本日の夜間警備の担当は、私、若葉が率いる第五三駆逐隊。私と三日月が研究助手の業務を終了したため、久しぶりのフルメンバーである。今回の引率は加賀。赤城を1人にするのに最初は抵抗があったものの、もう今なら大丈夫と引き受けてくれた。いざとなれば夜間警備の鳥海もいるし、そもそもいつもの浮き輪がいる。
警備中の話題も、やはり赤城と翔鶴のこと。鳳翔から手厳しい説教を受けたのは施設の全員が知っていることだ。その後、2人が酷く落ち込んだことも、先程立ち直ることが出来たことも、小さな施設であるがゆえにすぐに広まるもの。
「あれなら明日にでも対面して握手くらいは出来ると思う」
「まぁ一度開き直っちゃえばすぐよすぐ」
曙が言うと重みが違う。ある意味先達者。
呂500との仲は、治療により言葉を取り戻した後、劇的に改善されている。そうで無くても、例の一件以来毛嫌いするようなことも無くなり、曙のストレスは見る見るうちに減少したと、相部屋でメンタルカウンセリングをしていた姉も話していた。それでも相部屋で寝るとかそういうのは話が違うそうだが。
「鳳翔さんには感謝しか無いわ」
「そうだな。流石としか言いようが無い」
加賀も、心配の種が取り除かれて随分と落ち着いた匂いになっている。やはり相棒がああなってしまっていると、不安も大きかっただろう。その不安も今回の件で払拭された。
今のところまだ部屋から出ておらず、赤城と翔鶴は対面していない。明日の朝、下呂大将達がここに訪れる前に対面することになるだろう。その時にどうなるか。
私達は夜間警備の後であるため、その瞬間に立ち会えない可能性が高いが、きっと上手く行くだろう。万が一の場合も、止められるものは沢山いる。それに、今も鳳翔がいてくれるのだから大丈夫だ。
「異常なーし。最近は夜も静かなものね」
「この前の夜襲のせいで、何体か出てきそうだけど」
「今のところはありませんねそれ。あれも赤城さんが食べてしまったんでしょうか」
潜水艦隊による暗殺の夜襲は、あれ以来姿を現さない。実は今、海底から見られていると言われても否定は出来ないのだが。
あの時に自爆させられたり、結果的に命を落としてしまった者達の怨念は、少なからず近海に漂っているだろう。そこから新たな深海棲艦が生まれてもおかしくはないのだが、今は音沙汰無し。
赤城が喰らい尽くしてしまった可能性も無くはない。とはいえ、数がかなりいたのは確か。雷にはまだ声が聞こえないものの、時間がかかっているだけで、海底で生まれている可能性もある。一度、シロクロ達に確認してもらうのもいいか。
「何もないなら何もないに越したことはない。平和が一番だ」
「はい、その通りです。何事もなく、平和に過ごしましょう」
などと言いながらベッタリとくっついてくる三日月を撫でる。こうしていられる時間が一番いい。近々大きな戦いがありそうなのだから尚更だ。一時の平和を謳歌したい。
「これを見ると平和って感じだわ」
「ホント、熱々よねー」
冷やかされるが、別段気にならない。むしろ見せつける程である。
日の出と共に、朝イチの哨戒機を確認して帰投準備に入る。夜間警備もこなれたものである。最悪な人生の最後を想起させる夜と嵐は、私や三日月のトラウマにもなっていたが、今ではその兆しもあまり見えない。この施設で精神的なものも治療されているように思えた。
「何事もなく夜間警備は終了」
「はい、お疲れ。お風呂入って朝ご飯食べてさっさと寝ましょ」
「仮眠をとっても眠くはなるわよねー。夜だからかしら」
ボヤきながら工廠へ向かう。近づくにつれ、朝食の空腹を刺激する匂いが漂っているのがわかる。
雷が夜間警備に勤しむ時は、別のものが朝食当番となるのだが、今回はおそらく蝦尾女史。手伝いはいつもの呂500と暁である。夕雲もそこに参加することもチラホラ。
「ご飯の炊ける匂いと、お味噌汁の匂い。さすがに気分が昂揚します」
「本当に加賀さんは食べることが好きなのね」
「空母全員が同じよ。ここは譲れません」
加賀では無いが、疲れて帰投した時のこの匂いは気分が昂揚するというものだ。空腹を助長され、早く帰りたいと身体が動くかのよう。
