作戦会議という名の近況報告が終了し、そこからは事情聴取の時間となるため、集まり自体は解散し、医務室に場所を移す。医務室に入るのは蝦尾女史を除く人間4人と、その秘書艦である鳳翔、神風、瑞鳳。そして私、若葉である。どう考えても嘘をつくことはないことはわかっているのだが、もう様式美となりつつある嘘発見器としての参加である。三日月は相変わらず二二駆と如月に捕まっていた。
今回の聴取対象は五航戦。瑞鶴が目を覚ましたことで話を聴くことが出来るようになった。とはいえ、私達は既に翔鶴から聞いていることもあるし、復習する場にもなる。
瑞鶴はもう車椅子ではなく自力で歩いて移動することが出来るようになっているが、稀にふらつくこともあるため、念のため翔鶴がついている状態。先に赤城を見ているからか、新提督は変わり果てた翔鶴を見てももう驚かない。
「私は二回改造されてるのよね。でも、何されたかはさっぱり。忘れてるとかじゃなくて、本当にわからないの」
この証言は翔鶴からも聞いていることだ。どんな改造をしたのかは一切不明。だがわかっているのは、瑞鶴は思考制御をされており、感情的だったものが沈着冷静に
その結果が植物状態である。脳に二度の侵食を受けたことにより、致命的なダメージになっていた。それを治療出来たのだから、もうこれは偉業というレベル。
「私も、何故この身体になったのかがわかりません。細工されていたようですが、まさか深海棲艦へと変えられてしまうだなんて……」
洗脳されていた頃からこうなるだなんて思っても見なかったのだろう。身体の変化に伴い、洗脳そのものが失われているのだから、この改造自体が大淀の実験の一環なのかもしれない。
奴は自らを深海棲艦に堕とそうとしている節がある。私や三日月の変化を
「なるほど、貴重な情報でした。これは大淀の持つ技術ではなく、協力している人間の技術ですね」
そちらの方が意外だった。以前に言っていた2人の医療研究者が、この非道過ぎる改造をしていたと。
「もしかして男の人のこと? 覚えてるよ。私に何したかはわからないけど、大淀と一緒にいたのは見たことある。男の人だからどうしても目につくよね」
女世帯の艦娘達の中に男がいればそれは目立つだろう。この施設でも唯一の男性である飛鳥医師は浮いているといえば浮いている。全てが飛鳥医師を中心に動いているのだから違和感は無いのだが、やはり異性というのはそれだけで異質。
少なくとも、大淀の関係者である2人の医療研究者はまだ生きている。その上で、下呂大将の目に引っかからないということは、存在そのものを限りなく隠蔽しているということだ。
「飛鳥には話したと思いますが、彼らは艦娘の強化、壊れない艦娘を作るために裏で動いていた医療研究者です。そのため、艦娘の身体を弄り回しているでしょう。倫理的な部分など何も考えず」
吐き気がしそうだった。飛鳥医師も相当なことはやっていただろうが、それ以上とは。蘇生手段とそもそもの改造は似て非なるもの。治療ではなく破壊だ。
「僕が言えたことではないので、コメントは控えます」
「君は反省していますから、まだ許されます。しかし、奴らは大淀に与して世界の滅亡に手を貸していますから。知的欲求を満たすために世界を天秤にかけるとは、人間の風上にも置けませんよ」
下呂大将ですら憤慨している。新提督もその医療研究者2人のことは知っているらしく、顔を顰めていた。
とにかく、大淀はその男達を使い、自分の利益のために翔鶴にこの身体になるような改造を施し、瑞鶴をより使いやすい手駒に改造していた。ついには艦娘を深海棲艦に変えてしまう技術まで生み出してしまったわけだが、それにより大淀は
「大淀が目的を達成し、すでに深海棲艦へと堕ちている可能性は十分にあります。そうなったら、伊勢と日向よりも強敵な可能性は高いですね」
「先生に言われると絶望的なんだが」
「大本営である君が弱気になるのは良くないですよ。私は勝てないとは一言も言っていません。当然勝てるように策を立てます」
これによりまた情報の修正が必要になったかもしれないと苦笑していたが、焦っているようには見えない。最初から何処まで想定して策を立てたのだろう。
