに置き換えられること。私を助けてくれた人間、飛鳥医師は、必ず私を元の姿に戻してくれると言ってくれたが、私としては今の姿で充分であった。不幸しかなかった一度目の生を全て捨て、新しい私に生まれ変わった証としての姿と、自分で認識している。
今の私は継ぎ接ぎで出来ているが、これが私だ。継ぎ接ぎの若葉として、二度目の人生を改めて歩いて行こうと思う。
「そうだ! 若葉、包帯を替えるわ。先生はお部屋から出てね」
「ああ。こういう時は雷がいてくれて本当に助かる」
「もーっと頼ってもいいのよ!」
私の身体のそこら中に巻かれている包帯は、定期的に雷が替えてくれているらしい。今までは私がずっと眠っていたためにかなりやりづらかったようだが、今後は私の意識があるので大分楽になると喜んでいる。
飛鳥医師が医務室から出て行ったことで、テキパキと準備を始めた。身体中に付けられている機械を正確に外していき、検査着を脱がしてくれる。
「やっぱり家族が増えるっていいわよね。若葉は私の妹みたいになるのかしら」
「……確かに少し見た目は似ているが」
「お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ!」
「勘弁してくれ」
終始一貫、テンションが高い。私がここに世話になることがそんなに嬉しいのか、それともこれが雷の普段なのか。
「私にも姉妹がいる
「若葉には初春と子日という姉がいるし、初霜という妹がいる。他をあたってくれ」
「ざーんねん。でも頼ってくれていいんだからね!」
お喋りしながらも器用に包帯を解いていく。その下からは予想通りというか、痛々しい傷痕が露わになる。特に二の腕、本来の私のものとは別物を癒着させているため、クッキリと縫合痕が刻まれていた。
3週間も経つためか、血が流れるようなことは無いものの、クッキリと刻まれたそれは、見ているだけでも顔を顰めてしまうほどのもの。だが、そんなこと関係ないと言わんばかりに、雷は手際よく私の身体を拭いていく。
「痛いぞ……だが……悪くない」
「綺麗になっていくのは悪くないでしょ。痛いのは我慢してね。なるべく優しくやるから」
清潔になっていくのは気持ちいいものだ。
だが痛い。とにかく痛い。治療痕はある程度塞がっているとはいえ、触れられるだけでも震えそうになる痛み。特に腕。皮膚移植の場所と比べても痛みが段違い。別の種族の腕が拒絶反応を起こしているのではと思える痛み。
「艦娘って自然治癒能力が人間よりも高い方なんだけど、ここまで重いと治るのもそれなりに時間がかかるみたい。先生の見立てだと、あと1週間くらいで痛みが少しは引いてくるって」
「そうか……」
「腕が動いてホント良かったわ。それが一番の大手術だったのよ」
それは私にもわかる。骨の差し替えや皮膚の移植と比べると、段違いの難易度だろう。それをやってのけたあの飛鳥医師は何者なのだろう。
「あの人は……一体何者なんだ」
「全然自分のこと話してくれないのよ! お医者さんだとしか名乗らないし。でも腕は確かなのよね……私も若葉みたいに治療されてるんだけど、今はもう全然痛くないの」
雷も私と同様だと話す。何事もなっていないように見える辺り、私のように服で隠せそうな場所に傷を負っているのだろう。ただでさえ雷は長袖のセーラー服と膝上の靴下のために、傷が見えるほど肌を見せていないのでわからなかった。
私も今後はこうなるか。元々私の制服も肌を殆ど見せていない。強いて言うなら、手の色と痣が気になるかもしれない。いざという時は手袋でも着けようか。
「雷、若葉みたいに治療されてるとは」
「私も大怪我してここに流れ着いたらしくって。で、ここにあるもので治療されたの。ほら見て」
服の裾を捲り上げた。腹の部分が、私の腕と同じように色素が薄い。そしてその周囲にはクッキリと残る治療痕。私のものとは違い、処置されてから大分時間が経っているため、痛々しいもののしっかりと定着している。
「私はお腹を抉られてただけみたいなの。だから若葉よりは軽いかな?」
「いや……そちらの方が重いだろう……」
「でも、内臓とお腹のお肉を移植しただけだから、腕とか脚とかが動かなくなる不安は無かったのよ? あ、でもご飯を食べられるようになるまでは時間がかかったかな」
