私、若葉と三日月が朝の日課を終えて施設に帰ってきた時、珍しいものを目にした。加賀が瑞鶴の車椅子を押していたのである。本来なら瑞鶴の面倒は翔鶴がするし、加賀は赤城の監視などを受け持っているはずなのだが。
「……赤城さんが問題を起こしたので」
「翔鶴姉が赤城さんと揉めてね」
朝イチに赤城と翔鶴がうっかりエンカウントしてしまったらしい。顔を合わせた瞬間、そこに車椅子の瑞鶴がいたというのに殴り合いが始まりそうになったそうだ。
そのタイミングではまだ鳥海が2階で警備中。喧嘩が始まろうとした瞬間、その拳を掴んでその場を収めたらしい。主に
如何に深海棲艦といえど、艤装を装備していない状態で、艤装を装備している艦娘相手にはどうにも出来なかったようである。加えて、鳥海は握力が尋常ではない。少し力を込めれば、掴んでいた拳が無くなっていた可能性もある。
「なんでまた……」
「私が部屋から出ようとしたとき、ちょうど加賀さんが部屋から出ようとしたのよ」
「私も朝の鍛錬がしたかったので。その時に、扉越しにたまたま」
別に部屋が真向かいというわけではないのだが、本当にタイミングが悪かったらしく、扉を同時に開けたか何かした時に部屋の中の赤城と部屋の外に出た翔鶴の目があってしまったと。
もっと部屋を離すべきなのだろうが、来た順に詰めているため、こういう弊害もあったようである。
「その後、先生にも怒られて今は翔鶴姉まで軟禁状態になったってわけ」
「でもそれだと瑞鶴が何も出来ないですから、私が代わりにやっているわけです。勿論、この子もいます」
加賀の肩には相変わらず浮き輪が控えている。赤城の監視役とは別の、加賀専任の
あの2人の確執はどうにも出来ない。赤城も翔鶴も、怒りと憎しみであの姿になってしまっている。特に赤城は、存在そのものがそれの具現化と言えるものだ。憎しみが無くなってしまったら、存在意義が無くなるのではと思えてしまう。
「せっかくなんだから、仲良くしてほしいんだけどね」
「ええ、本来の赤城さんは後輩思いの優しい人です。ですが……」
「私も覚えてるわ。ああなっちゃってもおかしくないことを、私もしてるから」
瑞鶴もあの時の記憶は持ったままだ。最善の治療をされたことで、一切の記憶を失わずに済んでいる。
「私にだって殺意を向けていいと思うんだけど」
「指示を出したのは翔鶴だもの。私も翔鶴への恨みの方が強かったわ」
「でも、加賀さんはもう大丈夫なんでしょ?」
「……ええ。もう殺したいなんて思ってないわよ。ああなってしまったらね」
加賀の自制が利いてくれて本当に良かった。赤城に同調して、加賀まで翔鶴に殺意を向けていたら本当に止めるのが厳しかった。監視役が朝霜になっていたことだろう。下手をしたらエコまで番犬として配備されていたかもしれない。
加賀は殺すくらいなら生きて償ってもらいたいと考えを変えている。それは翔鶴にも同じだ。翔鶴はそれに加えて深海棲艦化という、本当に治療不可能な状態変化まで起きてしまっている。充分すぎるくらい報いを受けているだろう。そもそも報いる罪自体存在しないのだが。
「貴女はまず本調子になるように努力しなさい。私は甘やかさないわ」
「へっへー、それで結構よ。今日はご飯も自分の手で食べるんだから」
「……一緒に鍛錬が出来るのを、楽しみにしてるわ」
思いもよらない言葉だったらしい。すごく驚いた後、ニカッと笑って当たり前だと胸を張る。この調子なら数日中に本調子に戻るだろう。もしかしたら今日中には自力で動けるまで回復しているかもしれない。
「2人は仲がいいんだな」
「アンタ達には負けるわ。でも、まぁ悪い方じゃないと思うかな」
「この子は可愛い後輩ですから」
お互いに競い合っているような認め合っているような、清く正しい信頼関係が匂いからわかる。クールな加賀と感情的な瑞鶴はある意味お似合いかもしれない。
素直に褒められると瑞鶴は照れ臭そうに笑う。やはり最後の戦闘では改造のせいで感情が制限されていたようだ。そこも治療されてよかった。
「翔鶴にも同じ感情は持っているわ。だから、赤城さんといがみ合うのは出来ることならやめてもらいたいの」
「難しいよねぇ。翔鶴姉は赤城さんに殺されかけてああなったわけだし、赤城さんは……うん、私も関わってるわけだけどさ」
本能に刻まれてしまったのだから、簡単には払拭出来ない。本当に片方が死なない限り、殺意は常にそこに在り続けることになる。私や三日月の侵食とは違う、