「そうそう、その伊勢と日向のこと。あの人達は大淀の一番の側近だから、離れることは無いよ。何があっても目につくところにいたはず」
「なるほど。なら、大淀が鎮守府から動かないのなら、伊勢と日向が襲撃してくることは無いと」
「そういうことかな。方針変えてたら知らないけど、私達があっちにいた時はそう言ってたよ」
ならば、ここに襲撃してくるのなら伊勢と日向が来ることは無い。大淀本人が襲撃してくるのなら話は別だが、襲撃を受けるのなら他の者になる。例えば、真夜中の潜水艦隊の指揮艦のような。
そういえばと、その件について聞いてみると、やはり翔鶴がそれについて知っていた。
「彼女はここにいる呂500……ろーさんの次にあの立ち位置についた子です。ルイさんですね」
「ルイージ・トレッリ、ですか。いや、今までの法則からして、改二以上であることが条件でしょうから、伊504ですね。どう名乗ろうと、その艦娘で間違いはありません」
呂500の後釜、伊504。名前を二度変えるという特殊な艦娘。ルイージ・トレッリは最初の名前であり、UIT-25を経由して、伊504へと辿り着く。完成品の法則として、最終改装が終わった状態であることは確かだ。
その名を聞いて、新提督が心底嫌そうに息を吐く。呂500の後釜に立つ潜水艦ということは、おそらく外見は子供。というか、潜水艦はシロクロも含めて幼い外見のものが多い。子供好きな新提督には、それが苦痛なようである。
「割を食うのは
「ここで救われた者も、大半が駆逐艦ですからね。君の気持ちもわかりますよ。ですが、感情的にはならないこと。私がそう教えたはずですが」
「わかっている。だがな、言いたいことくらい言わせてくれ」
苛立ちが匂いでもわかる。直接の被害が無くともここまで怒りを剥き出しにしてくれる新提督は信用に値する人だ。大本営と違い、監査として働いているものの、少し施設に肩入れしてくれているのはわかる。
ここが品行方正な清い施設であるから、ここまで信用してもらえるというのもある。裏切らないし、裏もない。第一印象は少し良くなかったが、今はそれも払拭された。
「私達が話せるのはこれくらいかな。後は大体知ってることみたいだし、役に立ったかはわからないけど」
「男2人が生きていること、伊勢と日向が大淀の側から動かないこと、伊504の存在までわかれば、十分に役に立っていますよ。助かります」
「なら良かった。じゃあ、私はリハビリに行くから」
翔鶴と共に医務室から出て行った。今から弓のリハビリをするらしい。雨が降る中のため、あくまでも工廠内で出来ることしかやらないらしいが、やらないよりはマシだ。
特に今は、来栖提督の鳳翔や、新提督の瑞鳳もいる。施設だけなら加賀だけしかいなかった弓を使うものが増えているこのタイミングで、出来る限りのことをしておきたいと考えているようだ。
洗脳が解けてからまた感情的になったおかげで、表情豊かで今の状況を楽しんでいる。見ているだけでもこちらが明るくなりそうだった。
「さて、では我々は今後のことを話しておきましょうか」
「わかりました。今頃、雷達が部屋を用意してくれていると思いますので、それが終わったらそちらを使ってください」
「私はここでいいですよ。一応こういう身ですし」
「理解しているのなら動き回るのをやめてください。医者として昔からさんざん注意していますが」
下呂大将は含み笑いをするのみ。これは医者の言うことすら聞かないタチの悪い患者の顔。もう飛鳥医師も諦め気味のようであった。
ここからはいつものように人間のみでの作戦会議となるようなので、私達も退室することとなる。
各種雑用から嘘発見器までやって、私はいわば飛鳥医師の
瑞鳳は工廠にダッシュ。鳳翔もそれについていき、瑞鶴のリハビリを見るそうだ。神風は相変わらず医務室前で門番。今回は施設に出向していた旗風もそれに参加。私も瑞鶴のリハビリは気になっていたので、2人の後を追う形となった。
途中、姉妹にもみくちゃにされていた三日月を救出しつつ工廠へ。そこでは、工廠組が艤装の定期メンテをしつつ、空母組が一堂に会して瑞鶴のリハビリを行なっていた。
