継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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和解の道

鳳翔の説教はあまりにも強く効いたらしく、あの後、赤城と翔鶴は部屋に引き篭もってしまった。特に赤城は生気の感じられないような表情でフラフラと部屋に入り、そこからベッドの上で蹲っているらしい。翔鶴もかなりキテいるようで、瑞鶴の世話を加賀が代行するレベルだそうだ。

翔鶴はまだマシである。やれるのだからもっと自制しろと面と向かって言われただけだ。それは正直ごもっともである。だが、赤城は完全に心を折られていた。今まで強く強く憎んでいた翔鶴と同類であると気付かされ、憎しみの方向がとっ散らかってしまったのだろう。壊れかねないほどの精神的ダメージになってしまった。

それこそ2人とも、本能としての憎しみが破壊されるほどの衝撃を受けたと言える。

 

「2人とも浮き輪さんがついているので、余程おかしなことはしないと思います。あの子達は優秀ですから」

「そうですか……」

「鳳翔さんは気に病む必要無いよ! あれは赤城さんと翔鶴姉の問題だし。2人ともこれできっと仲違いはやめてくれるはず」

 

説教をしたものの、逆に罪悪感を感じてしまっている鳳翔を、加賀と瑞鶴が慰めていた。施設に迷惑をかけるほどの仲違いを止めるためにやったことが、ここまで大事に至るとは思っても見なかったのだろう。そんなこと、誰もが予想していなかった。

 

「この件は私にも落ち度があります。何かあったとしたら、私が必ず立ち直らせますので」

 

一番責任を感じてしまった鳳翔は、今はそっとしておこうと食堂の方へ。加賀と瑞鶴も部屋から離れていった。すぐに対面しても逆効果だろうと考えたようだ。

独りにしておくのも少し怖いものの、何かあれば浮き輪が伝えてくれるだろう。それに、部屋には()()()()()()()()()()()は無いはず。一人で考える時間も必要だとは思う。

 

軟禁状態は解除されたが、結局2人は部屋から出てくることは無かった。

 

 

 

夕食時となり、各々が食堂に集まり始めた。鳳翔はあの後、雷達と夕食作りを手伝ってくれている。その時も少し浮かない表情ではあったものの、相変わらず手際よく何品も作っていった。雷が後れを取るほどの腕前は、いつ見ても惚れ惚れする。

 

「加賀さん、赤城さんと翔鶴さんの分の夕食は別に作っておいたわ! 今から運ぶのよね?」

「ええ。ありがとう雷。でも、いつもより量が多いみたいだけれど……」

「落ち込んでるときはいっぱい食べるのが一番よ!」

 

大食漢の赤城にはこれでも足りないかもしれないが、加賀が持たされたお盆の上にはこれでもかと言うほどに料理が並んでいる。おそらく鳳翔が罪悪感を糧に作りすぎたのだろう。後ろの方で苦笑していた。

当然翔鶴の分も似たようなもの。空母というのは基本的によく食べるため、翔鶴もこれくらいは余裕。これはもう謝罪も兼ねている。

 

「私も運びます。一人で持っていくのは大変でしょう」

「鳳翔が行くのなら若葉も手伝おう。若葉も赤城のことが心配だ」

「若葉さんが行くのなら私も。翔鶴さんの分も持たなくてはいけませんし」

 

別に一度に持って行かなくてもいいとは思うのだが、何往復もするのは効率が悪い。なので、少し人数は増えるがまとめて持っていくことにした。

赤城のことが心配なのは本心だ。ここに住むようになってから一度もあんな表情を見せたことが無かったため、正直気が気でなかった。浮き輪が連絡に来ない辺り、部屋の中で自殺を図っているようなことも無いようではあるが、いつ何をするか予想が出来ないというのもある。

 

「瑞鶴、これだけ持ってちょうだい。私が後ろから押すわ」

「はいはい。なんか私、カートみたい」

「今は似たようなものよ」

 

大荷物も瑞鶴に渡しておけばある程度は持って行きやすい。エレベーターがあるおかげでその辺りも楽。

先に心配な赤城の方へ向かう。部屋の中にいないということは無さそう。匂いは扉越しにはわからないが、出て行った形跡も無いので、中にいることは確定。

 

「赤城さん、夕食を持ってきました。入りますよ」

 

加賀が声をかけた後、部屋の扉を開く。もう外は暗くなろうとしているというのに電気はついておらず、薄闇の中、赤城が蹲っていた。顔を伏せ表情は窺い知れないが、匂いから負の感情が渦巻いているのはわかった。だが、怒りや憎しみは感じない。感じるのは深い悲しみ。

