ほんの少しだけだが、私、若葉に心を開いてくれた三日月。世界の全てを嫌っているが、私のことは
今のところ、飛鳥医師とシロクロが視界に入ると錯乱してしまう。嫌悪の象徴である人間と、恐怖の象徴である深海棲艦はまだ難しい。接することが出来るのは同種である艦娘でギリギリ。私達はそれに加えて、三日月と同じ身体に傷を持つ継ぎ接ぎの者であるために、三日月の中では許容範囲内に収まっているのだと思う。
そのため、引き続き私が側におり、雷にサポートしてもらうという生活を続けて行くことになる。
「夕食も終わったし、そろそろ風呂だ」
今までは身体を拭くだけになっていたが、目を覚ました今、ある程度は自由が利く。今日は丸一日ベッドの上に居てもらったものの、2週間の眠りの間に身体はほぼ完治しているため、そろそろ部屋から出るのもいいだろうと判断した。
三日月には見えないところで飛鳥医師とも相談し、時間を考えてなら風呂も許可された。そしてそのままあてがわれた部屋に移動してもらう。他の仲間に強要するのもどうかと思うので、全員が入った一番最後、もしくはまだ誰も入っていない一番最初を狙う。今ならまだ誰も入っていない。
「これで良さそうなら、医務室卒業だ。部屋も用意してある」
「そうですか」
素っ気ない返事。これでも最初より進展しているのだから困ったものである。これは少しは気を許した私に対してのみの三日月。
雷が昼食や夕食を持ってきた時には殆ど喋らず目も合わさない。だが私にはそれなりに意見も言う。昼の間はずっと施設の説明や今までやってきたことを一から話し直したが、黙って聞いていたわけでなく、相槌や文句もあった。
結果的に、三日月とまともに会話できるのは私だけという現状である。未だに笑顔は一度も見れてないが。
「若葉も一緒に入る。裸の付き合いというヤツだ」
「……別にお風呂くらい1人で」
「若葉が一緒に入りたいから入るだけだ。それに、1人で入ってもいいが、何かあった時1人で対応出来るのか? 例えば……クロと鉢合わせたり」
ビクンと震える。名前を聞いただけでコレ。まだまだこの施設に馴染めるのは遠そうだ。
「……一緒でお願いします」
「了解した」
観念したようだ。万が一のことを考えると、私も気が気でない。
風呂ではどうしても自分の全身を見ることになる。私の身体は既に三日月には見せているし、三日月の身体は処置を手伝っている時に見ている。だが、三日月自身が自分の身体の全容を見るのはこれが初めて。今までは腕と顔くらいしか知らないが、全てを見ることでどういう反応をするか。
「これが……私の身体……」
改めて見ると私と同じ、いや、それ以上の重傷に見える。
三日月の継ぎ接ぎはなるべく見えないところに置こうとした飛鳥医師の配慮がいくつもある。顔以外は、服を着れば全て隠れるようにはされているし、なるべく正面に縫合痕が見えないようにされている。代わりに、脇腹やふくらはぎなどにクッキリと傷痕が。
「……どうしても……顔が目立ちますね」
「ああ。それだけは隠せない」
「……」
やはり落ち込んでしまう。
私達と違うのは、どうしても隠せない位置に傷があることだ。摩耶の眼と同じことにはなっているが、眼だけなら眼帯がある。だが、顔に斜めに入った大きな傷は、仮面を着けるか何かしなくては隠せない。眼帯よりも不恰好。これは化粧でも隠しきれない。
極め付けは、半分だけ白い髪。これは染髪すればどうにかなるとは思うが、まだ試していない。深海棲艦の髪に染料が乗るかどうか。
「若葉にもな、これがある」
左腕の痣を見せる。本来艦娘にはあり得ないそれは、傷痕以上に私が異形となっている証である。だが、長月にカッコいいと言われてからは、何も気にならなくなった。元々あまり気にしてはいなかったが。
痣をチラリと見られたが、無反応。隠せる腕と隠せない顔では雲泥の差である。慰めにはならなかったか。
そのまま話していても風邪を引きかねないので、すぐに湯船に入る。身体中にある傷痕に染みることはないようだ。これも雷の徹底した衛生管理のなせる技。