「何日も弓を持たないと、やっぱり衰えちゃうわね」
「それに、今の貴女は本調子じゃないでしょう。ゆっくりでもいいから慣らしていきなさい」
加賀達の指導の下、哨戒も兼ねて外に艦載機を発艦させていた。雨の中での発艦は、それだけでも難易度が高いらしい。
私達には空母の戦い方はいまいちよくわからないが、一つわかったのは瑞鶴の放つ矢が以前よりキレが無いこと。ブランクが素人目にも感じることが出来るのだから、あちらの者達にはより重く感じられるのだろう。
「軸がブレているわ瑞鶴」
「少し力みすぎよ瑞鶴」
「狙いが少しズレたわね瑞鶴」
一射だけでこれだけ文句が出る。加賀はさておき、もう弓を使うことがない赤城と翔鶴からも容赦ない指摘。鳳翔は瑞鶴をジッと見つめて問題点を探し、瑞鳳はそもそもおかしな形の弓を見てニヤニヤしていた。瑞鳳はブレない。
「あーっ、もうっ! わかってるからそんなにわーわー言わないで!」
案の定憤慨する瑞鶴。あれだけ周囲から言われれば私だってああなる。
「リハビリなんだからもう少し甘く見てよ!」
「貴女は即戦力なのだから、早く復帰してもらいたいの。それに、私よりも強くなるのではなくて?」
「ぐぬぬ……やってやるわよ!」
キーッと感情的になりながらも、矢を放つのをやめない。それでも放てば放つほど精度は良くなるのだから、さすがと言える。
「……やっぱり、貴女はそれくらいムキになっている方が私は好きよ」
「にゃっ!?」
不意打ち気味な好意に、瑞鶴が思わず矢を落としてしまった。それに対して赤城と翔鶴から総ツッコミを受ける。
そういえば戦闘中に加賀がそんなようなことを言っていた。事あるごとにムキになってる方が、瑞鶴らしくて好きだと。クールに見せて熱い何かも持っている加賀の直接的な好意に、頭を弄られて感情の起伏を奪われていた時ですら混乱した瑞鶴は殊更に困惑する。
「い、いきなりそういうこと言わないでくれる!?」
「あら、別にいいじゃない。それに、この程度で心を崩していては戦場で戦えないわよ」
加賀が薄く微笑んだのを見逃さなかった。瑞鶴のことを可愛い後輩と称していただけあり、純粋に力を付けてくれることが嬉しい様子。
私と三日月が遠目に眺めていることに気付いた赤城がちょいちょいと手招き。何事かと近付くと、思いもよらぬ言葉。
「瑞鶴からどういう匂いがします?」
「……言っていいのか?」
「ダメ! 若葉アンタそういうのホントやめてよ!」
瑞鶴は感情が激しいのでそういう匂いも強い。だが人権の侵害になること間違いなし。瑞鶴の名誉のために、気付いたことは私が胸に秘めておくことにした。寝る前くらいに三日月と話すくらいはするだろうが。
「だが、心がブレているというのは若葉にもわかった。周りを先輩達に囲まれて緊張しているんだと思う」
これくらいは言っておいてもいいだろう。今の瑞鶴から感じられるのは、見られているという強めの緊張と、みんなで一緒にこういうことが出来るという喜び、後は加賀に対する微かな好意。一番最後のは公表しない方がいいもの。
「瑞鶴、この環境下で落ち着けるまでは射ち続けてもらうわ」
「うえ……マジ?」
「当たり前でしょう。平和なこの場所でブレるのなら、戦場ではもっとブレブレよ、ブレブレ」
ブランク解消のために、ただひたすらに射てと。しばらくは哨戒機が近海を飛び続けることになるようである。
「なんというか、面白い人達ですね」
「そうだな。これが本来の空母隊なんだろう」
三日月の呟きに同意。これだけ和気藹々としていられるのだ。結束の力も強く、仲間意識も高い。全員が全員を信頼し、尊敬している。背中を任せても苦ではない。
少し前までは顔を見ただけで殺し合いをしていた赤城と翔鶴もその中に入っているというのは感慨深いものである。
この環境なら、瑞鶴が戦場に戻れる日はそう遠くないだろう。鶴は再び舞い上がることが出来そうだ。
加賀が瑞鶴のことを名前で呼んでいる時点で、悪い印象を持っていないことはわかるんですよね。あの人、五航戦としか呼ばないので。