さらに、2人とも身体が完全に置き換わってしまっているせいで、今回の薬では治療不可能。赤城も翔鶴も今のところはこのままでいてもらうしかないのである。
「一度思い切り喧嘩してもらう?」
「どちらかが死ぬまで止まらないわよ。そんな簡単な問題じゃないの」
「だよねぇ……どっちも」
加賀も瑞鶴も相方がそれなので溜息を吐く。違う意味でストレスが溜まっていきそうだった。
瑞鶴が目を覚ましたことは、来栖提督や下呂大将にも連絡された。また明日改めて全員が施設にやってくるとのこと。少し時間を空けたが監査もしつつ、手瀬鎮守府への襲撃も目処がそろそろ付くとのことらしく、その話もしてくれるという。
こちらからも、潜水艦隊による暗殺という夜襲の詳細を話す必要はあった。襲撃に対してさらに万全を期すためには必要な情報であろう。
「久しぶりに全員施設に来ることになるそうだ」
「2人怪我人だろ。大丈夫なのかよ」
「来栖は大分治ったらしい。先生はまだかかるだろうが、あの人が来ないと思うか?」
摩耶の疑問も当然なのだが、飛鳥医師の言い分も理解出来てしまう。あの人なら止めても動いてくるだろう。
到着は明日の朝。私は今晩久しぶりに夜間警備に出るため、到着を出迎えることは出来なそうである。
「それまでは、赤城さんと翔鶴は軟禁状態で良かったでしょうか」
ここで加賀の質問。赤城は下呂大将に対し、襲撃の際には呼んでくれと頼んでいる。その件が進むのなら、赤城にも話を聞いてもらいたいと考えたのだろう。又聞きで教えるより、直に聞いた方が早い。
「……僕としては、先生の話は全員で聞いてもらいたいんだ。当然、翔鶴にも」
「同じ場所に揃えるのは……ちょっとねぇ」
妹の瑞鶴が言うのだから、その難しさは折り紙付き。誰もがそれは無理だと諦めている状態。かくいう私も諦め気味。そもそも時間が足りない。
顔を合わせたら即座に喧嘩というのを三度もやり、その全てを誰かしらに戒められている。最初は飛鳥医師に、二度目は雷に、そして三度目は今朝鳥海に。それでも懲りないのだから、もう無理だ。
「だから今日、先行して鳳翔にこちらに来てもらうことにした」
これには蝦尾女史も触れられそうにないと悲しそうな表情。ただの喧嘩ではないことは事前に聞いていたようだ。心の問題はどうにもならない。医者にも治せないものがあると痛感させられる。
まだやっていないのは姉によるカウンセリングだが、正直危険を伴うため、私個人としてはやってもらいたくない。それは鳳翔にも言える話なのだが、変に煽って攻撃されても困る。
「鎮守府の艦娘に頼むのは良くないとは思うのだが、こればっかりは頼らざるを得ない。加賀、瑞鶴、良かっただろうか」
「鳳翔さんなら大丈夫でしょう。私達もあの人には頭が上がりませんから」
「私はまだ話したことないけど、うん、鳳翔さんなら大丈夫でしょ」
さすが鳳翔、信用度がまるで違う。諦めすらなく、鳳翔ならば解決してくれるだろうと誰もが思っていた。過度な期待は身を滅ぼすというが、期待せざるを得なかった。
最悪、話を聞いている時だけ押さえ付けられればいい。襲撃の日程を直に聞いてもらい、出来れば今後の予定に意見してもらうなどをしてもらう。
「事前に伝えておいた方がいいか」
「いえ、その必要はありません。変に身構えるより、ありのままを見てもらいましょう。一度見てもらっていますし」
「だね。翔鶴姉にも伝えない」
少し意地が悪いのではと思ったが、一番心を通わせている者がそう言っているのだから、私達はそれに従うしかないだろう。
昼過ぎの辺りに鳳翔が到着。随伴艦に二四駆……と言いたいところだったが、いたのは海風と山風のみ。江風と涼風は鎮守府で留守番だそうだ。今回の件に関しては少数でいいだろうと鳳翔が判断し、随伴も少なめ。少数の随伴だからか、海風は完全に対潜特化。山風は対空特化とわかりやすい。空き部屋も少ないのでありがたいと言えばありがたい話である。
それを出迎えたのは私と三日月、それと工廠組。基本は私達だ。クロが大きな声で手を振ろうとしたが、シロに諌められ、声を上げるのはやめた。それで赤城と翔鶴に勘付かれたら、ありのままが見せられない。
「若葉……久しぶり」
「ああ、久しぶりだな山風。海風も」
「はい、江風と涼風も連れてきたら、少し喧しいかなと思いまして」