初めての風呂に、気分も少しは落ち着いたようだった。美味しいご飯、温かい風呂、気持ちのいい布団で心は穏やかになる。
「若葉! すまねぇ、あたしも入っていいか?」
風呂の外から摩耶の声、三日月が一緒にいることを考慮して事前に声をかけてくれた。私としては断る理由がないのだが、三日月はどうか。
「……いいです。摩耶さんは艦娘の人……ですよね」
「ああ。摩耶、入っていい」
「サンキュー! ちょっとやらかしちまってよ」
許可を出したときには既に入ってきていた。質問した時にはもう脱いでいたということだ。こちらが断ったらどうするつもりだったのだろうか。
「話すのは初めてだよな。おっす三日月、あたし、摩耶ってんだ。よろしくな」
すっと私の陰に隠れるようには動いた気がする。私には気を許していることがまたわかり、少しだけ嬉しい。逆に摩耶は一歩引かれたことを残念がる。
「んだよぉ、裸の付き合いしようぜ」
「先に洗え」
「わぁーってる。洗いに来たんだからな」
摩耶が入った途端に油の匂いがした。今の今まで艤装整備をしていたのだろうか。夕食の後だし、風呂に入る前にちょっと触ろうとしたら何かやってしまったか。専用のシャンプーを使って髪を洗っている辺りで、何をやらかしたかは大体察する。
「クロの奴が、潤滑油変なとこに置いててよ。ぶちまけちまって掃除してたんだよ。ギットギトだから早く身体が洗いたくてな」
「そういうことなら仕方ないな」
クロの名前が出たことで、三日月が私の腕をギュッと握る。素肌で握られるので普通に痛いが、手が震えているのがわかるので我慢。湯船の中なので逃げ場がない。だから私にすがるしかない。
「三日月、まだ1日しか経ってねぇけど、少しは慣れたか?」
「……いえ」
「まぁゆっくり慣れていきな。なんかあったらあたしらに言えよ。出来ることは手伝ってやるからな」
油の匂いが消えたところで、摩耶も湯船に入ってくる。わざわざ狙ったかのように三日月の隣に。私がいるために回避も出来ず、嫌でも裸の付き合いに付き合わされることになる。
摩耶の押せ押せなテンションに三日月はタジタジ。クロに同じことをされたら怯えるだけだったが、摩耶にされると目を合わさないようにするだけのようだ。
「随分と若葉に懐いたじゃねぇか。丸一日一緒にいたからか?」
「その認識で構わない」
「別に私は若葉さんに懐いたわけではないです。艦娘も人間と同じくらい大嫌いですが、若葉さんはマシなだけです」
今まで話すつもりもなく目も合わせなかった三日月が、それをやめて早口で弁解。あまり妙なことをすると、摩耶には弄られる隙を見せることになる。
今の発言は面と向かってお前が嫌いだと言っているようなものだが、摩耶は別段気にした様子もなく、むしろ今の言葉を聞いてニヤニヤし始めた。
「摩耶、あまり」
「わかってるさ。若葉、しばらくはお前に任せるぜ」
軽めに止めておく。ようやく少しだけ心を開き始めたのに、あまり弄りすぎてまた心を閉ざしてしまったら元も子もない。
三日月も自分で気付いたようで、すぐに目を背けた。
「そうだ、三日月。お前の艤装だけどな、シロクロの艤装と並行して修理中だ。もう少ししたら、まともに動くようになるぜ」
「……はい?」
「さっき話したろう。摩耶は独学で工作艦の技術を身につけたと」
三日月の艤装は主機の部分が比較的残っていたため、修復が簡単だと摩耶は言うが、出来上がるのは当然継ぎ接ぎの艤装。それについても話しているので、理解はしているはず。
弄ったことがあるわけでは無いが、睦月型の艤装は第二二駆逐隊のものを見ているおかげで、多少は知っている。摩耶は自分の記憶を頼りに近しいものにしているらしい。
「お前の選択は知らねぇけど、ここに残るにしろ、ここから出てくにしろ、艤装は必要だろ。だからちゃんと用意しておいてやる」
ここでの部屋は用意されるが、三日月が出て行きたいというのなら、ここに住むことを強要はしない。少し寂しくなるが、仕方のないことだ。意思は尊重する。
とはいえ、何もかもが嫌いと言っている者を野放しにするのは危険かもしれない。それこそ、武器を与えたら深海棲艦よりもまずいことをやりかねない。難しいところだ。