あっけらかんと言い放つが、どう考えても私より重いじゃないか。見えない場所に深海のパーツが移植されているとか、突然身体がおかしくなってもおかしくないと思うのだが。
「あとは、ここに流れ着いたっていうのも先生に聞いただけで、こうなる前の記憶が1つも残ってないってくらいね。私の知識は全部先生の受け売りなの」
腹への重傷に加え、さらには記憶喪失。そもそも自分が艦娘であるということもすぐに理解出来なかったそうだ。
さっきの『姉妹がいる
「でもいいの。今、先生と一緒にこうやって暮らしてるのが楽しいし。きっと私の忘れちゃった記憶は必要のない記憶なのよ」
間違った割り切り方なのだと思う。だが、そうしないと壊れてしまうのだろう。だから、私は詮索しない。人には1つや2つ、思い出したくないような過去があるだろう。私だってそうだ。
そういう意味では、雷は真の意味で生まれ変わっているのかもしれない。ほんの少しだけ羨ましかったが、口に出すことは憚られた。
「はい、おしまい!」
気付けば包帯を巻き直されていた。身体を拭かれる前の状態に戻ったかのように綺麗な処置。
私が目を覚ましたことで、付けられていた機械は外したままにされた。身体を拭かれている間にチューブの類も全て抜かれ、晴れて自由の身というところ。
「身体は大丈夫? 何かしてほしいことはない? もっと頼ってもいいのよ?」
「……大丈夫。少し休む」
「まだまだ安静にしなくちゃダメだものね。でも、何か必要なら私を呼んでね!」
パタパタと医務室から出ていく雷。結局最初から最後まで騒がしかった。喋っていない時間が無かったかのように思えるほどである。
過去を失っているから明るく振る舞えるのかもしれない。恐ろしく危ういバランスの上に成り立っているようにも思えるが、それで成立しているのなら私が触れるようなことではない。
「あ、お帰り! あの子、目を覚ましたのよ!」
「マジか! んなら、あたしも顔見せておかねぇとな」
「ほどほどにね。起きたばっかりだから安静にしなくちゃなの」
部屋の外で雷が誰かに向かって話している。今のところ私は飛鳥医師と雷しか知らないが、ここには他にも誰かいるらしい。もしかしたら思ったより人がいるのでは。そんなところに突然私も居候になって大丈夫だろうか。
雷の足音は遠のき、今度は別の足音がこちらに近付いてくる。雷とは違い、悠々とした足音。
「お、ホントに起きてんじゃん。身体は大丈夫か?」
入ってきたのは雷よりは大人の女性。こちらも艦娘。雷とは打って変わって露出度がそれなりにあり、一目でこの人がここでの処置を受けた人であることがわかった。
太腿の辺りに私の腕と同じ縫合痕が刻まれており、そこから先は色素が薄い。ということは、この人の脚は本来のものとは違うということか。あとは、おそらく本来この人が着けていないだろう眼帯が目を引く。
「あたし、重巡の摩耶ってんだ。よろしくな」
「駆逐艦、若葉だ」
「割と元気みたいだな。よかったぜ」
ベッドの隣に腰掛ける摩耶。
その時も、どうしても脚の傷に目が行ってしまった。その視線を感じた摩耶は途端にニヤニヤし始める。
「おいおい、初対面の女の脚を見つめるのは礼儀がなってないんじゃないのか?」
「あ……すまない。若葉と同じ傷だったから気になった」
「ああ、お前は腕だったもんな」
私の処置のことは流石に知っているようだ。もしかしたら
「まぁ似たようなもんだ。あたしの脚は重巡ネ級のモノなんだとよ。おかげさんで五体満足で助かってる。あとは見りゃわかると思うが目が片方潰されちまった。こっちにもネ級の眼球が入ってんだ」
「……そうか」
同じ重巡洋艦の深海棲艦のモノを使ったおかげで定着は早かったらしい。私の腕も同じ駆逐艦の深海棲艦のモノなので、うまく定着してくれているのかもしれない。
目もしっかり入ってはいるものの眼帯を着けているそうだ。飛鳥医師の治療により見えないわけではないそうだが、少し見栄えが良くないのだとか。
「あたしは所謂ドロップ艦ってヤツらしくてさ。よりによって大嵐の時にドロップしちまったもんだから、他の鎮守府に拾われる前に深海の奴らに襲われちまって、死ぬ寸前でここに流れ着いたんだ。あとはわかるだろ?」