「帰ってきたか」
工廠で待ち構えているのは当然、哨戒機を飛ばしたリコ。これにより、施設内の夜間警備も終了となる。外が明るくなってきたことで、鳥海も工廠に現れた。
「施設内も何事もなく終了。夜間警備、お疲れ様でした」
「お疲れ様。これが続けばいいな」
続かないことはわかっているのだが、口に出しておきたいというものだ。願うくらいはタダなのだから。
艤装を置いてそのまま食堂へ。先に風呂でもいいのだが、そうするとそのまま寝落ちする可能性があるため、先に朝食とした。少なくとも、三日月はおねむの様子。終わった途端に明らかに眠そうな目になっていた。
「おはようございます、皆さん」
食堂では予想通り蝦尾女史が中心となって朝食の準備がされていた。ここ最近は料理の腕を上げてきた暁と、簡単なことなら手早く済ませることが出来る呂500もやはり一緒。
だが、少し予想外だったのは、そこに赤城の姿があったことだ。軟禁状態が解除されているとはいえ、朝食の準備を手伝っているのは正直想定していなかった。
「あら、皆さんお帰りなさい。警備ご苦労様です」
満面の笑みを浮かべた赤城に出迎えられる。今までとは違う、心の底からの笑み。昨日の説教が余程効いたか、悶々としていた何かが晴れたような、憑物が落ちたかのような、気持ちのいい表情であった。
匂いからもわかる。これこそ本当に別人のような変化。殺意も怒りも憎しみも感じない。吹っ切れたと言える明るさ。これが本来の赤城なのだろうか。
「どうしました? 私の顔に何かついてます?」
「あまりにも違い過ぎて驚いてるだけよ」
第一声は曙。同じ死を知る者として共感する部分も多々あったが、ここまでの変わりようは考えても見なかった。曙が割り切った時は、前後で変化など感じなかったものだ。
だが、これは素直に喜んでもいいものだと思う。私は昨日、赤城が吹っ切れる瞬間を見ている。あれで尚、翔鶴に憎しみを抱いているようには到底見えない。
「吹っ切れればこういうものですよ。とはいえ、まだ翔鶴の姿を見てはいませんが」
翔鶴は瑞鶴の面倒を見ながらのため、朝が遅いこともある。その瑞鶴も大分回復はしてきているので、まもなくここに現れるだろう。そうなってからが本番。
「ほ、本当に大丈夫なのよね。いきなり喧嘩に巻き込まれるとか無いのよね」
隣で手伝っている暁がビクビクしていた。昨日まで翔鶴と殺し合いをしていたような者が、突然心を入れ替えて立っているのだ。不信感が募るのも無理はない。
だが、呂500はそんな不安を感じさせず、ニコニコしながら手伝っている。赤城の危険性が失われたことを感じ取ったのだろうか。
「おはようございまーす。あ、加賀さん夜間警備終わってたんだ」
「おはよう瑞鶴。翔鶴も」
「は、はい、おはようございます」
と、ここでついに対面。車椅子の瑞鶴を連れてきた翔鶴が食堂に入ってきた。夜間警備が終わった私達が
お互いに気付いたのだろう。動きが止まった。以前までなら何の躊躇いもなくそのまま殴りかかっていただろうが、お互いに思い直し、考え、結論を出したことで思考停止。
「瑞鶴、少しこちらに来なさい」
「えっ、あ、うん、加賀さんお願い」
すっと加賀が前に出て、瑞鶴の車椅子を移動させる。これで赤城と翔鶴を阻むものは無くなった。それでも動くことが出来ず、赤城の表情も一転して曇る。空気が凍り付いたようにも思えた。
昨日まで仲違いしていたのは周知の事実。即座に立ち直ることなんて簡単には出来ない。きっかけ、何かにきっかけがあれば。
「おはよー!」
この気まずい空間に元気いっぱいに入ってきたのは初霜。姉と如月と手を繋ぎながら、ニコニコ笑顔で空気を切り裂く。
「あ、わかば! おつかれさま!」
「ああ、今日も施設を守ったぞ」
「がんばったねー。あっ」
最初は私の方を見ていた初霜だが、赤城と翔鶴が同じ場所にいることに気付いた。
当然初霜だって赤城と翔鶴の確執は知っている。幼い思考のため、仲が悪く喧嘩が絶えないというくらいにしか認識していないと思うが、その2人が目の前で見つめ合っているようなところを見てしまったのだから何か起こると思ってしまうだろう。