「今すぐ決めろとは言わねぇよ。準備だけは進むってだけだ」
「……そうですか。ありがとうございます」
「おう。道だけは作っておいてやるよ」
これだけ話してもやはり摩耶と目を合わせようとはしなかった。礼こそ言うが、嫌悪感は拭えていない。
「……あたしはさ、ただ運の無ぇドロップ艦だから、お前らにどうこう言う筋合いは無いとは思うけどよ、辛いことがあったら頼れよな。少なくとも、ここの連中は誰もお前を裏切らねぇよ。あたしも含めてな」
頭をポンポンと叩くように撫でた。少し前までなら間違いなく敵対心剥き出しで強く払っていただろう。だが、今回は素直に受け入れていた。目も合わさないし無言ではあるが、少しずつ、少しずつ前進している。
風呂から上がって、そのまま三日月にあてがわれた部屋に連れていく。私の独断になってしまうが、風呂に入っても痛みなどを訴えなかったので、もう医務室卒業でいいだろうと判断。
私の正面の部屋はシロクロが2人で使っているため、三日月の部屋は私の隣になるのだが、部屋の前に来ても私から離れない。
「ここが三日月の部屋なんだが」
「……万が一、この部屋にあの深海棲艦が突入してきたら、間違いなく私は暴れます。部屋もめちゃくちゃにしますし、騒音も立てるでしょう」
無いと言えないのが辛い。クロはそういうところで妙な積極性を見せそう。何となくだが、部屋からこちらに来るタイミングを見計らっているような気がする。
「なので、今日は若葉さんの部屋に泊まります」
変な声が出そうだった。まさか初日から自室を使わずに私の部屋に来るなんて、考えてもいなかった。
部屋に鍵が無いわけでもない。私達が使っていないだけで、いくらでも締めることが出来る。ある意味、三日月だけのためのシステムだ。
だが、それを知っていても私の部屋に来ると、そう言った。別に私としては大歓迎だが、どういう風の吹き回しなのか。摩耶の言い方ではないが、正直ここまで懐かれているなんて思っていなかった。
「若葉さんが一番マシですから。1人でいるより、2人でいる方が、いざという時にいいでしょう」
「その
「……周りが敵ばかりで独り身が辛いんです!」
飛鳥医師やシロクロの事を敵としてみてしまうのはもう仕方がない。そんな状態で1人で部屋にいると、嫌悪感と恐怖で押し潰されてしまうかもしれないと危惧して、私の存在を隣に置いておこうとしているようだ。何かあったら私を盾にも出来る。
まぁこれは要するに、人肌が恋しいということだ。可愛いところがあるじゃないか。私で良ければそれくらい。
雷と摩耶もまだ付き合いが短いのだから頼りづらい。私なら今日一日ずっと隣にいたのだから頼みやすい。
「わかった。だが、若葉でいいのか?」
「ここで頼れるのは若葉さんしかいないので。これでも大負けに負けて、100歩譲ってです」
なんだかんだ悪態はつかれたものの、結局その言い分を飲んで、今日は私の部屋で一晩を過ごすこととなった。
まだまだ世界への嫌悪は重いが、いい傾向は見え始めていると思う。
三日月は寝間着も私を真似て浴衣を使用。なんだかんだ言って、一番身近である私に合わせている辺り、私には本当に懐いてくれているのだと思う。
今日はもう眠るだけだったので、部屋に入りそのままベッドに直行。三日月もそれについてきてすぐにベッドに入ってきた。触れ合うことは無いし、目を合わせることもない。ただただ並んで天井を見るだけ。それでも充分だった。
「……貴女の人柄は今日1日で理解したつもりです。本当に嘘はつかない。隠し事もしていない。自分のことは全て話してくれた。私の嫌な話題は極力避けてくれる。だから……前にも言った通り、信用はしています」
「何度も言うが、私はお前の敵じゃない。それだけは保障しよう。頼ってくれ」
出来ればこれを信用から信頼に変えていきたい。せめてこの施設、閉じられた狭い世界の中では生き生きと過ごせるように。
悪態をつく三日月というかなり珍しいキャラになりましたが、素が真面目だからこそ、歪むと何処までも堕ちていくのではと思います。ああいう子ほど、ラスボスになれる素質もあったり。