「ああ……飛鳥医師に治療されたと」
「そういうこった。こんな身体にしてすまないってめっちゃくちゃ謝られたけどな、あたしは結構気に入ってんだぜ」
私のような建造艦とは違い、抑止力として海そのものが生み出した艦娘がドロップ艦だ。鎮守府に保護されるまでは海を彷徨い続けることになるが、その間に死んでしまうものも少なくないらしい。摩耶もその類になりかけたようだ。
「お前もドロップ艦か? ボロボロになってこの近くの浜に流れ着くって、それくらいしか無いと思うんだけどよ」
「……」
私の内情は人様に話せるほどのものではない。空気を悪くしてしまう可能性が非常に高いため、どうしても口を噤んでしまう。
だが、今後はここで一緒に暮らしていく家族となるのだから、隠し事は無しにしておきたい。飛鳥医師は何やら事情があるみたいだが、私は知ってもらっておいてもいいと思う。
「どうした? 実は結構訳ありだったりすんのか」
「……若葉は捨て駒として建造された艦娘なんだ」
空気が凍り付くような感覚がした。言わなければよかったと後悔したものの、一度言ったのだから全部言うことにする。
「お、おい、捨て駒って」
「言葉通りだ。建造されて、何も教えられずに出撃させられた。そんな状態でまともに戦えるわけもなく、ボロボロにされて仲間にも見捨てられた後に、ここに流れ着いた」
自分で話していて心が締め付けられるような感覚。改めて鑑みても、私の第一の人生は酷いものだった。笑い話にも出来やしない。
私の話を聞いて、摩耶は拳を震わせていた。苦虫を噛み潰したような形相。
「すまない。空気を悪くするような経緯で」
「……何処のクソ野郎だよ、そんな采配出来る提督は! あたしがぶっ飛ばしてきてやる!」
「いい、もういい。若葉のために怒ってくれたこと、感謝する」
私の不幸も自分のことのように怒ってくれる。それがすごく嬉しかった。そうか、これが仲間であり、家族か。一度鎮守府に属していたというのに、
私が大丈夫と宥めると、摩耶も落ち着いてくれた。
「もうあの鎮守府とは関わりたくない。それに、今は場所もわからないんだ」
「そんなとこがあるってだけでも胸糞悪い話だな……いや、すまねぇ、思い出させちまって」
「構わない。話せて少しスッキリした」
飛鳥医師は私の発言から勘付いているだろうが、ハッキリと話せたことで少し気分が晴れたと思う。モヤモヤした気持ちを燻らせ続けるのは良くない。溜め込み続けていたら、ストレスで倒れてしまいそうだ。
「んなら、ここで楽しい第二の人生を送ってくれよ。あたしも協力してやっからさ」
「ああ、感謝する」
「つっても、まずはその怪我治さねぇとな」
まだこのベッドから1歩も動くことが出来ないのだから、まずはそこから。私の世界は、まだこの狭い空間しかない。早く治して、自分の脚でこの部屋から出て行こう。世界は広い。
「脚って結構キツイぜ。あたしもここまで回復するのに術後2ヶ月近くかかったんだ」
「若葉は骨だけだから問題ない」
「お、言ったな。最初は生まれたての子鹿みたいになるから覚悟しとけよ」
ニカッと笑う摩耶。雷よりも余程姉と呼びたくなるような男前な性格。姉というより
「んじゃ、安静にしとけよ。治るもんも治らねぇからな」
「善処する。ありがとう」
「あたしも頼っていいからな!」
摩耶が医務室から出て行くと、途端に睡魔に襲われる。無理をしていたわけではないのだが、安心したらまた眠たくなってきた。身体が回復を求めている。
まだたった少しの時間であるが、この場所にいる人達がどういう人達かは何となくわかった。飛鳥医師も私を利用するために治療したわけではなさそうだ。雷や摩耶の言葉からそれは感じ取れた。
それなら、この場所でもやっていけるだろう。早くこの怪我を治して、一員として何かしらの力になりたいと思う。
だが、謎は深まる。
飛鳥医師は何者なのだろうか。それに、この場所は何なのだろう
置き換わっている部分が一番多い若葉。
隠せない場所が置き換わっている摩耶。
置き換えられない傷を持っている雷。
三者三様の継ぎ接ぎ家族。