辛辣な姉であるが、今回やりたいことを考えると、あの2人の騒がしい声で赤城と翔鶴が何か察してしまっては困るため、正しい判断だったように思えた。
山風は私の顔に拡がった痣を見て驚いたが、事前に侵食が拡がってしまったことは聞いているはず。すぐに気を取り直してくれる。海風も表情を変えずに対応してくれたのはありがたい。
「瑞鶴さんが目を覚ましたと聞きました。流石は飛鳥先生です」
「今回は医者の増援もあったんだ。その人の薬がとても効いた」
「あらまあ、それはそれは。是非ともご挨拶しなくてはいけませんね」
瑞鶴の復活を我が子の目覚めのように喜ぶ鳳翔。空母の母と呼ばれるだけあり、他の空母は全員子供のように思っているのかもしれない。
「では早速、本題に入りましょう。海風さん、山風さん、随伴ありがとうございました。ここからは自由です」
「了解。なるべくこっそりと、雷さんに部屋のことを聞いておきます」
今は食堂にいるということを伝え、私と三日月が鳳翔を案内する。部屋は変わっていないが、1人で行かせるのも気が引ける。これに関しては飛鳥医師にも事前に指示されている。
「瑞鶴さんを見たいので、先にそちらにしましょう」
ということで、まずは五航戦部屋から。私が先陣を切る。扉をノックすると、対応するのは軟禁されている翔鶴である。瑞鶴はまだ車椅子生活のため、部屋をより動き回れるのは翔鶴の方だ。
「こんにちは、翔鶴さん」
「っ!?」
ばつが悪そうに扉を閉めようとしたが、私が足を挟んでそれはさせない。少し痛かったがその程度。
「瑞鶴さんが目を覚ましたと聞きました。様子を見せてもらっても?」
「は、はい……どうぞ」
「あら、喉をシロさんに弄ってもらったんですね。やはりそちらの方が翔鶴さんらしくていいと思いますよ」
翔鶴が折れると同時に、割と強引に部屋の中に入っていく。空母のことになると、鳳翔は圧が強いように思えるのは気のせいか。
逆に翔鶴は相変わらず鳳翔が苦手なようである。今の身体になってしまったことに負い目があるというか、顔を合わせづらいと考えている節はあるようである。
「鳳翔さん!」
「瑞鶴さん、目が覚めたようで何よりです」
慈悲深い笑みを浮かべた。眠り続けている瑞鶴を見ているため、目が覚めている姿を見ることは感動もひとしおであった。
「なんというか、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、貴女も翔鶴さんと同じように自分の意思では無かったんですから。気にせず邁進してください。私の方の提督も同じように言っていましたので」
瑞鶴だって来栖鎮守府襲撃の主犯格をやらされていた記憶がある。あまり表には出していないが、その記憶は瑞鶴を蝕んでいるだろう。
鳳翔にそれを許してもらえば、メンタルケアにも完璧。後は身体を治せば心身ともに治療完了となる。
「車椅子生活はもう少しかかりそうなんですか?」
「そう、ですね。昨日目が覚めたばかりですし、2日3日はかかるんじゃないかなって。でも、すぐに復帰しますよ。ここを守りたいですから」
「いい意気込みです。私も応援していますよ」
鳳翔に応援されて、瑞鶴も大喜び。まるで母に褒められた子供のようであった。
「さて」
改めて翔鶴に向き直る。ビクッと震える翔鶴。
「話は聞いています。諍いを起こして軟禁状態ですって?」
「……はい」
「貴女がどういう存在なのかはわかっているつもりです。自制出来ない衝動であることも理解しているつもりです。ですが……少しやんちゃが過ぎますね」
先程の瑞鶴とは逆。翔鶴は母に叱られる子供のように縮こまってしまった。淡々と説教する鳳翔からは愛を感じるが、翔鶴はそれをただただ怖がっている。
「貴女だけのせいではないでしょう。勿論赤城さんにもお話があります。翔鶴さん、ついてきてください」
「……はい?」
少しこれは心配だが、鳳翔ならやってくれると思う。そう信じるしかない。
「2人同時にお説教です。まさか私の前で殺し合いなんてしないですよね?」
赤城と翔鶴の確執に母が介入。子供の喧嘩に親が口を出す展開ですが、この2人は姉妹みたいなものですし、家庭事情だと思えば何も問題はないですね。
今回で200話となりました。相変わらず長い話になりそうですが、今後ともよろしくお願いします。
若葉×三日月という他にないカップリングが生まれていますが、私は元気です。