私達が部屋に入ったことで浮き輪が赤城の裾を引っ張るが、それに対しても無反応。浮き輪も少し困ったような雰囲気。 

 

「雷と鳳翔さんが腕によりをかけてくれました。いつもよりも少し多めにしてくれましたよ」

「私を使って持ってこさせてるのよ。人をカートみたいにしちゃってさ」

「運びやすいんだもの。甘んじて受け入れなさい」

 

加賀が話しかけても反応が無い。瑞鶴との漫才じみた掛け合いでも無反応。色気より食い気を地で行く赤城が、食べ物の匂いに釣られないということ自体が異常事態。

鳳翔に説教されたことで自身の在り方そのものが揺らいでしまっている。嫌悪するものと同じであることに気付いてしまったせいで、思考がバグってしまったのだろう。

 

「赤城さん、さっきは少し言い過ぎてしまいました。感情的になってしまった部分もあります。それは私の落ち度です。本当にごめんなさい」

 

鳳翔の声に少しだけ震えるが、それだけ。

 

「赤城さん……食事は置いておきます。食べてください」

 

これで動かないのだから、まだ時間は必要だと感じた。考えが纏められるかはわからないが、私達の助言で思考がさらにブレる可能性がある。それをいち早く察した加賀は、食事だけ置いて部屋から出ることを私達に促してきた。

まだ1人で考える必要がある。ある程度は誰からの助言も受けずに、今後の自分を見出さなくてはいけない。何人分もの憎しみを背負っている赤城だからこそ、これはより考えてもらう必要があった。

 

翔鶴のいる部屋に入ったが、こちらも同じように部屋の隅でじっと蹲っている。部屋の電気はついておらず、暗がりにポツンと座り込んでいる。こういうところも赤城とそっくりだ。

 

「翔鶴姉、ご飯持ってきたよ」

「……ありがとう、瑞鶴、皆さん」

 

こちらはまだ反応があるようだ。やはり赤城よりは重症ではない。死んで生まれ変わったわけではない分、まだ艦娘としての理性がほんの少しだけ残っているように思える。瑞鶴のことを思って暴走しなかっただけあった。

 

「……赤城さんは……」

「先に食事は置いてきたわ。私達が何を言っても反応は無かったけれど」

「……そうですか」

 

加賀の言葉に少しだけ悲しみが強くなる。既に赤城が開き直っていると報じられれば、翔鶴にも何かしら影響があったかもしれない。だが、赤城は翔鶴以上に塞ぎ込んでしまい、食事も喉を通らないほどである。翔鶴にもその影響が出てしまいそう。

 

「翔鶴さん、さっきは言い過ぎました。ごめんなさい」

「……そんなことないです。私が愚かでした。赤城さんを殺したいという本能が、鳳翔さんの言葉で撃ち抜かれたかのようでした。すぐに受け入れられませんでしたが……少し考えたら、やっと理解出来ました」

 

ということは、今の翔鶴には赤城に対する理性すら消しとばす本能からの殺意は無いということだろうか。そうだとしたら喜ばしいことだ。

 

「私も赤城さんも、()()()()なんだと。やらされたとはいえ、私が赤城さんを殺しました。だから赤城さんは私を殺した。結果的にお互い蘇ったわけですが……それでおあいこです。終わったこと……なんですよね」

 

正確には翔鶴は死んでおらず、死ぬほどの状況に持っていかれたことでの深海棲艦化。とはいえ似たようなものである。お互いにお互いを殺したのは間違いない。やったのだから、やり返された。ただそれだけだ。

やらされたこととはいえ、因果応報としての報いは受けている。飛鳥医師も蝦尾女史も治療できない身体の変化は、十分過ぎるほど重たい報い。永劫残る罪の証である。本来負う必要のない傷ではあるのだが。

 

「そう思えるようになってから……すっと憎しみが無くなったような、そんな気がします」

「そうでしたか。なら、翔鶴さんは真に洗脳が解けたのだと思います」

 

そういう思考誘導も洗脳の内だったのかもしれない。こうなることを予測していたのか、想定外だったかは定かではない。

 

「ご飯、いただきますね」

 

翔鶴は翔鶴なりに考えが纏まったようである。吹っ切れられるかはまだわからないが、説教されてからの数時間で、落ち着きを取り戻したのは確か。

 

 

 

少しして私達の夕食が終わり、翔鶴の分の食器も引き払った。結構な量があったが、翔鶴はしっかり平らげている。そういうところはきっちり空母。深海棲艦化したことで燃費はより悪くなったのかもしれない。