「けんかはだめだよ!」
誰も言えなかったであろう言葉をズバッと。
「なかよくしないと、たのしくないんだよ! はつしも、たのしいほうがいいもん!」
「うむうむ、そうじゃの。わらわも楽しく過ごしたいのう」
「初霜ちゃんが一番わかってるわねぇ」
姉と如月が初霜を撫でる。自分の発言が正しいと証明されご満悦な初霜。
「……ふふ、初霜さん、私達はもう喧嘩はしません」
どちらが先に口を開くかと思っていたが、赤城が先だった。初霜に近付き、笑顔で頭を撫でる。
「昨日ね、今までのことをとっても怒られたの。それでいっぱいいっぱい考えて、私は自分のダメダメな部分が見えたのよ。だから、それを直していこうって決めたんだ」
「そうなの?」
「ええ。だから、それを今から初霜さんにも証明するわ」
改めて翔鶴に向き直る。ビクンと震えるが、今の会話の流れから、何がしたいのかを察したらしい。
それが出来る勇気があるかはさておき、切り出したのはやはり赤城からだ。
「翔鶴……私が言えたことではないけれど」
「赤城さん、おそらく同じことを思っています。同時に……言いませんか」
鳳翔からの説教で同じように怒りと憎しみが取り払われた赤城と翔鶴は、似たもの同士であるがためか、ここでやらなくてはいけない結論も同じ場所に辿り着いたようである。
「「ごめんなさい」」
たったこれだけ、一番必要であったであろう言葉が、ようやく2人の口から出た。
実際裏には
「水に流しましょう。私達を殺したのは翔鶴じゃない。翔鶴を道具として扱った、大淀です」
「水に流しましょう。私を殺したのは赤城さんじゃない。こうなるように仕向けた、大淀さんです」
結局、赤城と翔鶴は何から何まで同じだったのだ。お互いを憎み合うように仕組まれていた感じではあるが、そこに気付いてしまえば手を取り合うことが出来る。
「なかなおり、した?」
「ええ、ごめんなさいね初霜さん。怖がらせてしまって」
「なら、なかなおりのあくしゅ!」
そこまでやれとは言えなかった。さすが子供、怖いもの知らず。
「……そうね、それくらいやっておかないと示しがつかないかも」
「減るものではないですし、証としては丁度いいですか」
お互いにクスリと笑い、握手を交わす。これで本当に仲直り。長きに渡る仲違いは、こうして決着がついた。
赤城も翔鶴も、今までと違って表情が柔らかいように見える。雰囲気も大きく変わった。もう負の感情は見えない。対面しても本能をさらけ出すような暴走はしないだろう。
むしろ、普通以上に仲良くなっているようにも見える。今まで憎しみ合っていたものが反転したかのような。同族嫌悪が、強い仲間意識に切り替わったかのような感覚。これならカウンセリングもいらないだろう。
「ようやくストレスが減るわね。あとは貴女よ、瑞鶴」
「わかってますとも。今は念のため車椅子だけど、もうそろそろ鍛錬に入れるからね」
「そう、なら私がシゴいてあげましょう。覚悟するように」
この2人の仲違いが解消されたことを一番喜んでいるのはその相棒。加賀も瑞鶴もホッと息を吐いた。これでようやく次のことを見据えることが出来る。
ここで瓦解した緊張感を示すように、大きな大きな腹の虫が鳴いた。その発生源は加賀である。夜間警備で消耗してからのこれだ。食堂はずっと美味しそうな匂いが漂い続け、いつでも朝食にありつけるという状態。
「お腹が空きました。朝食をお願いします」
「はい、加賀さんには少し多めにしておきますね」
苦笑しながら蝦尾女史が朝食の準備を再開した。冷えた空気は温まり、気持ちよく朝が始められるだろう。これならご飯も美味しく食べられそうだ。
今までの凍り付いた関係は融解し、施設はより団結していく。誰もが手を取り合って楽しく生きる施設にまた近付けた。
赤城が施設に加わったのは166話。今回が203話ですから、実に約40話弱の間憎しみ続けていた関係がここで解消されました。瑞加賀に加えて赤翔の要素まで取り込んだ施設。より一層の飛躍が期待出来ますね。