あとは赤城の分なのだが、今部屋に入るのは躊躇われる。あの時からまだ小一時間ほどしか経っていない。それだけの時間で立ち直れているかどうか。

 

「赤城さん、食べましたか」

 

そんな中、意を決した加賀が先行して部屋の中へ。相変わらず電気はついておらず、先程よりも暗くなっていた。当然置かれた食事はそのままの状態で残されており、赤城も全く動いていない。

まだ自分の在り方を考えている。鳳翔の説教によって打ち砕かれた存在意義を、別の何かに見出そうとしているのか、もしくは説教されたとしても自分を変えずに翔鶴への殺意を煮えたぎらせているのか。

 

「……赤城さん、食べないと身体に悪いですよ」

 

話しかけても相変わらず無反応。しかし、匂いは先程とは少し違う。いつも渦巻いていた憎悪の匂いが薄れている。考えに考えて、新しい道を見つけようとしている。

 

「……加賀さん」

「っ……なんでしょう、赤城さん」

 

初めて声を出した。蹲ったままではあるが、ようやく意思を口に出そうとし始める。搾り出して出た言葉はカラカラだった。

 

「私は……間違っていたんでしょうか」

「……赤城さんの行ないを、私は否定しません。私だって憎しみがありました。若葉に助けてもらっていなければ、私は死んでいましたから」

「自分のことを棚に上げて……ただただ翔鶴に恨み辛みを滾らせるだけ……私の手で死んだものも沢山いるというのに。私も翔鶴と同じだったんです……意思は無くとも他者を虐げ、命を刈り取っていた」

 

ここにいる何人かと同じだ。人形として、姫として、完成品として活動させられ、意思の有無関係なしに無実の者すらを消して回っていた。加賀だってその内の1人である。

 

「目先の憎しみしか見えず、大局が見えていなかった。自分すら見ようとしていなかった。私は一体何様なんでしょう。同じことをしておいて、いざ自分が被害を受ければ何もかもを見ようとしない。鳳翔さんのおかけで、翔鶴を責める資格なんて無いと気付いてしまった」

 

声が震えている。涙の匂いも漂う。ようやく自身を省みることが出来て、今までの行ないを後悔している。

 

()()()()()と話をしました」

「それは……どういう……」

「同じ憎しみを持つ者。理不尽に死ぬこととなった者達の怨念です。私が喰らってきた成れの果て達は、私の中で憎しみを晴らすことを望んでいます」

 

やはり、あの戦闘で時間が経過する毎に強くなっていったのはそれ。周囲に蔓延る怨念を自らの力に変えるために喰らい尽くしていた。あの時はそうなのではと思っていただけだが、赤城の言葉でそれが確定。

 

「その対象は常に翔鶴でした。ですが……今は違う。鳳翔さんのお説教のおかげで、皆がその憎しみを向ける相手を変えた。私も、翔鶴も、全員が操り人形だった。ならそれを操っているのは誰か」

「……大淀」

「はい。()()の意思が一致しました。翔鶴は、殺すべき相手では無い。大淀が死ねば、私も、私の中の皆も、全員報われます。この考えに至るまで、ここまで時間がかかりました。少し考えればすぐに辿り着けたはずなのに」

 

俯いていた顔を上げる。涙でボロボロの荒んだ顔ではあったが、何処か決意を秘めた強さも感じる。この頃には負の感情も殆ど感じられなかった。憎しみの方向性が変わったからかもしれない。物騒な考え方自体は変わらないが。

と、ここで大きな腹の虫が鳴いた。音の後に赤城が頬を赤らめる。加賀もクスリと笑みを浮かべた。

 

「考えが纏まったらお腹が空いてしまいました。あら、こんなにいっぱい」

「ここの皆が、赤城さんのことを心配してくれていました。皆、仲間です」

「そうですね……私も今は施設の一員として扱ってくれているんですね。ならば、それに応えなくてはいけませんね」

 

声に力を感じる。これはもう、立ち直れたと考えていいだろう。今までの殺意だらけの不安定な状態から、正しく前を向いた状態に。今までのことを忘れるわけでは無いが、赤城は一航戦の誇りを取り戻したのかもしれない。

 

これにより、和解の道は拓かれた。今の施設における最後の悩みの種は、結果的に鳳翔のおかげで取り払われることになりそうだ。

 




赤城の中には今、数えきれない人数の怨念が入っていますが、その全員が大淀を見据えました。施設の全員、身体を持たぬ者からも標的にされた状態となります。

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